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望まれぬ英雄 ~虫も殺せない僕が魔王になった理由(わけ)~  作者: 牧田紗矢乃
〈Episode4〉

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-2 ピアノがある部屋

 導かれるようにユラは屋敷へ入っていく。

 荒れ果てた庭に、煤けた建物。表側のほとんどが瓦礫と化していた。

 それでも、奥の方にはまだ昔の面影を留めた空間があることが窺えた。


「どうして僕はここを知ってるんだ?」


 奥に進めば何かがわかるような気がして、ユラは歩みを進めた。




 瓦礫の山を乗り越えると、広い空間に出た。

 ダイニングルームのようだ。


 室内は薄暗く、普通の人間なら明かりが欲しくなるところだろう。

 しかし、ユラは闇の中でも周囲を見通せる能力ちからを魔物から得ていた。

 そのおかげでダイニングルームの様子も手に取るようにわかった。


 脚の折れたテーブル。割れた皿に厚く積もった埃。歪んだり穴が空いたりして使い物にならなくなった鍋類。

 かつてそこで営まれていたであろう人間の暮らしは想像もつかないほど、室内は荒れ果てていた。


 床には幾つもの足跡が行き交っており、ここへ踏み入った人間によって家が荒らされたことは想像に難くない。

 ユラはその中にひとつ、真新しい足跡があることに気が付いた。


 つい最近ついたであろうその足跡は屋敷の奥へと続き、また引き返してきて外へ向かっている。

他に新しい足跡がないということは、今この屋敷にいるのはユラただ一人なのだろう。

 その後を辿るようにしてユラは歩き出した。


 少し進むと崩れた階段が目に入った。

階段は上の方が二段残っているばかりで、よじ登ることもできなさそうだ。


 この階段を上がれば、子供部屋がある。

 二階の一番奥はピアノのある部屋で、そこで金髪の女性がピアノを弾いている映像が頭に浮かんだ。


 その部屋にはユラの他に二人の子供がいた。

 二人ともピアノを弾く女性と同じブロンドの髪で、兄妹のようだった。


「なんで……――」


 記憶にない景色がこうありありと浮かんでくるのは、初めての経験ではなかった。

 クレハと旅をしていた時、魔族の力を吸収して意識を無くしたことがあった。


 あの時と同じ感覚。

 ということは……――?


 頭をよぎった推論を振り払う。

 魔族の襲撃を受けたユラは、ダルブ村を逃れレーベルクの町へ移り住んだ。

 ここカンペリエはその途中で通る場所ではあるが、カンペリエに住んだ記憶はない。


 となると、あの光景は白昼夢か何かだろうか。

 実際にその場所を見てみれば真偽のほどもわかるだろう。

 ユラの興味は真新しいあの足跡から二階にあるであろう部屋へと移り変わっていた。


 ユラは床板を蹴り、軽い跳躍をした。

 魔族の力を受け継いだユラのジャンプ力は飛躍的に上がっており、二階の廊下の様子が視界に入ってくる。

 どうやら、階段が失われただけでその奥にある廊下や部屋は綺麗な状態で残っているようだ。


 一度着地したユラは、再度跳び上がると適当なところにあった柱に向かい手を伸ばした。

 シカの姿をした魔物から受け継いだ身体を自由自在に変形させられる能力を使い、しっかりと柱を捉えて身体を引き寄せる。

 軽々と着地を決め廊下を歩きだした時だった。


「そこにいるのは……ユラか?」


 不意に声が聞こえた。

 それと同時に下の階からロウソクのものと思われる柔らかな光が届く。


「アル? どうしてここに」


 下の階を覗いてみると、そこには案の定友人の姿があった。

 アルフォンソはどこか呆れたような顔をしている。


「帰りが遅いから探しに出たんだよ。そしたらこの家の前に荷物が落ちてて……。何かあったんじゃないかって心配しただろ」

「あっ……!」


 アルフォンソの肩にかかっている鞄に気付き、そこでようやく途中で荷物を降ろしてきてしまったことに気が付いた。


「まあ、何もなかったならいいさ。宿に戻ろう」

「うん……。でもちょっと待ってくれないか」

「なんだ? 何かあったのか」

「いいや……」


 この屋敷の既視感や先ほどの白昼夢の話をしてもアルフォンソには信じてもらえないだろう。

 むしろ正気を疑われるかもしれない。

 そう思いつつも奥の部屋への興味は消すことができなかった。


「……なんだ、奥の部屋が気になるのか」


 アルフォンソはすぐに気付いて、呆れたように笑う。

 そして、ユラに向かって手を伸ばした。


「どうせなら俺も連れてってくれよ」




 アルフォンソと連れ立って廊下を歩く。

 長年誰も立ち入らなかったらしい二階は全体的に埃っぽく、あちらこちらに大きなクモの巣が垂れ下がっていた。


「ユラはどうしてここに入ろうと思ったんだ?」

「それは……――

 今日の公演断りに酒場にいっただろ? その時にちょっとだけピアノに触らせてもらったんだよ。そうしたら、それが気に入られちゃったみたいで」

「まさか、クレハさんの代役を?」

「そのまさかさ。

 フェンスの外なら歌の練習をしても迷惑にならないかなと思ってこっちに来たら、立派なお屋敷があってさ。ここならピアノがあるんじゃないかと思ったんだ」


 後半はほとんど口からのでまかせだった。

 けれど、上手いことピアノのあるであろう部屋へ向かう言い訳をすることもできた。

 アルフォンソも疑いはしていないようで、ふぅん、と相槌を打った。


 手前からひとつずつ扉を開け、部屋の中を覗いていく。

 子供部屋、寝室、衣装部屋。

 どれも見たことがあるような、それでいて初めて入るような不思議な感覚のする空間だった。


 ユラの感覚が伝染したのか、アルフォンソも心なしかそわそわしている。

 アルフォンソは部屋に置いてある物ひとつひとつを明かりで照らし、時おり感傷に浸るような素振りを見せた。

 そうこうしながら進むうち、残す部屋はあとひとつになった。


 ――白昼夢で見た、あの部屋だ。


 意を決して扉に手を掛ける。

ギィ、と軋みながら開かれた空間を、アルフォンソが手にしていた明かりが照らし出す。




 そこには、白昼夢の通り一台のピアノが据えられていた。

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