大日本皇国の影響で異世界ジェッソが混乱の渦中にあるけど、大日本皇国がある地球もネガティブノイズの大規模侵攻に晒される模様。〜二つの世界の存亡をかけた戦いが期せずしてほぼ同時に始まってしまうようです〜
庚澤無縫が次に動くとすれば、それはルーグラン王国を舞台とした聖戦戦争であると誰もが想像していた。
しかし、蓋を開けてみれば皇帝ガフェイルが落とされ、ラーシュガルド帝国が大日本皇国に恭順するという事態になっている。
ルーグラン王国にとっては心強い援軍をたった一手で奪われるという最悪にも等しい状況だった。
だが、ラーシュガルド帝国との関係は結局のところ一時的な共闘関係に過ぎない。
元々、ルーグラン王国だけで戦争をするつもりだったので、期待は裏切られたものの実際のところは当初の予定通りの形に戻っただけだ。
ルーグラン王国にとって厄介だったのは、ガフェイルが撃破されたという事実ではなく、その過程の方である。
勇者しか扱えぬ聖剣を、魔王しか扱えぬ魔剣と共に使役し、更に人格を付与する規格外の魔法まで披露してみせた。
あの聖剣や魔剣が変化した少女達は生きている人間達と全く見分けがつかないほどであり、あの大魔法は間違いなく付与術師と呼ばれる最弱の戦闘系天職の常識を覆すものであった。
それだけでも十分に向かい風だったが、ルーグラン王国並びに白花神聖教会にとって最も痛手だったことは無縫が神聖属性の蘇生魔法を披露したことである。
死者復活の魔法は、白花神聖教会の上位聖職者ですら扱えない究極の秘術――神話に語り継がれるような大魔法である。
白花神聖教会が異端認定した相手は、白花神聖教会以上の聖属性魔法……否、神聖魔法と呼ぶべき力を行使できる。
果たして、異端なのは……神敵と呼ぶべき相手なのはどちらなのか?
庚澤無縫が宣言した通り、白花神聖教会の方が邪な教えなのではないかという疑いはルーグラン王国を中心に急速に広がり始め、白花神聖教会の信徒を辞める者達が庶民を中心に増えつつあった。
その中には爵位持ちの貴族達も散見される。彼らのほとんどは「白花神聖教会への信仰を捨てることで大日本皇国連合軍の攻撃対象から外れるのではないか?」という打算によるものだったが、その打算通りに事が運ぶことはほとんどないのだろう……と、花凛は考えていた。
「ははっ……最悪の状況になったな。最早笑うしかねぇよ」
「宗教関係者達は神聖魔法と死者蘇生魔法のことで主に騒いでいるようだけど……最早状況は、そんなことを議論するようなものでは無くなったわね。やっぱり、クラスのみんなも絶望していたわ。まさか、無縫君が魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスだったなんて。……猟平達も『まさかイジメていた相手が大日本皇国最強の守護者だったなんて』って怯えていたわ。……まあ、でもそうなると色々と腑に落ちることもあるのよね」
「無縫君が大田原総理となんであんなに親しいんだろうって思っていたけど、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスの正体だったってことなら確かに納得できるよね。相手は護国の英雄だから、大田原総理も政府高官も無碍にはできない……総理から全幅の信頼を置かれていたのもそういうことだったんだ、って納得だよ。無縫君、凄いなぁ……」
「貴方が片思いをした相手はとんでもなかったという訳ね。……よく美雪が高嶺の花に例えられることがあったけど、本当の高嶺の花は無縫君のことだったということね」
「でも、私は諦めないよ!!」
「……本当に幼馴染の突撃力は怖いわ。まあ、でも、その前に私達恨まれている可能性がかなり高いのよね。好感度は多分マイナススタートだから覚悟しておいた方がいいわ。まあ、私は美雪のこと応援するって決めたから例え一緒に行くのが地獄だとしても付き合うつもりだけど」
「――花凛ちゃん!!」
「……俺達の方はもっと先に地獄行きになりそうで困っているんだけどなぁ。ちなみに、ここからなんとかなる方法はありそうか?」
「まあ、ルーグラン王国と白花神聖教会はもう諦めた方がいいわね。そして、今回の無縫君の一手で逃げの一手も潰されたわ。信輝君達は亡命を検討していたけど、移住先として考えていたラーシュガルド帝国が落とされたから作戦を白紙に戻したそうよ。ラーシュガルド帝国は恐らく大日本皇国側に回っているから、勇者パーティを大日本皇国側に引き渡す可能性もあるし、他の国に行ってもまた潰される可能性がある」
「本当に滅茶苦茶だな……結局のところ、もう俺達に逃げ場はない。腹を括れってことなんだろうなぁ。……正直、最早ルーグラン王国も白花神聖教会も剣を捧げるに相応しい存在じゃないと分かったし、逃げたいところなんだが……異世界召喚をした側の人間として、大人として責任は取らないとな。お前達のことも騎士として必ず守る……と言いたいところだが、正直どこまでできるかは分からない。まあ、命の一つくらいは燃やすつもりじゃねぇと、釣り合いは取れない。無縫の理論に則れば、な」
「心強いわ……と言いたいところだけど、正直何とも言えないわね。……お互い頑張って生き延びましょう。生き延びれば、きっといいことがあるわ」
「そうだな……生き延びれたら、な」
◆
時を同じくして、ルーグラン王国の辺境の宿屋にて――。
ルインズ大迷宮とログニス大迷宮を攻略したブリュンヒルダ、フレイヤ、プリュイの三人はというと……。
「……ラーシュガルド帝国が降伏ですって!? お父様とお母様、無事だといいのだけど……」
「……フレイヤ嬢のご両親はオーブリアが起こした婚約破棄事件後にピジョンブラット公爵家派閥の貴族達と共に亡命していたな。……あの報道の内容からして直接王宮に襲撃を仕掛けたのだろうからご両親が被害に遭っていることはないと思うが……オーブリアの件に引き続き、ルーグラン王国が迷惑を掛けてすまない」
「ブリュンヒルダ殿下が謝ることではありませんわ! 頭をお上げください!」
こちらはこちらで混乱の渦中にあった。
ラーシュガルド帝国が大日本皇国に降伏したことを知り、ルーグラン王国からラーシュガルド帝国に亡命していた両親を心配するフレイヤにブリュンヒルダが謝罪し、フレイヤが王女に頭を下げられて恐縮していた。
「……プリュイ、かなりまずい状況になったわね」
「完全に掌で弄ばれていましたからね。……しかし、少し気になりますね。俺の知る浅輪博重とはかなり戦い方が異なっています。あんな風に技巧を交えた戦闘ではなく、もっと理不尽な幸運を駆使した戦闘スタイルでしたからね。それに、因果干渉効果のある攻撃でなければそもそも攻撃が当たりません。……魔法で避ける必要なんてない筈です」
「本当に理不尽よね、それ。……プリュイの勘違いってことはないのかしら?」
「その確率は低いと思います……転生によって『気紛れな女神の寵愛』そのものは弱体化した可能性がありそうです」
「……弱体化か? 私は寧ろ強化されているように感じたが。聖剣と魔剣の力を合わせた未知の攻撃に、死者蘇生の神聖魔法。一流の剣術に、奴の言葉を信じるのであれば厄災を跳ね除ける因果干渉系魔法。……あれを敵に回すなど愚か極まりない」
「ですが、ブリュンヒルダ殿下は戦うつもりなのですよね?」
「私はルーグラン王国の王女だ。王家に生まれた者として、ルーグラン王国の民達を守る義務がある。だが、フレイヤ嬢とプリュイ殿にはその義務はない」
「……確かに、もうオーブリア王子の婚約者でもないし、ルーグラン王家に思うところがない訳でもないわ。でも、ブリュンヒルダ殿下は……いえ、不敬を承知でブリュンヒルダさんと呼ばせてもらうわね。私はブリュンヒルダさんの志は立派だと思うし、応援したいと思ったわ。だから、プリュイと相談して協力することに決めたのよ。それなのに……もう私達は用済みということかしら?」
「そ、そんなことはない。……だが、これ以上は」
「そんなの覚悟の上よ! ……それに、友達が困っているのよ。助けるのは当然のことでしょ!」
「フレイヤ嬢……いや、美智香さん」
「まあ、俺は止められても関係なく戦いますけどね。今の浅輪博重と剣を交えたいと思っていますから。今からもうワクワクが止まりませんよ!」
「……プリュイ殿は相変わらずだな」
「本当よね。でも心強いわ。……ひとまず王都に戻って占楽さんを交えて作戦会議をした方がいいわね」
「三人寄れば文殊の知恵ならば、四人よれば更に良い考えが浮かぶかもしれませんね。急ぎ、王都へと向かいましょうか」
◆
大日本皇国の参戦を発端として激動の時代を迎えた異世界ジェッソ。
しかし、その大日本皇国のある地球にもまた人類存亡の危機が迫りつつあった。
「……そう、侵攻の兆候がありましたのね」
「えぇ、『預言者』アンブロシウス侯ユーサー・ドローレンス・マーリン卿によれば、数週間以内にネガティブノイズによる世界規模の大規模侵攻が行われるとのことです。標的は、我が国グレートブリテンの他に、ステイツ、ロシア、中国、日本、フランス、イタリアの模様です」
「第一次侵攻では、確か聖地の正統後継者を主張していた二つのアブラハム系の宗教の支配地域がアラビア半島を巻き込む形で焦土と化しましたわね。あれからまともに復興も進んでいなかったんじゃないかしら? ロシアはエカテリンブルグとモスクワが焦土と化してから、サンクトペテルブルクに再移転していましたけど、二度目の侵攻でどうなることかしら? ステイツはニューヨークとワシントンD.C.の都市機能が復活したばかり……いずれにしても、各国が今回の第二次侵攻で大打撃を受けそうですわ。わたくし、国が焼ける匂いは紅茶によく合うと思っていますけど、流石に我らが祖国の危機を黙って見過ごす訳にはいきませんの。ランスロット、すぐに時計塔の正騎士団のメンバーを招集なさい」
「承知致しました」
「それと、このお話を伝えておいてもらえないかしら? 議会掌握と、他国への侵攻の準備も進めておくように……と」
「そ、それは……流石にまずいのでは?」
「軟弱なる議会など最早不要。今こそ、エリザベス女王陛下を頂点としたグレートブリテン帝国の復活の勝ち鬨をあげる時ですわ! 今回の戦争で、多くの国が疲弊するでしょう。弱った国を取り込み、帝国の領土とするのですわ」
「しょ、承知致しました!」
時計塔の正騎士団騎士団長デイム・アデル・クリスティ爵の命を受け、騎士団員のランスロットはその場を後にする。
「……さて、この戦争。最も生き残る確率が高いのは大日本皇国ですわね。……もし、弱っているのであれば植民地にするのもまた一興。しかし、第一次侵攻の時のように生き残るのであれば、再び日英同盟を結ぶのも良さそうですわね」
紅茶の入ったカップを優雅に口へと運び、アデルは微笑を浮かべた。
◆ネタ解説・二百十二話(ep.213)
・『預言者』アンブロシウス侯ユーサー・ドローレンス・マーリン
アンブロシウス侯はアンブロシウス・アウレリアヌス、ユーザーはブリタニアの王の一人でアーサー王の父ユーサー・ペンドラゴン、ドローレンスは『ウィザーディング・ワールド』のドローレス・アンブリッジ、マーリンは魔術師マーリンからそれぞれ引用。
騎士ではなく、魔術師的な立ち位置の人物として作中に登場している。
・ランスロット
円卓の騎士の一人であるランスロット卿が元ネタ。
時計塔の正騎士団のモチーフの一つはアーサー王物語の円卓の騎士であるため、彼の名前があるのは必然と言えるのかもしれない。
◆キャラクタープロフィール
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・デイム・アデル・クリスティ
性別、女。
年齢、三十三歳。
誕生日、九月十五日。
血液型、AB型RH+。
出生地、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国、デヴォン州トーキー。
一人称、わたくし。
好きなもの、紅茶。
嫌いなもの、退屈。
尊敬する人、アガサ・メアリ・クラリッサ・クリスティ。
嫌いな人、不明。
好きな言葉、不明。
嫌いな言葉、不明。
職業、時計塔の正騎士団騎士団長。
主格因子、無し。
「影の王国近衛騎士団である時計塔の正騎士団の騎士団長を務める女性。デイム・グランド・クロス、大英勲章第一位に叙され、クリスティ騎士爵を名乗ることが許されている。剣と魔術を操るグレートブリテン最高戦力、時計塔の正騎士団を纏める女傑。長らく歴史の陰に隠れていたが、ネガティブノイズによる第一次侵攻の際に国王の勅令を受け、歴史の表舞台に突如として現れてグレートブリテンを厄災から救った。王家の剣として王家に絶対の忠誠を誓っており、今後どのような動きを見せるのかグレートブリテン内外から注目を集めている」
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・アンブロシウス侯ユーサー・ドローレンス・マーリン卿
性別、男。
年齢、四十二歳。
誕生日、二月十一日。
血液型、A型RH-。
出生地、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国、ウェールズ国カーディフ。
一人称、私。
好きなもの、特に無し。
嫌いなもの、特に無し。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、アンブロシウス・アウレリアヌス。
嫌いな人、特に無し。
職業、時計塔の正騎士団所属占星術師。
主格因子、無し。
「影の王国近衛騎士団である時計塔の正騎士団に所属する占星術師。また、アンブロシウス侯爵家の当主でもある。アーサー王に仕えた魔術師マーリンの子孫であり、彼自身も優れた魔術の使い手であり、『預言者』の二つ名で知られている。その性質もあって、騎士団の中では特殊な立ち位置にいる」
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・ランスロット
性別、男。
年齢、二十九歳。
誕生日、七月一日。
血液型、A型RH+。
出生地、フランス・ブルターニュ地域圏・レンヌ。
一人称、私。
好きなもの、特に無し。
嫌いなもの、特に無し。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、デイム・アデル・クリスティ。
嫌いな人、特に無し。
職業、時計塔の正騎士団所属騎士。
主格因子、無し。
「影の王国近衛騎士団である時計塔の正騎士団に所属する騎士。フランス出身だが、家の都合でグレートブリテン及び北アイルランド連合王国に移り住み、そこで才能を見込まれて時計塔の正騎士団に所属することとなった。『アーサー王伝説』で語られる騎士ガラハットの子孫にあたる」
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