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三百三十七話



 え? そんなの知らなかったんだが。

 治せる程度の傷なのか? そういえば覚えている傷よりも大分小さくなっている気はする。

 エミールはなんだかんだ言って迷宮種、これくらいの傷は何ともなく治せるという事か。


「誇り?」


 名誉の負傷ってのは戦士とかにはあるけどさ。

 ラルオンの体中にある傷がまさにそれだろう。

 その傷跡がラルオンにとってこれまでの戦いの証で、歴史だ。

 そういった類の代物にエミールはしたい傷だという事?


「ユキカズの兄貴と一緒だったけど、あいつから人を助ける事が……できたんだな。今度こそ、やり遂げたんだな」

「それは……ファルレアからグフロエンスの人を助けた事だな」


 コクリとエミールは頷いた。

 食われたグフロエンスの人を助けた際、エミールは嬉しそうにしていた。

 そういえばエミールはファルレアに縄張りで襲われたと言っていたっけな。


「前に、オデ……縄張りのみんな、食べられちゃったんだな……頑張ったけど、怖くて……それでも守れなかったんだな」


 エミールが拳を振るわせて握り、悲し気に答えた。


「守る縄張りがなくなって、怖くて……思えばあいつ、オデをワザと逃がしたんだな。また縄張りを作った際に食べ物にするためだったんだな」


 エミールの居場所はおそらく同族か似た連中が集まる。

 一番のごちそうは生かして最後まで取っておくって心境だったのか? ファルレアは。

 あまり性格はよくないとは思うけど野生の魔物……蛇系だったからその辺りの執念深さはあるかもしれない。

 ただ、エミールの言葉に俺は内心、安心する所がある。

 やっぱりお前、臆病だけど逃げるような奴じゃないじゃないか。

 最後までみんなを守ろうとして守れなくて、すべてを失ったからそこから逃げてしまった。

 それは逃げじゃないと……俺は思う。

 守れなかっただけだ。

 そうしてすべてを失った後にフレーディンに出会ったんだろう。


「だけど今度は守れたんだな! だからこれは守れたことを思い出せる大切な傷跡なんだな。何かあった際にこの傷跡がある限り、オデの自信になるんだな」


 そんな傷は無くてもお前は大丈夫だよ。と、俺は思う……けど、エミールからするとこの傷はとても大切な痕になっているという事か。


「戦士の傷か……背中って臆病者がつける傷とか言われたりするって聞いたことがあるんだが……」


 逃げる際に背中を切られるとかあるからついたジンクスらしい。


「だけどエミールみたいに誰かをかばう際にも付く傷だよな?」

「オデは臆病なんだな。だから良いんだな。オデにとっての誇りでしかないんだな」


 エミールの体が自然治癒で傷を治せるというのはやり取りでわかったけれど、徐々に消える傷を敢えて残すとなると何かしらの手段を講ずるしかない。

 まだケガしてから日が浅いけどさ。


「絶対にこの傷は残すつもりなんだな」


 まあ、エミールが大事にしたいなら俺も尊重する。

 ただ、俺の読み間違いでつけてしまった傷を誇りにされるってのもむず痒いなぁ。


「傷を残すために傷つけるって痛くないのか? 大丈夫か?」


 そこが非常に気になった。

 どうやってそんな背中の位置に傷をつけているのだろうか……植物操作でそこに植物でむち打ちでもしてるのかな?


「その点もしっかりと考えてるんだな! ちょっと見ててほしいんだな」


 エミールは自身の傷跡を俺に見えるようにして……ん? よく確認すると傷の真ん中辺りに何か突起と言うか背中の模様に紛れて何かある。

 それが突如にゅうっと伸びて花が咲いたぞ。


 バリードルートプラント


 と言う植物が……エミールの背中に生えてるのか?


「ムーイの姉貴が植物さんに変化したユキカズの兄貴に寄生して貰ってオデが力を貸すって話から着想を得て、オデの傷跡に根を張って残しているんだな」

「そんな真似出来るのか。痛くないのか?」

「なんだな。痛くはない所に根を張ったんだな。オデの力で維持されてるんだな」


 自身の体に力で植物を生やすか……植物系の魔物とかがやりそうな攻撃をエミールは出来そうだなぁ。

 つまりそこに植物がある限りは傷は残り続けると。


「ついでにこの植物さんは本来、花の部分で相手をパクっと捕まえて茎の内側を経由して土の中に生き埋めにしちゃうんだな。それから根っこからお食事するんだな」


 そんな植物あるのか、エミールもいろんな所を旅していたんだろう。

 いや……あっちの異世界でもそういった植物はあるかもしれない。

 何せ爆発するかぼちゃとかあるし、座学で爆発するタンポポとか種を弾丸のように飛ばす危険植物ってのがあるのを聞いた。


「うん。それで?」

「この植物さんの降ろす先にオデの力の源がある所まで繋げてあるんだな」

「大丈夫か? 逆に力の源を吐き出されると死ぬぞ」


 ムーイやエミールの心臓のような部位につながるようにそんな植物を自ら伸ばしてたら危険だ。


「大丈夫なんだな。あくまでその場所まで行けるようにしただけなんだな。それ以上はオデの許可なしで伸びないんだな」

「それなら良いのだけど……」


 なんでそんな仕組みまで施してあるんだろう?


「だから……ユキカズの兄貴が、もしもオデに寄生するとかしようとするならこっちからオデに入ってほしいんだな」

「ん? もしかして俺用のエミール寄生通路を確保したって事?」


 俺の質問にエミールはやや困ったようにコクリと頷く。


「前のユキカズの兄貴の時でさえ、味がすごくてオデがおかしくなっちゃいそうになっていたのに今のユキカズの兄貴が虫さんの特徴を持って口からオデの中に入ったら今度こそオデ、おかしくなっちゃうと思うんだな」


 おかしくなるって……エミールの場合は、俺が食指に引っかかるようにして寄生するからその分、力の源以外のエミールの体が大きく成長するらしい。

 だからいろいろと工夫してエミールの強化をしていたんだがなぁ。

 鱗粉をクッキーに混ぜたとか。

 そういえば前に俺の影響で太ったとか言ってたな。


「なによりユキカズの兄貴がオデに食べられたくないって口やおなかの中で暴れられてたら刺激でもっとおかしくなってたんだな。だからオデ……生きたまま虫さんを食べないと誓ったんだな。オデの残忍だった所なんだな」


 エミール本人が自白する残忍な所……虫を生きたまま食べて抵抗を楽しんでいましたと。

 残忍と言えば残忍だ。

 そういった側面もあったのだろう、虫側からすると悲惨ではある。

 だけど反省している。

 エミールも日々反省する所があるんだなー。


「オデが強くなってユキカズの兄貴が寄生できずにおなかの中から出られなくなっちゃうって悪夢だって見た事あるんだな。助けてって叫ぶユキカズの兄貴に怖くなって夢から覚めたんだな」


 そんな悪夢をエミールは見た事あるのかー……今のところエミールに寄生できないって事は無いからなー。

 これがエミール自身の悩みなのか。

 すりすりとエミールの背中から生えたバリードルートプラントが俺の頬にすり寄る。

 意志を持っているみたいだ。


「ギィ」


 開く花がデリルインの口をなんとなく連想する。

 まだ意識が残っていてエミールの中に潜伏してないか? 大丈夫か不安になってきた。

 バリードルートプラントが俺にすり寄るのをエミールは特に問題ないとばかりに手元に戻ってきた花の部分に手を置いている。

 支配下に置いてますって事じゃなく体の一部扱いなんだろうけど。

 やがてバリードルートプラントはエミールの傷口へと小さくなって戻って行った。


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