弱体化の魔術も、巻き起ころうとしている二つの戦いもたった一人の一太刀で粉砕するって、やっぱり逢坂詠って奴は……なんというか、ねぇ。唯我独尊って感じだよねぇ、って話。
魔族討伐を目的に行われた勇者召喚。
クラス一つ分――つまり、四十人ほどが召喚されたこのクラス召喚において、やはり最も期待を集めていたのが勇者の天職を持つ獅子王春翔だった。
――その春翔が呆気なく撃破されてしまった。
召喚されて日が浅く、更に聖剣などの武装も揃ってはいないとはいえ人類の希望が折られた衝撃は非常に大きいものであった。
「……正直想定以上です。愚かな邪神と手を組み、我らが神を殺そうなどという不遜極まりない言う言葉が蛮勇では無かったということでしょう。……なるほど、庚澤無縫、黒崎波菜――イレギュラーである貴方達は我々にとって不都合な存在です。クリフォート魔族王国の薄汚れた魔族達や勇者達の母国共々、我々、真の神の使徒が滅ぼさせて頂きます」
天上から光の筋が地上へと降り注ぐ神々しい光景の中、まるで自分達こそが正しい存在だと言わんばかりに演出し、無数の天使のような者達が姿を見せる。
美しい銀髪は腰まで届くほどだ。その青い瞳は一切の感情を宿していないのか青一色に染まり、底冷えするほどの冷たさを宿している。
ノースリーブの膝下まであるワンピースドレスに、腕と足に金属製の防具を身に付け、頭に白い羽のついた額当てをつけた姿はまるで戦乙女や、天使の如く。
背中には純白の大きな翼を持ち、その翼を大きく羽搏かせて空中に留まっている。
自称『真の神の使徒』の登場により、神山の信徒達は大きく盛り上がる。
その中にはパグスウェル達白花神聖教会の信徒達だけでなく、国王オルティガや王妃アリスティア、第一王子のオーブリアといった王族の姿もある。
元々、白花神聖教会の敬虔な信徒であったオルティガ達だったが、ここ最近は輪をかけて信仰が強まっていた。
イリスフィアは波菜から脅されてオルティガ達への説得を諦めた……が、仮に説得をしていたとしてもイリスフィアの言葉は父親達の耳には届かず、それどころか敵意を向けられる可能性もあった。
これも全て自称『真の神の使徒』が神山に修道女として侵入し、洗脳を行った結果である。
そんな自称『真の神の使徒』の出現や、教会の動きに驚きつつもそれらを全て無視して動く者達がいた。
「――ブリュンヒルダお姉様!?」
「プリュイに、ピジョンブラット公爵令嬢!? ――あの二人が失踪した第一王女殿下と一緒にいるってことはクライアントは第一王女殿下だったってことか!?」
イリスフィアが姿を消したブリュンヒルダがこの場に現れたことに衝撃を受け、プリュイとフレイヤを従えるように現れたブリュンヒルダの姿を目の当たりしたことで点と点が繋がったガルフォールが想定外の状況に驚愕を露わにした。
「――プリュイ殿、フレイヤ殿、力を貸してくれ! 黒崎波菜!! 妹を離せッ!!」
ブリュンヒルダはフレイヤが生み出した氷の階段を走り抜け、波菜の元へと迫る。
波菜は驚きつつも聖剣を鞘から抜き去り、臨戦態勢を整えた。
それとほぼ同時にパグスウェルの指揮のもと、彼らは一斉に魔法を行使する。
【覇奪の聖歌】と呼ばれる信徒の祈りと司祭級以上の宗教家複数人による合唱という形で詠唱を行い、歌い続ける間だけ効果が持続する相対する敵を拘束しつつ衰弱させていく魔法が発動し、無縫達は強力なデバフ効果をその身に受けた。
「……動けないことはないが、七面倒くさい魔法だな」
「パグスウェルですか。……あれは自分の役割というものをよく理解している。良い駒です」
「だが、十分に対処可能なレベルだ。――みなさん! 俺が魔法の相殺を行いますのでその間に王城と神山制圧を進めてくださ……」
しかし、無縫はそれ以上言葉を続けられなかった。
「――くだらんな」
それは、まるで時間が停止したかのようだった。
無縫、自称『真の神の使徒』、ブリュンヒルダ、波菜――全員が動くべき盤面にも拘らず、まるで金縛りに遭ったかのように動けなくなり、敵味方問わず全員が誰一人として一点を注視せざるを得なくなる。
惣之助は頭を抱え、無縫は思わず苦笑いを浮かべ、一切の感情が抜け落ちている自称『真の神の使徒』もキャラ崩壊をする勢いで目を大きく見開いて驚愕した。
続けられた聖歌の詠唱も数秒の時間を経て止まってしまう……が、それも致し方のないことだろう。神への信仰心があったところで物理的に無理なこともあるのである。
たった一人の男の放った自称『真の神の使徒』の動体視力でも規格外の速度で刀身が擦過したことにより生じる白熱する大気の輝きを捉えることが精々の神速の斬撃――それが飛斬撃と化して放たれる。
その狙いは神山だった。真一文字に放たれた斬撃は巨大な山を丁度真ん中付近で少し斜めに切り裂き、切り裂かれた山の上部分が地滑りを起こすように落下を始める。
その先には王都の街があった。山は街の一部を押し潰す勢いで落下し、轟音と共に山がいくつかの塊に割れる。
押し潰された区画にいた者はほとんどが逃げきれずに命を落とした。また、神山の信徒達もあれだけの高さから落下したのだから無事では済まなかった筈だ。
命を落とさずとも、落下による衝撃と瓦礫に叩きつけられた衝撃で重傷を負っていることだろう。流石にあれだけの高さから落下したこともあって、詠唱をしていた者達は全員が命を落としたか意識を失ったのか……詠唱は完全に止まっていた。
「くだらん神の下僕よ、なかなかに人間じみた顔をするのだな。人の子に情でもあったか? ならば俺の斬撃にもそれなりの意味はあったということだろう。嫌がらせとしての効果がな」
「し、師匠……流石に神山を切り落とすのはやり過ぎだと思うでござる。まあ、師匠ならできるんじゃないかとは薄々思っていたでござるが」
「莫迦弟子よ。お前が俺の弟子だというのなら将来的にはこの程度造作なくやれるようになれ。……俺の薫陶を受けてこの程度で驚いているようじゃ、わざわざ剣を教えた意味がない。せいぜい、大日本皇国の役に立ってもらえなければ投資した意味がないからな。……俺を失望させるなよ。それといい機会だ、貴様ら無知蒙昧な雑魚共に俺がありがたい教えを一つ教授してやろう。戦争において、最も効果的なことは相手がやられて嫌なことを積極的にやることだ。例えば、信仰の象徴をこのように真っ二つにするとかな」
「……そういうやり方されると、後の統治が大変になるんだけどな。無駄な恨みを醸成するような真似はやめてくれ」
「惣之助、貴様は昔から甘い。……無辜なる民を巻き込むべきではない、だと? それこそ愚かな考えだ。この王都に、いや、ルーグラン王国に戦争と無関係な者がいるとでも? 彼らは全員が同意してここにいる。もし、戦争を避けたいのであれば、彼らはルーグラン王国と白花神聖教会を排除すべきだった。それをせず、今の状況を受け入れた。その結果が、この結末というだけのことだ。――さて、次は嫌がらせとしてそこの自称神の使徒でも斬り捨てるとしようか?」
詠は居合の一撃を放つと同時に鞘に仕舞っていた刀に再び手を掛ける。
――しかし、詠の斬撃が自称『真の神の使徒』に届くことは無かった。
「――ブリュンヒルダ、申し訳ありませんが作戦変更です。庚澤無縫を抑える役割は放棄してあの剣士を止めに行きます! 多分、あの銀髪の天使も含めてこの場にあの男を止める意思があって止める力を持っているのは同じ斬撃を使える俺くらいです」
「――ッ! プリュイ殿が言うならそうなのだろう! あの男は野放しにしておくとはまずい! 止めてくれ!!」
「いい度胸だ! せいぜい俺を楽しませてみせろ! 小娘!!」
本来、無縫にぶつけるつもりだったプリュイに詠への攻撃を許可して送り出したブリュンヒルダはそのまま波菜へと斬りかかる。
「シルフィア! あの王女の相手は任せる! 殺さない程度に妨害を頼む!」
「任せて!! その代わり、借金の一部帳消し、徳政令発動を――」
「……はぁ、終わったら考えてやる」
やる気を出したシルフィアが魔法少女シルフィー=エアリアルに変身し、固有魔法の『風魔法』を発動する。
「――疾風の破槍!!」
放たれた風の槍は後二つで波菜達のいる第二王女の部屋の窓に辿り着くというタイミングで氷の足場を破壊し、足をつく直前で足場を破壊されたブリュンヒルダはそのまま足を踏み外して地面に向かって垂直落下を開始する。
「――っと、殺すなって言われていたっけ。風の弾巻!」
慌てた魔法少女シルフィー=エアリアルは小さな風を使って落下速度を軽減させ、ブリュンヒルダは落下した彼女を助けるべく走っていたフレイヤにお姫様抱っこでキャッチされて事なきを得た。
「――波菜さん、無縫君が好きにしなって。ここは私に任せて!」
「感謝するよ、シルフィアさん」
「――ッ!! 波菜さん……」
魔法から解放されたイリスフィアは波菜を止めようと手を伸ばすが、その前に波菜が強引に扉を蹴り飛ばして外に出る。
彼女の狙いは召喚に加担したルーグラン王国の人間を皆殺しにすることだ。このままでは、王城の人間や王都の人々に多大な被害が出る。多くの人々が殺される。
イリスフィアはルーグラン王国の人々を守りたかった。王女として……何より一人の人間として、生まれ育った祖国の人々を、隣人達を守りたかった。
しかし、イリスフィアには時間が与えられていたにも拘らず波菜の心を変えられなかった。それほどまでに、波菜の心に刻まれた傷は深かったのだ。
「……ああっ、波菜、さん」
彼女の伸ばした手は……しかし、誰にも届くことはない。誰も、救うことはできないのだ。
◆ネタ解説・二百十六話(ep.217)
・真の神の使徒
エーデルワイスの使徒達。白米良氏のライトノベル『ありふれた職業で世界最強』と同様に戦乙女や天使のイメージである。
一切物事に動じない感情のない無慈悲な天使として登場したが、庚澤無縫、逢坂詠などそれ以上に無慈悲な面々が揃っているため相対的に常識寄り。
名前はオルトリンデなど戦乙女から取られている模様。
リーダーは恐らくブリュンヒルデという名前なのだろう。第一王女ブリュンヒルダと名前が似ているのは、神の使徒であるブリュンヒルデに肖ってブリュンヒルダと名付けたからなのかもしれない。
・徳政令
日本の中世、鎌倉時代から室町時代にかけて朝廷・幕府などが土倉などの債権者・金融業者に対して、債権放棄を命じた法令のこと。
本作では歴史的な背景関係なしに単に借金帳消しないしは減額を求める言葉として使っている。無論、ヴィオレットとシルフィアが築いた莫大な借金が一回で消える訳が無い。




