泣く子も黙るヤクザの組長でも青い死神と呼ばれる魔法少女の恐ろしさには敵わないんだぜ!!
若女将の櫻井にメラク達のことを頼み、メラク達を宿に残して今回の目的地である裏オークションの会場へと向かおうとしていた無縫だったが……。
「……無縫様、スヴァーヴァと名乗る銀髪の女性が無縫様に面会したいと仰っていますが、通してもよろしいでしょうか?」
タイミングが良いのか悪いのか、『真の神の使徒』の一人であるスヴァーヴァが面会の許可を求めていると聞き、無縫は嫌な予感がしつつも櫻井に通すように伝えた。
「大変申し訳ございません……ヴィオレット様とシルフィア様を見失いました。中京都競馬場に居たことは芦屋殿の証言で確認が取れたのですが」
明らかに強敵のオーラを纏っている天使を彷彿とさせる美しいレディーススーツ姿の女性に、ただならぬものを感じて警戒を強めていたメラクだったが、シルフィアという単語をやはり聞き逃す訳にはいかなかったのだろう。
『あの忌まわしい妖精のことか!?』と声を荒げた。
「……無縫様、彼らは【七皇】ですよね? 処分しなくてよろしいのですか?」
「庇護下に入りたくて交渉しにきたみたいだから敵対の必要はないかな? それと、ルーグラン王国聖戦戦争を通じて察していると思うけど、【七皇】はなかなかの脅威だ。俺は『真の神の使徒』と少なくとも同格だと考えている……流石にここで戦っても一人道連れにするのが関の山なんじゃないかな? 俺を戦力に数えて勘定をするのであれば、まあ、勝てると思うけど」
『お断りするのじゃ!!』
「だってさぁ」
『しかし、あの妖精……妾が言うことではないが、フェアリマナの住民としての矜持は持ち合わせていないのか?』
「んなもんねぇだろ。ギャンブルさえできれば、あとはどうでもいいって感じだしなぁ。ネガティブノイズが相手でも敵対する意思がないっていうならスルーすると思うけど。庇護下に入る以上はあいつとも良好とは言わなくても波風立てない程度の間柄にはなってもらいたいし、そのつもりで意識を改革してもらいたいけどね。で、奴らの捜索はエーデルワイスに一任していた気がするんだけど、俺のところに来たのはどういう了見かな?」
「それが、その……全く見当がつかず、リリス様も『お前に情報を渡す気はない。薄汚い魔族の力など必要ないのだろう?』と頑なで、エーデルワイス様も売り言葉に買い言葉でして……無縫様を頼る以外に最早道は」
「……まあ、正直リリスさんの気持ちはよく分かるよ。無駄にプライドが高いし、正直俺も頼りたくはないんだけど、他に頼める相手もいないしなぁ……」
「……申し訳ございません」
「不幸中の幸いは神の使徒の皆さんか話の通じる方々だったということかな? 人間も魔族も等しく見下していたし、最悪の事態は想定していたんだ。……まあ、節々から滲み出る常識人的な雰囲気から多分大丈夫だろうとは思っていたけど」
超越的な立場から人間や魔族を見下すような発言をしながらも、無縫達の血の通っていない言動や行動にかなり心を乱されていた『真の神の使徒』達。
彼らが天使として作られながらも人間臭いところを持ち合わせていることを、無縫は邂逅当初から薄々察していた。
戦争終結後はそうした見下す態度もすっかり取らなくなり、無縫達の指示にも忠実に従ってくれている。
無縫も既に『真の神の使徒』に強い信頼を寄せており、エーデルワイスの身柄の確保によって得られた最大の利益は『真の神の使徒』を味方につけられたことであるとまで考えていた。
「……あいつらの行きそうな場所ねぇ。天空カジノは熱りが冷めてないし、無法都市もない。異世界のカジノに行く可能性もあるし、それだと絞りきれないけど、何となく異世界じゃない気がするんだよなぁ。ばんえいは確認した?」
「中京都競馬場の確認後速やかに」
「……うーん、となると、ステイツのラスベガス……はネガティブノイズの侵攻を受けてカジノも大打撃を受けているし」
『……うむ、妾が暴れた地域じゃな!』
「少しは悪びれろよ。ステイツの臨時政府に突き出してもいいんたぞ? ……となると、被害が無かったオーストラリアのブリスベン、メルボルン、まあ色々と候補地があるが、この辺りの可能性が高いと思う。ヴィオレットとシルフィア案件に関してという条件はあるが、内務省は各国を税関を介さずに移動する権限を持つ」
「了解しました。……ところで、この後無縫様はオークションに行かれるとのことですね。差し支えなければ同行させて頂けないでしょうか? その……オークションでどのようなことが起こるのか個人的な興味がありまして」
「そんなに凄いことは起こらないと思うけどね。別に非合法な暴力組織が主催する地下オークションで買い物をするだけだし」
「……そのシチュエーションで何も起こらないということはあり得ないと思いますが。それに、無縫様の行く場所にトラブルありです!」
「俺をトラブルメーカー扱いはやめてもらいたいものだけどねぇ。……一応ドレスコードある場所だからドレスに着替えて向かうとしようか? 俺も魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスに変身して行った方が良さそうだし。流石に未成年がああいう場所に行くと舐められるし、牽制的な意味合いでも年齢不詳な魔法少女の姿の方がいいからね」
「……女性二人の方が舐められそうですが」
「そうなったらボコせばいいだけでしょ? スヴァーヴァさんと俺なら負ける可能性は皆無だし」
「それもそうですね」
『……魔法少女の使い方があまりにも雑過ぎるのじゃ。変装代わり程度に乱用しよって』
「特にデメリットもないし、逆に乱用しない理由もないと思うけど。……ってか、ネガティブノイズに文句言われる筋合いはないと思うけど」
『まあ、それもそうじゃが……納得がいかぬのじゃ!!』
◆
指定暴力団一橋組――九州を拠点に活動する巨大暴力団の四代目組長である一橋瀇蔵が死去した。
瀇蔵には跡を継げる男児がおらず、残されたのは妻と娘のみ。
瀇蔵が後任を決めないまま死去したため、一橋組は複数の幹部がその座を奪い合う内部分裂状態に陥った。
とはいえ、偉大な組長だった一橋瀇蔵の顔を立てなければならないということもあって次期組長の座を巡る戦いは水面下で行われている。
武力を使えば攻められる口実を作ることになるため、そのほとんどが搦め手を使った足の引っ張り合いとなっている。
瀇蔵の妻である潤美は元ナンバーワンホステスで、娘の曙美も彼女の遺伝子を受け継いだ故か美しい容姿をしている。
そのため、表向きは亡き一橋瀇蔵を立てつつも内心では彼女達を毒牙に掛けたいと狙っている者達が多かった。
夫を失った悲しみに浸りたいと思いつつも、周囲は四面楚歌の状況――身の危険を感じた潤美は自分の身を守れるだけの力を手に入れるために一つの賭けに出ることにした。
それが、夫の遺品を出品し、オークションを開催するということである。
夫である瀇蔵の遺品は妻である潤美が相続するのが自然な流れである。
組の者達もどうせ潤美と曙美を我が物にできればその遺産も相続できるのだからと考えたのか、誰一人として反対することは無かったのだが、潤美はその油断を突き、オークションという逆転の一手に踏み切った。これには、流石の組の者達も驚いていたが、既に相続が終わっていたため今更反対することはできなかった。
組員の全てが組長になりたいという欲望に身を任せていた訳ではない。
瀇蔵の漢気に惚れ、彼のために忠誠を誓った部下達は四代目組長の忘形見を守る決断をした。
そんな理解者達の力を借りて、潤美はオークションの開催に漕ぎつけたのである。
一橋瀇蔵の秘蔵のコレクションが競売にかけられるということもあってオークションの会場には多くの者達が集まっている。
有名なコレクターから、闇のマーケットで名の知られた非合法の商売人、更には敵対する組の組長に至るまで。
表の世界から裏の世界まで様々な者達が顔を見せたのは、一橋瀇蔵の顔の広さの賜物と言うべきか。
だが、その中でもやはり別格だったのは――。
「うっひょー! なんだあの美女達は!!」
美しいマーメイドドレスをその身に纏った艶やかな美姫が二人。そのどちらも美しいドレスに負けない玉姿だ。
「いい女だなぁ……客も取れそうだが、やっぱり抱いて俺の女にしてぇな」
「……お前は随分と畏れ知らずだな。あれだけは絶対に触れちゃなんねぇ。青い死神、アンダッチャブルだ」
オークションの場に社会勉強目的で連れてきた若いヤクザが魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスとスヴァーヴァに下卑た視線を向けるが、そんな彼を老紳士が嗜める。
「組長、まさかあれが……」
「大日本皇国の最後の砦だ。百合薗圓卿と並んで俺達とはステージが違う。血気盛んなのは悪いことじゃないが、相手を見てから噛みつくべきだな」
「これはこれは、大湊組の八頭武良文組長。お久しぶりですわ」
一橋組と鎬を削ってきた指定暴力団の組長はいつの間に回ったのか背後に現れた魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスに声を掛けられてビクッと震えた。
「お久しぶりでございます、ラピスラズリ卿。しかし、まさか表世界のアイドルがこのような掃き溜めにお越しになるとは思いもよりませんでした」
いつもの威厳ある組長の姿からは想像もつかない組長の怯えっぷりに若いヤクザが呆気に取られていると、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスはにっこりと微笑んだ。
「本来であれば私の友人であり、恩人であり、本国の雲上人であらせられるあの方が直々に訪問するべきところですが、今は外交という重要な仕事の真っ只中。それ故に名代として私が参ったのです」
「……それは、お話ししてもよろしいのですか? 万が一メディアにリークなどされれば」
「そうなれば、メディアごと消すしかありませんわね。何、ネガティブノイズの【七皇】に比べたらマスメディアの一つや二つ潰すことなど造作もありませんわ」
にっこりと微笑む魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスの口から飛び出した恐ろしい発言に、武良文は改めて格の違いを理解する。
人の命を何とも思っておらず、躊躇なく奪うことができる残虐性。それが決して異常なものではなく、まるで日常の延長のように平然と口にする。
頭のネジがいくつか確実に吹き飛んでいる。百合薗圓もそうだが、殺しが日常となっている裏社会でも彼らの存在は頭ひとつ抜きん出ている。
「……つまり、今回はここに関わる裏社会の人間を纏めて摘発しに来た訳ではないということですね」
「えぇ、ご安心を。それに、私の恩人であるあの方は一橋瀇蔵とライバル関係にありました。同じ趣味を持つ者同士。決して相容れない立場ではありましたが、亡き故人を偲ぶべき場で無粋な真似などするべきではありませんわ。……ところで、私が今回このオークションを訪れた理由は伝説のピスクドールと有職雛なのですが」
「ご安心を、我々は別のものを目当てにしておりますので。しかし、ピスクドールと有職雛はコレクター垂涎の品と聞いております。特にあのルチアーノという男などは厄介なライバルになり得るでしょう」
「まあ、値段を釣り上げるのも仕事のうちなので問題ありませんわね」
「……ところで、そちらのご婦人を紹介しては頂けませんか?」
「えぇ、彼女はスヴァーヴァ。例の異世界の『真の神の使徒』の一人ですわ。神話に登場する天使の如き存在ですわね。……その強さは先日倒した【七皇】アリオトと互角程度と試算しておりますわ」
「そ、それはそれは……」
魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスだけでも暴れさせたら止められないというのに、その上、ネガティブノイズの上級存在と互角という評価が下されている天使まで同行しているという事実に流石の武良文も脂汗が止まらない。
二人を下卑た目で見ていたヤクザに至っては完全に魂を飛ばしていた。
「それでは、私はそろそろ……ああ、そうでした。私には大日本皇国の秩序を守る義務があります。今は目を瞑れる状況ですが、あまりにも目に余る状況になりましたら対処もしなければなりません。仕事を増やさないで頂けると助かりますわ」
にっこりと微笑み、その場を後にする魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスとスヴァーヴァをダラダラと冷や汗を垂らしながら呆然と身送ることしかできない武良文達だった。
◆ネタ解説・二百四十五話(ep.246)
ラスベガスのカジノ
ラスベガス市に隣接するラスベガス・ストリップのこと。
ベラージオ、シーザーズ・パレス、ベネチアンなどの大小のカジノホテル、及びそれに隣接するショッピングモール・劇場・飲食店・テーマパークが林立しており、世界有数のギャンブルの街として一大観光地となっている。
このことからかつては「眠らない街」とも称されていた……が、作中ではネガティブノイズの襲撃を受けて街が大打撃を受け、多くのカジノが営業を停止している。
オーストラリアのブリスベン、メルボルン
カジノ大国であり各主要都市にカジノがあるが、その中でもピックアップされた二つの都市。
作中では語られていないが、ピックアップの理由は過去に無縫がヴィオレットとシルフィアと共にこの二都市を訪れた経験があるからである。
◆キャラクタープロフィール
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・スヴァーヴァ(二百四十五話)
性別、女。
年齢、七千九百万……歳。
誕生日、一月十三日。
血液型、A型RH+。
出生地、神域。
一人称、私。
好きなもの、特に無し。
嫌いなもの、特に無し。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、リリス=マイノーグラ。
嫌いな人、あちこちのカジノで騒ぎを起こすヴィオレットとシルフィアという名の阿呆二匹。
職業、『真の神の使徒』。
主格因子、無し。
「美しい銀色の髪と凪いだような澄んだ青い瞳が特徴。戦乙女を彷彿とさせる装備から黒のレディーススーツに身を包み、普段は天使の翼も消している。スヴァーヴァという名は他の神の使徒同様、ワルキューレの名前から取られたもの。実は好奇心旺盛な性格をしているが、神の使徒時代にはその性格を巧妙に隠していた」
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