-4 「お父さん」
「えっ!?」
知り合いだという浮浪者の言葉に真っ先に反応したのはアルフォンソだった。
「父の……、父の知り合いだったんですか」
「あぁ? 父だと?」
馬鹿なことを言うのも大概にしろと眉間にしわを寄せた浮浪者が怒鳴る。
「俺はアルフォンソ・ミレットです。正真正銘マドラル・ミレットとミシャ・ミレットの子供です」
アルフォンソが名乗ると、浮浪者の威勢がわずかに削がれた。
両親が亡くなってから久しく口にしていなかった名だが、胸に込み上げてくるものがある。
「アルフォンソ、な。そんな名前の子供がいた気もするが、今さら何をしに来たんだ」
「ちょっと用事があってこの町に立ち寄りまして。散策ついでに家を見にきたんですよ。……最初にお会いした時、身分を隠していたことは謝ります」
アルフォンソが頭を下げた。
浮浪者は軽く鼻であしらうと、二人を交互にねめつける。
「坊主も兄ちゃんも、本当に悪いことするためにここへ入ったんじゃないんだな?」
「ええ。俺もユラもこの家を荒らすつもりはありません」
「――……ユラ?」
アルフォンソが口にした名前に浮浪者は愕然として目を見開く。
思いがけない反応に、ユラは眉をひそめた。
「何ですか。僕の名前に何か問題でも?」
浮浪者は一瞬お茶を濁そうとしたが、ユラはそれを是とせず深く皺の刻まれた男の顔を見据える。
すると、男は堪忍したように口を開いた。
「まさかこんな所で会うことになるとはなァ。さすが、化け物だ」
浮浪者の言葉に真っ先に反応したのはアルフォンソだった。
「化け物」と呼ばれたユラは目を丸くし、立ちすくむ。
それとは対照的に浮浪者の男はその場でひざを折って大笑いしていた。
「死んだという話は聞かんかったから、まさかとは思ったさ。村の生き残り連中はお前のことを知らんというし……」
「どういうことです? もっとわかるように話してください」
しびれを切らしたアルフォンソが詰め寄る。
「おれはなァ、この化け物の親父だ」
「……え?」
確か、ユラの養父は出稼ぎから帰る途中で魔族の襲撃を受けて消息不明になったはずだ。その人物がなぜ。
二人の疑問に答えるように、浮浪者は言葉を続けた。
「ここのおやっさんには世話になったよ。母さんの治療費がねぇって話をしたら、跡取りをやれば代わりに治療費を持ってやるって言ってくれてよぅ。
実際、ダルブへ戻る途中でゴタゴタに巻き込まれてそれどころじゃなかったんだけどな。でも兄ちゃんと一緒にいるってことたァ、無事におやっさんの所へ行ったんだな」
よかったよかったと笑う浮浪者に、アルフォンソの眼差しは冷え切っていた。
「あなたは本当にユラの父親なんですか? 保護した子供を売った罪悪感も持ち合わせていないなんて、親だった人とは思えませんが」
「あー……。そりゃな、最初は悪いことしたなァって思ったさ。ユラ本人も知らんところで勝手に決めちまったしよ。
でも、こいつは普通の人間じゃねぇんだぞ? 得体の知れない奴を家に置いてるって考えるとな。薄恐ろしくなっちまっ……、ぐっ……――」
ニヤニヤしながら喋っていた浮浪者が体を折って苦しそうに声を漏らした。
浮浪者の腹に蹴りを入れたアルフォンソは、無表情のまま二発目、三発目の蹴りを男の体にお見舞いしていく。
その異様な雰囲気に慌てて止めに入ったのはユラだった。
「ユラ、止めるな」
今まで聞いたことのない、冷たい声だった。
アルフォンソの声にも、表情にも、怒りの気配は全くと言っていいほど感じられない。
ただただ無感情に浮浪者の男を蹴り飛ばしている。
「駄目だ、アル。そのくらいにしておかないと死ぬぞ?」
「ふぅん……」
この浮浪者がどうなろうと構わない、とでも言いたげな反応だった。
浮浪者は絶え間なく襲い掛かる蹴りから身を守ることで必死で、先ほどまでのように悪態をつくこともない。
「ユラはピンと来てないだけだ。ちょっと冷静になって考えてみたらわかるだろ?」
「い、いや、だってこの人が僕の親だって証拠もないしさ」
「証拠? 名前だけでピンと来たってことはユラを保護した人間に間違いないよ。それに、ユラには他人にない能力があるってのを何となくでも知っていたじゃないか」
それを言われてはユラには返す言葉がない。
けれど、心の底から信じることができないのもまた事実だった。
「それに、あの契約書の内容を知ってることが一番の証拠だ」
「……契約書?」
アルフォンソの口から出た単語に、ユラが首をかしげる。
浮浪者は何も答えない。
気絶しているようだった。
「うちの親父とこいつが交わした契約書さ。こいつが言った内容がほとんどそのまま書いてあった」
「そんな……。アルはずっとそれを知って……」
動揺を隠せないユラを諭すように、アルフォンソは首を横に振った。
「ついこの間さ。十何年ぶりにここへ来る途中こいつに会って、その時は何も知らなかったから普通に道案内を頼んだんだ」
過去の行いを悔やみ、アルフォンソが唇を噛む。
知らなかったとはいえこんな相手に謝礼として金銭を手渡してしまった。
その後悔が強く現れたのだ。
「この廊下の一番奥が俺の親父の書斎だ。そこに契約書があった」
アルフォンソの言葉を聞き、家の奥へ続いていた足跡の正体がついにわかった。
「……なるほど。その契約書は誰でも見られる所にあったわけじゃないんだな?」
「あぁ。上手い事隠してあったよ。だから、内容を知ってる人間はかなり限られてくると思う」
「それじゃ、この人が僕を拾った人で間違いないんだな……」
記憶の中におぼろげにあった顔とはずいぶん変わり果てている。
目の前にいるのは髪がほとんど抜け落ち、しみと皺だらけになったあからさまなまでの老人だ。
名前は確か……――ベリト。
あのころは本当に何もわからず、されるがままだった気がする。
しかし、ユラを保護し、名前を与えて可愛がってくれた「父親」とまるで人が違うのは確かだ。
目の前の浮浪者の言い分を信じろと言われても無茶な話だった。
「とりあえず、この人を何とかしないと」
「……そうだな」
アルフォンソはナイフを取り出すと、迷いなく浮浪者の胸にそれを突き立てた。
「……え?」
苦しそうに呻く浮浪者と、床に広がる血液。
駄目押しするように首をも切り裂いたアルフォンソは、ナイフについた血糊を浮浪者の服で拭った。
「キッチンに床下収納がある。あそこに突っ込んでおけばしばらくは見つからないだろう」
「アル……、なにを」
目の前で起きたことが信じられず、ユラは途中で言葉に詰まった。
けれど、当のアルフォンソはいつもの柔らかな笑みを浮かべている。
「ほら、ユラは殺した相手の能力を取り込めるんだろ? ってことはこいつを手に掛けさせるわけにはいかないじゃないか」
「殺す必要は……ないだろ?」
「こいつは金のためにお前を売った。それだけじゃない。お前のことをあんな風に言って……」
反応のなくなった浮浪者を再度蹴り上げる。
床に溜まっていた血がアルフォンソのつま先に掬い上げられ、宙を舞った。
「親としての情があれば子供を売ったりしない。他の子供と違うところがあっても受け入れて可愛がるだろう? 俺の親父も親父だけど、目先の金に眩んでお前を手放したこいつはもっと許せないんだ」
かつて、似たような理由でクレハが怒っていたような気がする。
子供は親の所有物ではないのだと。
「とりあえず、さっさと片付けてここを出よう。宿に戻って荷物を置いてこなきゃいけないし、すぐ酒場に行く時間になるぞ」
アルフォンソに急かされ、ユラは浮浪者の遺体をキッチンへと運ぶのを手伝った。





