お通夜ムードの魔王城と鬼コーチ・無縫。〜出会い頭に吹き飛ばされるノワール魔王陛下を添えて〜。
『ブラック・ダンデライオン』でのギャンブルを終えた無縫達はブルーベル商会を後にしたメープル達と合流を果たした。
既に夜遅くなっていたため前日と同様に一度異世界ジェッソに戻り、宿屋『鳩の止まり木亭』で一泊してから再び時空の門穴を開いて異世界アムズガルドに向かう。
今回もメンバーは同じだ。普段あまり店を留守にしないメープルだが、今回は新作のパンの構想のための勉強期間ということを理由に店を信頼できる従業員達に任せてきたようだ。
魔王軍幹部にお店の業務――常に忙しくしているメープルの姿を知っているお客達は「息抜きは大切だ」と、このメープルの休暇を好意的に受け取っているらしい。
街のみんなから愛されている彼女の人柄が窺える話である。
さて、無縫が時空の門穴の転移先として選んだのは禍々しい装飾に彩られた玉座が置かれた謁見の間であった。
豪奢と悪趣味が交錯する、薄暗い謁見の間の主は無縫の姿を見るなり剣を鞘から抜き去り、立ち上がる。
その剣が禍々しい魔力を纏っていたことを『魔王』という存在を間近で見たことのあるメープルは瞬時に見抜いた。同時に、メープルの額から汗が吹き出す。
咄嗟にスノウを庇うメープルだったが、どうやらその男の眼中にメープルもスノウも入っていないようだ。
「庚澤無縫! 我の可愛い可愛いヴィオレットちゃんを誑かした貴様に今日こそ鉄槌を喰らわせてやる!! 死に晒せッ!! 【魔王の一斬】!!」
謁見の間の床を踏み砕き、加速する純魔族の男――魔王ノワール=ノルヴァヌスに、無縫は絶対零度の一瞥を与えると帯刀していた聖剣を鞘ごと取り外し、鞘から抜くことなく構えた。
そして一切無駄の無い動きでノワールの一撃を避けると、すれ違い様に剣をノワールの腹部に野球のバットの如くスイングしてぶつける。
まるでバットで打たれた野球のボールの如く、ノワールは面白いくらいに吹き飛び、謁見の間の玉座の背後の壁を破壊して外へと飛んでいく。
「……相変わらず愚かな父上じゃ。無縫に勝てる訳がなかろう」
その光景をノワールの愛しの愛しの愛娘、ヴィオレットは冷めた目で見ていた。
昔から現在に至るまで魔王としての父親――ノワールの姿には尊敬の念を抱いていたが、娘が絡むと暴走する悪癖には色々と思うところがあるようである。
「だっ、だだ、大丈夫なのですか!? あの方、この国の魔王様なのですよね!?」
ヴィオレットの故郷――魔王国ネヴィロアス、この国を統治している魔族の頂点に暴力を振るって本当に大丈夫なのかと心配になり、血の気が引いているスノウ。心なしか雪女の性質でただでさえ低い体温が更に下がっているようにも感じられる。
「まあ、会うたびにボコしているし、あれがダメっていうならとっくの昔に国際問題になっていますよ。というか、毎回娘を誑かして堕落させる悪い男みたいな扱いするけど、寧ろ俺の方が被害者だし、もっとまともな性格になるように教育しなかったノワールが全面的に悪い、寧ろ俺は被害者だ! って言いたいよ!!」
「うむ、その通りじゃ!」
「いや、お前が偉そうに言うなよ! ヴィオレット!!」
「おうおう! またやってくれたなぁ! 魔王城の修繕……ヴェノゼラの奴が泣くぞ?」
無縫とヴィオレットがそんな夫婦漫才擬きを繰り広げていると、謁見の間の扉が開き、四人の男女が中に入ってきた。
開口一番、謁見の間の壁に空いた大きな穴に一瞥を与えて「ガハハ!」と高笑いする巨大な剣を背負った龍人族の男、胃に手を当てて懐から取り出した薬物らしきものを大量に口に放り込んでいる毒々しい色のキノコを頭に生やした赤いドレス姿の女性、龍人族の男にジト目を向ける白衣を纏った水色のスライムの身体を持つ粘魔族の女王、ダークスーツに身を包んだ夢魔の翼と角を持つ大人しそうな眼鏡姿の青年――彼ら彼女らこそ、魔王国ネヴィロアスが誇る四天王達である。
龍人族の男はヴァルフレウ=ドラゴニアス。
軍事を担当する魔王軍四天王であり、同時に魔王軍最強の騎士団ナイトメア・ナイツの騎士団長も兼任している。魔王に次ぐ魔王国第二位の実力者で、ヴィオレットへの剣術指南も彼が担当した。
頭にキノコを生やした毒茸族に分類される女性の名はヴェノゼラ=トリコデルマ。
財務を担当する魔王軍四天王である。彼女が首を縦に振らない限りは予算が降りないため、魔王軍の大半から目の敵にされている可哀想な女性である。普段から胃にストレスがかかる仕事をしているため胃薬が手放せないらしい。
粘魔族の女王の名前はエルゼビュート=ソーダリオン。
元々は法務を担当する魔王軍四天王だったが、リリスの父親の死後は内務の職務も兼任していた。魔王国がイシュメーア王国をはじめとする人間諸国と和解してからは外務の担当も兼任している。
最後に男夢魔の青年がリリスの弟であるリアム=マイノーグラである。リリスの名代として内務を担当する魔王軍四天王として働いている。……とはいえ、まだまだ経験が浅いためエルゼビュートの助言と承認を得ながら業務を遂行しているのだが。
「お久しぶりです、無縫様。……その、お姉様は元気にしておりますか?」
「うーん……その、微妙だな。昨日会った時には死に掛けていた。……主にそこの莫迦が原因で」
「……となると、あの件についてはリリスお姉様もご存知なのですね」
「俺が直接伝えに行ったからね。とりあえず、ヴェノゼラさん。ヴィオレットが強奪した国庫の金は色を付けて返却するよ」
「ありがとうございます。助かりましたわ、無縫様。……このままだと民の反感を買って革命が起きそうでしたの。ひとまず、これで暴動は止められそうですわ」
無縫が『ブラック・ダンデライオン』でギャンブルをして取り返した金貨の入った袋を時空の門穴経由で取り出すと、ヴェノゼラは謁見の間に部下を呼び寄せて金貨の入った袋を運び出させた。
「本日は四天王の皆様にご相談があって参りました。……魔王陛下は、まあ、あんな調子なので事後報告でいいでしょう。あの親莫迦が許すとも思えない提案ですし」
「……確かに、魔王陛下は娘が絡むと目が曇って正常な判断ができなくなりますからね。……一体どのような提案かは分かりませんが、無縫様のことですから良い妙案を思いついたのでしょう。お話、伺わせて頂きますわね」
四天王に案内されるまま、無縫達は魔王城内の応接室へと向かった。
エルゼビュートが鈴を鳴らすとメイド服に身を包んだ女性達が応接室に入ってきて、それぞれの前に飲み物とお茶菓子を並べていく。無縫の目の前には当然のようにコーヒーが入ったカップが置かれた。
無縫はコーヒーの芳醇な匂いを堪能した後、一口味わい、満を持して口を開く。どうやら、無縫を満足させる味だったようだ。
「今回の騒動はイシュメーア王国でも深刻に受け取られていました。……と言いつつ、第一王女殿下と大臣閣下はヴィオレットが国庫の金を盗んでギャンブルをするかどうかで賭けをしていたようですが」
「……魔王国としてはあまり喜ばしいお話ではありませんね。まさか、そのような賭けをしていたとは。……ところで、その結果は」
「期間は十年。大臣閣下はヴィオレットが国庫のお金に手を出す筈がないと考えていたようで、使わない方に賭けていました。一方、第一王女殿下は使う方に賭けました。結果はお察しの通りです」
「やはり、先見の明があるお方……油断なりませんわね」
外交担当としてイシュメーア王国ともバチバチやり合ってきたエルゼビュートの顔が真剣味を帯びる。
一方、ヴァルフレウはというと「そんなに高次元の読み合いか? 俺は姫さんはいつかやらかすと思っていたぜ!」と爆弾発言を投下して場の空気を凍り付かせていた。
「これは俺の意見ですが、ヴィオレットに魔王は務まりません」
「……まあ、そりゃな。国庫の金に手を出すような奴が民の信頼を得られるとは思えない」
「腕っぷしだけでどうこうなる時代は終わりましたわ。強き国を作っていくためにも民からの信頼は必要不可欠。このままヴィオレット様が魔王に就任することになれば魔王国は空中分解することになるでしょう。ただでさえ様々な種族が集まっている国です……一度砕け散ってしまえば二度と統一することはできないと考えるべきだと思いますわ」
「でも、そうなると交戦論者達が困るわね。あっ、もしかして無縫君が王様やってくれるのかしら? 魔王を倒せるだけの力があって魔剣も扱えて破滅願望はあるけどこういう話に関しては一切私情を交えずに遂行すべきことを遂行してくれる。これ以上の人材はいないと思うわ」
「いや、エルゼビュートさん。俺の性格を知っているでしょう? ……ちなみに余談だけどリリスさんは別にヴィオレットが国庫のお金を使ったことを知って気絶した訳じゃないよ?」
「へっ……じゃあ、何故お姉様は? ……って、まさか!?」
「今の魔王軍四天王の皆様は魔王陛下と同世代がほとんど。次期魔王はできるだけ若い世代から選びたいとお考えの筈です。なので自分達の子供や若者が多い魔王軍幹部などから候補者を選定することになるでしょう。……しかし、唯一例外的に魔王軍四天王の中で候補者になりうる人物がいます。元魔王軍四天王でヴィオレットの専属侍女としても働いていたという確かな出自と実績。そして、全く肩書きが通じない異国で内務省の参事官補佐まで出世したことから垣間見える確かな実力。それに、所属しているのは政府機関。携わっている仕事はかなり特異なものとはいえ、多少なりは内政に関わっている仕事をしていますし、魔王国にとっては最大の同盟国と言える大日本皇国との橋渡し役としても申し分ない存在。……俺はリリス=マイノーグラ殿を次期魔王に推薦します」
「……そりゃ、お姉様も気絶するでしょうね」
「勿論、今のままでは足りない部分があります。なので、古の魔王への挑戦の儀式、あれを形を少し変えて現代に甦らせようと思います。つまり、現魔王――あの憎っくきノワールの奴をリリスさんにボコボコにしてもらおうという話です。勿論、今のままでは勝てるとは思えない。……今の俺はここにいる魔王軍幹部のメープルさんや宿屋の看板娘のスノウさんの出身地、異世界ジェッソでクリフォート魔族王国という国を巡っているのですが、その旅の間にリリスさんを鍛えて魔王と戦える戦力に育て上げるつもりでいます」
「うわぁぁ……それって実質的な死刑宣告じゃ。リリスの嬢ちゃんもとんだとばっちりだったろうな」
「……気絶したくなる気持ちも分かりますわ。私が聞いてもきっとショックで気絶してしまったでしょうね」
「……リリスさんの気持ちを考えただけで……うっうっうっ」
「……お姉様……どうか、心を強く持って」
お通夜ムードになる四天王の面々に「流石に揃いも揃って酷くない!?」と不服そうな顔をする自覚なき鬼コーチ・無縫であった。
◆ネタ等解説・九十話
男夢魔と女夢魔
古代ローマ神話とキリスト教の悪魔の一つ。淫魔ともいう。
夢の中に現れて性交を行うとされる下級の悪魔。インキュバスは男性型の悪魔、サキュバスは女性型の悪魔だが、インキュバスとサキュバスは同一の存在であるという説もある。
◆キャラクタープロフィール
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・ノワール=ノルヴァヌス
性別、男。
年齢、五十二歳。
種族、純魔族。
誕生日、十一月五日。
血液型、A型Rh+。
出生地、異世界アムズガルド魔王国王都デモニア。
一人称、我。
好きなもの、ヴィオレット=ノルヴァヌス(愛娘)。
嫌いなもの、娘の恋人候補、庚澤無縫。
座右の銘、魔国平穏。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、庚澤無縫。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、魔王国ネヴィロアス君主、魔王。
主格因子、無し。
「ヴィオレット=ノルヴァヌスの父親で現魔王。稀代の名君で民からの信頼も厚いが、愛娘のヴィオレットが絡むと暴走するのが玉に瑕。娘を堕落させた無縫に対して異常なまでの敵意と殺意を向けているが、無縫に勝利した事例はこれまで確認されていない」
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・ヴァルフレウ=ドラゴニアス
性別、男。
年齢、五十一歳。
種族、龍人族。
誕生日、四月十日。
血液型、B型Rh+。
出生地、異世界アムズガルド魔王国ドラゴニアス領ドレイク山脈。
一人称、我。
好きなもの、鍛錬。
嫌いなもの、軟弱者。
座右の銘、武勇昇龍。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、鍛錬は一日にしてならず。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、魔王国ネヴィロアス魔王軍四天王、龍人族族長。
主格因子、無し。
「龍人族の族長。軍事を担当する魔王軍四天王であり、同時に魔王軍最強の騎士団ナイトメア・ナイツの騎士団長も兼任している。魔王に次ぐ魔王国第二位の実力者で、ヴィオレットへの剣術指南も彼が担当した。豪放磊落な性格」
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・ヴェノゼラ=トリコデルマ
性別、女。
年齢、四十八歳。
種族、毒茸族。
誕生日、十月十五日。
血液型、A型Rh+。
出生地、異世界アムズガルド魔王国トリコデルマ領暗闇の森。
一人称、私。
好きなもの、森林浴。
嫌いなもの、ストレス源になる全て。
座右の銘、厳正なる財務。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、魔王国ネヴィロアス魔王軍四天王。
主格因子、無し。
「頭にキノコを生やした毒茸族に分類される女性。財務を担当する魔王軍四天王。彼女が首を縦に振らない限りは予算が降りないため、魔王軍の大半から目の敵にされている可哀想な女性である。普段から胃にストレスがかかる仕事をしているため胃薬が手放せないらしい」
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・エルゼビュート=ソーダリオン
性別、女。
年齢、四十九歳。
種族、粘魔族の女王。
誕生日、三月十六日。
血液型、A型Rh-。
出生地、異世界アムズガルド魔王国ソーダリオン領底なし沼地。
一人称、私。
好きなもの、ハーブティー。
嫌いなもの、特に無し。
座右の銘、粘魔妖艶。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、魔王国ネヴィロアス魔王軍四天王。
主格因子、無し。
「スライムの上位種粘魔族の女王。元々は法務を担当する魔王軍四天王だったが、リリスの父親の死後は内務の職務も兼任していた。魔王国がイシュメーア王国をはじめとする人間諸国と和解してからは外務の担当も兼任している」
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・リアム=マイノーグラ
性別、男
年齢、十九歳。
種族、男夢魔。
誕生日、三月五日。
血液型、AB型Rh+。
出生地、異世界アムズガルド魔王国ネヴィロアス四天王領。
一人称、僕。
好きなもの、リリス=マイノーグラ(最愛の姉)。
嫌いなもの、特に無し。
座右の銘、清く正しく誠実に。
尊敬する人、リリス=マイノーグラ(最愛の姉)。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、魔王国ネヴィロアス魔王軍四天王、ヴィオレット付き侍女、内務省異界特異能力特務課参事官補佐。
主格因子、無し。
「男夢魔の青年。リリスの名代として内務を担当する魔王軍四天王。姉のリリスのことを尊敬している。リリスが大日本皇国に赴いてからは代理を務めるようになり、姉の偉大さを感じる場面が増えてきた」
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