澄み渡った空、爽やかな風、青く美しい海――かつての当たり前を取り戻したいという願いは、その日確かに叶えられたのだ。
レイゼン大迷宮九十層――迷宮の創造から現在に至るまで長らく未踏となっていたこの地を猛スピードで駆け抜ける者達がいた。
彼らこそ、長らく所在不明だった迷宮の入り口を自律式統括者から聞き出すこと成功したルインズ大迷宮攻略メンバーの一人であるドルグエス率いるレイゼン大迷宮攻略パーティである。
「覇霊氣力・雷鳴変化ッ! 千鳥雷切ッ!!」
春臣の剣に纏わせた覇霊氣力が漆黒の雷撃へと変化した。
高速で迷宮を駆け抜ける春臣は次々とすれ違い様に緑小鬼を切り捨てていく。
「覇霊氣力・水流変化ッ! 九頭竜村雨!」
「桃源天剣流・北斗ノ太刀・巨門!」
同期の愛莉と日和も負けていない。愛莉は覇霊氣力を水の属性へと変化させ、剣を振るうと同時に無数の九頭竜の姿へと斬撃を変化――無数の緑小鬼を同時に切り捨てていく。
日和も桃沢家に代々継承されてきた鬼斬の技で確実に一体ずつ魔物の群れを殲滅している。
ちなみに、春臣は魔導裁縫師という巨大な鋏を出現させて鋏で敵を両断したり、魔力で生成された糸と針で敵を縫い付けることができる天職、愛莉は氷魔剣士という氷の属性の力を宿した特殊な魔剣を生成することができる天職と聖女、日和は赫雷術師という真紅の雷撃を自在に発生させることができる天職と網羅武器士をそれぞれ獲得しており、それぞれのスキルの確認はここまでの探索で済ませている。
いずれも強力な天職だが、その分、燃費の悪い攻撃が多い。今はボス戦に備えて魔力の蓄えておくために鬼斬の技を主軸にして戦っているようだ。
「「「陰陽術・弱化の法!!」」」
しかし、それは鬼と刃を交えることが可能な直接戦闘能力を有する鬼斬だからこそ成立する話である。
基本的に裏方として鬼斬達前衛のフォローに回ることが多く、直接的な攻撃手段に乏しい陰陽師では鬼斬達のようにはいかない。
鬼斬が覇霊氣力と呼ばれる自身の中に内在する生命力的な力を操る者であるとすれば、陰陽師は龍脈のような外部に存在する力を借りて術を発動する。
賀茂幸成ほどの実力者であれば十二天将に代表される強力な式神を使役して直接攻撃を仕掛けることもできるが、それは陰陽師の中でもかなりの上澄に限られる話。
基本的に陰陽師は戦いの場を整え、術によって敵を弱体化させ、鬼斬達が戦いやすい素地を作るのが役目だ。
陰陽師の攻撃手段といえば、守りの術である「晴明桔梗」の護符と対になる「九字格子」の他に五行の属性を付与した護符による攻撃くらいしかない。……まあ、それでも全くない訳ではないので心許ない状態でもまだマシであるという捉え方をされる場合もあるのだが、それでも鬼斬に比べれば戦場の前線で戦えるほどの力はないことは覆しようのない事実だ。
だが、異世界で戦闘系天職を手に入れれば一気に攻撃手段が増えることになる。
芳房は双剣術師と大賢者、美遊は音撃術師と偶像乙女、藤翔は暗殺者と結界師、獄焔操術師の天職をそれぞれ獲得し、それぞれの天職の力を主軸にして戦術を構築していった。
「凍てつく風よ! 吹き荒れて、世界の全てを極寒に包み込め! 【極寒地獄】!! からのぉ、双剣ラッシュッ! 身体が思い通りに動くのは良いことですなぁ!」
「打音! 強打音! 強々打音! 爆閃打音!! スカッとするわね! 魔物を四散させていくのって!!」
「……俺の天職と迷宮っていう閉鎖空間がいまいち噛み合っていないのが難点なんだよな。本当は獄焔を使いたいところだけど……暗殺秘剣!」
「うむ、剣の使い方が上手くなってきたようじゃの。……しかし、どちらにしろ、周囲に被害を出しまくる炎の術など使い道がないのではないか? 鬼を焼き殺す前に火事になるぞ!」
「氷とか、風とか、そういう被害が少ない天職が欲しかったんですけどね……ないもの強請りをしても致し方ないか」
と、まあ、若干名獲得した天職に不満を抱えている者もいたものの、陰陽師陣営もかなり戦力の底上げができているようだ。
実際、既に周辺の魔物は相手にならないようで芳房達も危なげなく魔物達を屠っている。
異世界で得た天職のスキルをメインで扱っているのは何も陰陽師達だけではない。
科学戦隊ライズ=サンレンジャーの五人もいつもの戦闘スタイルは封印して異世界のスキルをメインに戦っていた。……まあ、科学戦隊ライズ=サンレンジャーの象徴であるヒーロースーツを纏うことで身体強化の恩恵を受けているため、完全に封印しているという訳ではないのだが。
「噴き上げろ! 熔岩柱!!」
紅煉騎士と熔焔術師の天職を獲得した賢一、レッドブライトは熔焔術師の力で大地に干渉し、灼熱のマグマでできた柱を魔物達の足元から噴き上げさせる。
片手剣と銃の組み合わせで元々遠距離・近距離と共に隙がほとんど無かったレッドブライトだが、熔焔術師という強力な遠距離攻撃も使用可能な天職を手に入れて更に隙が無くなったようだ。
「凍てつけ……凍氷弾」
別系統の力を得ることで強化されたレッドブライトに対し、颯斗――ブルーブライトは元々得意な分野を強化するタイプの天職を獲得していた。
獲得した天職は凍氷弾放師と狙撃手。その中でも凍氷弾放師は武器を所持していない状態でも着弾した地点を凍結させることができる弾丸を自由に生成して放つことができるという天職で、距離から敵の足止めを行うという颯斗の役割ともマッチしている。
レッドブライトのような直接殺傷能力は低いが、命中した地点を瞬時に凍結させて動きを鈍らせる力はなかなかに強力だ。
ブルーブライトが敵を弱らせて、仲間がトドメを刺すというのが分かりやすい使い道だが、ブルーブライト自身にも時前の狙撃銃という別の切り札もある。凍氷弾放師の力で敵の動きを封じ、狙撃手の天職で強化された狙撃銃による一撃でトドメを指すという戦法が今後は主流になるのかもしれない。
「迷宮が壊れない程度に爆撃だよー!!」
己が長所を伸ばしたメンバーは他にもいる。琥太郎――グリーンブライトもその一人だ。
爆弾で本来は敵の撹乱役や測距を担当する彼が手にした天職は爆弾錬成師と爆撃術師。
爆弾錬成師は様々なものにスキルで干渉することで手製の爆弾を生成することができる力である。
一方の爆撃術師は踏んだ者を爆発させることができる爆発魔法陣を視界内の任意の場所に設置することが可能な天職だ。
後者は魔力を探知する力で発見されてしまうという欠点があるが、罠としてはなかなか火力が高く上手く相手に踏ませることができれば確実にダメージを与えることができる。
前者は爆発範囲が狭いが、魔力を探知されないという長所がある。
全く別種の二つの爆発系スキルの獲得に成功し、グリーンブライトの撹乱技術は更に高まったと言えるだろう。
「雷閃拳! 蒼雷脚蹴!」
大作――イエローブライトもどちらかといえば己が長所を伸ばしたメンバーだ。
獲得した天職は武闘王、雷閃拳士、蒼雷脚士の三つであり、武闘王はイエローブライトの肉弾戦の強化に貢献している。雷閃拳士は拳に雷を纏うことができる天職、蒼雷脚士は足に青く輝く雷撃を纏うことができる天職であり、属性攻撃というイエローブライトがこれまで有していなかった能力の獲得に繋がった。
最後の一人、惠――ピンクブライトが獲得した天職は操鞭師と毒操術師だった。
操鞭師はヒーローとしての武器である特殊な鞭をより上手く扱う際に役立ちそうである。一方、ヒーローらしからぬ毒操術師の力は科学戦隊ライズ=サンレンジャーがあまり得意としてこなかった搦手の強化に役立ちそうだ。……まあ、手に入れた本人は欠片も嬉しそうでは無かったが。
そして、一人全く関係なく聖剣を振り回して暴れているドルグエス……明らかにチームワークを大切にする気がないドルグエスに、本当にこの後のボス戦に勝てるのだろうかと心配になる一同であった。
◆
ドルグエスが一人弾丸の如く突撃し、残る全員が涙目になりながらフォローに回るという戦術も何もあったものではない無茶苦茶な方法でなんとかデモニック・ネメシス相手に一勝した頃、無縫はフィーネリア、ミリアラ、マリンアクア、エアリス、ミゼルカと共に異世界アルマニオスに向かった。
今回の移動先はコロニーではなく地上だ。無縫を除き全員が防護服を纏っており、無縫は魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスに変身している。
魔法少女の身体は強酸の沼地の中だろうと、猛毒の霧の中だろうと生存可能な性能をしているが、それでも防護服の集団の中に可愛らしい衣装を纏った少女がいる光景はなかなかシュールである。
時空の門穴を開いた先には何人もの統一感のない防護服姿の人影があった。
コロニーごとに防護服のデザインは統一されている。そのため、少し知識があるものであれば、この地に複数のコロニーの関係者が集まっていることがよく分かるだろう。
「無縫殿、よろしく頼みます」
異世界アルマニオスを代表してローヴマルクが頭を下げた。
魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスはそれに答える代わりに瑠璃色の陽光を召喚すると構えた。
「それでは、異世界アルマニオス再誕術式を開始致します。――操力の支配者」
言葉にした魔法の名こそ一つだったが、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスが発動したのは二つの魔法だった。
一つは魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスの代名詞である「操力の支配者」。
魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスはこの力で星の可能性エネルギーの流れ――龍脈へと干渉し、暴走したエネルギーを沈静させ、安定させていく。
これにより、龍脈の乱れによって生じていた厄災に相当する自然災害の大半は発生しなくなるだろう。
だが、これで異世界アルマニオスを悩ませる問題が全て解決した訳ではない。
龍脈への干渉はやっていることこそ壮大だが、目に見えない地味な魔法である。
それよりも目を引くものが、フィーネリア達の目の前で繰り広げられていた。
深い赤色に染まった空を埋め尽くすほどの無数の魔法陣――眩い金色の、聖なる輝きを放つ魔法陣は一際強烈な光を放つ。
魔法に馴染み深いエアリスとミゼルカは、その魔法陣一つ一つに込められた魔力に戦慄を覚える。
魔族を統べる魔王? 魔族討伐の切り札である勇者? 聖なる力で浄化と回復を行う聖女?
そんな選ばれし者達が、英雄や化け物と呼ぶべき存在が霞むほどの圧倒的な力。
その力は、今回は星の環境改善に向けられている。……だが、もし、それが星を滅ぼすために向けられるとしたら?
そんなことになれば、星で暮らす生きとし生けるもの全てが死を迎えることになるだろう。それほどの力を魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスが有していることを、この場にいる誰もが本能的に理解した。
「世界を遍く照らす光よ! 大いなる浄化の光で死の大地に、清き息吹を! 大地浄化の光炎!!」
眩い光が世界を塗り潰す――。
爽やかな風が吹いた。
青く澄み渡った空は高く、降り注ぐ恒星の光はとても柔らかだ。
海は青い光を反射して美しく輝いている。
一人の防護服姿の人物がヘルメットを投げ捨てる。
ドワーフ族と思われるその老人は、空を見上げる。その目から、雫が零れ落ちた。
「あぁ……何度この空を夢見たことか。もう二度と見ることができないと……ずっと諦めていた、この空を」
次々とヘルメットが宙を舞う。抱き合い、心の底から涙し、笑い合う。
――この日、異世界アルマニオスは大きく変わった。
この歴史的な日を、きっと忘れることはないだろう。
◆ネタ等解説・六十九話
千鳥雷切
いずれも立花道雪が持っていた刀が元ネタ。
はじめこの刀は、柄に鳥の飾りがあったことから「千鳥」と呼ばれていたが、雷の中にいた雷神を切り裂いたことから「雷切」と呼ばれるようになった。
九頭竜村雨
九頭竜と村雨を合わせた造語。
九頭竜は九つの頭を持つ龍のことであり、日本各地でその伝承が語られている。その多くが水と深い関わりがあるものである。
村雨は、江戸時代後期の読本『南総里見八犬伝』に登場する架空の刀で、抜けば刀のつけ根から露を発生させ、寒気を呼び起こす奇瑞があるという。
天野明氏の漫画『家庭教師ヒットマンREBORN!』に登場する朝利雨月の技「九頭竜 川崩れ」も技名の決定の際に参考にした……ような気がする。
晴明桔梗
五芒星と同じ形をしている。名称は陰陽師・安倍晴明に由来。
陰陽道で使用される紋様の一つ。
九字格子
格子の形をしている。名称は陰陽師・蘆屋道満に由来。
陰陽道で使用される紋様の一つ。
ちなみに、九字紋は横五本縦四本の線からなる格子形が一般的であるが、ドーマンの線数は必ずしも九本とは限らないようである。
五行思想
古代中国に端を発する自然哲学の思想。
万物は火・水・木・金・土の五種類の元素からなるという説。
五種類の元素は「互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する」という考えが根底に存在する。
「相生」、「相剋」、「比和」、「相乗」、「相侮」という性質が付与されている。
ニブルヘイム
北欧神話における霧と氷と闇の世界で、原始の泉フウェルゲルミルが湧く地でもある。
南方には灼熱の地ムスペルスヘイムがあり、この両世界の中間に神々と人間の世界は位置する。
打音、強打音、強々打音
いずれも音楽の記号に由来。
フォルテは音楽の強弱標語の一つ。「強く」の意で記号はfと表記される。
フォルティシモは音楽の強弱標語の一つ。「とても強く」という意で記号はff と表記される。
フォルテフォルティッシモはフォルティッシッシモとも言う。音楽の強弱標語の一つ。「フォルティシモもよりも更に強く」という意で記号はfffと表記される。
技名の由来は遠藤浅蜊氏のライトノベル『魔法少女育成計画』の外伝作品「魔王塾主催地獄サバイバル」で森の音楽家クラムベリーが披露した「打音」という技。
爆閃打音
こちらも上記同様音楽用語に由来。「特に強く」という意で、記号はsfzと表記される。
技名の由来は遠藤浅蜊氏のライトノベル『魔法少女育成計画』の外伝作品「魔王塾主催地獄サバイバル」で森の音楽家クラムベリーが披露した「内部破壊音」と「大爆音」という技。
大地浄化の光炎
魔法の名称はイタリア語で星を意味するStellaと、浄化を意味する英単語のpurificationを合わせた造語。光炎という当て字は佐崎一路氏が小説家になろうで連載しているネット小説『リビティウム皇国のブタクサ姫』の「浄化の光炎」から着想を得ている。
コーキュートス。
ギリシア神話の冥府に流れる川。
その名は「嘆きの川」を意味し、同じく地下の冥府を流れるアケローンに注ぎ込むとされる。
ダンテ・アリギエーリの著書『神曲』にも登場。地獄の最下層にあたる第九圏とされており、カイーナ、アンテノーラ、トロメア、ジュデッカの四つの領域に区分される。また、地獄の中心ジュデッカの更に中心、地球の重力が全て向かうところには、神に叛逆した堕天使のなれの果てである魔王ルチフェロが氷の中に永遠に幽閉されているとされている。




