まさか、一国の首相が一兵卒として戦地に立つなんて誰も思わないよね……例えそれが高名な剣士だとしても。
現れたのは二人の男女だった。
そのうちの一人はグラヴァデウス達も知っている顔であり、グラヴァデウスは怒気を孕んだ視線を向ける。
「――ッ!? フィーネリア=レーネ!!」
「流石は四大領主の一角レーネ家のご令嬢。当然顔は覚えられているみたいだね」
「それで、今から彼らを拷問するってことで良かったのよね? ロードガオンの動きはあまりにも速かった。……つまり、信じたくはないけど秘密を知っていた第一部隊の中に裏切り者がいるということ。あんまり私は拷問とかしたくないのだけど、でも彼らも簡単に口は割ってくれないだろうし仕方ないかしら?」
「……へぇ、お優しいこった。いや、善人ぶっているだけか? お前らロードガオンの人間はとっくに穢れてんだよ。星を食い潰し、生き存えて来たんだからな。それが何を今更、自分は優しいみたいなフリをしてんだ……虫唾が走る」
「それが虚界のルールだろ? お前らだってただ奪われる側だった訳じゃなかったんじゃないか? というか、お前らの境遇はどうでもいい話だ。地球の人間にとっては外敵に他ならない。それに、フィーネリアさん達と大日本皇国は同盟関係にある。その意味は分かるか?」
「実に愚かなことだ。お前らは騙されているんだよ! その女に!! どうせいいように使われて捨てられるだけだ! ロードガオンってのはそういう国なんだよ!!」
グラヴァデウスは勝ち誇った笑みを浮かべ、けたけたと笑う。……そんなグラヴァデウスを信じられないような目でフィーネリアは見ていた。
フィーネリアは身を持って無縫の恐ろしさを知っていた。自分の掌で転がすことなどできる筈もないほどの格の違いがあるのだ。しかし、それはグラヴァデウス達には分からないことである。この認識の違いは極めて大きなものだ。
しかし、グラヴァデウスの狂った笑いは唐突に立ち消えることになる。フィーネリアと共にいた大日本皇国の人間が――無縫が薄寒い笑みを浮かべていたからだ。
「ってかさぁ、拷問も別にいらないんだよね。そもそも、誰が情報を流したのかも把握しているんだから」
「はぁ……えっ、どういうこと?」
「犯人はガラウスだよ。あいつは変装し、第一部隊のメンバーとしてしれっと【悪魔の橋】の防衛戦とルーグラン王国聖戦戦争に参加――その間に知った同盟の話をロードガオンに親書を送る前に報告し、襲撃とフィーネリアさん達を粛清を仕掛けるように進言したってところだろう」
「つまり、ガラウスが怪しい動きをしていたことを知っていたってことよね?」
「ああ、で、なんでそんなことをしたかっていうとロードガオンに戦争を仕掛ける大義名分を得るためだ。大日本皇国はロードガオンに譲歩したにも拘らず襲撃を受けた。この事実を作るためにガラウスを泳がせていたってことだ。……まあ、後で適当にガラウスを拷問して真相を確かめればいいだろう。さて、問題はこいつらの処遇だ。……正直、生かしておく義理はない」
「……彼らもロードガオンの被害者よ。故郷の大切な人を守るために本国の命令を受けるしかなかった。……私は彼らの命を奪いたくないわ」
「けっ……どこまでも甘いお嬢様だ。虫唾が走る」
「では、彼らは無傷で解放しよう。船も修復しておいたからどこへでもいくといい。だが、これ以上地球に手を出すなら今度こそ息の根を止める。勿論、ロードガオンで立ち塞がった場合も同様だ。――次はない」
「ありがとう、無縫君。……私の我儘を聞いてくれて」
「まあ、これが彼らのプライドを最もズタズタにできる最善手だからね。四大領主のご令嬢の慈悲で命を救われることほど彼らにとって屈辱的なことはないだろう」
「前言撤回……やっぱり無縫君は性格が悪いわ」
「じゃあ、フィーネリアさん。ミリアラさんとマリンアクアさんを呼んでおいたからシグルドリーヴァさんと一緒にワーテロー国の遠征部隊が暴れずに地球を去ってくれるように見張りをよろしくお願いします」
「……私の知らない間にすっかり指揮権を掌握しているのね」
「別にそういうことじゃないよ。ただお友達として二人に頼んだだけ。一応、『真の神の使徒』は一人護衛につけるけど万が一暴れてフィーネリアさんが傷つけられる可能性もないとは言い切れないから護衛兼見張を引き受けて欲しいって。本当に愛されているね、流石はフィーネリアさんだ」
「……ところで、無縫君はこれからどこにいくのかしら?」
照れ隠しにフィーネリアは強引に話題を変えた。
「まあ、とりあえずガラウスを軽く拷問してから……今日は午後から記者会見があるからね。その前に裏付けを取った情報を大田原さんに報告する」
「……記者会見というと?」
「ネガティブノイズの【七皇】のうち大日本皇国の庇護を求めてきた二名に関することだよ。元々その件について帰国した大田原さんが記者会見を行うことになっていたんだけど、話題が一つ増えてしまった感じだね。それじゃあ俺は先に失礼するよ」
そう言い残し、無縫は部屋を去っていった。
◆
首相官邸一階の記者会見室――記者会見が行われる際には多くのメディア関係者が集まる場所だが、その日はとりわけ多くのメディア関係者がこの場に集まっていた。
通常、壇上に立つのは首相一人だが、その日は臨時で席が二つ設けられている。その席に座るのは長年世界と敵対してきたネガティブノイズの最上位に位置する【七皇】のメラクとベネトナシュだった。
大田原惣之助が語ったのはメラクとベネトナシュ――二人と同盟を締結したということだった。
長年敵対してきたネガティブノイズとの同盟は福岡博多テレビの報道によってあらかじめ想定できていたとはいえそれでも衝撃的なニュースであり、これほどの報道陣が集まったのも同盟によって生じる影響やここに至った経緯などを深掘りするためだった。
「福岡博多テレビです。一点、【七皇】のお二人にご質問させてください。今回の同盟はネガティブノイズとの完全な和解を意味するものということなのでしょうか?」
『妾がお答えしよう。……残念ながら、そのような意味ではない。【七皇】は一枚岩ではなく、それぞれの派閥が存在する。穏健派、過激派、実に様々じゃ。アリオトとミザールが戦死し、残るは妾達を含めて五人。妾達も何を考えているか分からないフェクダ、急進派のドゥーベ、理知的なメグレズ――妾と執事のベネトナシュは穏健派じゃが、彼らは少なくとも穏健派ではない。妾達は大日本皇国の庇護を得ることを選択した。当然、彼らと敵対する覚悟はしておる』
「では、今後もネガティブノイズ達との戦いは続くということですね」
『うむ、状況はより複雑な形になったということじゃな。……ロードガオンといったか? 妾が居候させてもらっている宿敵の魔法少女から話は聞いているが、あれと似たようなものだと考えてくれれば良い。ちなみに、怖がらせるといけないので配下達には虚界に待機してもらっている。仮に戦争が起きたとしても妾と爺やが動くだけじゃ。足手纏いの戦力など不要じゃろう?』
「足手纏いになるかは分からないが、精神衛生上ネガティブノイズが闊歩するのはあまりよろしくないだろうな。……福岡博多テレビ殿、質問は以上かな?」
「はい、ありがとうございました」
「では、ネガティブノイズに関する質疑はここまでとしてもう一つ重大な発表を行わせてもらう。他にお二人に関する質問がある場合は後ほど全体質問の場を設けるのでそこでしてもらいたい。……さて、既にご存知だとは思うが、先日、虚界から侵攻を受けた。侵攻したのはワーテロー国の遠征部隊。彼らがロードガオンの命を受けて侵攻を引き起こしたことが判明した。これはロードガオンとの交渉の決裂を意味する。よって当初の予定通り、ロードガオンとの戦争を開始することとした。戦力は魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスを筆頭とした我が国の精鋭達だ。その間、大日本皇国の防衛力が少し弱まるが、こちらは異世界の『真の神の使徒』に協力を仰ぐことになっている。メラク殿、ベネトナシュ殿、お二人には早速、ロードガオンへの侵攻か大日本皇国の防衛か、どちらか一つを引き受けてもらいたい」
『同盟後の初陣じゃな。妾はどちらでも良いぞ』
『お嬢様の仰せの通りに』
「うむ、ではそちらは魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカス達と話し合って決めるとしよう。ちなみに今回は防衛大臣の逢坂詠も出るつもりのようだ。私も一剣士として参戦するつもりでいる」
記者会見の会場が俄かに騒めいた。大田原惣之助が優れた剣士であることは広く知られていることだが、一国の首相が戦地に立つつもりだとはまさか記者達も想像していなかったのだろう。
「長きに亘って大日本皇国を苦しめた問題の一つが近い将来、解決することになるだろう。皆、吉報を期待して待っていてくれ!」




