三百七十七話
『……オデ、あいつの気持ちわかるような気がするんだな』
俺に預けられたエミールの力の源にある意志が同情の気持ちを抱いた。
『オデ、弱くて、居場所なんて殆どなくて、その居場所も奪われちゃったんだな』
ああ……そうだった。
エミールも弱い迷宮種だから居場所は無かった。
中途半端な力と知性があるというのはそれだけ辛い経験を得てしまうのだろう。
『でも……オデはフレーディンの兄貴や、ユキカズの兄貴に出会えたのは幸運だったんだな。でもその幸運が、あのムーフリスには無かったんだな』
そう……なんだろう。
フレーディンに関しちゃどうかとは思うけど、俺は……エミールをムーフリスみたいにさせずに済んだ事は誇りにしたい。
良いと、良い奴だって思える者に相応の恩恵があって良いと思うし、そのために戦ってきたんだ。
「……ふふ、そうか。あいつがここに居ないという事は、お前を取り込んでなりすまし、隙をついてやれば良いのだ! フフ、これは名案だ」
勝機を見たとばかりにムーフリスは高笑いを始める。
おい、そんな真似を俺がさせると思ってんのか!
とは思うのだけど俺に引っ付いたムーイは俺が飛び出すことを許してくれずに縛り上げたままだ。
健人も何無言で傍観してんだよ。
「俺の味方をすればお前とその仲間たちは見逃してやる。ふはは、取引しようじゃないか」
そう、自分勝手な取引をムーフリスは健人に問いかけようとしているのだけどムーイはそのままスタスタとムーフリスの元へと歩いて行く。
で、ムーイの影がムーフリスに掛かった所で、ハッとムーフリスは表情を青ざめ始める。
「な、なんだ貴様!?」
「さっきお前はムーイに俺の気持ちなんてわからないと言ったぞ。ムーイは、お前の気持ちを知りたい。どうしてこんな事になったのか、どんな事を経験してきたのか、世界を憎む気持ちを知りたいから、だからムーイの勝手でお前を生かしたんだぞ。きっと善意じゃないぞ」
ううんとムーイは首を横に振り……何か妙な空気を纏う。
「ムーイは、お前の気持ちが欲しいんだぞ」
「な――何を……ま、まさかお前!?」
何をするのかを悟ったムーフリスが青い顔色を更に青くさせる。
「ユキカズがな、何も知らないムーイに好かれるのが嫌だって言ったからムーイは、世界を……いろんな悪い人たちの事を知りたいと思ったんだぞ。だからムーイはお前……もう一人のムーイを知りたい。ユキカズを憎むんじゃなく好きになってほしい、もっと知ってほしいぞ」
「や、やめろぉおおおおおお!? 近寄るなぁあああ! 分かろうとするなぁあぁぁぁ! 教えようと、うぐ――あがあああああ!?」
と、ムーフリスの体から、ムーイの体の一部が増殖したかのように膨れてあふれ出てくる。
あれは取り込んだムーイの体に逆に侵食され始めたって事で良いのか!?
「ケントーきっとユキカズにムーイ怒られるなー」
「そうだろうな。ったく、そんな事しなくても良いだろ。知って良いもんじゃねえぞ」
「でもなームーイ。もう一人のムーイに教えたいんだぞ。世界はなー残酷だけどユキカズやみんなが優しいから、ムーイはここにいる。それを知ってほしいぞ」
ガシっとムーイは逃げようとしたムーフリスの手と言うかドロドロと液体化した体で覆いかぶさり、グネグネと練り込む様に混ざり始める。
「さっきもう一人のムーイが言った事をムーイが言うぞー、ここで勝負だぞ」
「あ、あぁああああぁぁぁ……俺が、オレは――う――ムーイは――うう……ああぁぁ……憎しみが、許し――これが愛……うううああ!?」
グニグニとそれは二つの色の違う粘土を混ぜるかのように何度も何度も体が捏ねられて行き……やがて一つにまとまって行く。
そうして……スッと、ムーイが何事も無く普段の姿になって体に付いた埃を払う様に手で叩く。
「ったく、良い女の願いじゃなきゃ止めを刺すところだっての」
くそ……健人の奴、ムーイの事をイイ女カテゴリーに入れてるから黙って見逃がしたのかよ。
「で? ムーイで良いんだよな?」
健人がやっとの事、軽く警戒しているとばかりに槍を持って構える。
ムーイは軽く瞬きしてからモゴモゴと口の中に何かを含んでからプッと吐き出して頷いた。
そのムーイが吐き出したのはアポ・メーカネース・テオスが迷宮種に埋め込む機械類のパーツだ。
バキバキに壊れていたが、これがムーフリスの中で意のままに操って居た代物だったのだろう。
「んー……うん。ムーイだぞ。ムーイは、ユキカズが大好きで、ユキカズが帰ってきたらみんなの所に帰ってお菓子食べるぞ」
「ぶっちゃけ滅茶苦茶気になるし、雪一も気にするんじゃねえの?」
もちろん決まってんだろ!
ここでムーイがあいつに乗っ取られたとかだったらシャレにならないだろ!
わかってるのか? 分身のムーイ!
『わかってるぞー?』
って元気な返事が返ってきた。
本当にわかってるのか激しく疑問だ。
って思ってた所でピョン! っと俺がムーイの分身によって跳ね飛ばされてムーイ達の方へと戻ってこさせられた。
「おや、お早いお帰りで」
「ユキカズやっぱり気づいちゃったんだなー」
健人とムーイが困った様子で転がされる俺に言う。
口元の拘束を振りほどいて抗議するしか出来ない。
「おいムーイ! お前!」
「ごめんなーユキカズ。ムーイ、もう一人のムーイをわかりたかったんだぞ」
てへっと笑っているけど、本当にムーイなんだよな?
俺の能力でムーイをしっかりと凝視する。
こういうなりすましとかを見極めるのは俺と俺を選定した神獣の特技だ。
ピピっとムーイを見ると……ムーイである事には変わりは、無いように見える。
「大丈夫だぞユキカズ。ムーイな、もう一人のムーイの事、わかった。悪い奴らの手口とか冷たくされる辛さとか、それでもムーイは、そんな辛い気持ちにならない様に守ってくれた、ユキカズやみんな、大切なんだってもっと分かったんだぞ」
ムーイとムーフリスが感じた温かさと冷たさ……その二つのうち、ムーイの方が勝ったで良いんだよな?
「それとー……もう一人のムーイは、ムーイの中にいる。悪い奴らの考えることがわかるようになった。ムーイ賢くなったと思うぞー」
「なんかあんまり変わらなそうだな」
実にムーイらしいと非常に思ってしまう。
「……もう一人のムーイが、あいつに利用された最後のムーイであってほしい。でも……そうだなーまた出て来ても、今回みたいにわかってあげたいぞ」
「ムーイ……お前って奴は……」
「うん……きっと、いつかもう一人のムーイとユキカズを会わせてあげるぞ。今は……ムーイの中で休んでる。ユキカズが抱えているカーラルジュとは……ちょっと違うけど近い、えっと、ヴァイリオ達みたいな感じー」
「そうか……ムーイのやさしさが届くと良いな」
あんな自分の事しか考えず、アポ・メーカネース・テオスに利用されてしまうような奴を助けたいだなんて。
「えへへ……ユキカズに褒められちゃった」
ムーイが照れて微笑んでいる。
「……ユキカズの友達たちを実質死なせちゃった時の記憶も今のムーイにはある。ムーイは、この罪を引き継いで償っていきたいぞ。だからな……ごめんな。兎束雪一」
それはムーイ自身の決意、いや……ムーイの今までの記憶に触れて変わった、同化したムーフリスの声だったのかもしれない。そんな謝罪の言葉だった。
「とはいえ、こんな真似をしたから後でお仕置きするからな! 今回の戦勝会でご褒美に関して減点だ!」
「えー……うーわかったぞ」
なんて思っていた所でタイミングが良いのか、空から影がこっちに舞い降りてくる。
「ふむ……敵の気配は完全に消えたな。経過は上々のようで何よりだ」
と、現れたのはオウセラだ。
「おー! ユキカズとムーイ達が頑張ったぞー」
「うむ。それは何よりだ。ムーイ、どうだ? 得られるものはあったかね?」
「うん! ムーイはこれから償っていくぞー」
「そうか……どうやら、ある意味、完成を見たと見て良いかもしれないな」
「オウセラ」
俺はちょっと恨みに近い感情を抱く。
全部わかってたのか? どうもエミールの力の源とか色々とムーイや俺に仕込んでいたようだし、流れもある程度察しているようにも見える。





