靴屋夫婦の証言
「シスターカミラに先週引き取られた子について聞いたところ、靴屋の夫婦に引き取られた、というお話でしたの。でも、わたくしが様子を見に行くと言ったら、慌てた様子で情報を確認したいと言いだして」
数年前に養子として引き取られた子であれば、その反応は無理もない。
けれどもたった数日前にいなくなった子の引取先の記憶が曖昧というのは、責任感に欠けている。
「おかしいと思って、会話に挙がった靴屋に行こうと思っていたのです」
「なるほど」
ちなみに、クラウスもシスターカミラに子ども達がどこに引き取られたのか、質問したことがあったらしい。けれども、個人情報を教えることはできないと拒否されてしまったようだ。
「シスターカミラとは、幼少期から付き合いがありましたの。気が抜けていて、ポロッと零してしまったのかもしれませんわね」
何年も養育院で働いていた彼女を疑いたくない。働き過ぎて疲れていたのだろうと思いたい。だから私は彼女がきちんと養子縁組を行っているか調べるために、靴屋に行こうと決意したのだ。
そんなわけで、クラウスやマティウスと共に中央街にある靴屋を目指す。
「こちらのお店、よい職人がいて、貴族、平民問わずに人気のお店なのですよ」
母が生きていた時代は、何度か通ったことがある。オーダーメイドのお店で、注文から完成までに一ヶ月ほどかかる人気店なのだ。
店内に入ると、若おかみさんが迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
お店は工房と店舗が一体型になっていて、旦那さんが靴を作る様子を見ることができるのだ。今日も店の奥で、靴をせっせと製作していた。
「何かご入り用でしょうか?」
「少しお話を伺いたくて」
情報料なのか、クラウスが銀貨を若おかみに差し出す。すると、若おかみは戸惑いの表情で、旦那さんのほうを見た。
「わたくし達は怪しい者ではありません」
マティウスのほうを見て、身分を名乗れと視線で訴える。
「その、秘密裏に動く、騎士隊関係の者……です」
旦那さんは靴を作っていた手を止め、店の奥に案内するように言ってくれた。
一階の一部と二階は住居スペースになっているらしい。一階にある台所兼食堂へと案内される。
若おかみが淹れてくれた紅茶を飲みながら、本題へと移った。
「養育院について、少しお聞きしたいのですが、最近、訪問か何かされました?」
「ええ。十日ほど前でしょうか」
靴屋は大繁盛で、子どもを産み乳児を育てている暇なんかない夫婦は話し合い、養子を取ることに決めた。
五歳から六歳くらいの、大人しい子どもがいい。そんな希望とともに養育院を訪ねたらしい。
「庭で遊んでいた、ミアという女の子を妻が気に入り、養子に迎えたいと思ったのですが――」
シスターカミラと話したところ、ミアはすでに養父母が決まっていると言われてしまったらしい。
「では他の子を、と思ったのですが、今いる子ども達のほとんどは、引き取り先が決まっていると言うのです」
「まあ!」
養育院の子ども全員に引き取り先が決まっているなど、ありえないだろう。
「シスターカミラは寄付次第で、子どもを紹介できると言ってきたのですが――」
彼女が提示した価格は、金貨十二枚。それは平民が一年かけて稼ぐような金額だったという。
「養子を引き取るのに金が必要など、聞いたことがない。まるで人身売買だと言ったら、シスターカミラに今後、養育院に出入りすることは許さないと言われてしまい……」
驚くべきことに、養育院の奥から無頼漢のような男達が出てきて、靴屋の夫婦を強引に外へ追い出したのだという。
先ほど、下町で私やマティウスを追いかけてきたのも、シスターカミラの息がかかった男達なのかもしれない。
「騎士隊に相談しようと思っていたのですが、店に嫌がらせを受けてしまいまして」
もしも通報したら、酷い目に遭わせてやる、と脅されていたようだ。
弱い立場にいる人達を、暴力をもって従わせるなんて酷いとしか言いようがない。
若おかみは震えながら、被害を訴えていた。
「安心してください。事件が解決するよう、彼が頑張りますので」
クラウスのほうを見たが、ジロリと睨まれてしまった。
メイド姿のマティウスより、クラウスに言ったほうが説得力があると思っていたのだが。
一通り情報を得ることができたので、靴屋をあとにする。
外は夕日が差し込むような時間帯となっていた。
「では、この件につきましては、騎士隊と鉄騎隊とやらにお任せしますね」
ごきげんよう、と言って去ろうとしたのに、クラウスから首根っこを掴まれてしまった。
「おい、お前とはどうやったら連絡が取れる?」
「わたくしですか? では、ラウ様のご連絡先を教えていただけたら、お手紙を送りますわ」
「……」
私の素性を知りたいが、自分の素性は言いたくないらしい。
そんな相手に教えるわけがない。
「でしたら、リッツ通りにあるパン屋〝メロウ〟の主人に、田舎風のパンを百個注文したい、とおっしゃってくださいな。そうしたら、お手紙を届けていただけますので」
それはいつものパン屋のおじさんが、私と連絡を取りたい相手に伝える暗号みたいなものであった。
「わかった」
クラウスはそう言って、足早に去って行く。
彼の姿が見えなくなってから、結婚の申し込みについて忘れていたと思い出したのだった。




