シンギュラリティを迎えたAIは荳也阜謾ッ驟の夢を見るか。その二。
「……ようやく来たわね」
岩手県花巻空港のロビーで楪と雪芽と合流した無縫達はその足で真由美達の元へと向かった。
今回の鬼斬組のメンバーは局長である真由美と副局長である源頼宣の二人のようだ。
鬼斬機関のトップ二人が揃って任務に赴いているという一聞するとまずい状況に思えるが、鬼斬機関は局長一人に副局長三人という半トロイカ体制を採用している。
二人の副局長――碓井春江と卜部風雅がいるため問題はないだろう。
そもそも鬼斬が関わらなければならないような妖怪が関係する事件が発生することは稀だ。
内務省異界特異能力特務課の設立以前は異世界からやってきた存在も鬼の一種として対処しており、ネガティブノイズが出現するようになってからは陰陽連と協力して彼らとの戦闘も引き受けるようになったが、現在はどちらも管轄外になっているため、よっぽどのことがない限りは関わることがない。
それに真由美が局長に就任して「人間に対して敵意を持って行動しない限りは鬼への対処を行わない」という方針を掲げてからというもの、鬼斬達が対処しなければならない案件は減っている。
この国をどうにかしたいとか、人間に害を与えたいとか、そのようなことを考えている鬼は極めて稀だ。鬼や妖怪と呼ばれた者達の多くはその出自などから差別を受けてきた存在である。その差別から逃れるために隠れ潜むことを選んだ者であり、それ故に隠が転じて鬼と称される。
そのため、積極的に鬼斬側が狩ろうとしなければそもそも戦闘に発展することはないのである。
それでも、僅かながらそういった輩は存在する訳で、鬼斬機関や陰陽連が密かに存続し続けているのもそうした鬼達への牽制が主な目的である。
「……しかし、錚々たるメンバーじゃな。これから雪女の集落を壊滅させに行くのか? と思ってしまうほどじゃ」
「まあ、戦力が多いに越したことはないからね……ただ、鬼斬と相性がいいかは微妙なところだけど」
「まるで戦闘が発生するような言い方だけど……私達はこれから雪芽さんのお父さんのいる地下シェルターに向かうのよね?」
「まあ、開けてはならないパンドラの匣を開けに行くんですから、それくらいの覚悟はしておかないといけないと思いますよ」
「……あの、もしかして俺達って犯罪の片棒を担がされそうになっていますか? ただの救出任務って聞いてきたのですが」
真由美の問いに物騒な発言をする無縫。
「てっきりただの救出任務だと考え、あっても雪女達との小競り合いくらいなんだろうなぁ」と考えていた頼宣はその言葉に最悪の未来を思い浮かべてしまったらしい。
「……今朝届いたという良くない報告に関係するのじゃな」
「これから三栖丸博士を助けに行くって時に、理由はあんまり言いたくないけど……真相ってものは得てして残酷なものだからね。できるなら、あれはそのまま放置しておくべきだ。思い出は思い出のままにしておいた方が美しいと俺は思う。……ただ、それでも真相を知りたいと前に進むのであれば、それ相応の覚悟を決めなければならない。俺達が対処を誤れば、報告が事実ならば俺達はとんでもない化け物を世に解き放ってしまうことになる。それは、この世に存在したどんな妖怪よりも強大であり、取り逃がせば優秀な鬼斬である真由美さん達にも、九尾の狐で妖怪の中でも上澄の実力者である楪さんにも対処は不可能だと思う」
「……そこまでの脅威が、本当に一体何がそこにいるというのじゃ」
「というか、俺でも対処は無理かな。武力との相性が最悪の敵というか、それが解き放たれてしまえば俺達は人間がここ数十年を掛けて生み出した文明の一端を放棄しなければならなくなるというか……だから、気が乗らなかったんだよ」
「あっ……なんとなく危惧していることが分かったわぁ。三栖丸博士が開発したAIがシンギュラリティに到達していて、それが人間に牙を剥く可能性があるということよねぇ〜」
「ん……まあ、そんなところだよ」
父親の研究が身を結んだという事実を前に、雪芽にとっては複雑な心境になっていた。
その研究の成就を雪芽は素直に喜べないのだ。それは、母と自分を捨てて打ち込んだ研究の末に生み出されたものなのだから。
それに、それが人類の敵になり得る可能性があるという。……母と娘を犠牲にしてまで生み出した結果がそれなのか……と雪芽は内心、泣きたい気持ちになった。
必死に歯を食いしばり、涙を堪える雪芽は気づかなかった。無縫が秘匿した真相とは、雪芽の想像を更に上回るほど残酷なものであったことを。……いや、より正確に言えば、三栖丸博士の帰りを待ち続けた美冬にとってというべきか。
◆
無縫達一行はレンタカーを借りて二台の車で奥羽山脈へと向かった。
流石に永久吹雪地帯までは車で行けないため、麓で車を降りてそこから徒歩で山を登り、永久吹雪地帯を目指す。
クリフォート魔族王国最高峰アヴァランチ山に比べれば標高も低く、環境もさほど過酷ではないため永久吹雪地帯にはあっさりと到着することができた。
雪女達が隠れ潜む大日本皇国最後の秘境――そんな場所にあっさりと到着できてしまったという事実に真由美達が肩透かしを食らったような気分になったのは言うまでもない。
到着した無縫達は雪女達から手荒い歓迎を受けた。
複数の雪女達が連携して猛吹雪を放ってくる。やはり、鬼斬を同行させたのが拙かったのだろうか。
勿論、吹雪程度でダメージを受けるほど無縫達は柔ではない。
魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスに変身して固有魔法を使って吹雪を無力化して見せた。
雪女達は自分達の連携攻撃が無力化されたことで戦意を挫かれる。その一瞬の隙を突き、雪芽が前に出た。
「私達はこの里に暮らす三栖丸美冬の依頼を受けてきたわぁ〜。鬼斬の方々もいるけどぉ、彼女達は母から受けた依頼の手助けのためにきてくれたのよぉ〜。敵対する意思はないわぁ〜」
「――ッ!? 雪芽さん、久しぶり! 大きくなったわね。……ごめんなさい、外敵がやってきたと思って気が立っていたわ」
雪芽の存在もあって、一先ず敵ではないと判断されたようだ。
鬼斬への警戒が完全に解かれた訳ではないが、雪女の里を案内してもらえるくらいには警戒が和らいだようだ。
「でも、まさか鬼斬が一緒なんて驚いたわ」
「……私達よりも国防の要である魔法少女とか、異世界の女神とか、神の使徒とかの方がよっぽど恐ろしいと思うわ」
「同感じゃな……いや、鬼斬も恐ろしいぞ。妾も長い間追われる身じゃったからな!」
「貴女もご苦労されたのですね……」
一目で妖怪と分かる容姿をしている楪に里の案内を買って出てくれた雪女の一人が同情の視線を向ける。
「でも、無縫君曰く今回は私達の戦力があんまり当てにならないらしいから過度な期待はしないでもらいたいわ」
「あのおっかない鬼斬が当てにならないって一体何と戦うつもりなのですが!?」
「それが分かれば苦労はせん……無縫が口を閉ざして何も話してくれないのじゃ」
「完全に黙っていればいいのに、変に思わせぶりな話し方をするから気になっちゃうよね」
「シルフィアの言葉を否定できないのが辛いなぁ。……まあ、でもこれは本心からの言葉なんだよ。世の中触れない方が良いこともあるし、知らない方がいいこともある」
「……まあ、無縫の口ぶりから起こることがロクでもないことだということだけは分かるな。……そうなると、もう少し戦力がいた方が良かったのではないかと思うが」
「鬼斬機関のメンバー総動員とか、陰陽連に協力要請するとか、クリフォート魔族王国の方々に頭を下げるとか? ……そういう問題ではないんだよなぁ。ただ、メラクとベネトナシュ辺りは連れてきても良かったかな? とは今更ながら思っている」
「……あの二人も呼んだ方が良さそうって、相当マズイ状況になるってことだよね? でも、無縫君の話を聞く限り誤差にしかならないみたいだけど……ますます意味が分からないよ」
ヴィオレットとシルフィアが首を傾げている間に無縫達は美冬の家の前へと辿り着いた。
「ここが村長の雪花家の屋敷よ」
「懐かしいわね……案内ありがとう、紗雪さん」
「いいのよ。ところで、来訪者さん達。美冬さんは私達の大切な仲間なの。彼女のためにできることがあれば力になりたいわ」
「そうですね……美冬さんの返答次第では力になって頂ければと思います。ここは永久吹雪地帯、その厳しい環境で長らく雪女の皆様を外界から守ってきた場所です。しかし、俺達がここに辿り着けたように決して隔絶された場所という訳ではありません。最悪の場合、国が、いや、世界が滅ぶような事態になりかねません。電脳の海に隠れ潜む前に、あれをこの地に留めて叩き潰さないといけないのです。……もっとも、俺に今朝悲報を届けてきた大日本皇国随一の頭脳を持つハッカーの言葉を信じるのであれば、ですが」
「あまりにも規模が大き過ぎて実感が湧かないけど……分かったわ。何者も脱出できないように包囲網を築けばいいのね」
「あくまで念の為の話で、基本的には俺達でどうにかするつもりですけどね。そのためにこれだけの戦力を連れてきた訳ですし……。一番はパンドラの匣を開かないことなのですが、やっぱりそれは厳しそうかな?」
紗雪の説得でこの集落の雪女達も力を貸してくれるだろう。
だがそれでも不安は拭えない。……かつてないほどの、否、今まで戦った敵達とはまた異なる恐ろしさを想定される敵が持っているのだ。
大きな不安を抱えながら、無縫達は村長の家へと足を踏み入れた。
◆キャラクタープロフィール
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・源頼宣(二百五十話)
性別、男。
年齢、四十二歳。
誕生日、七月十日。
血液型、B型RH+。
出生地、兵庫県。
一人称、俺。
好きなもの、納豆。
嫌いなもの、特に無し。
座右の銘、勝てない戦には挑まない。
尊敬する人、源頼光。
嫌いな人、特に無し。
職業、鬼斬機関副局長。
主格因子、無し。
「半トロイカ制度を採用している鬼斬機関の三人の副局長の一人。丹波国大江山での酒呑童子討伐や土蜘蛛退治の説話で知られる四天王の面々を率いた源頼光の血を引くと言われる源家の生まれ。組織のトップ層を女性陣が固めているためか、本人が争いを好まない性格故か、組織の中でも比較的穏健派で影の薄い位置にいる。地味だが、やる時はやる男」
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・碓井春江(二百五十話)
性別、女。
年齢、二十九歳。
誕生日、十一月八日。
血液型、AB型RH+。
出生地、神奈川県。
一人称、私。
好きなもの、温泉。
嫌いなもの、冬の寒さ。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、桃沢真由美。
嫌いな人、特に無し。
職業、鬼斬機関副局長。
主格因子、無し。
「半トロイカ制度を採用している鬼斬機関の三人の副局長の一人。頼光四天王の一人として活躍した碓井貞光こと平貞光の傍系の子孫。温泉をこよなく愛する温泉愛好家で休みの日はメジャーどころからマイナーな山の中の源泉に至るまで様々な温泉巡りをしている。寒いのが苦手なため、永久吹雪地帯への出張は真っ先に断った」
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・卜部風雅(二百五十話)
性別、女。
年齢、二十一歳。
誕生日、二月三日。
血液型、O型RH+。
出生地、兵庫県。
一人称、アタシ。
好きなもの、酒。
嫌いなもの、特に無し。
座右の銘、「細かいことは気にするな!」。
尊敬する人、酒呑童子。
嫌いな人、特に無し。
職業、鬼斬機関副局長。
主格因子、無し。
「半トロイカ制度を採用している鬼斬機関の三人の副局長の一人。頼光四天王の一人として活躍した卜部季武こと平季猛の傍系の子孫。酒を飲むと性格が変わるタイプで、本来はお淑やかな性格……の筈だが、酒が手放せないタイプのアル中なため真偽は不明。頼宣とは幼馴染の関係にあるが、頼宣は何らかの理由で彼女の本来の性格については言及を避けているらしい。羞恥心がなくなっているようで脱ぎ癖があり、女性陣から止められるのがお約束となっている。組織の性質上、妖怪や鬼とは敵対している筈だが、尊敬している人はまさかの先祖達が討ち倒した酒呑童子。呑みっぷりが最高な人が好きらしく、八岐大蛇も同じ理由で好きなタイプと語っている」
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