本当に余計なことしかしないガラウス=ルノヴィア(二十三歳独身)
有職雛とピスクドールをヴィオレットとシルフィアと共に首相官邸に運び込み、無縫の保有する屋敷――つまり自宅へと帰路に着いた無縫。
目的のものも無事に購入し、その間に鬼の居ぬ間に洗濯とばかりにギャンブルに行っていた莫迦二人も無事なのかどうかというと全く無事ではないが回収し、ようやく自宅に戻ってこれで一息つける……かと思いきや、まだもう一つ大きな問題が残っていた。
そう、シルフィア達とメラクとベネトナシュの顔合わせという大問題が……である。
「無縫君! ネガティブノイズと同盟を組むなんて正気なの!? しかも、この屋敷に置くなんて」
「そうじゃぞ! ネガティブノイズとは長きに亘って敵対してきたのじゃ! それがいきなり信用しろじゃと!? 裏切られたらどうするのじゃ! 獅子身中の虫を自ら招くなど愚かしいにも程があるぞ!!」
「……お前らさぁ、ただでさえ『真の神の使徒』なんていう強力な監視対象が現れて面倒なのに、その上二人も同居人が現れたら家の中にあるお金を盗み出してギャンブルに行きにくくなるからっていう理由で反対しているだけで、実は言うほど【七皇】の二人に嫌悪感を抱いている訳じゃないだろ?」
「「ぎく……」」
分かりやすい反応をする二人に無縫はジト目を向けた。
まさかここまで敵対しているフェアリマナの出身者が落ちぶれていたのか、とメラクがまさに救いの届かないものにように向けるような視線を向けている。
「ってか、意外なんだよなぁ……ネガティブノイズに対して穢らわしいとか、そういう感情持っているんじゃないかと思っていたけど」
「私のギャンブル人生さえ邪魔しなくて、日常生活に支障をきたさなければどうでもいいって感じだよ。フェアリマナと戦争したいなら勝手に戦争すればいい。ただ、私をフェアリマナの妖精だと目の敵にして私の周りで面倒ごとを起こすなら排除もやむなし、徹底的に抗戦するよ!」
「清々しいまでの自分ファースト、流石はシルフィアさんだ」
「えへへ」
「褒めてはねぇぞ。……ってことで、まあ、こいつは意外とこざっぱりしているからあっさりと受け入れるとは思っていたよ。基本的に自分に害がないことに関しては無関心ってタイプだからなぁ。……まあ、ルーグラン王国とか魔法の世界フェアリマナには謎のヘイトの高さを誇っていたが」
「他人を利用して甘い汁を吸う、そういうやり方がシルフィアちゃんは嫌いなのです!! 自分達が力を与えた魔法少女によって滅ぼされるなんて最高に皮肉が効いているじゃないかな?」
「……お前ってさぁ、もしかしてフェアリマナのやり方とか、在り方とか、そういうのが嫌いで、フェアリマナを滅ぼせる力を求めてこの世界に来たんじゃない? エルセフィリアが気にいるようなフェアリマナの善良な住人を装いながら機会を狙って、魔法少女の力を与えてフェアリマナに対抗できる戦力を用意する。この世界を守るためにはネガティブノイズ亡き後この世界を滅ぼそうとするフェアリマナに対抗する道を選ばざるを得ない。……あの金庫からの強盗も意図的に俺達とフェアリマナの敵対する動機を作り出そうとしたとか?」
「ふっふっふ! よくぞ私の深謀遠慮な作戦に気づきました!!」
「いや、金庫から国家予算盗んだのは衝動的だろ?」
「えへへ、バレたか。……まあ、元々私はあの国が嫌いだったよ。自分達だけが高潔だと全てを切り捨て、自分以外を等しく穢らわしいと嫌悪するやり方。その切り捨てた中にも沢山大切なものがあるのに……それに、自分達は手を汚さない、魔法少女になる運命を強いて、用済みになれば捨てるというやり方にも嫌悪感を覚えたんだ。そして、それは波菜さんを無縫君と二人で助けた時により確たる決意になったんだ。あんな害悪な世界、このまま存在させていてはいけないって」
「まあ、ネガティブノイズよりもフェアリマナの方を恨んでいるような発言はあったからなんとなくそうなんだろうと思ったよ。……ヴィオレットもそうだけどギャンブルさえ絡まなければ高潔な精神を持っているんだよなぁ。ギャンブルさえ絡まなければ」
『そのギャンブルを二人に教えたのは貴方よね? 無縫』
「教えたというか勝手についてきただけだが……エーデルワイスの言葉に反論できないのも事実なんだよなぁ」
無縫にその気は無かったが、二人がギャンブル狂いになった切っ掛けをもたらしたのはギャンブル狂いの無縫である。
「どの口が言っているんだ」と辛辣な言葉を言い放つエーデルワイスに悔しい哉、何も言い返すことができない。
「とりあえず、二人のことは歓迎するよ。ようこそ我が家へ、メラク、ベネトナシュ」
『感謝するぞ、無縫とその家族達よ!』
『お嬢様を受け入れてくださり感謝に堪えません』
「我らのギャンブル生活は邪魔してくれるなよ! ただでさえ面倒な輩が増えて大変なのじゃからな!!」
『……前任者のリリス、さん、が安心して魔王になるためにも私達が頑張らないといけないのよ!!』
「……リリスさんへの態度が少し軟化したみたいだな。いいことだ」
『……どれだけ大変な仕事をしていたかよく分かったわ。それに、これだけの問題児を主君として敬い続けられることも尊敬に値すると思うわ』
「どういうことじゃ!!」
「まあ、エーデルワイスさんが問題児その三にならないことを祈っているよ。結構丸め込まれるタイプだし」
『何よ! そんなに信じられないっていうの!?』
「まあ、前科あるしなぁ。とりあえず、二人に伝えないといけないことは二つ。一つは記者会見に出ることだ。政府からの発表で、正式に【七皇】の二人と同盟を組んだことを発表しなければならない」
『まあ、これでネガティブノイズとの戦いが終わった訳ではない。残る【七皇】のうち三人は敵対の可能性が残っている。特に厄介な奴も生きておるしなぁ。その点と発表せねばならないだろう』
「後は日常生活が送れるように姿を欺く魔道具の方を錬金術系の技能で作っておく。ちょっとだけ時間はもらうが、それさえあれば問題なく外に出られる筈だ。それまではこの屋敷で生活してもらいたい」
『分かったのじゃ……何から何までありがとうなのじゃ。その間はしっかり二人のことを見張るので安心せい』
「ヴィオレット! あの二人、なんとしても追い出すよ!!」
「合点承知なのじゃ!!」
自分達のギャンブル生活を守るために【七皇】二人の追い出し作戦を練り始める二人に、溜め息を漏らす無縫だった。
◆
――フィーネリアや隊長であるドルグエスの様子がおかしい。
あの異世界召喚以後、ガラウスの周りでは独立国家ロードガオン地球担当第一部隊を中心に怪しい動きがあった。
どうやら、ガラウスと対等な隊長補佐のマリンアクアも怪しげな行動を取っているらしい。
自分だけ爪弾きにされ、何かが進められている。……ドルグエスやマリンアクアが時々姿を消す中、ガラウスは不信感を募らせていた。
元々、フィーネリアのことは好かなかった。四大領主の一角レーネ家の出身で力を持ちながら、どこか平和主義で甘い性格――そのような者に侵略者のトップが務まるのか、彼女より適任な人材がいるのではないか。
――例えば、愛国心の強い私、ガラウス=ルノヴィアとか。
クラウソス村村長として見下している被侵略者である人間の動画投稿者達と仲良く宇宙人狼に興じつつも、その行き過ぎた忠誠心は健在だった。
ワーブル体を用いて、姿を変えることで秘密裏に独立国家ロードガオン地球担当第一部隊に潜入し、フィーネリア達の企みの謎を解き明かす。
あのフィーネリアの部下になるのは許し難い状況だったが、堪えた先で得られた情報は途轍もなく大きなものであった。
ロードガオン人の移住先となる星の提供、それを交渉材料としてロードガオンに侵略行為をやめるように要請する。
なるほど、あの女らしい実に平和的で甘い考えだ。……何も分かっていない。
その地を侵略して、その地に存在する全てを手中に収める。それは、星にある資源全て――そこに暮らす住民も含めて全てという話である。
より優れたロードガオン人が現地民を奴隷として従わせる。それこそがロードガオンの侵略行為であり、移住先を提供されたからと侵略を諦めるなどナンセンスだ。
どうせロードガオンが総力を挙げて侵略をすれば全て手に入るのだ。それなのに、移住先だけ提供されて引き退るなど愚の骨頂である。
ガラウスは理解していなかった。庚澤無縫……いや、大日本皇国と敵対するということがどのようなことなのか。
大人しく移住先を提供を受け入れ、侵略行為をやめて和平を結ぶことこそがロードガオンの現政権に大きな利益を約束する選択だったのだが、それをロードガオン人の高いプライドは許さなかった。
……あれだけボコボコにされたのに、その選択肢を取れることを考えるとガラウスは本当に阿呆なのかも知れない。致命的なほどに。
ルーグラン王国戦争という地獄みたいな戦争を乗り越え、ガラウスは潜入任務を終えて地球に帰還した。
そして、ガラウスは帰還したその日にロードガオン本国に連絡を入れる。
その内容は「独立国家ロードガオン地球担当第一部隊の裏切り。独立国家ロードガオンに対して今後大日本皇国が持ち掛けてくるであろう提案の内容。そして、戦力が足りないため本国からの増援を要請する」というものであった。
部下を経由してガラウスから報告を受けたヴァッドルード=エドワリオはすぐさま地球侵略に向けて部隊を編成、大規模侵攻に向けた準備を命じた。
かくして、裏切り者ガラウスの手によって大日本皇国の想定よりも早くロードガオンとの全面戦争に幕が切って落とされることとなった。




