-8 不機嫌な魔女
「イーラさま、いかがなされたのですか? 浮かない顔をしてらっしゃります」
メイド服を身につけた猫の姿の魔物が声を掛けると、彼女はあからさまに顔をしかめて見せた。
「陛下ったら城に帰って来られたっていうのに、わたしと会ってすら下さらないのよ? もうじきクレハさまも戻ってこられるって聞いたし。そしたらまた後回しにされるに決まってるじゃない」
従者は苛立ちを隠そうともしないイーラに愛想笑いを浮かべ、彼女を諭すように「陛下にもお考えがあってのことでしょう」と静かに告げる。
子供に優しく教えるようなその口調がイーラの神経を逆撫でした。
歯ぎしりをしたかと思うと、愛用の杖に魔力を込めて従者を殴りつける。
イーラの凶行など予想だにしていなかった従者は、彼女の杖に打ち据えられると瞬く間に霧散してしまった。
「あぁ……。あれが一番長かったのに」
「イーラさまは時々気性が荒くて困るね」
「だめよ。聞かれたら私たちまで消されてしまうわ」
外から部屋の様子を窺っていたものたちは口々に囁きあい、逃げるようにイーラの部屋から距離を取る。
誰かが代わりの世話役にならなければいけない。
城に仕えるものたちに緊張が走った。
「ただでさえ陛下がお戻りになって人手が足りないっていうのに。どうしましょう」
「とりあえず、クレハさまがお帰りになられるまでは私がイーラさまの相手をするわ」
「なんだ、抜け駆けか?」
「卑怯ね! 陛下のお世話よりイーラさまのお相手の方が安全だって知っててそんなことを言うんでしょ?」
皆がにわかに殺気立った時だ。
イーラの部屋の扉が開いた。
見るからに不機嫌そうな表情のイーラは、吐き捨てるように告げた。
「世話役なんていらないから。しばらく放っておいて」
「……は、はい」
うわずった声で誰かが返事をすると、それに続くように他のものたちも頷いた。
「陛下が呼んでくださらないのなら、こちらから伺えばいいのかしら?」
柔らかな笑みを浮かべたイーラは部屋を出る。
一見すると上機嫌のようにも見える彼女だが、いつ逆鱗に触れるともわからない。
傍に控えていた魔物たちはスッと身を引きイーラのために道を開けた。
一方その頃。
アルフォンソとマリアンヌはようやく見えたカンペリエの町に安堵していた。
崩壊が迫る森の中、魔王の瘴気に当てられた二人は戦うことはおろか身動きを取ることさえできなくなりかけていた。
それに気付いたユラが骸骨兵たちの気を引き、アルフォンソたちを元来た方へ逃がしてくれたのだ。
あの時点でまだ三体の兵士とシュバルツを核とした複合体が残っていた。
兵士の方はユラ一人でもどうにかなりそうだったが、シュバルツは腕を切り落としても動じる様子さえなかった。
いざとなればユラも逃げてくるだろう。
それでもアルフォンソの心には後悔の念が渦巻いていた。
疲弊しきったマリアンヌを宿へ送ると、アルフォンソは単身酒場の多く集まる地区へと向かった。
「情報を集めるには酒場が一番だ」
商人だったアルフォンソの父は、口癖のようにそう言っていた。
アルフォンソはかつてダルブの村跡で出会ったあの三人組を探すつもりだった。
彼らの協力を得て、一人残してきたユラを助けに行こうと考えていたのだ。
ところが、彼らはもうカンペリエを発った後だった。
正確にはマーシーとアルメリアの二人が旅立ち、リックはこの町のどこかに残っているらしい。
あの三人組が元々一つのグループではなかったというのは、アルフォンソにとって驚きだった。
リックは村の復興のため、マーシーとアルメリアに協力を依頼していたのだという。
クレハの登場で任務が遂行できなくなり、二人は次の町へ向かったというのがこの数日間の出来事らしい。
見たところあの中ではマーシーが主戦力のようだった。
リックは物静かで、いざという時に笛で敵を怯ませていたことくらいしか、戦闘中の印象がない。
この町に残っていたとしても、リックに協力を求めることは現実的ではないだろう。
「兄ちゃんさ、そのユラとかって奴に助けてもらったんだろ? だったら無駄死にだけはするんじゃねえぞ」
酒臭い息を吐きながら上機嫌で話していた初老の男が、アルフォンソに忠告する時だけすっと素面の顔に戻った。
その瞬間、男の顔に後悔の色がにじんだのをアルフォンソは見落とさなかった。





