襲来する虚界・ワーテロー国からの刺客達 後篇
「――ッ!? 敵影一つ、真っ直ぐこっちに向かっています!!」
「なんだと!? ステルスで遠征艇を隠しているというのに……しかし、敵は一人か。まさか我々をたった一人で対処できるとでも思っているのか? 随分と舐めているようだな、現地民の蛮族共は……」
ワーテロー国の遠征部隊の隊長――グラヴァデウス・エークレは敵影が真っ直ぐ姿を隠している筈の遠征艇に迫ってきていると部下から報告を受け、最初は戸惑っていた。
しかし、相手がたった一人で船を攻め落とそうとしていると分かると態度を一変させる。
相手は力量差を理解していない愚か者だと考えたのだろう。
それに、ワーテロー国の遠征部隊の者達は良くも悪くもロードガオンの傘の下にいるためか、自分達が強くなったつもりでいた。高々、地球などという辺境の蛮族如きに負ける筈がないと高を括っていたのである。
だが、その慢心はすぐに打ち砕かれることになる。
「爆砲火鯱を出して相手をしてやれ!」
「承知しました」
敵影――シグルドリーヴァは山頂から山を駆け下り、七合目付近の上空に陣取っているワーテロー国の遠征艇に向かっている。
そのまま走っていれば近いうちに七合目に到着するだろうが、空中を移動できる手段か遠距離攻撃の手段がなければ遠征艇に辿り着くことはできない。
そのどちらも未だ見せていないことから敵影は遠征艇の真下に到達することはできても真上にいる遠征艇に到達することはできないとグラヴァデウスは考えていた。
だが、それでも危険の芽は摘んでおかなければならない。まぐれかどうか分からないが、相手は姿を消していた遠征艇の場所を的確に特定したのだから。
居場所が割れているのであれば隠れる必要などないと言わんばかりに遠征艇の周囲を大量の爆砲火鯱で囲み、シグルドリーヴァへの集中砲火を開始した。
「――そろそろ飛ぼうかしら? 油断してくれている頃でしょうし」
ここで逃げに転じるのであれば厄介だが、敵はここで攻撃を選んだ。
侵略者達がシグルドリーヴァのことを甘く見積もったことを確信し、シグルドリーヴァは銀翼を顕現――大きく飛翔する。
「翼撃の分解銀羽!!」
ワーブルを収束して砲撃を行おうとしていた爆砲火鯱に向かって分解の魔力を付与した銀の羽を弾丸の如く射出し、砲台部分を全て破壊してみせた。
砲台に充填されていたワーブルは砲台を破壊されたことで行き場を失って暴発し、その爆発によって爆砲火鯱は跡形もなく消し飛ぶ。
護衛兼敵影の処理のために放った十体の爆砲火鯱がたった一手で吹き飛ばされた。
この時点でグラヴァデウスは敵の実力を見誤っていたことを悟った。
「――ッ!? 撤退するぞ!!」
「グラヴァデウス隊長! 帰還のための界境門の展開には時間が必要です! 今から準備を開始して展開できるのは五分後になります!!」
「――ッ! 撤退準備を急げ! 白滅龍翼を全て出せ! 足止めに使うんだ!!」
だが、グラヴァデウスの判断はあまりにも遅かった。
「――銀閃の双大剣」
まるで翼を広げるように双大剣に分解の性質を持つ銀色の纏わせたシグルドリーヴァが白滅龍翼の放出よりも早く遠征艇の壁を破壊したのである。
遠征艇は船を構成するワーブルを放出しながら落下を開始した。
当然ながら船の一部が破損した状態では虚界を渡ることはできない。
帰還のためにはワーブルを使って遠征艇の壁を修復するというプロセスを一つ踏まなければならなくなったのである。……それも、ワーブルで作られた壁を破壊できるほどの敵を相手にしながらである。
「ロードガオンからの刺客ですわね。……船の壁は斬りましたわ。これでロードガオンへの逃走の芽は潰しました。貴方達には聞かなければならないことがあります。大日本皇国と独立国家ロードガオン地球担当第一部隊の協定が結ばれたのは本当に最近のことですわ。ロードガオンへの移住先の提供を対価として終戦を求める手紙もまだ送られていません。……ロードガオンはまだこの協定を知らない筈ですが、何故かこの場に新たな侵略者達の姿がある。内憂がいる中で外患に対処するなど愚かにもほどがありますわ。ロードガオンに情報を流した愚かなスパイは何者なのか、今答えるのであれば多少なり待遇は良くなるでしょう」
「随分と下に見ているじゃねぇか……辺境の野蛮人如きが」
グラヴァデウスの口から発せられた言葉は震えていた。
相手を見下す筈のその言葉は、半分以上が恐怖で震える自らの心を奮い立たせるためのものだったのである。
グラヴァデウスも内心では分かっていたのだ――辺境の野蛮人と、蛮族と見下していた者達が自分達よりも強大な力を持つことを。
「二つ訂正がありますわ。一つ、私達は地球の生まれではありません。ここより遠い異世界において我々は女神エーデルワイス様の使徒として、天使として長らく君臨してきました。そしてもう一つ、我々は貴方達が野蛮人だと見下す地球の民によって堕とされました。あの魔法少女はこの世界の民から見ても異常な強さのようですが、貴方達がこれから戦おうとしていたのはそういう相手です。……さて、白滅龍翼程度を切り札にしているような貴方達の底は見切りました。……最低一人くらい生かしておけば問題ないでしょう。後は始末しますか」
ワーテロー国の遠征部隊は隊長のグラヴァデウスを含めて六人。
相手は遠征艇を一撃で切り伏せるような化け物だが、数的有利はグラヴァデウス側にある。
「――ッ!? 粋がるな!! 弧月刀!!」
「「「「「流星降弾!!」」」」」
グラヴァデウスが「弧月刀」を起動し、残る五人が一斉に「流星降弾」を放つ。
その連携力は見事の一言で的確にグラヴァデウスの動きを邪魔しない軌道でシグルドリーヴァの動ける範囲を削っていった。
グラヴァデウスの「弧月刀」による斬撃をメインに据え、敵の退路を「流星降弾」によって絶つ――完璧な布陣だが。
「――見事な連携ですが、甘いッ!!」
シグルドリーヴァは加速魔法を使い、「流星降弾」の隙間を見事に掻い潜っていく。
そして、分解の魔力を纏わせた大剣を振るい、的確に一人、また一人と「流星降弾」の使い手達を切り捨てていく。
ワーブル体が破壊されただけなので通常の肉体には傷一つない……が、ワーブル体が破壊されればしばらくワーブルは使えなくなってしまう。
基本的にワーブウェポン以外の武器を持たない虚界の住民達にとってワーブル体の破壊は戦闘手段の消滅を意味する。
戦う手段を奪われた者達にできることはワープウェポンが再使用できるようになるまでの間、仲間の時間稼ぎが成功することを祈ることだけである。
「翼撃の分解銀羽! 銀閃の双大剣!!」
シグルドリーヴァはワーブウェポンの性質をフィーネリア達から聞いている。
ワーブル体が再顕現できるほどのワーブルが回復すれば戦線に復帰してくることを承知しているため、その前に敵のワーブル体を全て破壊するべくペースを早めた。
一人、また一人と射手達を撃破し、残るはグラヴァデウスのみ。
シグルドリーヴァとグラヴァデウスの一騎打ちの構図が出来上がった訳だが、この時点で撃破された面々は誰一人ワーブル体を再構成できるほどのワーブルを回復していなかった。
たった一人で稼ぐには長過ぎる時間だが、グラヴァデウスは覚悟を決めてシグルドリーヴァと相対する。
「弧月刀」を構え、一太刀で斬り捨てるつもりで斬撃を放つ……が、シグルドリーヴァは真っ向勝負をするつもりはないようで無数の銀の羽を弾丸の如く放ち、グラヴァデウスのワーブル体に無数の風穴を開けた。
ワーブル体がボロボロになり、既に崩壊寸前になっているグラヴァデウスだったが、シグルドリーヴァは念には念を入れて双剣を振るい、ワーブル体を完膚なきまでに粉砕した。
◆
グラヴァデウス達が目を覚ますと、そこは見知らぬ建物の中だった。
木の温かみを感じる壁や床は虚界には存在しないものである。
急激な環境の変化に困惑しつつ、グラヴァデウス達は状況判断に努めた。
まず探したのはワーブウェポンのデバイスだった。しかし、普段肌身離さず持っているデバイスは少なくともグラヴァデウス達の近くには無かった。
そもそもグラヴァデウス達は鎖でぐるぐる巻きにされて拘束されている。
そこまで厳重に置かれているのだ。それなのに、真っ先に想定できる反撃の芽を潰さないというのはあり得ない話だろう。
続いて他の脱出手段を模索するグラヴァデウス達。
しかし、鎖でぐるぐる巻きにするだけでなく手枷と足枷によって念入りに動きを封じており、鎖を破壊するために手足を使うのは難しそうな状況だ。
できるとすれば、芋虫のように這って移動するくらいか。体勢を上手く調整すれば逃げ出すこともできなくはない……が、これほど厳重にグラヴァデウス達を拘束している者達が簡単に逃がしてくれるとは思えない。
とはいえ、隙を見て逃走をすることをグラヴァデウス達は諦めていなかった。
必死に逃走方法を模索する中、ギイという音と共に部屋にある唯一の扉が開く。
◆キャラクタープロフィール
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・グラヴァデウス・エークレ(二百五十六話)
性別、男。
年齢、三十九歳。
種族、ワーテロー人。
誕生日、四月十四日。
血液型、D型Rh+。(ワーテロー人の血液型はL型、K型、D型、LK型のいずれかである)。
出生地、虚界・ワーテロー国。
一人称、俺。
好きなもの、特に無し。
嫌いなもの、ロードガオン、シュトラノム家。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、シュトラノム家の者達。
職業、ワーテロー国遠征部隊隊長。
主格因子、無し。
「ワーテロー国の遠征部隊の隊長。シュトラノム家に従えられており、シュトラノム家の命を受けて地球に侵攻した。ロードガオンを嫌悪しているが、長く属国としてやってきたためロードガオンと自分達を知らぬまに同一視しており、地球人を蛮族だと見下していた」
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