異世界で全世界放送をしているのにヴィトニルと口喧嘩したり、エーデルワイスをさりげなくディスったり、相変わらずマイペースな庚澤無縫……この映像、どんな気持ちで見ればいいの?
緋月の麻婆豆腐を残してもらえるようオルファージードが交渉を引き受けてくれたということもあり、食堂への突撃を諦めて大人しく報道に戻ることにした無縫。
しかし、それをよく思わない者が突如として現れた。
『――庚澤無縫! 貴様! 取り置きは反則だぞ!! 【満月食堂】は例え魔王だろうとしっかりと並ばなければならない平等な場所なんだ!! 特別扱いは狡い!! 卑怯だ!!』
薄紫色のワンピース姿で珍しく女性らしい装いをしており、口を開かなければボーイッシュな部分はそのままに財閥のご令嬢と言われても不自然に感じないほど清楚な印象を感じさせる見た目だ。
使用人達の腕が良いからか、道着姿で洒落気の一欠片も感じさせない男の子と見紛うような格好の印象が強いからかは定かではないが、普段のヴィトニルしか知らなければ大きく驚くだろう。
実際に、無縫も令嬢モードのヴィトニルの姿を見た時には思わず「女の子の格好をしたらちゃんと清楚なお嬢様になるんだなぁ」と感心したほどだ。……それ、褒めている?
だが、口を開けばいつもの男勝りないつもの狼人間の青年、我らがヴィトニルが帰ってくる。やっぱり、この人はお嬢様って感じじゃないよなぁ。
『これはこれは、ヴァナルガンド財閥のご令嬢ではありませんか。ご機嫌麗しゅう』
『気持ち悪い言い方をするな!』
『じゃあ、正直な感想を言おうか? 馬子にも衣装だなぁ、って思ったよ』
『巫山戯るなよ! これでもヴァナルガンド財閥の一人娘だからな! 俺様は!!』
『……お嬢様扱いされたいのか、されたくないのかどっちだよ。ってか、さっきの麻婆豆腐の件はオルファージードさんのご厚意であって、俺が無理に頼んだ訳じゃないからな。ってか、緋月さん、許可してくれたのか』
『そのせいで俺様の目の前で麻婆豆腐が売り切れたんだぞ!!』
『そいつは運がなかったね。ちゃんと幸運の女神様へのお祈りは欠かさずにしているかい?』
『生憎と俺様はエーデルワイスの信徒じゃないからな。俺様はベンマーカ様一筋だ』
『二代目魔王陛下がなんか神に祭り上げられているよ。ってか、俺だってエーデルワイスなんて程度の低い女神なんて信じていないよ。幸運の女神様ってのは、もっと抽象的な信仰の対象だよ。幸運も不幸も女神様の気分次第ってことさ』
二人揃ってエーデルワイスをこき下ろす姿が放送され、白花神聖教会と東方白花正統教会の信徒達が怒り狂っていたが、その怒号の声も当然ながら無縫達の耳には届かない。
『っていうか、どう考えてもお前がその幸運の女神とやらの化身じゃないのか? いずれにしても俺様はそんなものには祈らねぇ! 欲しいものは全部、己の拳で手に入れる!! 俺様はいずれ魔王になる女! お前も、テオドア陛下も全員ぶっ倒して俺様がクリフォート魔族王国の新時代を築き上げる!!』
『せいぜい期待しているよ、ライバル殿』
『――くぅ!! 余裕綽々な態度が腹立つ!! だけど、ライバルだって認められるのは嬉しい! 悔しいけどなぁ!! それと、俺様は魔王を目指すが、今の治世は素晴らしいと思うし、不満はねぇ。俺様が天下を持っても何も変わらないからそれだけは安心しろよな!』
『まあ、そこは心配していないよ。ちゃんと感情に振り回されずに物事を見極められる奴だってことは知っているからな。……大人気なく麻婆豆腐を食べ終えた皿を見せつけてくるところとかは腹立つし、ムカつくけどな!』
『それだってお互い様だろ! 俺様だって『大衆食堂 食道楽』では食べ損ねているんだ!! ――ッ! 今回は負けを認める!! だが、次こそはお前の目の前で麻婆豆腐を掻っ攫ってやる!! これで勝ったと思うなよ!!』
無縫の方に指を突き出し、叫ぶように言い放つと脱兎の如き勢いで逃走を図った。
『……えっと、色々とお見苦しいところをお見せしましたが、いよいよ謁見の間が近づいてきました。さて、扉を開いてみましょう』
無縫が扉を開け、中へと進んでいく。
その姿を追うようにカメラも謁見の間の内部を映し出した。
本来、階段の上に置かれ、魔王の威厳を示している禍々しい魔王の椅子は壇上から外されて、本来拝謁を賜る者達が立つ階段下に置かれていた。
その階段下には円卓が置かれ、魔王テオドアが座る魔王の椅子はその中の一つとして置かれてある。言い換えるのであれば、その魔王の玉座は円卓を構成する椅子の一つに過ぎず、他にもいくつか椅子が置かれ、それぞれの椅子に相応しい者達がこの円卓の下に対等であると言わんばかりに座っているのである。
その中に報道番組や新聞などで見知った有名人の姿を見つけ、花凜達は衝撃を受ける。
「……大田原総理、よね。確かに内務省の人間ならコネクションがあるかもしれないけど……なんで異世界に」
「総理ってのは一体なんなんだ?」
「ルーグラン王国で言うところの国王、大日本皇国の首相である内閣総理大臣、大田原惣之助総理よ」
何故、あの場に総理大臣がいるのか、誰一人としてその意味を理解できずにいた。
この世界から祖国・大日本皇国に帰ることができる糸口を掴むことができた……と素直に喜べばいいのだろうか?
しかし、そうなると惣之助がクリフォート魔族王国にいることに疑問が残る。
『遅かったな、無縫。麻婆豆腐談義は楽しかったようだな。ちなみに、俺も食べさせてもらったが最高の味だった。またこっちにくる機会があったら是非またご相伴に預かりたいものだよ』
『それは、わざわざお呼びした甲斐がありました。……では、調印式を始める前にお一方ずつ俺の方から紹介させて頂いてもよろしいでしょうか? この映像を見ている方々のほとんどが皆様のことをご存知ないと思いますので。ここに集まっている方々はいずれも高貴な方ばかりですが、世界が変われば常識も変わるものです』
『その通りだな。では、無縫。紹介をよろしく頼む』
『じゃあ、カメラマンのヴィオレットと音声のシルフィア、アシストよろしく頼むぞ!』
『うむ、任せておくのじゃ!』
『その分報酬はたっぷりもらうよ! 秒給千円で!』
『そんな契約結んだ覚えはないぞ、莫迦共!!』
『おい! 庚澤無縫! 我の可愛い可愛いヴィオレットちゃんになんてことを言うのだ!! 今すぐこの魔剣の錆にして――』
ドゴーンという破壊音と共に一瞬にして画面から消えた無縫が魔王ノワールの目の前に現れ、思いっきり踵落としを振り下ろした。
漆黒に黄金を合わせた豪華な玉座が真っ二つに粉砕され、ノワールは辛うじて生きているものの粉砕された玉座の上でピクピクしている。
『最初は今、粉砕したこの方にしましょうか? 丁度いいですし。彼はノワール=ノルヴァヌス陛下、異世界アムズガルドという世界にある魔王国ネヴィロアスの君主――つまり魔王です。様々な種族が入り混じる魔族を束ねる王に相応しい人ではありますが、娘が絡むと子煩悩を発揮して国を滅ぼすレベルでの致命的な政治判断ミスを引き起こします。こんな親にはなりたくないですね。では、続きましてお隣に移りましょう』
『……この方の仲間みたいに紹介されるのは少し嫌ですわね』
ノワールの隣に座っていたドレスを纏った金髪碧眼の王女――ミシャエリーナが苦笑いを浮かべる。
『続いて、同じく異世界アムズガルドよりイシュメーア王国第一王女のミシャエリーナ・ルーモス・イシュメーア殿下。……と、一応王女という肩書きですが、実際は父王から王権を取り上げて実質的な王の執務の全てを行っている女王と呼ぶべきお方ですね。幼少の頃から政治にも関心があったものの、『政治は男の領分、女は口を出すべきことではない。国の繁栄のために淑女としての役目を果たすことがお前の役割である』と政治から遠ざけられ、発言力を奪われていましたが、イシュメーア王国が勇者召喚を強行し、その結果として俺とイシュメーア王国が一触即発間近の段階になってしまった際に交渉を引き受け、俺から譲歩を引き出してイシュメーア王国を救ったことから平和を勝ち取った英雄となりました。……まあ、本人としては複雑な心境ですけどね。その一件を利用して王国の実権を握り、実質的に国王として君臨している強かな女性です。見た目は美しく可憐なお姫様ですが、中身は侮れない女狐や鉄の女っていう感じですね』
『酷いことをおっしゃいますわね、無縫様。わたくしは政治経験の浅いただの小娘ですわ」
『……魔族と人間が再び戦争になるんじゃないかっていう交戦論者が台頭してきた時に、大臣とヴィオレットの莫迦が税金を着服してギャンブルをするかどうか賭けをしていた豪胆な人が何を言いますやら。あの話を聞いて、この人怖ッ! って思いましたよ。まあ、羨ましいなぁ、とも思いましたけどね。賭け事はやっぱり参加してこそですよ!』
『……本音を言えば、わたくしなんかより遥かに無縫様の方が恐ろしいと思いますわ。どれだけギャンブルが好きなのかしら? ……ヴィオレットさんとシルフィアさんもだけどほとんど病気、ですわよね』
『医者にも匙を投げられる不治の病じゃな!』
『自信満々に言うことじゃねぇだろ? ヴィオレット!』
◆ネタ解説・二百四話(ep.205)
・秒給千円
めめんともり氏の動画「【Among Us#162】全員役職の闇鍋村でてるてる!あえて村利な行動をして吊りを誘導する神プレイ炸裂!!!【ゆっくり実況】」より魔理沙の「5000円な」に対する霊夢の「秒給1000円」というツッコミが元ネタ。詳細は動画を見てみよう!!




