百四十二話
「幾らなんでも不気味すぎる……」
そっくりと片付けるには……状況から嫌な汗がどっと流れて来たぞ。
おい。いつも俺に飛び掛かろうしていたビリジアンワイルドタイガー、俺はここにいるぞ。
早く出て来いよ。
そう……立ち尽くしているのだけど件のビリジアンワイルドタイガーが出てくる気配はない。
飛べる俺を狩ろう狩ろうと駆けつけては飛び上がる俺に悔し気な声を上げていたこいつ。
強いからって調子に乗るな、いずれ返り討ちにしてやると思ってコツコツと力を付けていたんだぞ。
それがどんな因果でこんな果物になっちまったんだお前……。
ともかく、ここはとてつもなく危険だ。
急いで避難……もしくは原因となる何かを特定しなくてはいけない。
……このビリジアンワイルドタイガーはいつ頃こんな姿になってしまったんだ?
食いかけの部分の酸化具合を見る限り……相当前であるのがわかる。
少なくともこいつがこうなってしまってから時間が経過しているのは一目瞭然だ。
そのまま飛び上がって更に上空の危険な魔物が来ない空域での捜索を行うが……周囲には無数の果物化した魔物の食いかけが転がっているのみだ。
分析した限りだとどうもトドメを刺される直前に何かをされてこうなってしまったのではないかと思われる。
そんな感じで周囲には争った形跡があるのだ。
ただ……争った奴の姿がまるで見えない。
足跡らしき物は見つけた。
そこまで大きな相手では無く……たぶん、二足歩行……だろうか?
続く足跡とか無いので特定が非常に難しい。
兵役経験を積んでダンジョンの研修とかすると魔物の足跡とかから分析とかも学ぶんだけど、この足の形は見覚えがない。
竜騎兵や魔導兵みたいな大型ではないんだ。
人間と同じかそれより少し大柄……精々クマくらいの生き物であるのはわかるけど……。
足跡も安定しないし……なんだこのふざけた足の形は。
細かったり太かったり、基本円形で気持ち悪い。土踏まずとか無いぞ。
どんな冗談な足してるんだよ。
ともかく、何かがこの辺りに潜んでいる。
拠点を捨ててどこかに避難する可能性も視野に入れるべきだな……。
できればもう一回進化して多少の強さを得てから移動したかったけれど……Lv10から上がりが悪くなってきたから足踏みだった。
更なる調査のために……比較的無傷の果物と化した魔物を拠点に持ち込んで細かく調べるとしよう。
いい加減そろそろ菓子が焼きあがる頃だし……。
と言う訳で俺は拠点に戻った所で、俺は俺自身の迂闊さに呆れることになってしまった。
「ただいまーってね」
拠点に戻り、急いで焼く作業をしていたかまどを確認……しようとしてかまどが崩されて中にあった菓子と、テーブルに置いてあった保存用の菓子が無くなっている事に気づいた。
「え? ちょっと待て……なんで?」
おかしい……なんで菓子が無くなってんだ?
と言う所でドスっと独特の足音が拠点に響いた。
音の方角を見ると、そこには招かれざる侵入者が居た。
鏡餅のような……それでありながら雪だるまみたいな体系の巨漢のデブっぽい……人型の生き物が俺の作った菓子をボリボリと食っていた。
なんか垂れ耳ウサギみたいに耳は垂れているけど……なんだこいつ!?
名前は……迷宮種・ムーフリス……?
「フルルルル……」
なんだ……微妙な低音の鳴き声で鳴くこの生き物は。
侵入者相手に戦うか撤退するかを判断しなきゃいけない。
ただ……俺の見た事による分析は……ものすごく格上の存在だって事だけだ。
しかも足を見ると先ほど調べた足跡に酷似した……歩くごとに足跡の深さと広さが変わっている足跡そのものだ。
こいつが犯人か! 絶対に勝てる相手じゃない!
一刻も早く逃げ――。
「フウウウウ……」
そう判断して逃げ出そうとした直後、迷宮種・ムーフリスは力強く地面を踏みしめ、一瞬で俺の目の前まで跳躍してきた。
しかも腕を振り上げて俺に殴りかかろうとしている。
見るのが得意故に動体視力だけはある。
けれど俺の意識と体は対応が遅れた。
「な――」
ライラ教官とブル相手に教わった脊髄反射の反応速度で咄嗟に防御障壁の魔眼を発動する。
が、バキっと甲高い音を立てて防御障壁の魔眼がぶち破られ、そのまま俺は殴り飛ばされる。
くそ……咄嗟に張ったとはいえ、こんな砂糖細工みたいにぶち壊されるとか、それだけで強さの差がわかる。
何せ俺が勝てないビリジアンワイルドタイガーを倒せる相手だぞ。見た感じ苦戦したとかそんな様子もない。
下手に追い詰められたら……どんな手か魔法かは知らないが果物にされてしまう可能性がある!
「ガハ――くうう……ここでやられて堪るか!」
飛ばされた衝撃を逃すように受け身を取り、壁を蹴って熱線でけん制しながら拠点からの脱出を図る。
地面を蹴り、外へと向かう。
くっそ……こんな時に異世界の戦士としての力が昔のように使えたら高速で動いて返り討ちとか切り札が切れるというのに……無い物を強請ってもしょうがない。
最初の一撃だけでわかる。
こいつ、軽く殴っただけなんだ。
それくらい大して力を入れずに俺を殴り飛ばして吹っ飛ばした。
殴られたところがめちゃくちゃ腫れていて……シャレにならないダメージを負っている。
戦闘とかそういった次元じゃない。
今の俺自身がウォークアイという大したことない魔物だっていうのも然ることながらこいつ……ブル並みの怪力があると分析して良いだろう。
「クウウウウウ……」
見たところ、飛べるようには見えないから拠点から飛び上がれば逃げ切れる。
あと少しで出られる! 油断せずに逃げ――。
っという所でガインっと……かまどに乗せていた青銅の鍋が投げつけられて俺の頭に命中した。
「グッハ!」
転がる青銅の鍋の形が大きくゆがんでいる。
どんだけの馬鹿力で投げつけやがったんだ。
ダランと激痛と共に目が本来ある高さに上がらずに折れ曲がっている。
首の骨が折れたと感じたが、考えてみれば俺は魔物な訳で……体はまだ動く。
……俺の体の脳とかそういうのがあるのはまだ胴体の様だ。
頭というか目が離れたところにあるに過ぎないってか。
ともかく、ここで倒れていたらそのまま果物にされかねない!
痛みで悶絶する体を意志の力でねじ伏せて立ち上がり、感覚でそのまま外に飛び出そうとして……曲がった頭の視界に相手が再度俺に向かって飛び掛かる姿が映っていた。
ドシン! っという衝撃が響き……俺の意識はそこで途絶えてしまった。
『へぇ……妙な縁があるもんだね……さて、どう転がって行くのかは見物って所かな……さ、その迷宮の落し子が君と出会ってどうなるのか……』
何かぼんやりとした意識で聞こえた気がする。
おい。ふざけるなよ。どいつもこいつも人を見世物にしやがって!
つーかこんな終わり方があるか!
俺の一生はここで終わりかよ!
と心の中で愚痴を精一杯いうのだけど……返事は……無かった。
「う……うう……」
次に目が覚めた時、俺は意識を失う時の事を思い出していた。
まさか夢だったのか?
というかほぼ一方的な蹂躙じゃないか、悪夢にしたって限度があるだろ。
それとも死んでも何処かで再出現するとかか?
「いてて……」
なんて思っていると頭と体の痛みで無理やり覚醒させてくれる。
目を開くと……なんだ? 四方八方が異様に狭い場所に俺は押し込められていた。
どうなってんだ?
周囲を見渡すと、壁に意図的に開けられている溝から外の様子が見える。
外は……俺の拠点内だ。
そんで俺を押し込めているこの狭い場所は……なんだ?
押し込められていて満足に動くことができない。
「う……く……っほ!」
ただ、押し込めた場所の溝というか適度な穴があるのでそこに魔法で骨折を治して頭を通して周囲を見渡す。
そこで俺は自分が何に押し込められていたのかを理解した。
「穴を開けた宝箱……?」
鍵を掛けたまま鍵穴がつぶされた……金属製の宝箱のような物に俺は押し込められていた。
頭だけ出してかなり滑稽な光景だ。





