魔法少女じゃいられない!
数多の電子機器とモーター音、さらにオイルの匂いが充満するこの部屋は、世紀の天才と謳われる戸部博士の研究室だ。
私はプログラム通り、朝の検査のため研究室を訪れたのだが、彼はいきなり私を抱きしめ、頬ずりをしだした。
「やっと魔法少女になれるね、サラちゃん!」
私は訳がわからないと彼を千切り投げようとする。だがプログラムのせいで上手くいかない。
なぜなら私は美少女アンドロイド。
人に危害を加えることができないのである。
「博士、私の夢は神になることですよ?」
「それは無理だよ、サラちゃん」
「では博士、魔法少女も無理です。この世界では変身美少女が限界です」
「限界なんかじゃないよ? 魔法のある世界、見つけたんだ」
無表情の私に、戸部は抱きつきながら熱弁する。
「異世界の写真もあるよ! すごくない?」
彼のあまりのはしゃぎように、脳の誤作動かと脳波を調べるが、全く異常がない。
そんな私に構うことなく、戸部は幸せそうに目を細めた。
「1週間、行ってきて?」
「……は?」
「だから1週間、異世界に行って魔法覚えて、僕の魔法少女になってよぉっ!」
理解ができずフリーズした隙をつき、アームロボットに捕らえられてしまった。もちろんアームロボットを破壊することは可能だ。だが研究所の設備は破壊しないようプログラムが組まれたばかり。
私は瞬く間に白い鉄の棺桶へと入れられ、その閉じた扉の小さな窓を必死に叩く。
だが、私を無視した博士の声が内部スピーカーから聞こえてくる。
『ね、見て、サラちゃん』
戸部が見せてきたのはタブレット画面だ。
そこには黄色の空に、太陽が3つ浮かぶ風景写真が映し出されている。
「そんなCG映像を見せられても」
呆れる私に、彼は弾んだ声で言い切った。
『これが魔法のある異世界!』
そこから見せられたのは、見たことのない植物、奇異な動物、さらに手から炎を吹きだしている人物の写真──
だが、これが魔法だとでも……?
「この画像はどうやって?」
『君が入ってるこの箱でドローンを転移、で、撮影!』
戸部はにこやかに棺桶を叩くが、俄には信じがたい。
なのに、彼の脳波は嘘でもなければ、妄想でもない。
───本当に異世界があると……?
「博士、仮に私が魔法を覚えたとして、こちらの次元だと使えない可能性があります」
『サラちゃんなら魔法解析できるでしょ? 見る限り物質だし。なら、この世界で魔法を再現することも不可能ではないよね?』
「至極まともに聞こえますが、やっていることが異常です」
『可愛い子には旅をさせよって言うし。それにサラちゃんの食事は窒素だし、仮に皮膚が破れてもタンパク質を摂取すれば再生できるし!』
「破壊されたら?」
『この中に入れれば修理可能。あ、こっちの時間で1週間後に回収するね? 体内時計に狂いはない?』
「もちろん」
『では今から168時間後に回収ね』
いきなり棺桶が震えだした。
戸部に起動ボタンを押されたのだ。
『行ってらっしゃい!』
にやけた笑顔に見送られ、すぐに世界が伸びて縮んでいく。
光のない闇がべったりと窓に張りついたが、ものの3秒で景色がぐるりと回り込んだ。
今、この棺桶は、間違いなく外気に触れている。
だが到着の衝撃などはなく、景色がスライドしたようにしか見えない。
私は窓に張り付いて、なんとか空を覗きあげた。
そこには黄色い空と、そして、太陽が3つ───
「異世界……?」
窓越しに危険生物がいないかチェックをするが、人並の大きな生物はこの場所にはいないようだ。
それならと、到着と同時に出てきたボタンを押し、扉を開いた。
改めてきょろきょろと見回しながら頬をすぎる風を解析すると、気温は15℃、湿度は41%、毒素成分はなく、むしろ窒素が多く過ごしやすそうだ。
私は白いワンピースをつまみあげ、地面にそっと足を下ろす。黒い土はとても柔らかく、裸足の足にぐにゅりとからんだ。
「人のいる場所を探すか……」
ススキに似た草のなかを泳ぐように進んでいくが、草をかき分けた眼下に現れたのは、──街だ!
「意外と大きい」
小高い丘の上に転移していたようで、ここからなら、かなり先まで見渡せる。
街は石造りの建物が並び、大きな通りには露店が隙間なく屋根を広げている。耳をすませば喧騒が聞こえるほどだ。
街のふちには20mもの石壁が這い、櫓には鎧の兵士が配備。重々しい鎧と緊迫した雰囲気から、もうすぐ敵の侵入があると予想できる。
眼下にある大きな門が出入り口のようだが、迫る危機があるからか、扉はしっかりと閉ざされているが、もしかすると、ここが国の入り口……?
私は門近くまで行くことに決め、崖から足を踏み出した。
跳ねておりる予定が、計算以上に土がゆるく、足がもつれてしまう。
「……まず、ぃいっ!」
転がるように門の前へと到着してしまった。
「私のワンピース……」
泥ジミの格好に嘆いていると、すぐに兵士たちが私を取り囲んだ。
鉄兜の奥から怒鳴り声を浴びせられるが、その言葉尻から幼い美少女に喜んでいるわけではなさそうだ。
だが、どんな脅しにも私は屈しない。
なぜなら、私は、美少女アンドロイドだから!
……という余裕が相手にも見えたのか、ローブ姿の男たちにすぐさま切り替わった。先ほどより距離が取られた上に、陣形から見て、遠隔攻撃ができるのは間違いない。
「道具なしで遠隔攻撃……?」
腕をこちらにかざす彼らは兵士と違い、顔がはっきり見える。
身長は皆2m前後、肌は浅黒く、耳は長く尖り、紺色の長い髪が特徴。顔や腕の刺青が浮き上がって見えるのも特殊だ。さらに付け加えれば、彼らは美麗な人種であるのは間違いない。
その兵士たちを割って1人の男が現れた。
頑丈そうな黒の甲冑をまとう男は、皆から軽く頭を下げられている。リーダー格のようだ。
───言語解析終了。
この報告音とともに聞こえた声は、
「少女は処刑だっ!」
全然意味がわからない──!!!
私が言い返す間もなく、炎の柱が注がれる。
素早く体を丸めるが、身にまとったワンピースは簡単に灰にされ、髪も焼け落ち、肌も溶ける。
何秒続くかと覚悟したが、たったの67秒で炎が止んだ。
「立つぞ……!」
囲む兵士に目を配りながら、私はボディチェックをはじめる。
鉄を溶かすほどの熱でなかったのはありがたい。服と皮膚、髪が犠牲になっただけだ。
足元を見ると、暑かったのかカエルのような生き物が土から這い出てきた。蛋白質の塊であるのは間違いないため、私はそれを摘むと丸呑みする。
おかげで、元のきれいな体に37秒で戻せたが、服だけは戻らない。
幼い見た目とはいえ、裸体を晒しつづけるわけにもいかず、私は覚悟を決めると声を放った。
「シャインよ、闇の力を払い、神の翼を授けよっ!」
私はこれが大嫌いだ。
ただ着替えるだけなのに、このセリフを言わないと発動しないなんて……!
光の粒子が体を包み、見る間に服が構築されていく───
純白のフリルたっぷりのスカートがぽよんと生まれ、チューリップ型の丸袖がぽわんと肩を覆う。肘から手にかけ小さなリボンがぽんぽんと弾み、それが白い手袋となる。白いブーツがつま先から膝へとフリルとともに伸び、最後にバラをかたどる白く大きなブローチが胸で咲けば完成だ。
「シャインの裁きを受けなさい! フレッシュ・シャイン! サラ、参上っ!」
太ももに内蔵されていた手のひらほどのスティックを掲げ、私はポーズをとらされる。
すべてプログラムがされているため、動きは滑らか、声も表情も可愛い。背中には光で白い羽が描かれ、まさしく絵に描いた『魔法少女』である。
「……はぁ」
私は大きくため息をついて心を落ち着かせた。
だが顔を上げると人がいない。視線を下に向けると、ひざまづく男たちが……!
あまりのギャップにたじろいでいると、処刑を告げた甲冑男が顔をあげ、私に言い放った。
「翼ある少女とは! あなたは、神の遣いサーラ様ですね!」
神の遣い──
「そう、私は神の遣いサーラだ」
これはのっかるしかないっ!!!
もしや私が神になれる、第一歩ではっ?!
跪く人々から感動の眼差しが向けられ、私が恍惚の表情でそれを受け止めていると、甲冑男が立ち上がった。
兜を素早くぬぎ、小脇に抱えると、私の手を取り深々と頭を下げる。
「どうかヒュズ国の侵略から、私たちをお救いください」
ヒュズ……?
「1万の軍勢が迫っております。ここはダークエルフの国ラクゥイ。私はこの国の第一王子、カダと申します」
甲冑男、もとい第一王子カダは、私の手を掴むと歩きだした。
「軍備を整えましょう。ヒュズ軍は白き少女の軍隊。ですがサーラ様がいれば絶対勝てますっ!」
どうりで、私を処刑しようとしたわけだ……
私は矢継ぎ早に話すカダの話を聞き取りながら、この危機をどう乗り越えようかシミュレーションを始める。
まずは地形の解析からか。
そう、全ては、私が神になるための下準備!
「………絶対、勝つ!」
───このヒュズ戦は私の初陣であり、熾烈を極めた戦いのひとつ。
だが、この勝機となったのはいうまでもなく、この私、神の遣いサーラの戦略にあった───




