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望まれぬ英雄 ~虫も殺せない僕が魔王になった理由(わけ)~  作者: 牧田紗矢乃
〈Episode2〉

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-5 女ったらし

「ユラ、お前も走るのか? 走るなら、それ寄こせ」


 声を掛けてきたのはアルフォンソだった。アルフォンソはユラが身につけていた皮の鎧を指差している。

 指摘されて初めて、鎧を脱いでいないことに気が付いた。


「負けは負けだからな。ちょっと行ってくる」


 先に帰ってていいぞ、と言い残し、ユラは訓練生たちの集団と離れて走り始めた。




 走り込みと素振りを終えて帰ろうとするユラを引きとめる者があった。

 誰かと振り返れば、そこにいたのはアルフォンソだ。


「お疲れさん」

「なんだ、まだいたのか。……まさか、僕を待ってたなんて言わないだろうな、アル」

「そのまさかだよ。悪いか?」


 アルフォンソの返答に苦笑したユラを背後から衝撃が襲った。

 軽く小突かれる程度のものだったが、不意打ちに目を丸くしていると鋭い叱咤の声が飛んできた。


「なによ、この程度も避けられないの」

「……あぁ、マリアンヌか」


 不意打ちの犯人を視界に捉え、ユラが肩を落とす。

 衝撃の原因はマリアンヌが投げたポーチだったようだ。

 苛立ちを露わにしたマリアンヌはポーチを回収すると、口を尖らせてユラに詰め寄った。


「さっきの模擬戦、なんで手を抜いたの」

「ん、いや……、僕は本気だったよ」


 慌てて弁解するが、先ほどの模擬戦の様子を思い返せば苦しい言い訳にしか聞こえない。

 当然マリアンヌが納得するはずもなく、その場に居合わせたアルフォンソまで彼女の説教に巻き込まれた。


「アルの試合、見たでしょ? あれくらいちゃんとやってくれなきゃ……!」


 勝ったって嬉しくないのよ、と唇を噛む姿は彼女の本心を表していた。

 その瞳にはうっすらと涙まで浮かび、うろたえたユラは救いを求めて横目でアルフォンソを見る。


「オレが言うのもなんだが、こいつは本気だったと思うぞ。マリーみたいな可愛い子が相手だったら、オレだって攻めるのには躊躇するしなぁ……」


 救いを求めるまでもなく、アルフォンソはさらりと言葉でフォローした。

 おまけにさりげなく彼女の頭を撫でている。

 その優しさにマリアンヌはこらえていた涙をついに溢れさせた。


「……嘘ばっかり。アルならちゃんと相手をしてくれるわ。私、知ってるもの……」


 しゃくり上げながら訴える様子を見せられると、ユラにも罪悪感が込み上げてきた。

 口ではああ言っているが、アルフォンソならロバルトと戦った時と同じようにマリアンヌにも本気で挑むだろう。

 結果として相手に怪我を負わせようと、よっぽどの悪意を持った戦い方でない限り非難されることもない。


 全力で戦った結果、戦術や力が及ばなかった者が傷を負うのは戦場でも儘あること。

 実戦を模しているのだから、模擬戦でも同様のことは起こり得る。


 あの場にいた誰しもが心得ている暗黙の了解だ。

 ユラとて例外ではない。


 怪我人が出ることも想定して救護役のイーラが控えている。

 全力で戦うのが相手への最低限の礼儀であった。


 その礼儀に背く行為だったことに違いはなく、ユラには項垂れて沈黙することしかできなかった。

 アルフォンソの手はマリアンヌの背まで下り、とん、とんと緩やかなリズムで嗚咽をなだめている。


「ユラだってオレらと同じ、対魔族を志す仲間だろ?」

「うぅっ……」

「ユラはちょっと優しすぎるんだ。マリーにはもどかしく思えるのかもしれないが、オレはユラのそういう所が好きだな」

「う……っく」


 泣きじゃくるマリアンヌをなだめる静かな声が「好き」という言葉をなぞったのを聞いて、ユラは頬を赤く染めた。

 向き合った二人がユラの変化に気付かなかったことは不幸中の幸いと言えるだろう。


「……アル」


 アルフォンソとマリアンヌの醸し出す雰囲気にいたたまれなくなったユラが、彼の服の裾を引いた。


「どうした?」

「そろそろ帰ろう。マリーも、寮の夕飯の時間だろ?」


 苦し紛れのユラの提案を低い笑い声が受け入れる。

 地面に投げ出されたマリアンヌの荷物を回収していると、心配そうな顔をしたイーラが現れた。


「あ……、あの、マリーの帰りがあんまりにも遅いから」

「ありがとう。心配して見に来てくれたんだね?」


 拾い上げた荷物をイーラに託して、詮索してくれるなと目配せをする。

 イーラは緊張した様子でコクコクと頷き、マリアンヌを促して女子寮へ向けて歩き出した。


「……女ったらし」


 女子二人の背中を見送ったユラが呟いた。

 アルフォンソは苦笑しながらユラの癖の強い髪をかき回す。


「助けてやったのにその態度か? 慈愛と繁栄の女神、ユーリ」

「ん……?」

「お前の名前、女神様から取ってるんだろ?」


 いつだったか、アルフォンソと出会って間もない頃に名前の由来を話したような気もする。

 しかしユラ自身が忘れかけていたことを彼が覚えていようとは。

 驚きで曖昧な返事をしたユラの腕から荷物を取り上げると、訓練所の正門を目指して歩きだす。


「名は体を表す、なんて言うけど、お前を見てたらあながち間違っちゃいないってわかるな。むしろ大正解だ」

「僕が聞いた時は『健康と繁栄の女神』だった気がするんだけど……?」

「そりゃ親父さんかお袋さんの中で他の神様と混ざったんじゃないか? ユーリは慈愛と繁栄。慈母ユーリのはずだ」


 ありとあらゆる本を読んで知識を蓄積したアルフォンソが言うのだ。

 きっとこちらが正しいのだろう。

 そうか、と小さく漏らしたユラに、アルフォンソはいたずらっぽい笑みを向けた。


「優しさが行き過ぎて、魔族に慈愛と繁栄を与えるんじゃないぞ?」

「んなことわかってるよ。僕だって……」


 尻すぼみになるユラの声は、迷いを色濃く孕んでいた。

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