風魔法で王城の状況を把握していたのにフレイヤとの不毛過ぎる戦いを続けるなんていくらなんでも職務怠慢が過ぎるんじゃないかな? シルフィアさん。
ネガティブノイズの参戦は戦場に大きな変化をもたらすことになる。
「……テオドア陛下、セリスティス殿を解放してもよろしいでしょうか?」
「――ッ!?」
「まあ、この状況下じゃ拘束しておく意味は薄い。……ガルフォール殿、一時休戦にしてもらいたい」
「ああ、分かった。……正直このまま戦っていてもジリ貧で負けていたからな。戦争が終わったら降伏するよ。……しかし、庚澤無縫、想定していた以上に狂っているな。この状況下でどっちの陣営にとっても敵になりかねない第三陣営を投入するかよ! まあ、あいつからしてみれば邪魔なルーグラン王国と一緒に纏めて討伐できる一石二鳥の計略なんだろうが」
ネガティブノイズの参戦はルーグラン王国王都の被害を間違いなく拡大させた。
大日本皇国連合軍側は基本的には騎士などの戦える者達をターゲットにして民間人は極力狙わないという一線を引いて戦争に臨んでいたが、ネガティブノイズにはそのようなルールは関係ない。
無差別な攻撃により民間人への被害もネガティブノイズの出現を皮切りに増えている。
……まあ、それ以前に逢坂詠による神山両断事件により王都の街の一角が破壊され、民間人に大量の死者が出てしまっている訳だが。
「……随分と甘い考えじゃな、ガルフォールとやら。この状況ですら、まだマシという未来があったとしたらどうじゃ?」
シトラスがセリスティスを解放し、斬り結んでいたテオドアとガルフォールが周囲を取り囲み始めていたネガティブノイズ達に刃を向ける中、唐突にネガティブノイズ達の一角が押し潰されて粉砕された。
現れたのは魔法少女ヴァイオレット=レイに変身したヴィオレットだ。固有魔法の『重力操作』でネガティブノイズ達に掛かる重力を強化して粉砕したのだろう。
「――ヴィオレットさん!?」
「うむ、戦争は次の段階に移行している。これ以上の戦闘は不毛だ。ここで、休戦をするのは良い考えじゃと思う。……お主達ならここは大丈夫だろう。我はシルフィアを呼びに行かなくてはならないので手短に話すが、無縫の手札の一つには戦略兵器がある」
「……戦略兵器、だと!?」
「うむ、戦略兵器――『天界の杖』。宇宙に打ち上げ、恒星の光を収束、乱反射させつつ留めておき、攻撃対象の都市目掛けて降り注がせる都市消滅級戦略兵器だ。流石に表面にある都市を構成する建物を吹き飛ばす程度で、島一つを消し飛ばすような兵器ではないがな」
「……いや、それでも十分に恐ろしいんだが。というか、そんな兵器が使われる可能性があったのかよ!?」
「……実際に使われたことはほとんどないがな。精々蒸発したのは三国……いや、四国じゃったか。死者も当然一国あたり何千万単位から何億単位じゃ。その後の関係を考えてほとんど使われない兵器――そんなものが使われるということは無縫の逆鱗に触れたということじゃな。そこまでのことはなかなかない……良かったな!」
「この地獄の惨状でまだマシって言いてぇのかよ……まあ、確かにルーグラン王国や白花神聖教会がしたことを考えれば当然のことか」
「では、我はシルフィアのところに行く。ガルフォール! セリスティス! 二人は無縫曰く今後のルーグラン王国に必要不可欠な存在じゃ。この戦争、なんとしても生き残るのじゃ!」
魔法少女ヴァイオレット=レイは辺りのネガティブノイズを全て押し潰すと、魔法少女シルフィー=エアリアルのいる方へと駆けていった。
◆
魔王軍幹部の中で様子見の姿勢を崩していたジェイドがネガティブノイズの出現を受けて参戦を決めた中、最後の一人であるベークシュタイン=フリネーオもまた参戦を決めた。
「ああ素晴らしい! 興味深い存在だ! お前達には我が自慢の遺物を使ってやろうではないか!」
庚澤無縫との戦いでも、「頂点への挑戦」の本戦でも使わなかった遺物をここに来て解禁し、ネガティブノイズ達の討伐に動き出す。
「『虚空へと還す光』!!」
遺物の一つ『虚空へと還す光』――眩いレーザーを照射するこの兵器には命中した部位を最も小さな単位へと分解する効果がある。
分子は原子……更に陽子、電子、中性子へと分解され、更には最小単位である素粒子に分解される。
魔法に当たれば魔力へと回帰して無効化され、それ以外のエネルギーに由来する力も確認してはいないもののその力を構成するエネルギーへと回帰すると予想されていた。
ベークシュタインが放った光はネガティブノイズの核を確実に射抜く。すると、射抜かれた部分は分解されてネガティブエネルギーへと変化した。
すかさずベークシュタインはそのエネルギーを風魔法で回収し、攻撃を仕掛けてくるネガティブノイズをそっちのけで解析を始める。
「……ふむ、このエネルギー、負の性質を持っているようだな。エネルギーそのものは魔法少女の身体や魔法を構成するエネルギーに近いようだ。……魔法という名で括られているものの、この世界の魔力とは異なる力で発現するメカニズムが全く異なる技術か。なかなか興味深い」
ベークシュタインはその後も自分の興味が赴くままにネガティブノイズとの戦い……ならぬ実験を続けた。
討伐数は他の魔王軍幹部に比べて少ないが、それでもベークシュタインが魔王軍幹部として活躍した貴重な光景である……本当にそれでいいのか?
◆
一方、南地区で戦闘をしていたリリス達もまたネガティブノイズの出現によって大きく方針を転換せざるを得なくなった。
これまで交戦していた第八部隊、第九部隊、第十部隊、第十一部隊、第十二部隊の残党達はネガティブノイズ達相手に何もできないまま散っていった。このまま雑兵処理をするつもりだったリリス達にとっては倒すべき敵が勝手に倒されてくれた形だが、その牙が自分達に向けられることが確実なため、素直に喜ぶことはできない。
とはいえ、リリスにとっては馴染み深い敵だ。
内務省での経験を活かしてリリスは素早く指示を飛ばして徹底的な対策を行い、ネガティブノイズ達の弱体化を短時間で終わらせた。
こうなれば、最も数の多い下級種は骨抜きだ。
上級種はその状態でもまだ脅威だが、それでも対象ができない脅威ではなくなっている。
「……姉上、ここにいていいのですか?」
「どうした、リアム」
五つの部隊が撃破されてもまだネガティブノイズがいる。
天使や悪魔の軍勢が加勢してくれているとはいえ、それでようやく数の上では互角という状況下だ。
そのような状況下でリアムの口から想定外の言葉が飛び出し、リリスが思わず首を傾げる。
「ネガティブノイズの中でも強い個体が現れたのですよね?」
「【七皇】だな。……奴らは伝説の存在だ。だが、無縫達が向かっている……それに、私はここを離れる訳には……」
「魔法少女の力、シルフィアさんからもらったんですよね? 他の魔法少女達も向かっているみたいです。本当は姉上も向かいたいんじゃないですか? ……それとも、僕達が信用できませんか?」
「そういう訳じゃないが。……確かに、魔法少女になった者として【七皇】には興味がある。これだけの魔法少女が集まる機会もそうない……参加したいという気持ちもある。だが、私だけこの場を離れるのは忍びないと思っていた……だが、そうだな。時には信じて任せるということも大切だな……魔王になるのであれば」
「思う存分暴れてくるといいですわ!」
「そうですわ! ここは私達に任せてくださいまし!」
「……まあ、一つ懸念事項があるとすれば、無縫殿一人でも別に解決できそうなところか」
「……ヴァルフレウ殿の言う通りだな。【七皇】と無縫殿の間での戦闘はこれまで無かったが、正直あの魔法に対抗できるものがいるとは思えない。……まあ、そんなことを話していても仕方ない。ここは任せたぞ! 四天王達よ!」
「はい!」「任せておけ!」「承知しましたわ!」「お任せくださいまし!」
「ちょっと待てッ!! ヴィオレットちゃんと共闘するのは我――!」
「アンタの出る幕じゃねぇぞ!!」
リリスが葛藤していた持ち場の離脱をあっさりと決めてヴィオレットを追おうとする子煩悩の魔王ノワール。
そんな彼をヴァルフレウが必死で止めようとする中、魔法少女マイノグーラ・ナイトメアに変身したリリスは魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスと【七皇】アリオトが対峙する戦場を目指した。
◆
ネガティブノイズの出現後もフレイヤと魔法少女シルフィー=エアリアルの戦闘は続いていた。
「――ッ!? 【七皇】!? ……あれは流石にまずいよ!! 私も早く行かないといけないのに!! フレイヤさん! いい加減にしてよ!!」
「それはこっちのセリフよ!! 貴方が邪魔をしなければブリュンヒルダ王女殿下の加勢に行けたのよ!! 氷の造物主――氷の硝子剣」
「暴風の剣ッ!!」
氷の剣と暴風を束ねた剣が幾度となく交錯する。
両者の強さはほとんど互角で、それ故に決着がつかないまま戦況は膠着状態に陥っていた。
「――何をしておるのじゃ」
「――ッ!? 来てくれたんだ、ヴィオレット」
しかし、その戦力の均衡は一人の参戦で崩れ去るようなギリギリのものであった。
新手の魔法少女ヴァイオレット=レイの出現で、大きく不利になったフレイヤの頬を汗が伝う。
「戦況は既に変わっている。今、お主と戦う理由はないのだ。それに、もう十分足止めはした筈だ。波菜もこれだけ時間稼ぎをすれば十分だろう?」
「そうだね! それに、なんか波菜さんも戦いやめちゃったみたいだしね」
「……へっ!?」
「いやぁ、酷いことするよね、あのイリスフィアさんってお姉さんも。姉の代わりに私を殺せ、異世界召喚した罪は自分にあるじゃないかって……詳しくは知らないけど、イリスフィアさんは波菜さんの過去を聞いてそれでも波菜さんのことを気持ち悪がらなかった、波菜さんにとっては無縫君ほどではないにしても大切に思っているような人だし、そんな人にそんなことを言われたらそりゃ戦意も喪失しちゃうよね」
「ちょっと待てそれを何故先に言わぬのじゃ!?」
「あれ? 言っていなかったっけ? 私って風魔法が使えるからお城の内部で何が起こっているのかとか把握しているよ。結構死んだみたいだけど、ブリュンヒルダさんは無事みたいだね。後、無縫君が気に掛けていた司書さんも無事かな? 死亡数は……詠さんが神山を切り落とした被害と同じくらいか、少し多いくらいかな? よくもまたこんなに殺せたよね。まあ、あれだけのことをされた波菜さんの怒りを考えればこれくらいは当然か」
「……ブリュンヒルダさんは無事なのね?」
「うん、間違いないよ!」
「……分かったわ。その、ネガティブノイズとやらの対処方法を教えてもらえないかしら? ここまでは私も混戦状態になるから避けていたけど、ネガティブノイズの早期殲滅のために私も切り札を使うわ」
「助かるよ! じゃあ、『雷霆』所属の内務省の役人さんに声掛けておくから、その人から情報を聞きつつ使う戦力の特徴の共有をお願いね!」
「分かったわ。……シルフィアさんだったかしら。私にとっても貴方と同じようにネガティブノイズは滅ぼさないといけない外敵ということになるわ。こういうことなら、もっと早く戦いを切り上げて殲滅に動きたかったし、貴方もそうでしょう? 次からはこうならないようにしっかりと伝えるべき情報を伝えて戦いを回避した方がいいと思うわ。お互いの利益のためにね」
「はーい」
「……あっ、これ、ダメみたいね」
魔法少女シルフィー=エアリアルの底抜けに明るい返事に嫌な確信を持ったフレイヤは魔法少女ヴァイオレット=レイと魔法少女シルフィー=エアリアルを見送ると、転輪武装――「あらゆる楽器の再現」を用いて「黙示録の喇叭」を顕現した。
◆ネタ解説・二百二十七話(ep.228)
・「この状況ですら、まだマシという未来があったとしたらどうじゃ?」
元ネタは尾田栄一郎氏の漫画「ワンピース」の五老星ジェイガルシア・サターン聖の「その方がまだましという未来があったとしたらどうだ? 不安要素は潰すのが一番だ……」という台詞。
・『天界の杖』
着想元は白米良氏のライトノベル『ありふれた職業で世界最強』に登場するアーティファクト「ヒュベリオン」。
・『虚空へと還す光』
着想元はつくしあきひと氏の漫画『メイドインアビス』に登場する白笛の一人ボンドルドが保有する遺物『枢機へ還す光』。
名前には佐島勤氏のライトノベル「魔法科高校の劣等生」に登場する魔法「雲散霧消」の要素も含まれている気がする。




