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望まれぬ英雄 ~虫も殺せない僕が魔王になった理由(わけ)~  作者: 牧田紗矢乃
〈Episode3〉

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23/53

-2 抜け道は危険がいっぱい

 街から街へと渡り歩くとは聞いていたものの、クレハの公演スケジュールは想像以上にハードだった。

 酒場は日が昇り始めるギリギリまで営業している所も多々あり、明け方近くにようやく酒場から解放されるとすぐに宿に戻る。


 目が覚めれば、酒も抜けきらぬ体で次の町を目指して宿を出た。

 経費削減を口実に、移動はほとんどが徒歩。

 それでもクレハは笑顔で弾き語りをして、疲れ切っているはずの体に酒を流し込んでいく。


「つらくないんですか?」


 初めの頃はクレハの体を心配して声を掛けたりもしたが、クレハは微笑むだけで答えてはくれなかった。

 慣れてくると彼女はそういう人間なのだろうと思えてくる。

 きっと、クレハの体を流れているのは血液ではなくアルコールなのだ。


 一つの町へ着けば数日から十日ほどの滞在となるため、その間に身体を休めたりちょっとした観光をする時間も設けられる。

 クレハは様々な場所を訪れているだけあって博識で、どこそこの街と同じ建築様式が使われているとか、ここへ来たらこれを食べずには終われないとかいうことをユラに話して聞かせた。


 その間のクレハは常に幸せそうな笑顔を浮かべ、ユラのことを我が子のように甘やかした。


「やっぱり人と一緒にいるっていいわね。移動だけなら用心棒で事足りるけど、話し相手にはならないもの」

「そうですか?」


 クレハほどの社交性があればそのくらいの会話など他愛ないことだと思っていたユラは驚きに目を丸くする。


「下手なことを話してごらんなさい? 何が起こるかわからないのがこの世の中よ」

「あぁ……」


 そういうことか、とようやく合点がいく。


「今までよく一人で旅をしてきましたね」


 ポツリと零したユラの言葉に、クレハは静かに微笑むだけだった。

 ユラはずっとアルフォンソと一緒にいたし、アルフォンソと別れてからはクレハと行動しているから、一人で行動し続けることなんて想像もできなかった。

 ユラをからかうような言動も多い人だが、根底には強さがある。


「まあ、今はユラが一緒だし。ちょっとくらい……」


 言いながら顔をユラの耳元へ寄せた。


「無理してもいいわよね?」


 甘く囁くような声。

 相手が自分を顎で使う人間だとわかっていても、身体の芯が熱くうずくような感覚に襲われる。

 これがクレハが魔性と呼ばれるゆえんだ。


「無理ってなんですか」

「近道よ、ち・か・み・ち」


 ふふふ、と口角を上げる。その時初めて、クレハにえくぼがあることを知った。

 クレハによると、次の町までは普通に行けば半日かかるという。

 ところが、近道を使えばその時間が半分にまで短縮できる。


 そんな便利な経路が使われていない理由はただ一つ。

 それが魔族領を抜けるルートだからだ。


 そこは元々交通の要として栄えていた町だったのだが、その交通の便の良さが仇となって魔族に攻め落とされてしまった。

 今はそこを迂回するように設けられた道が交通の主流となっているらしい。


「危なくないんですか?」

「うぅん……、絶対に安全、とは言い切れないわね。むしろ危険な可能性の方が高いわ」

「え……」

「でもユラが一緒なら大丈夫でしょう? 一応訓練も受けていたみたいだし」


 屈託なく笑うクレハを見ていると、自分は落ちこぼれで、それに耐えられなくなって逃げ出したのだとは言い出せなかった。




 クレハに連れられるまま、ユラは人間領と魔族領を隔てるゲートをくぐった。

 本来ならそう簡単に行き来することはできないのだが、顔の広いクレハが通行証を持っていたためゲートを抜けることを許されたのだ。


「駄目ねぇ、ちゃんと確認しないと。こんなんじゃ誰でも彼でも通れちゃうじゃないの」


 ゲートから少し離れた所で、クレハが小声で呟いた。

 右手は人差し指と中指で挟んだ通行証をひらひらと風に遊ばせている。


「まさか、偽造したんですか!?」

「ユラ。あんまり大きな声出すと捕まるわよ?」


 微笑みながら告げられた答えに、ユラはがっくりと肩を落とした。

 クレハのツテがそんな方向にまで広がっていたなんて。

 本当に底知れない人だ。


「下向いてると危ないわよ。どこから魔族が出てくるかわからないし、私に襲われるかも」

「……っ! 冗談でもやめてくださいよ」


 後ろから腰に回された手を振り払うと、ユラは慌てて距離を取った。

 クレハの体の柔らかな部分に腕が当たり、思わず赤面してしまう。


「本当に可愛いわね、ユラは」


 くすくすと笑うクレハの声を遮るように、道の脇にある草むらが揺れた。

 飛び出してきたのは茶色の野ウサギだ。

 ウサギの身体には魔族特有の紋様のような柄が入っている。


 クレハの言葉に呼応したかのような登場に、ユラは思わず息を呑んだ。


 クレハは丸腰。

 ユラは気休め程度の短剣を腰から提げているのみ。

 とはいえ、この程度の魔族が相手なら素手でも対処できるだろう。


 もしこのまま逃げ出してくれるならそれが一番だ。

 そう思って相手の動向を凝視する。


 ウサギは後ろ脚に力を溜めるような素振りを見せると、一気に跳躍した。

 飛翔と表現しても過言ではないほど高く舞い上がったウサギは、落下の衝撃を活かした蹴りを繰り出そうとしていた。


 ――戦闘からは逃れられないらしい。


「ユラ、剣を構えて!」


 観念したユラは、クレハに指示されるまま短剣を抜いて構える。


「上から落ちてくるところを串刺しにしちゃいなさい」

「そんなっ……、無茶苦茶な」


 クレハの指示に苦い表情を浮かべながら、短剣を振るう。

 手首が折れそうなほど強い衝撃があり、生暖かい液体が降り注いだ。


 次の瞬間、腕に強い衝撃が走った。

 ウサギがユラの腕を蹴り飛ばして後方へ跳躍したのだ。


 クレハが言ったように貫くことはできなかった。

 だが、ウサギには深い傷を負わせることができたようだ。


 深手を負ってもなお、ウサギは敵意を剥き出しに唸っている。

 茶色の毛皮の横っ腹が血で汚れ、地面にもまだらなシミを作っていた。


「可哀相に……。早く仕留めてあげた方がいいんじゃない?

 仕留めたら夕食の足しにもなるわよ」


 口では憐れむようなことを言っているが、クレハはウサギを痛めつけることを楽しんでいるようですらあった。


 クレハの言うことも一理ある。

 このまま放っておいてもじわじわと弱って死ぬだけだろう。

 ならば、ウサギのためにもここで仕留めるべきなのだ。


 頭ではわかっていても、訓練ですら実行できなかったユラだ。

 手の中にある短剣が血にまみれていようと、自身が返り血で汚れていようと、その本質は変わらない。


「ユラ!」


 しびれを切らしたクレハがユラの手を取る。

 そして、そのまま短剣をウサギの胴体に振り降ろさせた。


「ギッ……」


 ウサギはひと声啼いたかと思うと、それっきり静かになった。

 ウサギの体から黒い靄のようなものが溢れ出し、ユラの周りをくるくると回り出す。

 その後、溶け込むようにユラの体と同化した。


 その瞬間。

 心臓が大きく脈打つのがわかった。

 心臓が暴れている。目の前が真っ白になり、激しい頭痛とめまいが襲い掛かる。


「っ、く……」


 ――このままじゃ魔族に身体を奪われる!


 根拠はないが、そう感じた。

 焦燥に駆られながらクレハを見遣った。

 体が燃えるように熱い。


 クレハは驚愕に目を見開いていた。

 彼女がこんな顔をしたのを見るのは初めてだ。

 ということは、ずいぶんと危険な状況なのだろうか。


 絶望に打ちひしがれながらユラは意識を失った。

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