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望まれぬ英雄 ~虫も殺せない僕が魔王になった理由(わけ)~  作者: 牧田紗矢乃
〈Episode5〉

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46/53

-5 森の主

 空が白み始めた頃になって、急に森が騒がしくなった。

 アルフォンソに代わって不寝番をしていたユラは気配のした方へ注意を向ける。


 魔族から取り込んだ変異能力を確かめるように、右腕に意識を集中させた。

 筋肉が盛り上がり、鋭い鉤爪が焚き火に反射してきらめく。

 臨戦態勢に入ったユラの気配に気付きアルフォンソが薄目を開けた。


「魔族か?」

「……わからない。でも、警戒はした方がいいと思う」


 ユラの言葉に、寝ぼけまなこのアルフォンソがのろのろと体を起こした。

 マリアンヌがまだ寝息を立てているのを見て、アルフォンソはユラに目くばせする。


「マリーも起こした方がいいよな?」

「んー……、そうだな。寝起きで急に戦えなんて無理な話だし」


 マリアンヌの肩を軽く揺さぶり意識を覚醒させる。

 近くに何者かの気配があることを告げ、万が一に備えて動けるような準備をするように促した。

 彼女はすぐに状況を理解したようで、あくびをひとつしてから大きく伸びをした。

 そして、すぐさま剣を手元へ置く。


 がさり、と草むらが揺れた。

 三人の視線がその草むらに向けられた。

 土煙を上げながら草を押しのけるように黒い影が突進してくる。


 皮膚を鎧のように硬化させたユラが、二人の盾になるように立ちはだかった。

 姿勢を低くして交差させた腕に相手の攻撃を受け止める。

 数メートル後ろへ押し込まれ、ようやく相手の勢いが止まった。


「……人の子か」


 頭を大きく左右に振り、突如として現れた巨大なイノシシが三人を見据えて唸るように言った。

 通常のイノシシの倍以上はある巨体もさることながら、人間の言葉をしゃべっていることに驚嘆する。


 顔の側面には唐草模様のような紋様が入っており、後から大小さまざまの魔族がぞろぞろと現れた。

 どうやら、群れを率いる上位の魔族であるようだ。


「悪いことは言わぬ。立ち去れ」

「なぜだ。僕たちは魔王に用がある」


 イノシシに臆することもなく、ユラは力強く返した。

 ユラの言葉を聞いたイノシシは、呆れたように小さく鼻を鳴らす。


「貴様ら人間の体ではこの瘴気に耐えられぬ」


 瘴気? とアルフォンソが首を傾げる。

 イノシシは小さく頷き、自らのやって来た方向を鼻先で示した。

 そちらの空へ目をやると、真っ黒な雲が低い位置に立ち込めていた。


「瘴気だ。弱いものが吸い込めば肺を冒され、触れただけでも皮膚が腐る」


 イノシシの言葉はにわかには信じがたかった。

 しかし、その言葉を裏付けるように轟音と共に土煙が上がる。


「森が崩れ始めてる……?」


 驚愕の表情を浮かべたマリアンヌは、遠くに見えた異様な光景に呆然と立ち尽くした。

 彼女の気の抜けた声に、ユラとアルフォンソもわずかに息を呑む他反応ができなかった。


「陛下が持っておられる瘴気は、我ら魔族にとっても猛毒だ。命が惜しければ立ち去れ」


 イノシシはユラたちを軽く一瞥すると森の奥へと歩き出してしまった。

 魔族たちの群れを先頭で率いて来たイノシシは、いつの間にか集団の殿(しんがり)になってしまっている。


 イノシシの後ろ姿を見送ると、アルフォンソは他の二人を見やった。


「どうする? 進むか戻るか……」

「二人は戻るといい。僕一人で先に行く」


 ユラはしっかりとした口調で答えた。

 イノシシは「弱いもの」なら魔王の放つ瘴気にやられてしまうと言っていた。

 けれど、これまで数々の魔族から力を吸収してきたユラならば、それにも耐えうるかもしれない。


「早くしないとイーラが危ない。かと言って二人を危険に晒すこともしたくないんだ」

「……そうだな」


 アルフォンソは頷きながら傍らに立つマリアンヌを横目で見遣った。

 彼女を一人で返すのは危険極まりない上、アルフォンソ自身の肉体も魔王の瘴気に耐えうるとは断言できない。

 ならば、ユラの言う通り二手に分かれるのが賢明な策なのだろう。


「危険だと思ったらすぐ戻って来いよ」

「ああ」


 軽く返事をして、ユラが崩落し始めた森へ体を向けた時。

 その視界に巨大な黒い影が飛び込んできた。




 マーシーたちと別れてからのここ数日、リックは苛立ちを抱えながら生活していた。

 ユラという青年はそう時間は掛からずに町へ戻ってくると踏んでいたのに、その予想があっさりと裏切られたからだ。


 以前から、もしかするととは思っていた。

 それが、あの時の王妃クレハの態度で確信に変わった。

 リックが故郷を失う原因となったのは、やはりあの「ユラ」だったのだ。


 ユラに次会った時、失われた故郷と家族のため一発殴らなければ気が済まないと思っていたのに。

 ユラたちはリックを嘲笑うかのように姿を眩ませてしまった。


 ダルブ村からカンペリエへ繋がる道は交通量が極めて少なく、聞き込みをすれば彼らが戻ってきたという噂の一つでも耳に入るはずだった。

 しかし、待てど暮らせどそのような話は聞こえてこない。


 着実に魔王の城へ近付いているか、カンペリエを経由せずにレーベルクへ向かったか。

 こうなってしまうと後の追いようもない。


 窓から街並みを眺めながら思案していると、一匹の蝶が部屋に迷い込んできた。

 黒字に紫の模様の入った美しい蝶だ。

 美術品のような蝶はリックの周りをひらひらと舞い、次の瞬間には人間に姿を変えた。


「坊や。探したのよ」


 少し不機嫌そうにクレハは言う。クレハはそっと窓を閉め、リックが逃げたり助けを呼んだりしないよう静かに牽制した。

 リックは思わぬ来訪者に面食らいながらも、それを表には出さないように平静を装った。


「何の用ですか」


 拒絶するように素っ気ない態度で問いかけると、クレハはますます不機嫌な表情になった。


「坊やの笛を返してもらいに来たの」

「笛?」

「ええ。あの村の跡地で使ってたでしょう?」


 クレハが言っているのは、今も首から下げているあれのことだ。

 だが、それは祖母から受け継いだものだから「返す」という表現はピンとこない。


「自分が持っているのは祖母の遺品です。勘違いじゃないですか」


 クレハのことを警戒し、距離を取ろうとした時だった。

 リックの視界が歪み、まっすぐ立っていられなくなった。

 思わず顔をしかめてその場に膝をつく。

 急激に鼓動が早くなり、息苦しさに襲われた。


「っ、……くっ……!?」

「……あら、失礼」


 リックの変化に気付いたクレハはくすくすと笑いながら彼を見下ろした。


「『死告蝶』の名前も伊達じゃなくってね。私の鱗粉には毒があるのよ」


 狭い室内を飛び回ったのは、鱗粉を舞わせるためだったのだ。

 朦朧とする意識の中、リックは己の迂闊さを後悔した。


 体を丸めてうずくまるリックを軽く蹴りつけて体を開かせる。

 そして、クレハの細く長い指がリックの首筋へ向かった。


 するり、と笛が引きずり出される。

 身動きが取れなくなっているリックには見向きもせず、取り上げた笛を慈しむように握りしめた。


「これが遺品ですって? ……ふざけるんじゃないわよ。あのクソ女。人の物を盗んでおいて。あの時大人しく返していれば村だってそのままにしてやったのに。

 坊やも残念だったわね。あんな女を祖母に持ったおかげで坊やはここで死ぬのよ」


 もう聞こえてないかしら? と苦々しく吐き捨てると、うめき声すら上げなくなったリックの体を再度強く蹴りつけた。

 その衝撃で仰向けになるが、リックの瞳は固く閉ざされたままだった。


「……まあいいわ。壊れてもいないみたいだし。

 人間がこれを持っていたところで宝の持ち腐れなのよ」


 窓を開けたクレハは再び蝶へと姿を変え、空へ舞い上がった。

 風を味方につけ、鳥よりも早く滑るように飛んでいく。

 その視界に森が崩れていく光景が映った。


「急がないと。“あれ”がユラたちと鉢合わせたら大変なことになるわ」

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