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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第二章 クラウスとの出会い

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デビュタントの娘たち

 誕生日を迎え、十六歳となった。

 毎年、家族で盛大に祝ってくれたが、今年は何もない。

 去年もなかったので、そのときに誕生会を開いてくれたのは母だったのだな、と気付いたのだ。

 父は私の誕生日を祝う気持ちはあっても、それがいつなのか把握していなかったというわけだ。

 別に子どもでもないし、祝われずともなんとも思わなかった。そもそも、自由と平穏な暮らし以外、望むものは何もない。

 それよりも、ついに私は結婚できる成人年齢となったのだ。

 すぐに家を出る予定だったが、予知夢をみる限り止めたほうがいい。

 もう一度、クラウスと接触して、結婚してくれないか懇願しなければならないだろう。

 あのとき、名前を聞き出せていたら、手紙や贈り物などをシュヴェールト大公家宛てに送ることができたのに……。

 今、思い返しても、あのときの出会いをやりなおしたいと願ってしまう。

 下町の男達とのもめごとを通して、運命的な出会いを演出できたはずなのに……。

 私ができたのは、過剰に痛がる演技だけだったのだ。


 それにしても、初めて会ったクラウスの印象は、予知夢でみたときほど恐ろしくなかった。かといって、深く関わり合いになりたいと思う相手ではない。

 いくら言うことを聞かせるためとは言え、恨みもない下町の男達を容赦なく殴れるものなのか。

 とても寄宿学校の優等生には見えない。彼のふるまいは、悪魔公子と呼ばれるにふさわしいものであった。


 そんな男性と、本当に結婚できるのか。

 できたとしても、どんな新婚生活が待っているのか。想像すらできない。

 私も躾だと言って、殴られるのだろうか?

 恐怖でぶるりと震えたが、冷静になって考えてみる。

 下町の男達が私に暴力をふるったとき、クラウスは止めようとしてくれた。

 無視して通り過ぎることもできたのに、それをしなかったのだ。

 彼の中で、おそらく暴力は悪だという認識があるのかもしれない。

 たぶんだけれど、彼はただの残酷な人ではないのだろう。

 私はクラウスと結婚すると決めたのだ。

 実家に居続けるよりも、彼のもとに身を寄せたほうが安全は確保される。

 今はクラウスに賭けるしかない。


 ◇◇◇


 社交界デビューを控えた私に、フィルバッハから最礼装フル・ドレスが届けられる。

 高級なシルク生地をふんだんに使った、優美な純白のドレスである。

 そのドレスはすぐに隠し、箱には古着屋で購入したドレスを詰め込んでおく。

 蓋を閉めたのと同時に、ジルケがやってきた。


「ねえ、フィルバッハの社交界デビューのドレスが届いたんでしょう? 見せなさいよ」

「や、止めてくださいませ! これは、わたくしがフィルバッハにいただいたドレスです!」


 我ながら、白々しい演技だと思ってしまう。

 こうなることは予想できたので、手早く入れ替えてよかったと思う。


「へえ、これが流行の最先端をいくドレスなのね。よくわからないけれど、いい感じ」


 ジルケはドレスを体に当てて、くるくる回る。鼻歌とともに、ぴょんぴょん跳ね回っていた。


「あたし、王さまのお城で社交界デビューをするのよ」

「え?」


 十六歳を迎えた娘は、王家から夜会への招待が届く。それが、社交界デビューだ。

 貴族の娘に限定し届けられるものだが、なぜジルケが参加できるというのか。


「あんたは招待されていないから、家で大人しくしていなさい」

「わたくしは、招待されていない?」


 ここで、どういうことか気付いてしまった。

 ジルケは私に届いた招待状で、社交界デビューを果たすつもりなのだ。

 お茶会の参加で懲りたと思っていたのだが、そんなことはなかったらしい。

 そのチャレンジ精神だけは、見習いたいと心の片隅で思ってしまう。


「このドレス、あたしが貰ってあげる。パーティーに参加しないあんたには、不必要なものだからね!」


 私の返事を聞かずに、ジルケはドレスを持ち去る。

 何もかも、呆れた人だと思ってしまった。


 ◇◇◇


 あれから私は人を雇って街に出かけるようになった。

 いつものパン屋のおじさんに頼み、メイドを紹介してもらった。

 私の素性は内緒でという条件のもと、求人をかけたところ、奇跡的に見つかったのだ。

 メイドの名はマーヤ。彼女はある事情があり、貴族の家では働けないのだという。そのため、私に仕えられると聞いて、大喜びしていた。


「お嬢様、あたくしに、なんでも頼ってくださいね!」

「ええ、ありがとう」


 マーヤは兄や父よりも背が高く、声も太い。体付きは屈強そのもので――つまり、女性ではなく男性なのだ。

 メイドの格好は趣味の一環で、休日のみ行っているらしい。

 普段は王族に仕える近衛騎士だという。

 彼……ではなく、彼女はメイドと護衛役の両方を務めることができるのだ。

 パン屋のおじさんはとんでもなく優秀な人材を紹介してくれた。


「お嬢様は積極的に慈善活動をされていて、本当に尊敬します」

「大したことではなくってよ」


 子ども達の様子が心配なのは本心ではあるものの、真なる目的はクラウスと会うことで、慈善活動がメインではない。


「下町で、病気が流行っているのですって。同僚達は下町に近付くな! って言うばかりで、対岸の火事にしか思っていないようで」

「ええ……」


 人は小さな歯車のようだと思っている。この世は歯車同士がかみ合って、少しずつ少しずつ動いているのだ。

 どこかの歯車が壊れてしまったら、それを除けば解決するものではない。

 小さな歯車を無視し、関係ないとそっぽを向いていると、自らに迫る危機には気付かないだろう。


 下町の流行病も、誰かが解決の手を打たないと、感染が広がっていく。

 ひとまずパン屋のおじさんに頼んで、薬が買えない者達に向けた簡易診療所を手配してもらった。

 新聞社にも報じてもらい、支援してほしいと訴えたのだ。

 現在、善良な貴族達が寄付を集め、診療所での支援が広がりつつある。

 以前よりは、流行病の勢いは弱くなっているようだ。


 養育院の子ども達も、薬を飲んで元気になったようだ。

 ただし、院長はまだまだ療養が必要だと判断し、地方の病院に移ったという。

 シスターカミラが院長の近況について教えてくれた。


「空気のよい場所で休んだら、きっと具合もよくなるはずです」

「ええ、そうですわね」


 庭を走り回る子ども達の数が、以前よりも減っている。

 どうしたのかと訪ねると、流行病で子どもを亡くした親達が、養子にしたいと詰めかけているようだ。


「流行病のおかげだとは言いたくないのですが、ひとりでも多くの子が、新しい家族を得られるといいなと思っています」


 不幸な子どもがひとりでも多く減りますように。そう願うしかない。

 そして、今日もクラウスは養育院に現れなかった。


 あまり詳しい話は聞けていないのだが、クラウスはたしかにここの養育院へやってきているらしい。

 養育院について卒業論文として発表するために、一ヶ月ほど前から通っているようだ。

 何度か足を運んだら、いつか会えるはず。そう信じるしかなかった。 

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