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望まれぬ英雄 ~虫も殺せない僕が魔王になった理由(わけ)~  作者: 牧田紗矢乃
〈Episode5〉

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-6 高潔なる選定者

「……っ、アル! マリー! 逃げろ!」


 その姿を視界にとらえた瞬間、ユラは反射的に叫んでいた。

 危険だ。相手は普通の魔族ではない。

 これまで何度となく魔族との戦闘をこなし、いくつもの修羅場をくぐり抜けてきたユラが戦慄を覚えていた。


 目の前に現れたのは、錆びまみれの鎧に身を包んだ骸骨のような兵士だった。

 その数七名。


 彼らの鎧は錆びついて朽ちかけているが、細かな装飾が施されたものであることが見て取れる。

 しかも、全員の鎧の大きさや装飾が微妙に異なっておりそれが彼らのために誂えられたものだとわかった。

 兵士たちはユラの姿を認めると歩みを止め、値踏みするように空の眼窩(がんか)で三人を見据えた。


「なんだ? こいつら魔族じゃないのか?」


 アルフォンソが小声でユラに問いかけた。

 あの兵士たちからは他の魔族のような荒々しさや剥き出しの敵意が感じられないのだ。


「わからない」


 魔力の波動のようなものは確かに感じられるのだが、それが理性で制御されているようでもある。

 これまでにない奇妙な感覚で異形の兵士たちに気を取られていると、その奥からさらに大きな影がぬっと現れた。


「……っ!?」


 その姿を目にしたアルフォンソは顔を目を背け、とっさに口元を手で覆った。

 胃の中身がせり上がってくる感覚を強引に押しとどめ、深呼吸で気持ちを落ち着ける。


 そこまでしてようやくアルフォンソが正視できるようになったのは、異様な姿をした人間だった。

 粘土で作った人形をめちゃくちゃに混ぜ合わせたように手足がそれぞれ六本ずつ、てんでバラバラな向きに生えている。


 長さも向きも合わない足で移動しているためか、歩みは不格好で遅かった。

 おかげでこうして遅れて登場したのだろう。


 頭の一つは本来の人間としての位置に据えられているが、その右肩にはもう一つ、横を向いた頭があった。

 後から取って付けたようなその頭は、首を傾げているようにも見えてどことなく滑稽だ。


 手足が三対ずつということはどこかに第三の頭部があるのではないだろうか。

 そう思いながらユラが異様な姿の兵士を凝視していると、鎧の胴体部分が動いた。

 いや、動いたのは鎧ではない。


 装飾とほとんど同化しているが、それは人間の顔だった。

 初老の男らしき厳めしい顔は、瞬きもせず鎧と同じ色の瞳でユラたち三人を見据えている。


 もはや人間と形容して良いのかすらわからなくなったその人物を見つめ、呆然としていたマリアンヌが恐る恐るといった様子で口を開いた。


「おじいさま……?」


 マリアンヌの言葉を聞き取ったユラがわずかに眉をひそめた。


 鎧の胸部に埋め込まれたような顔。

 それはマリアンヌが家に飾られた肖像画で何度となく目にしてきた人物だった。

 痩せこけ変わり果ててはいるが、面影はしっかりと残っている。


 あからさまに怪訝な顔をする老人に対し、マリアンヌは慎重に言葉を選びながら問いかけた。


「お名前を、お聞かせいただけますか?」

「ブレイヤ家七代目当主、シュバルツ・ブレイヤとはまさしくわしのことである」

「……やっぱり。

 私はブレイヤ家九代目当主、マリアンヌ・ブレイヤです。はじめまして。おじいさま」


 初めて孫との対面を果たしたシュバルツは、ますます険しい表情になった。

 恭しく頭を下げた孫娘に軽蔑するような視線を向ける。


「女が当主だと? ブレイヤ家はそこまで堕ちたか。クロードは何をしてるんだ」

「……父は私が生まれて間もなく魔族の討伐に向かいました。けれど、それっきり……――」


 憤慨する祖父に対し、マリアンヌは声を震わして返事をする。

 沢山の感情にもみくちゃにされて、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


 次の瞬間。

 鎧が裂けるのではないかと思われるほど大きな口を開けてシュバルツが笑いだした。


「そうかそうか。せがれは儂が屠ったのだったな。歳を取ると耄碌もうろくしてならん。

 ――あの程度の腕で魔王と戦おうなぞ愚かしい」


 吐き捨てられた言葉と、その表情にマリアンヌの顔が引きつった。

 傍で二人の会話を聞いていたユラとアルフォンソにも緊張が走る。

 一瞬の静寂を引き裂くように、遠くでまた、森が崩れる音が聞こえた。


「おじいさまは……、おじいさまは魔王軍に寝返ったのですか」

「たわけ! 寝返ってなどおらぬ!

 儂らは魔王の前に惜敗を喫した。それを教訓に魔王に挑もうとする者たちを選定すべく、こうして森の見回りをしておるのだ」

「つまり、俺たちがここを通るためにはまず先に貴方たちと戦わなければいけないということですか」


 アルフォンソが問いかけるとシュバルツが不敵に笑った。


「私は、おじいさまをブレイヤ家の誇りだと思ってきました。それがまさかこんなことになっているなんて」


 マリアンヌが剣の柄に手を掛けるや否や、傍に控えているだけだった他の兵士たちの眼光が鋭くなった。

 空気が張りつめ、剥き出しの殺気が突きつけられる。


「……嘆かわしい。女まで戦に駆り出される時代になったとはな」


 シュバルツが嫌悪の眼差しを向けたのはこともあろうに孫娘だった。


「よかろう。高潔なるブレイヤ家の名において一人残らず屠ってやる」

「おじいさまこそ、死して尚さまよい続けるなんてブレイヤ家の恥さらしです。大人しく土へ還ってください」


 睨み合う二人の言葉を皮切りに、骸骨の兵士たちが剣を抜いた。

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