〈2〉進級
この学園は常春だから、歳月の経過がわかりづらい。
節目にテストや行事があるので、それを区切りとするだけである。
学園に来て一年。つまり、アーディにつきまとわれ始めてから一年が経過したのだ。
一年耐えた。学園生活の四分の一が過ぎたと思うと、アーディにはとても感慨深く思えた。
ただし、あと三年。そう思うと気が滅入るのだが。
月に一回の朝礼の時、校庭に集められた全生徒を前にフォルカー=フライムート学園長は優しげに言った。
ここで重要なのは、優しげにというところである。この校長は優しそうに見えるが、それなりに食わせ物だ。厳しい時は笑顔で厳しい。そこを間違えてはならない。
王族のアーディにも特別扱いはナシだと言い放っている。
「もうすぐ一年の節目、進級、卒業の時期です。四年生の皆さんは卒業に向けて感慨深い日々を過ごしていることでしょう。一年生の皆さんは、ようやく一年が過ぎ、学園生活にもそろそろ慣れたかと」
慣れたと言いたいところだが、色々とありすぎて簡単には言えない。それから、まだまだ何かが起こりそうな予感しかない。
――なんていうマイナス思考がよくないのかもしれない。
心配性は損だ。アーディよりも問題のあるエーベルは、学園生活がひたすら楽しそうなのだから。
学園長はなおも続ける。
「二年生、三年生の皆さんはすでに通った道ですから承知のことでしょうが、進級には進級試験があります」
あるんだ。
まあ、あるものだろう。
「しかし、一年生はまだ雛鳥のようなもの。最初から厳しく門を狭めることはありませんが」
やっぱりないのか。どっちだ。
「二年生、三年生には厳しく篩にかけられることとなります。もちろん、ここが学び舎である以上、学ぶ意志のある生徒が残れないようなものではありません。皆さんのやる気次第で落第などという悲劇から己を守ることができるのです」
二年生、三年生ですら厳しいのなら、四年生もただ卒業させてやるということはなさそうだ。そんなに簡単に卒業できるなら、この学園に通っていたことが実績にはならないのかもしれないが。
とにかく、学園長が言いたいのは、まじめに勉強しないなら落第させるということ。
アーディは成績優秀者の部類である。そして、残念ながらエーベルも。
それから、ヴィルもだ。
ヴィルフリーデ=グリュンタール。
銀髪で中性的な雰囲気がする少女だ。素直で努力家で心優しい。そう、エーベルを反転させたような人柄だ。
クラス・フェオのクラス長を任されていることからもわかるように、ヴィルもまた、多少の不得意科目はあれど優秀な生徒である。
つまり、アーディの周りに勉強のできない友人はいないのだ。何の心配も要らない。
二年生のレノーレ=ティファートという生徒も親しいうちに入るが、彼女は二年生だから一年生のアーディたちよりは大変かもしれない。よく知らないけれど、そこまで成績がひどいということもないだろう。多分。
アーディはただ学園長の話を人ごとのようにして聞いていた。
「進級試験は一ヶ月後です。皆さん、心してかかるように」
一ヶ月ということは、本気でマズいと思っていたら取り返せるか微妙な期間だ。日々の積み重ねがなければ急に成績を上げるのは難しい。一ヶ月でどうにかなるようなアタマがあれば、そもそも進級試験で引っかかったりしないだろう。
ここで学園長は、わざと言い忘れていたかのように、そうそう――と急に老人っぽく言った。
「一年生には大変優しい規則で、落第者は最下位の一人だけと決まっています。一年生の皆さんもほんのちょっぴりだけ緊張しておいてくださいね」
「…………」
一年生の列が凍りついた。
落第、するんだ――と。
けれど、たった一人だ。ビリッケツにさえならなければいい。
それなら、アーディたちには楽なものである。余程の何かがない限り、そこまで落ちることはない。
気にする必要もないな、とアーディは心の中で思った。
周囲の張りつめた空気を読むと、声に出しては言えないけれど。




