ラーシュガルド帝国の皇帝と庚澤無縫の戦闘を見にきた筈なのに、なんで聖剣が変化した美少女と魔剣が変化した美少女の百合を見る羽目になっているんだろうね?
「では、まず小手調べ……と参りましょうか?」
ガフェイルの動体視力でも見切れないほどの圧倒的な速度て肉薄した魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスが魔剣デモンズゲヘナを振り下ろす。
「――ッ!! 予想以上に速ぇ!! それに重いッ!!」
「ちなみにこれはどうでもいい話だけど、俺って両利きじゃなくて右利きなんですよね」
魔剣の力も使わずガフェイルを力任せに吹き飛ばす。
吹き飛ばされたガフェイルは大きく力を振り絞って地面を踏み締めて勢いを殺しつつ、掌を魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスに向け、素早く詠唱した。
「吹っ飛べやッ!! 【炎弾連射】」
無数の炎の塊を無数の弾丸の雨の如く解き放つガフェイル。
これほどの密度の攻撃ならば、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスに大ダメージを与えられると確信していたガフェイルだったが……。
唐突に魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスが右手に持っていた聖剣オクタヴィアテインを空中に放り投げる。
そして、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスはゆっくりと右手を掌を上へと向けてガフェイルの方向へと突き出した。
「――来るぞ! 【被害の逸避】じゃ」
「――ッ!? 違うッ! ヴィオレット、違うよ! 無縫君が使おうとしているのは、【被害の逸避】じゃない!!」
「――【厄災を超えて征く】」
その声はまるで粘着質のようでねっとりとガフェイルの耳に残った。
その直後、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスに命中する筈だった炎の塊はあらぬ方向へと逸れていき、そして、幾度か不可思議なバウンドを経てあろうことかガフェイルへと迫ってきた。
「なんなんだよ! その魔法!!」
「【被害の逸避】を改良したオリジナルの因果干渉系魔法。その名の通り、この魔法は自分に迫り来るあらゆる厄災を超えていく。その厄災は術者に到達することはなく、行き場を無くなった厄災は引き起こした元凶へと帰っていくという寸法ですよ。例え、追跡する者に降りかかる厄災の条理と戦ったとしても、この魔法が発動し続けている間は術者に厄災は通じず、厄災を操る者へと厄災が牙を剥くことになります。……しかし、よく避けられたなぁ。これでチェックかと思っていたんですけどね」
「流石に自分の魔法でやられるような間抜けはしねぇよ。っても、ギリギリだったけどな」
自分の足元に現れたクレーターと焦げ臭い匂いに、ガフェイルは顔を顰める。
「まあ、じゃあ少し遊べそうなので……もうちょっとだけギア上げましょうか?」
一方、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスはまだまだ余裕があるようで、空中に投げていた聖剣オクタヴィアテインをキャッチしてニヤリと人の悪い笑みを浮かべていた。
「なんつうか腹立つなぁ……まるですぐにでも俺を倒せるみたいじゃねぇか」
「まあ、やろうと思えば一瞬で決着つきますからね。こんなもの余興ですよ。――さて、ここからしばらく俺は戦いません」
「……はっ?」
「ということで、オクタヴィアさん、デモンズゲヘナさん。少し彼と遊んであげてくださいね。【高位付与術】!」
とことん自分のことを愚弄されただけでなく、挙句自らが手を下す必要すらないという宣言までされ、怒りよりも先に困惑が上回ってしまっていたガフェイルだったが、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスが行った神業を前に、自分がどれほど無謀な戦いを挑んだのかと痛感した。
錬成師に並ぶハズレ枠――付与術師。
しかし、その技術を極めた果てにあるのだろう【高位付与術】は決してハズレ枠とは思えないほど強大な力となる。
とはいえ、その領域に到達できる者は一握りだ。丁度、錬成師が誰しも【黄金錬成】や【万物創造】の段階に到達できないように。
【高位付与術】のその圧倒的な力の一端は、人格の付与にあった。
聖剣オクタヴィアテインと魔剣デモンズゲヘナは一瞬にして眩い光に包まれ、その光が晴れると真っ白なワンピースを纏った腰まで届くほどの銀髪と美しく澄んだ碧眼の美少女と、漆黒の長い髪と黄昏色の瞳を持つ黒いドレス姿の少女の姿があった。
「――ご主人様ッ! なんで全然人格付与してくれないのかしら!! 全然、オクタヴィアちゃんをもふもふできないじゃない!!」
「……くっ、苦しい」
ミステリアスな雰囲気を漂わせていた魔剣の少女は……唐突にシリアスな雰囲気をぶち壊し、聖剣だった少女に抱きついてもふもふし始める。
聖剣の少女の方は魔剣の少女ことデモンズゲヘナから離れようとするが、力が強くなかなか抜け出せないようだ。
「――はっ、離してください!! 私は貴女のこと好きでもなんでもないんですからね! 暑苦しいです!」
「ガーン……」
「安心しろ、デモンズゲヘナ。こいつはただのツンデレだ」
「なっ、なな! 何言っているんですかご主人様!! 聖剣と魔剣が相入れる訳ないじゃないですか!!」
「ってか、二人で百合婦々漫才してないで仕事だよ仕事」
「め、婦々なんて……ま、まだ速いわよ!! オクタヴィアちゃんとはもっとじっくりと距離を詰めて!!」
「な、なんてこと言うんですか!! ご主人様! ふざけたこと言わないでください!! デモンズゲヘナが調子に乗ってしまいます!!」
「……それで、私達にわざわざ人格付与、というより剣の記憶やその他諸々に沿った私達の人格を【高位付与術】で復活させた理由はそこの皇帝かしら?」
「その通り。まあ、聖剣と魔剣の形で一緒に戦っていたんだから分かることだよな。ってことで、少し遊んであげてもらいたい」
「ちなみに、すぐに片付けたらオクタヴィアちゃんとしばらくイチャイチャしていてもいい?」
「なっ、なな! なんてこと提案しているんですか!! この頭の中、桃色お花畑!!」
「えっとつまり、しばらくの間二人の百合百合っぷりを全世界放送するってこと? まあ、ええけど……」
「分かったわ!! 一撃で片付けるわよ! オクタヴィアちゃん!」
「なっ、ななっ! なんでこんなことに!! ご主人様! なんで笑っているんですか!!」
「まあ、ねぇ……ほどほどにね」
「皇帝と無縫のバトルマッチを見にきたら、美少女二人が絡む百合な映像を見せられたらどんな反応をすればいいか困るじゃろう?」
「普通にご褒美なんじゃないかな? 後、一部の人は性癖壊れそうだよね?」
呆れて笑うしかないといった感じで「まあ、好きなようにすればいいんじゃない?」と投げやりな態度の魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスと、二人が数分後には百合百合しい絡みを見せるであろうことに呆れつつもカメラは止めないヴィオレットと、百合に理解があり、寧ろ性癖を壊しに行こうとしているシルフィア――三者三様ながら決して助けてくれる気配のない三人にオクタヴィアは「ご主人様達! 薄情ものです!!」と叫んだ。
「――それじゃあ、行くわよ!」
「し、仕方ないですね。今回だけ、ですからね!」
「……うん、やっぱり普通にツンデレなだけで相思相愛だよなぁ」
オクタヴィアとデモンズゲヘナが手を繋ぎ、その手をガフェイルの方に向ける。
しばらく五人のやり取りに呆気に取られていたガフェイルも流石にまずいと思ったのか剣を構えて走り出し、二人との距離を詰めようとするが。
「「――【太極・円環の蛇剣】」」
放たれた混沌の奔流に一秒たりとも抗うことができず、そのまま飲み込まれてガフェイルは『夢幻の半球』の中から消滅した。
◆
「あー、癒されるわぁ!」
「いい加減離れてください……」
「そういいつつ照れちゃって。オクタヴィアちゃんは可愛いんだから♡」
「……これ、いつまで報道するんじゃ?」
「知らん。……しかし、あの魔王軍幹部のクソバードが同人誌にしそうだよなぁ」
「もしかしなくても、イリアさんのことだよね? 流石にフレスベルグの有翼の乙女をクソバードって呼ぶのは色々とまずいんじゃないかな? せめて腐女子鳥女とか?」
「シルフィア、お主のその呼称も色々とアウトな気がするんじゃが」
「ラタトスクなんてペンネームで同人やっている時点でまともな訳ないだろ? それに、魔王軍三大尊敬できない大人の一人だしなぁ、慈悲などないよ」
「……ちなみに残っているのは誰と誰じゃ?」
「魔王軍四天王やってなければただのニートのアルルーナ=ドリュアデスさんと、魔王軍幹部の仕事すら碌にやっていないベークシュタイン=フリネーオ」
「……まあ、ベークシュタインは尊敬できなくて当然じゃな。だが、アルルーナ殿とイリア殿は人気が高いから色々な人達を敵に回しそうなんじゃが」
「人気が怖くて酷評ができるかよ? それと、俺は割とまともな評価をしていると思うけどな。魔王軍の方々も基本的には尊敬できる大人達ばかりだったからね。……ルーグラン王国と比較したら月とスッポンだよ。ガルフォールさんとか司書さん達くらいじゃない? さて……」
魔法少女の変身を解いた無縫は復活したばかりのガフェイルのもとに歩いていく。
「無様に敗北を晒した感想でも聞こうか?」
「あはは……ここまで完膚なきまで叩きのめされると何も言えないなぁ。負けた負けた! 約束は約束だ。ラーシュガルド帝国は本日をもって大日本皇国の属国となる」
「いや、そんな約束してないからな? 引き続きそちらで統治してください。うちも人員が少ないんでね。他国の領地まで統治している余裕はないんで」
「ははっ……まあ、約束通り、今後クリフォート魔族王国を含めた同盟加盟国への攻撃はしないし、戦争への干渉もしないと約束するぜ。……ってか、その同盟に加盟してもいいなって思っているんだが」
「そういう交渉はバトル前にやってもらいたいものだけどな。一応、被害は小さいとはいえ、俺とガフェイルの戦闘は二国の代理戦争だ。敗戦国が加盟できるかどうかは、まあ、今後次第だろう。丁度、第二次大戦で敗北した大日本皇国が西側秩序の国際連合に加盟できるまで時間を費やしたように。……さて、もう一仕事残っているし、やりますか?」
「ん? カメラはどうするのじゃ」
「どっちでもいいよ」
「折角だし両方映せば良いか。……どのアングルが良いか……」
「おい何する気だ?」
戦闘が終わって清々しいほどの負けっぷりに笑っていたガフェイルだったが、無縫が崩れ落ちている死体の方へと向かったのを目の当たりにすると怪訝な顔をする。
そして――。
「おい、待てやめろ!!」
容赦なく首の落ちた死体の顔面を踏み抜く無縫にガフェイルが叫んだ。
「いくらなんでも死者への冒涜は許されねぇだろ!」
「無縫は平気でするがな……今更じゃろ。そして、よく見るのじゃ」
兜がひしゃげ、中から無数の木片が飛び散った。
あれは確かに人の頭部だった筈だ。しかし、兜の中を観察すると粉砕された木の人形の頭部があるのみである。
「神の奇跡を信じる愚かな者達に、本物の奇跡というものをお見せしよう。題して、死者復活のマジックだ」
時空の門穴が開き、中から薄いシャツとズボン姿の男が姿を見せる。
間違いない、それは、無縫に首を落とされた筈の騎士だった。
「トリックは簡単だよ。まず、手刀で首を落としつつ時間差で発動する蘇生魔法と回復魔法を付与して放置。無数の時空の門穴が出現させて、空から元騎士達のワーブル立方体を降らせつつ、中身だけを空間魔法で異空間に転移させ、代わりに木の人形と挿げ替えた。マジックでありがちな、ミスディレクションの一種だよ」
「……そのマジックとやらはよく分からないが、別のことに注意を向けさせつつこれだけのことを仕掛けたのは確かに凄いと言わざるを得ないな。……だが、死者蘇生を行えるってことの方がもっととんでもないことだ! 蘇生魔法は神聖魔法の最上位! 教会の最上位の術者達でもできないだろ!! たく、どんだけ規格外なんだよ! ますます欲しくなるじゃねぇか……まあ、それほどの実力者が俺の下につく訳ねぇか」
「それで諦めてくれるなら、まだ良心的だよ。諦めずに部下になれって言ってきた結果、国民諸共国滅ぼした事例も何件かあるからね。……それでは、この辺で失礼しましょう」
「最後に爆弾発言落とすんじゃねぇよ!!」
ガフェイルの絶叫と共に放送は締めくくられることとなった。
◆ネタ解説・二百十一話(ep.212)
・【厄災を超えて征く】
荒木飛呂彦氏の漫画『ジョジョリオン』(『ジョジョの奇妙な冒険』一巡後第二部)に登場する東方定助のスタンド「ソフト&ウェット・ゴー・ビヨンドから着想を得たが、実際にはラスボスである透龍のスタンド「ワンダー・オブ・U」に対するメタ魔法。
「自分に迫り来るあらゆる厄災を超えていく。その厄災は術者に到達することはなく、行き場を無くなった厄災は引き起こした元凶へと帰っていく」というこの魔法の設定は『ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風』(『ジョジョの奇妙な冒険』一巡前第五部)に登場するジョルノ・ジョバァーナの「ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム」の能力に近い……のかもしれない。
・【高位付与術】への人格付与
着想元は真島ヒロ氏の漫画『FAIRY TAIL』に登場するジュリエット・サンとハイネ・ルナシー。二人は「スプリガン12」の一人で「緋色の絶望」の別名を持つアイリーン・ベルセリオンによって人格を付与された剣である。
要するにアレと同じことを聖剣と魔剣に対して行ったということ。なお、付与された人格は無縫の趣味ではない模様(剣の持つ性質が反映された)。
・「題して、死者復活のマジックだ」
朝霧カフカ氏原作の漫画『文豪ストレイドッグス』に登場するニコライ・ゴーゴリの台詞「さあ 死者復活マジックの時間だ!」が元ネタ。彼は異能力「外套」を駆使して自身の胴体部分に隙間を作り、別の人間の胴体とつなげることによって自らの死を偽装していた。
今回は無縫が鎧の中身を別のものと入れ替えており、同じ死者復活のマジックでもアプローチが異なる。




