異世界の天才芸術家、有名アイドルのCDのジャケットを担当してミリオンセラーに貢献……そして。
東京都にある人気アイドルグループ【スターライト・トゥインクル】が所属する芸能プロダクションにて……。
「ご迷惑をおかけしました、ジェイド殿」
記者会見を終えた後、事務所の代表取締役を務める美柳千冬はジェイドに頭を下げた。
「こちらこそ、要らぬ騒ぎを立てたこと申し訳なかった」
「改めまして、アルバムのジャケットを描いて頂けるということですね。弊社所属の茉莉華の無茶を聞き入れてくださりありがとうございます」
「案ずることはない、そこの生意気な小娘からはしっかりと対価をもらうつもりだ」
「誰が生意気な小娘よ!!」
応接室で机を隔ててお茶を啜りつつ話をする千冬とジェイド――そんな二人から少し離れた壁際にいた茉莉華がジェイドに物申す。
そんな茉莉華の隣にはグループのメンバーである瑞稀と霞、マネージャーの彰の姿もある。
「そういえば、具体的な対価がどのようなものなのかお聞きしておりませんでしたね」
この対価というものが何なのか聞かされていない千冬、瑞稀、霞、彰の四人は「一体どんなことを要求されるのか」と不安に感じていた。
茉莉華が交渉を行ったということで不利益に繋がることはない筈だが……。
「まず前提として、ワタシは絵画魔法を得意とする魔王軍幹部である。先日、この世界から見て異世界であるジェッソにワタシのライバルである庚澤無縫が勇者として召喚され、ワタシと戦うこととなった。彼との合作ほど心躍ったことはない。……結果としてワタシは二度の敗北に喫した。悔しいという以上に素晴らしいものを作り上げることができたという爽快感があったが……やはりもっと更に上を目指したいというのが本音だ。更に素晴らしい合作を作り上げたい……そのためには経験値がいる。ワタシは当初、異世界召喚を機に知り合ったブルーベル商会を頼るつもりだった……だが、そこの小娘が話に割って入ったのだ。『私が内務省の仕事で調査した異世界で仲介役になる代わりに、新しいアルバムとやらのジャケットを描いて欲しい』と。正直、ブルーベル商会に頼れば小娘の力など不要だったが、自称とはいえ無縫のライバルを名乗っているこの小娘の依頼を無碍にするのもどうかと思ってな。そこで、今回の仕事に応じることにしたのだ……まあ、対価についてはあまり期待していないがな」
「私の方が先に無縫のライバルになったのよ!! 自称なんかじゃないわ!!」
「もしかしてぇ……二人って凄い仲がいいのかしら?」
「何を言っているのだ、小娘。そんな訳が無かろう?」
「霞、病院に行ってきた方がいいんじゃないかしら?」
二人揃って「お前何言っているの?」みたいな顔をする茉莉華とジェイドに「本当に相性バッチリ……この反応も同族嫌悪なんじゃないかな?」と確信する瑞稀達だった。
◆
アルバムのジャケットの作成にあたり、ジェイドは勢力的に情報を収集した。
【スターライト・トゥインクル】へのインタビューは勿論のこと、それぞれの曲の作曲者、作詞者、振り付け担当者、マネージャーなどなど……更には実際にコンサート・ライブの場に足を運び、【スターライト・トゥインクル】の鑑賞した。
「あんまり私達の方に注目していなかったわね」
「……あの距離から見ていたのか」
「当然よ。私達はトップアイドルなの、ファン一人一人の表情くらい確認できるわ」
「……少し見直した」
「あら? 褒めてくれるの?」
「ワタシは何も言っていない。空耳が聞こえたのではないか?」
ライブを終えた控室にやってきたジェイドと茉莉華のもはや恒例となった軽口の叩き合いに瑞稀と霞は苦笑を浮かべる。
「茉莉華、キサマの仕事を受けた際に宰相シトラスに魔王軍幹部の仕事をしばし休業することを伝えたのだが、その時宰相シトラスからアドバイスを受けたのだ。ライブではアイドルは勿論のこと、音響や照明……多くの裏方達に目を向けるべきだとな。ライブとは総合芸術であり、有名になるアーティストはそういった裏方達も仕事に誇りを持ち、真摯に仕事に向き合って良い結果を出しているということだそうだ。今回、それがとてもよく分かった。ジャケットを描くにあたり、貴重な経験ができたと思うぞ」
「アイドルだけではなく、裏方の皆様に目を向けるべき……ですか」
その言葉は彰の心に強く突き刺さったようだ。
今までそのようなこと考えもしなかったのだろう。
確かに彼らがいなければライブは立ち行かないが、主役であるアイドル以上に注目するべき存在ではない……彰は無意識にそう考えていたのである。
「……その宰相殿にお会いしてみたいものですね。私以上にマネージャーに向いている……そんな気がします」
「影に徹して人を支える、その点においては宰相もマネージャーも本質は同じなのだろう。……正直、宰相シトラスには謎が多い。彼女が何者なのか、実のところ魔王テオドア陛下もよく分かっていないのだろう。あの方はミステリアスだからな。……あの方の出自を考えるとあり得ない話だが、昔、本当にアイドルのプロデュースをしていたのかもしれないな」
シトラスは人を輝かせることにおいては右に出ない存在だ。
中興の祖と讃えられるテオドアもシトラスの支えがなければここまでの存在にはならなかっただろう。
だが、ジェイドの審美眼は見抜いていた。
シトラスもまた自ら輝くことができる存在であることを。
彼女の性質上、なかなか表舞台に出て主役のような活動をすることはないが……いつか、彼女が日の当たる舞台に立つ機会が来ることをジェイドは願っていた。
その光景は、きっと絵に描くのに相応しいものになるだろうから……。
◆
制作期間二週間を経てアルバムのジャケットは完成した。
元々高かった【スターライト・トゥインクル】の人気に加えて国立美術館での贋作騒動、更には美術館の新たな目玉となった「七人の魔法少女達による聖戦」の作者が制作に携わったということも相まって人気は爆発。
音楽配信サービスでは一位を総嘗めにし、このCDが売れない時代に三百万枚以上を売り上げるなど社会現象レベルで席巻した。
「今回が一度限りのコラボというのが実に残念ですね……専属になって頂けると嬉しいのですが、これほどの才能を一つところには留められませんか」
「まあ、ワタシのライバルの自称ライバルの頼みということであれば、たまになら力を貸してやろう。……さて、茉莉華よ。対価を払ってもらうぞ」
「えぇ、約束通り異世界の案内をするわ。そのためにしばらく休暇ももらったし」
ここまでツアーや単発ライブで大忙しだった【スターライト・トゥインクル】はこのタイミングで約一ヶ月間の活動休止を発表。この充電期間の間に茉莉華がジェイドに異世界を案内することになっていた。
「そういえばジェイド殿、様々な見識を深めることが旅の目的でしたね?」
「ああ、その通りだ瑞稀」
「折角この大日本皇国に来たのだから、少し観光をしていったらどうかな? と思ってな」
「確かにジャケット製作のためにほとんど観光はしていなかったからな。他の世界に渡る前にまずはこの世界を見ておくべきか」
こうして急遽決まった大日本皇国での観光。
候補として様々な場所があるが、その中で茉莉華が提案したのは大日本皇国の象徴と呼ぶべき富士山だった。
旅には茉莉華の他に瑞稀、霞、マネージャーの彰も同行することになった。更に……。
「皆様、よろしくお願いします」
一日目の宿泊場所として選んだホテルに現れたのは黒のレディーススーツに身を包んだ美しい銀髪の女性だ。
その澄んだ青い瞳は静かに凪いでおり、ジェイド達に向けた笑顔はとても可憐なものである。
背中には純白の大きな翼を持ち、その翼を降り立つと同時に綺麗さっぱり消し去ってしまう。
天使じみた彼女の要素はこれで完全に消え去った訳だが、それでもなお彼女の神々しさというべきか、気品というべきか、畏怖の念を抱くほどのオーラは健在であった。
「私は内務省所属のシグルドリーヴァと申します。ジェイド様の旅の護衛として本日から異世界ジェッソへの帰還までお供させて頂くことになりました」
「『真の神の使徒』の一人だったわね。確か、ヴィオレットさんとシルフィアさんの担当になったのよね」
「えぇ……現在、お二人は姿を眩ましており、元神の使徒の面々は世界各地を飛び回って情報を集めておりますわ。本来であれば私もそちらの情報収集に同行するつもりでしたが、無縫様よりこちらに同行するようにと指示を受けました」
「あら? 私だけでは力不足ということかしら? それに、異世界の方も基本的には安全よ。私がいれば問題もないし、ジェイドもいるなら尚更よ」
「……非常に残念ながら、主な私の仕事は茉莉華様達の監視です。ジェイド様をこの世界に呼び寄せて何をしようとしているのか、内務省としても把握しておきたいとのこと。そもそも、異世界人はこの地球にとって異質な存在。そのような存在がいることを政府が明かしたとはいえ問題は山積みです。少しずつ時間をかけて交流を深めて良き隣人になっていくというのが内務省の方針ですが、茉莉華様の行動はその方針に抵触しています。幸い、ジェイド様のことも茉莉華様のことも信頼していますから最悪の事態になることはないでしょうが、それでも100%とは参りません。その場合に早急に内務省が対応できるように情報収集をするべきであるという意見があり、私が派遣されることになりました」
「……今回の件、内務省に許可を取らなかったことが災いしたようだな」
「……政府の方針ということなら従わないといけないわね」
「しかし、ヴィオレットとシルフィア……あの愚か者達は一体どこで何をしているのだ?」
「――ッ!? それは本当ですか!? ……失礼しました。今、仲間から連絡がありまして、ヴィオレット様とシルフィア様の姿を中京都競馬場で発見したとのことです」
「……あの二人は本当に懲りないわね」
◆キャラクタープロフィール
-----------------------------------------------
・美柳千冬(二百四十一話)
性別、女。
年齢、三十八歳。
誕生日、十一月四日。
血液型、A型RH+。
出生地、東京都。
一人称、私。
好きなもの、アイドルプロデュース。
嫌いなもの、パパラッチ、スキャンダル記事を書く雑誌記者。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
職業、芸能プロダクション代表取締役社長。
主格因子、無し。
「人気アイドルグループ【スターライト・トゥインクル】が所属する芸能プロダクションの社長。子供の頃に見たキラキラと輝くアイドルに憧れ、彼女達を支えるような仕事がしたいと裏方として業界に飛び込んだ。美しい容姿を活かし、一時期アイドルの気持ちを知るためにアイドルグループの一員として活動をしていたこともあり、今でも伝説のアイドルとして一部界隈では推されているほど。審美眼も素晴らしいもので、【スターライト・トゥインクル】のメンバーをスカウトしたのも彼女である」
-----------------------------------------------
-----------------------------------------------
・シグルドリーヴァ(二百四十一話)
性別、女。
年齢、七千九百万……歳。
誕生日、一月十三日。
血液型、A型RH+。
出生地、神域。
一人称、私。
好きなもの、特に無し。
嫌いなもの、あちこちのカジノで騒ぎを起こすヴィオレットとシルフィアという名の阿呆二匹。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、リリス=マイノーグラ。
嫌いな人、特に無し。
職業、『真の神の使徒』。
主格因子、無し。
「美しい銀色の髪と凪いだような澄んだ青い瞳が特徴。戦乙女を彷彿とさせる装備から黒のレディーススーツに身を包み、普段は天使の翼も消している。かつては他の神の使徒同様に人間を見下していたが、現在は非情な性格はすっかり鳴りを顰め、元来の優しく常識的な性格になっている。ヴィオレットとシルフィアに振り回されており、他の神の使徒と同様にあの二人が頭痛の種になっている模様」
-----------------------------------------------




