〈10〉どういうご関係で?
フィロは急にエーベルとレノーレから目を逸らすと、アーディの方をキッと見た。
「あの方、節操がありませんのね。どういう教育を受けていらっしゃるの?」
「いや、お前が気に入らないから悪く言いたいだけだろ」
ついズバッと返してしまったら、フィロが涙目になっていた。
思えば、アーディもフィロとはたまに顔を合わせる程度の付き合いでしかないのだ。わがままで気が強いとしか思っていないのだが、大事に育てられている分、打たれ弱いらしい。
恋愛なんて縁のない子供が、憧れの対象に近づく同性をよく思わないのは自然なことなのかもしれない。
「アーディ」
気遣うようにヴィルが言った。それからアーディの手をするりと抜ける。
「えっと、フィロちゃん?」
「ちゃん?」
「うん、あの、レノ先輩はとっても面倒見のいい人なの。初めて会ってよく知らないのは当然だから仕方ない部分もあるけど、すぐに判断してしまわないでね。優しくて、私が大好きな先輩だから、そんなふうに言われると悲しいし」
ヴィルの言葉は柔らかい。
本来は未熟な年下を相手に、そうした柔らかさで包んでやらなくてはならないのだろう。アーディには無理だけれど、それができるヴィルはえらいと思う。
「……私も淑女として礼を欠く物言いでしたわ。反省しています」
あのフィロがいやに素直だ。
「ありがとう、フィロちゃん」
「でも、その呼び方は頂けませんわ。フィロは公爵令嬢ですのよ」
「そうなの? すごいね。学園の外だったら声もかけられないね」
「そうでしょうそうでしょう。でもフィロは心が広いので挨拶くらいはして差し上げますのよ」
ヴィルが素直だから、フィロは気をよくして得意げになった。本気で下級生の扱いが上手い。
ほっとしたのも束の間、ヴィルがアーディの方を振り返って問いかけてきた。
「でも、公爵令嬢相手にアーディったら雑な口の利き方だけど、学園に来る前から知り合い?」
バーゼルト家は伯爵で、公爵家にでかい態度を取れるわけがない。
アーディはつい、王族の自分として接してしまう。以前からの知り合いと認めてはいけない。
「……公爵家とか、学園の中では身分なんて関係ない。生徒同士、権力を振りかざすなって先生が言ってたから」
「まあ、そうですわよね」
フィロがあっさりと返した。
本来なら王族であるアーディに身分を盾に物は言えないからだ。
けれど善良なヴィルはアーディたちの言い分を受け入れたらしい。
「うん、それはそうなんだけど。でも気にする人も一定数いるから」
「僕は気にしない」
「そうね、アーディらしいのかも」
そう言って、ヴィルは少し笑った。――ごまかせただろうか。
その時、エーベルが椅子から立ち上がった。広げていた本を閉じ、まとめて抱え上げるとそれを本棚に戻していく。
ここではちゃんと片づけられるのは、自分の持ち物ではないからだろうか。
そのままさっさと図書室を出ていこうとしたので、思わずアーディは突っ込んだ。
「おい、エーベル」
呼ばれて初めてアーディに気づいたような顔で首を傾げた。
「アーディだ」
「……何を調べてたんだ?」
一応訊いてみたら、フッと不意に笑った。
そうしたら、一緒に笑顔を向けられたフィロが本棚に寄りかかってへたり込んでいた。
「眩し……」
面倒くさいので気にしない。
「召喚術」
エーベルは簡潔に答えた。やっぱりだ。
「ピペルを呼ぶのにか?」
「そだよ。ちょっとこれからサクッと呼んでくる」
今度は大丈夫だと思うらしい。
ピペルは呼ばれたくないだろうけれど、このままだと何か据わりが悪いというのか、落ち着かない。
「……僕も行く」
「わ、私も」
ヴィルも気になるらしい。エーベルは、来るなとは言わなかった。
アーディとヴィル、それからレノーレも加わり、連れ立って中庭に移動する。
ちなみに図書室ではエーベルとレノーレが座っていた椅子の争奪戦が繰り広げられていた。
「エーベルハルト様がお使いになった椅子! まだぬくもりが――っ」
「汚い手で触るな! この椅子には今後何人たりとも触れてはならぬっ!」
「学園の宝として守り通せ!」
「レノ先輩の座った椅子! この机に寄りかかって、肘を突き、ああ、なんて絵になる――っ」
この図書室はいつになったら静かになるのだろう。
最早アーディの知ったことではない。




