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望まれぬ英雄 ~虫も殺せない僕が魔王になった理由(わけ)~  作者: 牧田紗矢乃
〈Episode5〉

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42/53

-1 王妃の怒り

 魔族領の王都は閑散としている。

 建物と呼べるものは意思を組み合わせて作られた神殿のような城くらいで、他は見渡す限り広大な荒野だ。

 木はもちろんのこと、雑草のような植物さえほとんど見当たらない。


 魔王の放つ瘴気は空を覆い常にどんよりと薄暗い。

 それでいて雨はめったに降らず、乾いた風が吹いていた。

 光合成を妨げられた植物は生きるすべを失い枯死していく。

 それ故の荒野だった。


 荒野にはこの地へ迷い込み、瘴気によって命を落とした動物たちの骨がぽつぽつと転がっている。

 ここが「世界の果て」と呼ばれるのも頷ける光景だ。


 城へ近付くほどに瘴気が濃くなる。

 たとえ魔族であっても、魔力が弱ければ瘴気に侵されて命を落とすことだってあった。

 人間を含め、瘴気への耐性がない動物ならなおのことだ。




 城の中へ一歩踏み込むと、王城内は多種多様な姿をした魔族たちが行き交っている。

 どれも皆強力な魔力を持ち人間の領土侵略に多大な貢献をした、人間界でいう「貴族」に当たるものたちだ。

 そんな彼らにも上下関係がある。

 身分の上下を定めるのは単純な力関係であり、時には怒号までもが飛び交った。


「――お前はっ……! ……許されるとでも……――」


 怒りを孕んだ声と鞭の音が絶え間なく漏れ聞こえる。

 そこは激昂すると手が付けられないと噂の王妃の部屋だ。

 通りかかったものたちは顔を見合わせて、王妃の怒りを買ったのは誰であろうかと囁きあった。


「……、っ! お妃さま」


 好奇心に負けて一体の魔物が王妃の部屋を覗いてしまった。

 その瞬間、部屋の主と目が合い、その剣幕にたじろぐ。

 視線で人を殺せるものがいるとしたら、彼女がそうなのだろう。


 わしの体に宿った彼は本来の凛々しい表情を失い、驚愕と戦慄の入り混じった面持ちで身体を硬直させる。

 そんな彼を鋭く睨み付けるのは、つい先日城に戻ったばかりの第一王妃、クレハだった。

 クレハは愛用の先に重りのついた鞭を手にしており、それを軽く振るって鷲の羽を絡めとるように拘束した。


「お前もこっちへ来たいのかしらね」


 冷たい声とは裏腹に、顔には嗜虐的な笑みが浮かんでいる。

 彼女が軽く鞭を引くのを察知して、猛禽類特有の鋭い爪が絨毯に縋りつこうとする。細くしなやかな鞭は、万力のような力で抵抗する隙すら与えず鷲を部屋に引きずり込んだ。

 鞭を己の手の一部のように器用に操り、クレハが自室の扉を閉ざす。


「ヒッ……お許しください」


 命乞いをする鷲をクレハは静かにねめつけた。

 普通の鷲よりも一回り大きな体躯に、鋼のように硬質でそれ自体が武器になりそうな翼。

 怯えて空をさまよう瞳は左右で色が異なっていた。


「……チッ」


 クレハが舌打ちをするのとほぼ同時に、床に転がっていた肉塊がビクビクと痙攣を始めた。

 原型を留めていない肉塊の周りには血が飛び散り、床も、壁も、クレハの洋服までをも赤黒く汚していた。


 汚らわしいものを見るような目で肉塊を見下ろしたクレハは、それを思いきり踏みつけた。

 細いヒールが杭のように肉塊を突き刺す。

 グェ、と潰れた蛙のような声が肉塊から漏れた。


「お前もこうなりたくて私の部屋に来たのよね?」

「い、いいえ。じ、自分はただ、さ、探し物をしていただけでして……」

「そう。何を探していたのかしら?」

「ま、魔王様がお見えになるとのことでしたので、こっ、輿のクッションを新調しようと……――」


 しどろもどろな鷲の答えを聞き、クレハは鞭で床を打った。乾いた音が空間を切り裂き、美しく磨き上げられた大理石の床に傷が残る。


「クッションの材料がここにあるですって?」

「い、いえ。間違えて覗いてしまったんです。な、なにせ城へ来るのは半年ぶりなものでして……」

「そう……。――そんな言い訳が通用すると思ったの?」


 鞭が降りおろされる。

 翼をぴしゃりと打たれた鷲は、苦しそうに表情を歪めた。

 抜け落ちて空を舞う羽を見たクレハがわずかに口の端を持ち上げた。


「お前の羽を毟ってクッションに詰めるのはどうかしら? 陛下もきっと気に入ってくださるんじゃないかと思うわ」

「ヒィッ……! それだけはお許しを……」

「あぁ……、そう。ま、こんな硬い羽じゃクッションだって満足に作れないでしょうしね」


 急激に興味を失った様子のクレハを見て、鷲は安堵したように小さく息を吐く。


「だったらお前もこうしてやるわ」


 そう言いながらクレハが鞭で打ちつけたのは、床に横たわる肉塊だった。

 肉塊は鞭で打たれるとぎょろりとした双眸をきゅっと細めて身を縮めた。

 いくら魔族といえど、肉体がここまで原形を失っても生きていられるものは少ない。

 鷲ならばこの姿になる前に絶命してしまうだろう。


 醜悪な姿を晒しながらも、それでも元の状態に戻ろうと再生していく同胞に思わず吐き気をもよおす。

 クレハはその再生を遮るように繰り返し鞭で打ちつけ、そのたびに血しぶきが部屋のあちらこちらへ飛び散っていた。


「お許しください。自分にはこれ(・・)のような生命力はありません。死んでしまいます」

「なぁに? お前は死ぬのが怖いの?」


 優しい口調とは裏腹に、クレハの鞭は正確な軌道で鷲を打ち付けた。

 二度、三度と鞭が振り下ろされるたびに鷲の羽が抜け落ちて床に散らばる。

 鷲が悲鳴を上げようと、頭を床に擦りつけて命乞いをしようと、鞭を振るう手が止まることはなかった。


 この場にアルフォンソがいたならば、執拗に鷲をいたぶるクレハの姿にシカの魔族をいたぶっていたユラを重ねていたかもしれない。

 肉塊から溢れ出ていた血液に鷲の血が混ざる。

 部屋の中は血の匂いが立ち込めていた。


「邪魔するお前が悪いのよ」


 ヒクヒクと痙攣する鷲に向けて吐き捨てると、クレハは窓を開けた。

 乾いた空気が部屋に流れ込む。

 澱んだ空を見上げると、懐から笛を取り出した。


「ピイィィッ、ピイイィィィィィィ……――」


 二度に分けて吹き鳴らす。その音色はかつてリックが魔族除けのために使っていた笛とよく似ていた。

 風が巻き起こり、厚く重なっていた雲が割れる。

 上空から現れたのは一匹のドラゴンだった。


「あぁ、よく来たわね、ライヤ。お食べ」


 言いながら、クレハは鞭で吊り上げた鷲を窓の外へ放り投げた。

 ドラゴンは長い首を器用に動かし、しっかりと鷲を咥えて飛び去った。


「さて、これで邪魔者は片付いたわね。

 ……あいつに構ってる間に再生するなんて。本当に図々しい」


 満足げに呟いたクレハだったが、部屋に視線を戻して舌打ちする。

 そこには、一人の少女が裸で横たわっていた。

 クレハに攫われたはずのイーラだ。


「お妃様、陛下がお呼びです」

「あら。すぐ行くわ」


 扉の外から呼びかけられ、クレハは鞭を懐へ仕舞った。

 床に転がる少女を踏み越え、部屋を出た。


「う……ぐ……」


 一人部屋に取り残されたイーラは低い呻きを漏らす。

 そこへ、周囲を気にしながら一体の魔族が入ってきた。

 メイド服を来た猫の姿をしている。


 彼女は心配そうにイーラの周囲を見回し、鼻先をイーラの顔に寄せた。

 呼吸を確認し、猫メイドはイーラに呼びかけた。


「大丈夫でございますか? すぐお召し物をお持ちいたします。

――お妃様(・・・)


 猫メイドは恭しく頭を下げると、慌ただしく部屋を飛び出していった。

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