【速報】異世界からやってきた天才芸術家、国立美術館で贋作を発見してしまう。
大日本皇国の東京都――歴史ある国立美術館はその日、大きな衝撃を経験することとなった。
発端となったのは二人の客だ。その一人は一世を風靡するアイドルにとても似ており、彼女がお忍びで美術館にやってきたことを知ったファン達は俄に騒めいたものである。
しかし、そんな彼女を上回る注目を集めたのは緑の肌を持つ明らかに人間離れした姿を持つ存在――ファンタジー作品やゲームにおいて空想のものとして語られるゴブリンである。
野蛮で醜悪――文明と相反する存在という印象の強いゴブリンだが、彼に関してはタキシードを纏い、その瞳に知性の光を宿していた。
だが、人間にとってやはりゴブリンとは異質なもの……特に薄い本などで明確に「女性の敵」として描かれる醜悪な種族に嫌悪を向けた客は多かった。
それに、トップアイドルと共に行動しているという点もヘイトを高める要因となった。
アイドルのファンにとってアイドルとは神聖な存在だ。手の届くアイドルが増えてきたとはいえ私生活……特に男の影がチラつくことは大きなイメージダウンに繋がる。アイドルだろうと人間――恋愛もするし結婚もする訳だが、そうした当たり前を受け入れられない者も多い。
夢を売る職業である以上致し方ないことだと言えるかもしれない……が、行き過ぎたファンの中には「自分だけを見てくれている。自分だけを愛してくれている」と勘違いする者も多い。
そうした過激ファンがアイドルに危害を加えようとした例も残念なことに特段珍しい話ではないのだ。
これが場末のアイドルであればもう少し話が変わってくるかもしれないが、朝比奈茉莉華は今をときめく人気アイドルグループ【スターライト・トゥインクル】のリーダーであり、あの皐月凛花に比肩する存在である。
それに、【スターライト・トゥインクル】が昔懐かしい手の届かない象徴としてのアイドルとして事務所からプロデュースされていることもあって彼女が男と一緒にいるという事実のもたらす衝撃は極めて大きなものだった。
……だが、そんな衝撃も別の衝撃によって大きく塗り替えられてしまう。
切っ掛けは茉莉華と目されるアイドルと行動を共にしていた緑小鬼の発した一言だった。
「……この絵、贋作のようだな」
国立美術館が長きにわたり所蔵し、世界の美術館にも貸し出された世界的有名画家が描いたとされてきた絵画――それをあろうことかその緑小鬼は「贋作」だと称したのである。
「ちょっと何言ってんのよ! ジェイド!!」
「小娘に気安く呼び捨てにされるのは心外だ。我がライバルにして誇り高き芸術家――無縫はしっかりと礼節を弁えていたぞ。それに比べて……トップアイドルとかなんとか言っていたが、所詮は二流というところだな!!」
「何よ!! 撤回しなさい!!」
「事実を言っているのだ。撤回する理由などある筈がないだろう?」
「まあ、貴方がそう言うならこれは『贋作』なんでしょうけど……仮にそうだとしても言うべきではないと思うわ。それによって美術館に与える損失、影響を鑑みれば事実を公表すべきではないわよ。世の中には明かされないほうがいい真実もあるの!」
「そういう隠蔽体質は好かんが……まあ、贋作であると言わない方が良かったかもしれないと後悔してはいる」
「ほら、やっぱり私の言った通りじゃない!!」
「贋作を贋作だと見抜けず作者の名前だけで珍重するような者に何を見せても無意味だ。適当な絵を著名な画家が書いたことにしてそれなりの額装で飾れば無知で芸術の何たるかを理解していない者達は挙ってありがたがることだろう。心が豊かで芸術の何たるかを理解している、審美眼を持つ者だけが芸術を楽しむ権利があると思う。……即ち、芸術を楽しむためには様々な感覚を磨き、審美眼を鍛える……教養と努力が必要不可欠なのである!」
「……本当に火に油を注ぐことしか言わないわね。まあ、でも貴方であればそれを言う権利はあるかしら」
騒ぎを聞きつけ、美術館の学芸員達が駆けつけてくる。
遂には館長まで駆けつけ、数人の鑑定士を呼び寄せるという事態まで発展した。
その後、鑑定士達による再調査の結果、ジェイドの言った通りこの絵が有名贋作師によって作られた贋作であることが判明したのである。
「……とんでもない騒ぎになったわね。営業妨害って言われても私には違約金なんて払えないわよ」
「まあ、その時は我がライバルに頭を下げるつもりだ。……それに、ワタシは何も間違ったことはしていない」
「えぇ、仰る通りです。今回の件は全てこちらが贋作を贋作と見抜けなかった故の不手際でございます」
「この絵は贋作だったが、この美術館はとても良い美術品を多数所蔵しているようだ。修行のために来たのだが、とても勉強になった」
「ところで……失礼ながら貴方様は」
「名乗っていなかったな。私はジェイド=ニェフリート、この世界から見て異世界に当たる別の世界のクリフォート魔族王国において魔王軍幹部をしている。今はその仕事を別の者に任せ、自己研鑽と仕事のために来日した。この生意気な小娘から提案された仕事だから期待はしていなかったが、この世界のレベルの高い美術に触れられたのは良い経験となった。不服だが感謝せねばならんな」
「本当に一々癪に障る言い方をするわね!」
「しかし困りました……この絵は当美術館の目玉と呼べるものだったのですが」
「確かに、結果としては営業妨害になった……その責任の一端がワタシにないという訳ではない。では、こうしよう」
ルーグラン聖戦戦争終結後、庚澤無縫から送られた空間魔法が付与された指輪を使用し、亜空間から取り出したのは大きな絵だった。
【七皇】アリオトに挑むように七人の魔法少女達が描かれたこの絵画は流石は巨匠ジェイドが描いた作品というべきか、ある種の宗教画のような神々しさを持っていた。
「あっちの世界なら凄まじい額が付きそうな絵ね。……というか、描いていたなんてびっくりしたわ」
「あれだけの場面だ、寧ろ描かないという選択肢はない。……無名の画家が描いたものだ。埋め合わせにはならないだろうが、これを詫びとして進呈しよう。それでは、小娘。プロダクションとやらに案内するが良い!!」
「本当に偉そうでムカつくわね……流石はあいつの自称ライバルというところかしら? まあ、でも無縫のライバルはこの私、朝比奈茉莉華よ!」
「貴様がライバルだと? 少なくとも一万年は早いわ!!」
バチバチとやり合いながら美術館を後にしていくジェイドと茉莉華。
一方、美術館側はというと贋作問題をどうするべきかと頭を悩ませることとなった。
ジェイドが詫びの品として置いていった絵も無名の画家の絵画である。このようなもので補填はできない……と美術館の館長も当初は思っていた。
だが、そんな館長の予想を裏切り美術館はそれからかつてないほどの賑わいを見せることとなる。
その火付け役となったジェイドの絵画「七人の魔法少女達による聖戦」はいつしか美術館の目玉となり、国立美術館の至宝として後世まで受け継がれていくことになったのだ。
◆
ルーグラン聖戦戦争はジェイドにとって大きな人生の分岐点となった。
あの戦いで実力不足を痛感したジェイドは自己研鑽の修行の旅に出ることを決めて宰相シトラスと交渉。
本来であれば現役の魔王軍幹部が修行の旅に出ることなどできないのだが、シトラスとの協議の末に「魔王軍幹部代理を依頼できる相手がいるのであれば武者修行を許可する」という条件を提示した。
シトラスにとってもジェイドが更に強くなることはクリフォート魔族王国の強化にも繋がる喜ばしいことである。
ジェイドはそこで現在フリーであり、実力も折り紙付きである二代目魔王ベンマーカと現在行方が判明している二代目魔王時代の四天王であるコクリコに協力を依頼した。
表舞台から去り、若い魔族達に今を託して隠居の身になっていた二人だが、有望な魔族の青年が「自己研鑽のために力を貸して欲しい」と願い出たこともあって、その志を摘み取る訳にはいかないと協力を決意――ジェイドが担当するキムラヌート区画はベンマーカとコクリコが交代で試練を担当することとなった。
残すところは武者修行の場所の選定だ。
見聞を深めたいというジェイドの希望を叶えるべく当初はルーグラン聖戦戦争前後に知り合ったブルーベル商会を頼るつもりだった。
が、ここで待ったをかけたのが朝比奈茉莉華だ。
出会い方こそ最悪だったがあの戦争でジェイドの実力の高さを実感した茉莉華は「ジェイドの力を借りれば【スターライト・トゥインクル】が更なる人気を勝ち取れるのではないか」という打算や無縫への対抗心から「新しいアルバムのジャケット」の制作を依頼。その対価として、内務省のアルバイトとして探索した異世界をジェイドに紹介するという契約を結んだ。
実際はブルーベル商会もそれら異世界との関わりを持っており、更に言えば無縫の方が多くの異世界を探索している。
適任なのは明らかに無縫なため成立は絶望的だと思われた交渉だが、茉莉華が「ライバルの無縫の力を借りるんじゃなくて、勝負の時に披露して驚かせた方がいいんじゃないかしら?」と言ったことが決定打となって今回のオファーは成立してしまった。
もしかしたら茉莉華には策士の才能があるのかもしれない。
今回のオファーは秘密裏に行われる筈だった。
無縫に気づかれればどのような横槍を入れられるか分かったものではないということもあるが、人気アイドルが異性と行動を共にしているというのもスキャンダルに繋がりかねないものである。
そのため、極力目立たないようにするつもりだったのだが……あろうことか、翌日の新聞の一面に「異世界ジェッソの魔王軍幹部が国立美術館の贋作を発見」と大々的に載せられてしまった。人気アイドルと異世界のゴブリンのデートを激写とか、最早そのレベルではないニュースである。
世間の注目はやはり贋作問題に当てられていた……が、茉莉華とジェイドの熱愛の可能性にも注目が向けられてしまった。そのため、まだ会ったことがないにも関わらず 【スターライト・トゥインクル】が所属する事務所は会見を開き、「ジェイド氏には次のアルバムのジャケットの作成を依頼している。異世界の高名な画家であるジェイド氏たっての希望で事前に美術館を当事務所所属の朝比奈茉莉華と見学し、その見学中に贋作を発見した模様である」と記者団に発表した。
これにて、茉莉華とジェイドの関係を疑う話は一先ず立ち消えになった訳だが……「彼と茉莉華がどういった出会い方をしたのか」とか「あれだけの魔法少女達を描いたということは、もしかして魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスと魔法少女プリンセス・カレントディーヴァの正体を知っているのではないか?」とか、そういった疑問が生じ、引き続き記者団の追及が行われることとなった。
結果として会見の場に引っ張り出されることになったジェイドは「熱愛云々だったか? そもそも、この小娘に魅力を感じる訳が無かろう」と一部ファンが別の意味でキレそうなことを言いつつ、「どちらも正体は知っているが、ワタシの口からそれを言う訳にはいかない。秘匿されていることだからな。……だが、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスについては一つ言えることがある。彼女はワタシが唯一対等な芸術家だと感じた存在であり、彼女との戦い
――合作は心躍るものであった」というものであった。
このニュースを福岡県行きの鉄道に揺られつつスマートフォンで見ていた無縫は「ジェイドさん、何やっているの?」と苦笑いを浮かべつつ、対等な芸術家であるジェイドの言葉に嬉しさを感じていた。
◆ネタ解説・二百四十話(ep.241)
美術館での贋作事件
念頭に置かれたのは美術贋作師のヴォルフガング・ベルトラッキ。
高知県立美術館での「少女と白鳥」の贋作発覚事件から着想を得ている。




