クラウスの尋問
いったいどうしてこういう状況になったのか。
次にクラウスに会ったら結婚を申し込もうと思っていたのに。
今、絶対に結婚したくない、という感情が火山にあるマグマのように沸き立っている。
あんなに会いたかったクラウスとの再会だったが、今すぐ別れたいと熱望している自分がいた。
クラウスとマティウスは、蛇が蛙に出会ってしまった、みたいな雰囲気であった。
騎士であるマティウスが年下相手に圧倒されている状況が謎でしかない。この辺はさすが悪魔公子のど迫力、といったところか。
「閣下、そちらのお嬢様は事件とは無関係なはずです」
「ならばなぜ、ここ最近、養育院に入り浸っている?」
クラウスは親の敵を見るような目で、私を睨みながら問いかけてくる。
あなたに結婚を申し込むためです、と言えるような雰囲気ではなかった。
「閣下、そ、そのように頬を潰されていては、ご令嬢はお話しできないかと思われます。あと、手もお離しになってください。とても細い腕で、千切れてしまいそうです」
「虫の脚ではあるまいし」
なんて言いつつも、離してくれた。ただ、威圧感のある睨みを送り、私が逃げ出さないように警戒している。
「わたくしは結婚前に、母の遺産を使って慈善活動をしていただけですわ。流行病のことも心配でしたので」
「ええ、そうなんです! 下町にある診療所を作る計画を立てたのも、彼女なのですよ!」
マティウスがそこまで知っていたとは驚きである。一応、そっちのほうは匿名でしていたのに。
「あの、マーヤ、どうしてそれをご存じだったのですか?」
「そ、それは――」
マティウスはサッと顔を逸らし、気まずげな表情でいた。彼の代わりに、なぜかクラウスが説明してくれる。
「こいつのご主人様に、お前がどんな目的で慈善活動をしているのか、探るように命じられたのだろう」
「そうでしたのね」
「も、申し訳ありません」
ここできちんと、マティウスは本名を名乗ってくれた。
診療所は寄付が募り、大がかりなものとなっていた。すでに私の手から離れ、寄付金などは別の貴族が管理している。
私みたいな小娘が率先してするよりも、貴族の当主が管理したほうがいい。そう思って、名乗り出た者に託していたのだ。
それがまさか、悪用されていたなんて……。
「寄付金の横流しが横行していたらしい。それを指示していたのがお前じゃないかと、第三王子は睨んでいたようだ」
「まあ!」
詳しく調査するため、第三王子はマティウスを私のもとへ送り込んだのだという。
「ラウ様、あなたも寄付金の流れについて調査していましたの?」
「違う」
マティウスはクラウスを〝閣下〟と呼びかけていた。同じ騎士であれば、ディングフェルダー卿と呼んでいただろう。
「ラウ様は騎士隊でない組織に属していて、別の事件について調査なさっていたのですね?」
「……」
沈黙は肯定を意味するのだろう。
「ねえマティウス。彼はどこの組織の御方ですの?」
「え、あの、それは……」
「閣下と呼びかけていたので、騎士ではありませんよね?」
「そ、その……うう!」
マティウスは額にびっしり汗を掻きつつ、しどろもどろになる。
気の毒になってきたものの、彼は真なる目的を隠し、私に近付いてきた。追及する権利くらいはあるだろう。
じりじりとマティウスを追い詰めていたんだが、疑問に対する回答はクラウス自身からあった。
「私は国王陛下直属の、鉄騎隊に属する者だ」
鉄騎隊という組織はこれまで耳にしたことがない。
初めて聞いたのでポカンとしていたら、マティウスが耳打ちしてくれる。
「近衛騎士よりも国王陛下の近しい位置に侍る、個人で任務を行う騎士のような存在です」
なんでも公表されていない組織のようで、知らないのが当たり前らしい。
集団で任務を遂行する騎士とは異なり、単独で行動するようだ。
「その情報は、わたくしが知っていてよいものだったのでしょうか?」
「よくない。だから、お前が知っている養育院についての情報を言え」
それは取り引きというよりも、命令に近かった。
「ひとまず、ここで立ち話もなんですので、どこかでお茶でも飲みながらお話ししません?」
朝から一度も休まず、ここに来たのだ。お腹も空いているし、喉も渇いている。
この場では誰に聞かれているかもわからないので、提案してみた。
クラウスはただ一言「付いて来い」と言って踵を返す。
彼のあとを追って行き着いた先はお洒落な喫茶店ではなく、古びた酒場であった。
まだ昼間なので営業はしていなかったのだが、クラウスは勝手知ったる我が家のように、裏口から中へと入っていった。
倉庫のような部屋には地下に繋がる出入り口が隠されており、そこから階段を下りていく。
薄暗い廊下を進んだ先にあったのは、喫茶店であった。カウンター席のみの、こぢんまりとしたお店だ。
四十代前後の中年男性が店主のようで、笑顔で迎えてくれる。
「いらっしゃい」
「紅茶を三つ」
クラウスは勝手に注文し、席に腰かけた。私はひとつ空けて、隣に座る。
マティウスを振り返ってどうぞと示したが、断られてしまった。
紅茶とともにバターケーキが運ばれてきた。お腹がペコペコだったので、店主が神のように見える。
感謝しつついただいた。紅茶もおいしくて、大満足だった。
二杯目の紅茶を飲んでいると、クラウスが話し始める。
「下町で、人が次々と行方不明になっている」
「へ!?」
奴隷として他国に売り出されているのではないか、と裏社会で噂になっていたようだ。クラウスはその事件に関して、調査してくるようにと国王陛下より命令を受けたらしい。
「苦労して調査した結果、養育院の院長が怪しいのではないのか、と犯人のあたりを付けた」
「そんな! 院長先生は悪い人ではありません!」
身寄りがない子ども達のために、身を粉にしながら働くような人だったのだ。
「院長について詳しく調べようとしたら途中から病気で寝込むようになり、地方へ逃げてしまった」
「そ、それは――」
病気になった院長先生と会っていないので、真偽については謎である。
「院長がいなくなった代わりに、ある貴族令嬢が養育院に入り浸るようになった。さらに下町に診療所を作り、大量の寄付金を集めることに成功した」
「あ、あの、とても、怪しい人物ですね」
「お前だ」
「ええ、わたくし、です」
こんな状況になっているとは、私も知らなかったのだ。
マティウスと同じように、私の額からも汗が噴き出てくる。
「たしかに、わたくしはここ最近、養育院に入り浸るようになり、診療所も建てました」
前者に関してはクラウスに会うためだし、後者に関しては夢が挫かれた結果、自棄になっていた部分もあった。
それが、私自身の立場を危うくする原因になっていたとは、知る由もなかったのである。
「事件の犯人はわたくしでも、院長先生でもなく――」
そうだ。怪しい人物がひとりだけいた。
クラウスに捕まってしまったので失念していたものの、私はある場所に情報収集に行こうと思っていたのだ。
「あの、靴屋さんに一緒に行きませんか?」
「は?」




