円環の虹彩
人であれば誰しも、最後に死という安らぎを与えられる。
ふと思い出した言葉は、空虚だった。死ぬ度に、この世界に召喚された瞬間に蘇る。俗に言う死に戻りの能力を与えられた俺は、安らぎを欲していた。のんびりと過ごす日常を欲していた。何故ならば、俺は、時間に追い立てられていたからだ。この世界は一ヶ月後、魔王によって、最大限の恐怖と苦痛を与えられながら喰い滅ぼされる。それを避けるためには、一秒たりとも無駄にできない。
謁見の間で傅いていた俺は、ゆっくりと頭を上げる。壇上の玉座で、これ見よがしに神剣を愛でている王、そして、俺を囲うかのように、壇下に左右の列をなす臣下たち。世界が窮地に陥っていることを解っていないのか、いや、数分後に起こることも想定していないのだろう。時折、笑顔すら見せている。
緊張しているのは、この場面が二百五十四回目の俺だけだ。そう言い聞かせながら呼吸を整えていると、王が話しかけてくる。
「異世界より召喚されし、灰色の目を持つ勇者よ。貴殿には、五百ゴールドを与えよう。これで好きな武器と防具を整え、十二魔将が一魔、氷の悪魔の討伐に向かえ。その偉業を成し遂げたら、真の勇者と認めこの神剣を授けよう。さて、一人で戦うのは困難が伴う。貴殿を補佐する部下を一人任命することを許可する。なお、王国最強騎士、メリケル。賢者、タラゼグ。イズギ教司祭、アクア。この三名のうちの誰かを選ぶが良い」
俺は、玉座の一段下で王を護る騎士を盗み見る。筋骨隆々、威風堂々、最強騎士の名を体現する男は、最終的に、デコピンで十二魔将まで倒せるようになるほどレベルが上がる。まさしく無敵。
そう、勘違いさせられたのだ。十回ほど死ぬまでは。
奴は、物理攻撃では最強となる。どんな魔物でも一撃で瞬殺が可能。けれども、魔法耐性が全く無い。魔王が存在する魔空空間に入った瞬間に、役立たずとなる。何故ならば、空間に入った瞬間にトラップとして発動するレベル・寿命奪取魔法の前に抵抗する術がない。最強レベルが、数秒も持たずに、自らの防具の重みに耐えられない程にレベルダウンする。余裕で倒すはずが、デコピンで倒される最弱騎士になるってどんな笑い話よ。
なんとか改善しようと思った。それから五回ほどの命をかけて、魔法防御のマントやら指輪を試してみたが、全く効果はなかった。俺が一つのアイテムで完全に防御できる攻撃を、持ちうる限りのアイテムを使って防御したにもかかわらずだ。つまり、魔王討伐にとっては、役立たず以外の何物でもない。
いや違う。それ以下の存在だ。騎士は、敵が現れるや否や、俺より先に敵を倒す。勇者とその仲間を護るという名目で、自分のレベルだけを率先してあげるこの男。パーティーバランスを崩すだけの邪魔な存在。騎士と二人で魔王討伐など滑稽以外の何物でもない。
「勇者殿、悩まれるほどのことではない。自らの能力を補填する人材を選べばよいだけのことじゃ」
しゃがれ声で賢者が話しかけてくる。
俺は、沸騰するお湯のように沸き上がる苛立ちを、奥歯を噛んで堪える。
バカな。自分を選ぶことが正解と言わんばかりの態度。巫山戯るな。この賢者を選んだがために、俺は、二十二回も無駄に死ぬ羽目になったのだ。
騎士に魔法防御を持たせることを断念した俺は、当然の如く賢者を選択した。賢者ならば魔法耐性がある。それに、知識もあり、魔王を倒す手段も見つけてくれるはず。
思った通り、確かに、完全無欠だったさ。攻撃魔法も防御魔法も治癒魔法も何でもあり。なんだ、こいつに任せておけば、何もしなくても魔王が倒せるじゃないか。そう思ったのが、甘かった。
こいつも魔空空間に入った瞬間に死ぬ。あとは勇者に任せる。とか言って死ぬ。エナジードレインの追加効果である二歳分の歳を取ることに耐えられない。……寿命だ。
なんとかならないか。薬とか若返りの魔法がないかとか、かなり調べた。調査のためだけに、七回も死に戻りを繰り返した。だが、無駄だった。時間も気力も。と言っても、賢者がここに存在する意味はある。この場を攻略するための重要なアイテムを持っている。
「賢者殿。少し、話を伺ってもよろしいでしょうか?」
俺は立ち上がる。ゆっくりとした動作で賢者に近付こうとすると、その横に立つ司祭からの視線を受けた。
司祭でありながら、若く美しい女性。魔法耐性もあり、寿命だって申し分ないはず。熟慮してから選んだ彼女は、神の奇跡を呼吸をするが如く行使する。女神と呼んでもよいのでは? そう思った時期もあった。そもそも、美人と旅をしているだけで生きている実感がある。
などとは、今では考えられない。百回は繰り返して気づいたのだ。美しさに騙されていてはいけないと。
違う。違うぞ、司祭を仲間にしての魔王討伐を諦めたのは、決して、関係が全く進展しなかったから。などという理由ではない。司祭を仲間にしても、魔王を倒すことができないと結論付けなければならなかったからだ。
だからと言って、能力が低かったわけではない。司祭の実力も、常人レベルを遥かに凌駕する。レジェンドクラスと言って良い。十二魔将を片手を振る動作で造作もなく浄化させるほどの能力の持ち主だ。
完璧じゃないか。そう思った俺は悪くない。
ちゃんと働きさえすれば、世界を救う能力があるはずだ。働きさえすれば……。
この司祭には酷い欠点がある。低血圧なのだ。
朝、起きてこない。目眩がすると言って部屋から出てこない。昼頃に、朝・昼纏めて食事をする。さあ、敵の本拠地に向かって進もうとなったところで祈りの時間だ。出発する頃には、かなり日が傾いている。ベッドのある場所でないと眠れない。と言うし、無理に連れ出そうものならば、嫌がらせのように翌日は動こうとしない。
こんな状態では、冒険などできるはずがない。何度も説得を試みた。しかし、「神の御心のみ」としか答えない司祭は、世界を救うことを諦めているよう。寧ろ、滅ぶのを望んでいるかの態度だ。
本音で言えば、また、司祭と魔王討伐をしたい。いや、魔王討伐を名目にして、滅びの日まで期限付きの二人での日常を楽しみたい。
けれども、そんなことは許されない。例え、俺が何度でも蘇り、やり直すことができようとも、この世界の人間は、最大限の恐怖と苦痛を与えられて死んでいく。繰り返し見せつけられる絶望。牢獄のような輪廻の地獄。可能な限り早く終わらせたい。他人のためだけじゃない。自分のためにも、終わらせなければならない。正気を失う前に。
俺はゆっくりとした動作で賢者に近づき、不意の一撃を腹部に打ち込む。くの字になりその場に崩れ落ちそうになる賢者から指輪を抜き取り、左手の中指に嵌める。そして、隣に棒立ちしている司祭の胸元に腕を突っ込む。
動揺している司祭の服から聖水を取り出すと同時に、指輪の力を開放。
「カティノっ!」
半径十メートル程度の効果範囲の魔法。子守唄より効果が弱いと揶揄される眠気を引き起こす魔法だ。無論、目の前にいる賢者と司祭には何の効果も与えていない。
が、
俺は、聖水を抱え込みながら左腕で頭部を防御する。刹那、横からの強い衝撃を受けて弾き飛ばされる。
くっ、呪文行使タイミングが、三秒は遅かったか。痺れて使い物にならない左腕をだらりと下げ、彫像のように眠り込む騎士を一瞥する。寝ているのは、この男だけだが、最大の障壁は取り払われた。
誰もが、唖然としている中、玉座に向かって駆け上る。咄嗟に逃げようとする王に向かって聖水を振りかける。
「き、貴様、何をする」
王が文句を言うが、完全に無視。神剣を奪い取ると同時に居合の要領で首を刎ねる。
ここで、一斉に襲いかかられれば、もう一度、死に戻りやり直す羽目になるが、そうはならない。王を失って動揺した臣下・兵士たちは、茫然自失となっている。
「全員、よく見ろ。王の本当の姿を。この国は乗っ取られていたのだ。魔王の手下に」
静まり返る謁見の間に、俺の声が響き渡る。注目を浴びる中、俺は聖水の力で本来の姿に戻っていた王の首を掲げた。一見すると、人に見えなくもない。だが、人とは明確に異なる特徴、ヤギのような二本の長い角が魔王の手下であることを示している。
「聴け! 俺たち人間は、王、いや、魔物に時間を無駄遣いさせられすぎた。魔王が蘇り、人類を滅ぼす終末の日までに残された時間は僅かだ。このままでは、魔物たちに喰い殺される。だが、まだ、チャンスは残されている。人類の尊厳を護る勇気のある人間は、俺の下に集え。俺が、魔王を倒す方法を教えよう」
大言壮語。随分と偉そうじゃないか。俺は内心で嘲笑する。だが、言っていることは間違っていない。魔王に対して、勇者パーティーで戦いを挑むなど馬鹿げている。世界が滅ぼされようというのだ。全人類で討伐するべきだろ。
俺が、王宮内の臣下、兵士らに命令を下そうとした瞬間、謁見の間を雷撃が襲う。
くそっ、予期していた展開より、かなり早い。俺は、消し飛ばされた左腕の痛みに耐えながら片手で神剣を構える。眼の前に突如現れた十二魔将に向かって。




