-12 ユラの変化
マーシーたちが去ると、辺りはしんと静まり返った。
こういう時ならいつも口火を切るアルフォンソが、珍しく黙り込んでいる。
ミレット家で聞いた「ユラを道具としてしか見てなかったのね」という言葉。
それはユラの父親に対しての発言だったが、アルフォンソ自身にも向けられているように感じられていたのだ。
考え込むアルフォンソと、居心地悪そうに沈黙を貫くユラとマリアンヌ。
辺りには木の葉が風に揺れるかすかな音だけが響き、森からは魔族の気配が消えていた。
「――そもそもね、全部ユラのせいよ!」
先に仕掛けたのはマリアンヌだった。
いきなり向けられた攻撃に、ユラが一瞬たじろぐ。
その間にもマリアンヌの追撃は続いた。
「ユラがあの女さえ連れて来なけりゃ、イーラが攫われることだってなかった。なんで……なんでイーラなのよ……!!」
泣き崩れたマリアンヌの肩にアルフォンソが手を載せる。
「マリー、一旦落ち着け。ユラはオレたちを助けるために来てくれたんだ。な?」
アルフォンソに呼びかけられ、ユラは気まずそうに首を横に振った。
助け舟のつもりで言ってくれたのだろうが、そこに偽りの答えを返すのは間違っている気がしたからだ。
「違うんだ。昨日アルがくれたメモがあったろ? あれを見てるとこをクレハさん……いや、クレハに見つかって、そこまで連れていけって言われてさ……」
ユラの言葉を聞いたマリアンヌが顔を上げた。
そして、問いただすようにアルフォンソに鋭い視線を向ける。
「アル、昨日ユラと会ってたの?」
「あぁ。黙っててすまない」
「別に謝ることじゃないけど……。教えてくれたってよかったじゃない」
依然として噛みつかんばかりに敵意を剥き出しにしているマリアンヌへ、うんざりしたようにユラが告げた。
「わかったよ。僕がイーラを助けに行けばいいんだろ?」
投げやりなその言葉が、マリアンヌの怒りをさらに燃え上がらせる。
「は? ユラ一人で何ができるって言うのよ」
人一倍気が弱くて、模擬戦ですらまともに剣を振るえなかったユラ。
ついさっきの戦いでも、ただ立ち尽くすだけだったではないか。
そんな彼がどうして魔族と戦えるというのだろう。
マリアンヌは呆れたような視線を向けるが、ユラは動じることもなく冷めた視線を投げ返した。
「ユラだってクレハさんの正体は知らなかったんだろ? ならユラだけが悪いわけじゃない。オレも一緒に行くよ」
「……はぁ。アルったらユラに甘すぎじゃない?
イーラは私の親友だし、怠けられたら困るから私もついて行くわ」
「いや、いいよ。僕一人で行く」
うつむき加減で告げたユラは、クレハが飛び去った方角をじっと見据えた。
視線を合わせようとしないその姿勢は、二人を拒絶しているようですらあった。
「……何か来る」
ユラが呟く。
それから間もなくして、正面の草むらが大きく揺れた。
草むらから飛び出してきたのは、先ほどマーシーたちが追い払ったはずのシカの姿をした魔族だった。
二本の角を円錐形の槍のように変化させたシカは、ユラ目がけて突進してくる。
ユラは特に驚いた様子も見せず、頭部を守るように掲げた腕を交差させた。
次の瞬間、ユラの腕が光沢を帯びた灰色に変わる。
キィィン、と金属同士がぶつかり合うような甲高い音が響いた。
ユラの腕はシカの突撃を受け止め、逆に押し返した。
シカが二、三歩よろめきながら後ずさると、その隙を逃さず胴体へ鋭い打撃を叩き込む。
「ユラ……?」
かつて生活を共にしていた虫も殺せない青年の姿からは想像のできない攻撃的な戦闘スタイルだった。
おまけに肉体を何やら変化させている様子まである。
目の前で繰り広げられる光景に、アルフォンソとマリアンヌは絶句するしかなかった。
鹿の角は触手のように形を変えてユラの腕に絡みつく。
おそらく、普通の人間の力では振りほどくことも叶わないだろう。
それがユラの手にかかれば乾いた木の枝のように簡単に折れてしまった。
角を失ったシカはなすすべもなくなって狼狽えたように頭を大きく振った。
「アル。僕、こういうこともできるようになったんだ。だからさ、本当に心配しないでくれよ」
柔らかに微笑むと、ユラは草むらに手をかざした。
意思を持った生き物のようにスルスルとツタが伸びてきて、シカの脚に絡みつく。
突然のことに混乱し暴れるシカを軽々と吊し上げ、そのまま全体をしならせて地面へ叩きつけた。
持ち上げては叩きつけを繰り返すうち、シカは戦意を失って大人しくなった。
それでもなおツタは執拗にシカを叩きつけ続けた。
「もういいかな?」
ユラが呟くと共に、シカを吊り上げたツタの動きが止まる。
ユラの腕は元の肌色に戻っていた。
が、獰猛な獣のような、鋭く尖った爪が目に入る。
「ほら、心配ないだろ?」
躊躇うことなく爪を振り降ろすと、シカの腹が裂け内臓が零れ落ちる。
血にまみれて微笑むユラは、アルフォンソの知っているユラではなかった。
ツタはようやくシカを解放したが、どさりと地面に投げ出されたシカは身じろぎ一つしない。
絶命しているのは明らかだった。
「こういうことだからさ。僕一人で行くよ」
「こういうことって……」
「ユラ……」
思いがけないユラの変化に、アルフォンソもマリアンヌも二の句が継げなくなっていた。
シカの姿をした魔族の体から、黒い霧のようなものが抜け出してきた。
それはユラの体に纏わりつくような動きを見せ、するりとユラに吸い込まれていく。
「……う、くっ」
ユラが一瞬表情を歪める。
数回肩で息をしてから、ゆっくりと顔を上げた。
その額には玉のような汗が浮かんでいる。
ユラが額の汗を拭うと、帽子に手が当たって地面に落ちた。
そこで、ユラの身にとてつもない変化が起きていることを知る。
ユラの頭には髪の間から二本の角が顔をのぞかせていた。
――かつて、瘤があったあの位置に。
「おいユラ、どうなってるんだよ」
「どうって……見ての通りさ。――僕は魔族を殺すとその力を吸収できる体質らしい」
ユラは自らの手に視線を向けながら返した。
その指先はアルフォンソたちが見守る前で、先ほどのシカの角のように自由自在に形を変えていく。
その様を眺めながらユラは微笑んでいた。
「魔力を吸えば吸うほど角が大きくなってさ、今は帽子なしじゃ目立ちすぎて町も歩けない。それだけが不便だけど。
今回の敵は“当たり”みたいだ」





