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ブラコンお姉ちゃんは弟離れが出来ない。

 俺の姉さんは、五年前に死んだ。俺が一〇歳のときだった。

 広大な領土を誇る国、ルーネリア。その国の中心から離れた、貧しく小さな村で俺たちは暮らしていた。

 ずっと昔から、ルーネリアはギリアとミアラリという二つの国と戦争を続けていた。そんな争いの中、戦争の醜さを微塵も感じさせずに太陽のように笑う姉さんは、村のみんなに愛されていた。

 たった一五歳で姉さんが死んだ理由は単純だった。生まれつきの病弱が故の衰弱死。ずっと姉さんの体はやせ細っていて、貧しい村では遠くの王都でいい治療を受けさせてあげることもできなかった。


 と、どうして俺がこんなことを思い出しているかというと、今まさに俺も姉さんの元へ向かうかもしれない状況だからだ。


「くそ、ギリアの野郎ども。ついにこんな村まで来やがったのか」


 近年になって、ギリアの力が増しているという話はあったが、まさかこの村にまでギリアが来るなんて。中心から遠いとはいえど、国境からの方が距離はあるはずなのに。

 足がガタガタと震えていた。まあ、当たり前か。だって、俺は剣を片手にギリアの連中の真正面に立っているのだから。


「抵抗しなければ危害は加えない。ただ我が国に下り、作物を私たちに献上しろと言っているんだ」


 言ったのは、この村へ攻めてきたギリアの兵を率いる他よりも豪華な鎧に身を包んだ女騎士だ。

 口ではああ言っているが、あれだけの武装をしていて危害は加えないなんて誰が信じるか。姉さんが大好きだったこの村を、俺が守るんだ。

 その場で動かず返事をしない俺を見て、女騎士は呆れたように、


「男ごときが私に勝てるとでも?」


 ゴァ‼ という轟音が、女騎士の拳から炸裂し、横の民家の壁に人が一人楽に通れるくらいの穴が空いた。

 やはり、女と男ではこうも力が違うのか。

 視界のほぼ中心にある剣先が震える手のせいで泳いでいた。


「C級の私に、ただの男が勝てるわけがない。さっさと降伏しろ」


 C級。それは女性の力を表す階級の一つだ。だが、男にはそんな階級は存在しない。

 理由は簡単だ。男には胸がないから。

 人の生命の根源である魔力は、人の胸に宿る。それゆえ女性は男よりも何倍もの魔力を所有し、胸が大きいほど力が強い。

 だから、階級は胸の大きさに比例すると言える。

 巨乳こそ力。それがこの世界の摂理だ。

 でも、それに抗うための秘策が、俺の手の中にある。


「頼むぞ。魔剣さんよ……!」


 俺が握る剣は、村に古くから伝わる魔剣と呼ばれるものだ。

 使役者の命を代償にして英霊を呼び出すことで莫大な力を与える魔剣。

 姉さんの好きだった村を守るんだ。命なんて、くれてやる。

 俺は願った。村を守れる力をくれと。みんなを救える力をくれと。

 その、直後だった。


「な、ん……?」


 突然、魔剣が鮮やかな紫色に煌めいた。紫の光が大量にあふれ出し、眼前に集まっていく。

 その光は徐々にその姿を人へと変えていく。これが、英霊なのか。

 人型の光はその色を人肌色へと変え、まるでそこに実在していると錯覚するほどに人へと変わり、華麗な衣装が英霊を包んだ。

 ……のだが。


「やっほ~~ってね! 久しぶり、アルドっ!」


 キャピピ~ン☆みたいな効果音が似合いそうなポーズをとって、目の前の英霊はそう言った。


「……え?」


「来ちゃった♡」


 てへ、と舌を出して自分の頭を可愛らしくコツンとしている英霊さんは、全く反応のない俺を見て不安と羞恥心が湧き出てきたらしく、頬を赤くして、


「あ、あっれ~? 聞こえなかった? もしかして、英霊って使役者には見えない仕様だった!? やだ、私一人ですっごい恥ずかしいことしたんじゃ――」


「み、見えてるよ!? がっつり恥ずかしがってるところまで見えてるよ姉さん!」


 そう、その英霊は。

 五年前に死んだはずの姉さんだった。

 状況が呑み込めていないままツッコんでみたが、姉さんは生きているかのように驚いた顔で、


「ええ!? じゃあなんでそんな放心状態で虚空を見つめてたの!? もしかして失恋でもしちゃった!? お姉ちゃん心配!」


「そ、そうじゃなくて。姉さんは死んだはずなのに……」


 俺がそう答えると、姉さんは不思議そうに首を傾げた。


「え? うん。死んだよ? でもアルドが呼び出してくれたんじゃない。それで」


 姉さんが指差したのは、俺が手に持っている剣。


「魔剣……?」


「そ! 私、魔剣を媒体にしてやってきた英霊なの!」


 ごめんなさい姉さん。そんな笑顔で言われても俺は訳が分からないのです。


「なんで姉さんがそんなものに? 言い伝えだと昔に名を馳せた猛者が英霊として呼ばれるって……」


「あー、うん。それなんだけど――」


「おい貴様ッ! さっきからこちらを無視して一体どこを見ている!」


 そんな叫び声で、俺は今の状況を思い出した。

 目の前に英霊(姉)がいるせいでかすんでしまっていたが、俺は現在絶賛臨戦中だった。

 ピリついた空気の中、姉さんは女騎士の方を見る。

 なぜか長い黒髪が意思を持っているかのように蠢いているのだが、気のせいだろうか。


「てめぇ、私とアルドの感動の再会になに割り込んでんだゴルァ!?」


 全然気のせいじゃない‼ ただ髪が長くて天を衝ききれない怒髪がうねうねしてるだけだ‼

 女騎士を睨みつけながら、姉さんは俺の持つ魔剣の刀身を指でなぞる。

 すると、綺麗な紫の光が魔剣を包み始めた。


「アルド。私はね、もし病弱じゃなかったらこんな体になっていたらしいの」


 言って、姉さんは自分の胸に蓄えられた大きく膨らむそれを両手で揺らしてみせた。

 なるほど、これはなかなか……って、そうじゃない!

 ブンブンと邪念を振り払っていると、姉さんは笑いながら、


「この胸のおかげでね、本来英霊としてくるはずだった人を倒しちゃったの!」


「じゃあ、本当に姉さんは英霊として……?」


「本当だよ。だからそれを証明してあげる。さあ、アルド。剣を振り上げて」


 言われるままに、俺は剣を上へとかかげた。


「じゃあ、それを畑を耕すみたいに振り下ろしちゃって!」


「え? でもここで振り下ろしてもやつらには届かないよ」


「いいから。やってみて」


 お茶目にウィンクしている姉さんを、とりあえずは信じてみよう。

 えっと、畑を耕す感じで。


「よいしょ!」


 ズガァァァァァァンッッッ‼‼ という轟音とともに大地が割れた。

 唐突に莫大な力が放出され、目の前にいた騎士たちが風に煽られた枯葉のように吹き飛んでいく。

 あれだけの力を持っていたC級の女騎士も、魔剣によって生まれた衝撃波には耐えたが、砕けた大地から飛んだつぶてが凶器となって襲い、他と同様に吹き飛ばされた。

 非現実的な現象の前で俺が放心していると、姉さんが嬉しそうに俺の頭に手を伸ばしてきた。


「おお~! さすがアルドだね~。偉い偉い♪」


 いや、俺じゃなくて姉さんの力なんだけど。

 なんて言い出させる余裕を与える暇もなく、姉さんは頭を撫でてきた。


「あれ? 英霊って、触れるの?」


「あああ!? 本当だ! さ、触れれっうぅ!?」


 テンパりすぎて盛大に噛んでしまっているが、そんなことなど気にせずに姉さんは俺に抱きついてきた。

 俺の顔を大きなたわわに沈めながら、姉さんは深呼吸をする。


「あぁ、幸せ。お日様の匂いがするよぉ」


 昔にもこんなことはあったのだが、当時に比べて胸が大きくなっているために息が全く出来ない。だが、そんな緊急事態には気づかずに姉さんは自分の世界に浸ってしまっているようで、


「やっぱり死んでもアルドのことすっごい心配だったの。ほら、アルドって雷の日は私のベッドじゃないと寝れなかったじゃない? それに、ご飯も私の味付けじゃないといやだって言ってさ」


 く、苦しい。

 バタバタと暴れてみるが、さすが魔剣の英霊。びくともしません。


「ああ~。あの時のアルドの寝顔可愛かったなぁ。寝てるときによだれを垂らしちゃうのも可愛かったし、ご飯のときに口元についてたパンくずも愛らしくて……おっと、よだれが」


 姉さんが口元を拭いた瞬間に拘束が緩んだので俺はなんとか窒息死からの脱出を成し遂げた。

 不満そうな顔をしている姉さんのことよりも、俺が気になっているのは俺のすぐ後ろでもっと理解に苦しむ村の人たちだ。

 あの様子だと、どうやら姉さんのことが見えていないようだ。

 ということは、俺は急に剣から衝撃波を出したと思ったら空気に抱きしめられて窒息しかけているように彼らから見えているはずだ。

 さて、どうやって説明すべきか。


「え、えっと~?」


 なんとか取り繕うためにみんなの元へ歩こうとしたとき、その反対側から軽快な馬の足音が聞こえてきた。

 振り返る。そこには未だに頬をぷくぅ~っと膨らませる姉さん……ではなく。


「敵は強力な武器を所持! 警戒しながら前進せよ!」


 敵の援軍。おそらく、さっきの攻撃の中で助かった兵が助け呼んだのだろう。

 でもまあ、姉さんの力があればなんとかはなるとは思うが。


「あのぉ~。アルド……?」


 完全に無視していたせいで、姉さんは半分泣きそうになっていた。


「あ、うん。どうしたの?」


「あのさ、まだ少しだけあいつらくるまで時間あるからさ……」


 モジモジと恥ずかしそうな乙女の顔をして、姉さんは上目遣いでこう言った。


「膝枕ぁ……させてもらっていいですかね?」


「……え?」


 さあどうする俺。後ろには村人、前からは敵軍。

 こんな中で膝枕、だと……?

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