リリィ女皇陛下
GW中に、ある程度骨組みを組んでいたお話を投稿します。
港から凱旋道へと続く坂道を抜けると、そこは大歓声の坩堝だった。ディノが余裕を持って歩けるほどに幅が広い道の両脇には、満員電車もかくや、といったレベルで人々が立ち並んでおり、俺とディノの姿を認めると、一斉に歓声をあげる。
両脇にある建物の2階からも、まるでトコロテンのように人々が飛び出しており、こちらに手を振ってくれている。そうした人々を、兵士が制止しているのだが、その兵士もこちらが気になるらしく、チラチラと視線を動かしているのが見て取れた。
『すごい…オニイチャン、人がいっぱいいるよ。それに元気だねぇ』
「うん、いっぱいいるし、元気だね…」
目を丸くしながら話しかけてくるディノ。俺も想像以上の歓待振りに、正直驚いていた。大目玉がそれなりに強力な魔物だということは知っていたが、俺の様な得体のしれない存在を、ここまで歓迎してくれるとは予想外だ。正直なところ、卵とか投げられたらどうしよう、とか考えていたから、安堵すると共に、とても嬉しく感じられた。自然と笑みが浮かんでくるのを自覚しながら、こちらに手を振ってくれる人たちに、夢中で手を振り返す。
『綺麗な街だね、オニイチャン。道のレリーフが、よく見ると、動物になってるよ?』
「えーと、どれどれ…本当だ、あれはライオン…あっちはネズミかな?」
『えー、違うよぉ。猫さんとリスさんだよ。じゃあ、あれは?』
笑顔を浮かべて、手を振り返すのは忘れずに。しかしディノと道にはめ込まれたレリーフの当てっこをしながら行進を続けた。正解なんて分からない訳だけど、ただお互いの考えを言い合うだけで、とても楽しかった。
30分ほど凱旋道を進むと、広場の様な場所に出た。広場の中心には、立派な柱で支えられた、円形の豪奢な建物が存在した。これが話に聞いていた帝国議事堂なのだろう。だとすれば、柱の間に祀られている純白の彫像が『13英雄神像』か。像の一つ一つが漆黒の素材で作られた武器を掲げており、それらの武器は現実世界でいうところのアトリビュートにあたるのかもしれない。
「あ、あの…黒騎士殿。その、ですね。帝立第一学府の生徒代表が、是非とも黒騎士殿に花束を渡したい、と申し出ているのですが…いかがいたしましょうか?」
議事堂の荘厳な雰囲気に感嘆していると、レオナがかなり慌てた様子で話しかけてきた。どうしたんだろう、目が凄く泳いでいるように見えるんだが…。そして生徒代表がお花を、ってのはアレかな。外国から来た王族やらに小学生なんかがお花を渡すやつ。現実世界でもほのぼの系ニュースとしてたまに見た覚えがある。これを断るとか、大顰蹙にも程があるだろう。
「そうですか、それは嬉しいですね。ありがたく受け取らせていただきます」
「ほ、本当ですか…!!ああ、やはり貴方は素晴らしい人です!!」
そこまで評価されるようなことだろうか。もしかしたら、こっちの世界基準ではこうしたイベントはスルーしてしまうのが普通なのかもしれない。しかし、せっかく花束を用意してくれたのだ。その気持ちはとても嬉しく思うし、ぜひ受け取りたいとも思った。なので、レオナに導かれる形で、ディノから一度降りて議事堂の前まで歩いていく。
議事堂前は場所柄のせいか、兵士の数が非常に多く、そして広場めいた場所でもあるので、観衆もまた多かった。その中心に、黒い制服のような服を着た、地味な感じの女の子が大きな花束を持って直立している。年の頃は多分高校生くらい。伸びた髪が鼻の辺りまで伸びていて、視線が分かりにくい。なんというか、教室の後ろの席でブックカバーで包み隠された本を黙々と読んでいる女の子、というイメージが頭に浮かんだ。周りの人にも、なんとなく話しかけにくいって思われてる感じの。
そんな感想を抱きつつ、女の子の前まで歩く。間近にまで来て分かったが、女の子はとても緊張しているようだった。髪の毛の合間から見える瞳が、せわしなく、助けを求めるように動き回っている。立候補でこの役目を引き受けたのなら、もう少し堂々としてそうなもんだが。…これはあれか、休んでいたら代表者をなすりつけられたパターンか。
「緊張しなくても、大丈夫ですよ。さぁ、花束を頂けるのでしたね?」
膝をついて、彼女の瞳を下から覗き込む。それからゆっくりと、彼女の呼吸に合わせる様に言葉を紡ぐ。そして花束を受け取れるように両手を広げた。緊張で頭が真っ白になっている時は、口頭で何をするべきかを教えてもらえると、とても助かる。相手が、しなくてはならない行動を行い易いように動いてくれれば、なおありがたい。…俺も学校を休んだら、文化祭実行委委員長にされてしまい、色々と苦労したことがあるから、彼女の苦悩は分かり過ぎるほどに分かる。
「は、はい…これを…どうぞ…」
消え入りそうな声で、なんとかそう呟くと、女の子は突き出す様な形で花束を差し出してきた。うんうん、分かるよ。一刻も早く花束を渡して、自分がしなくてはならない役目を終わらせたいんだよな。突き出された花束を、自分が出来る限り最上級の笑顔を浮かべて受け取った。
「とても綺麗な花束ですね。ありがとう」
お礼を言いながら立ち上がる。すると、女の子の後ろに控えていた兵士たちが、尊崇に満ちた面持ちで、こちらを見ているのが視界に入った。周囲の歓声は既に万雷のように広場を満たしており、何処からか、美しい花びらが撒かれていた。レオナに至っては、小さくガッツポーズをしている。…どういうことだろう。この一連のイベントの何処にそこまで彼らの琴線に触れる要素があったのだろうか。そんな事を考えていると、不意に威厳を感じさせるような笑い声が聞こえてくる。発生元は…目の前の女の子からだった。
「見目が良いとは言えず、また自身の役目すら忘却してしまっているような者に、ここまで優しい対応をしてくれるとは。更にそれだけの力を持ちながら、地に膝をつけることを不快と思わぬ謙虚にして清廉なる精神。素晴らしい、まさに騎士道の体現者よ!!余は確かに貴君の慈愛と高潔さに感じ入ったぞ!!」
ドロン、と白い煙に女の子が包まれる。ああ…なるほど。これは展開が読めた。確かに、古今東西の物語においてこの手の話は珍しくない。不明点の多い俺を品定めするには、非常に有効な手段だ。俺でも、可能であるならば、多分同じような作戦をとると思う。
「ガルフレイク亜人商業連合にようこそ、黒騎士よ。我が名はリリィ・ミュセーオン・ガルフレア。大英雄ガルフレアの末にして、この国の女皇である。歓迎するぞ」
煙が消え去ると、そこには先程までいたはずの、地味な感じの女の子ではなく、小学生くらいの少女が佇んでいた。赤みを含んだ豪奢な金髪。くりくりと愛らしい鳶色の瞳。整った眉目からは、年相応の好奇心と、強力な生命力が放たれている。瀟洒な刺繍の施された真紅のドレスを着こなすその姿は、権威の象徴として、そして帝位を預かる者として十分な威厳を誇っていた。
「おっと、畏まる必要はないぞ。余はお主が気に入ったのだ。気負わずに接するがよい」
再度片膝をつき、頭を垂れようとしたのだが、機先を制された。ええと、こういう場合は確か…
「しかし、御身は偉大なる大国ガルフレイクにおける、権威の頂点。礼を失するわけには…」
「よいよい。この場にいる全員を証人とし、余が許すぞ」
「かしこまりました。それでは…リリィ女皇陛下、お初にお目にかかります。名乗る名はまだありませんが、巷では黒騎士、と呼ばれている者です。貴女様にお会いできたこと、非常に嬉しく思います」
ガルフレイクにおいて目上の者が礼儀や相好を崩せ、と言ってくれた場合は、一度目は謙遜し、二度目は必ず受諾するのが礼儀らしい。なので、片膝はつかずに、しかし最敬礼は行いながら挨拶を行った。また、言葉使いも『ご尊顔を拝することが出来まして恐悦至極~』みたいな堅苦しい物ではなく、やや目上の者にするようなものに留める。
「うむうむ、よきにはからえ。…ところで、黒騎士よ。早速で悪いのだが、一つ余のお願いを聞いてはくれんかの?」
「はい、お聞かせください。お応え出来るかどうかは、聞いてみなければ分かりませんが…」
なんだろうか。リリィから悪意のようなものは感じられないが、一応心の中で警戒しておく。リリィは頬を少し赤くしながら深呼吸をして、こちらを見据える。そして…
「頼む、龍に乗せてくれ!!憧れだったんだ、龍に乗るの!!」
そう、一大決心を告白するように、言い放ったのだった。
「うわあああああ!!高い、高いぞ!!黒騎士、龍って凄いなぁ!!」
先程の威厳は何処へやら。ぴょこぴょこと飛び跳ねながら、興奮気味に感想を語るリリィ。これはガルフレイク的にどうなんだろう、とか思ったのだが、周囲の兵士達の反応を見るに、日頃からこんな感じで、好奇心を追及していたりするのかもしれない。なるほど、確かに気さくな女皇だ。
あの後、ディノにリリィを乗せても良いか聞いてみたのだが『きゃー、ちっちゃくて、かわいいの!!いいよ、オニイチャン!!』とノリノリで快諾してもらえたので、リリィは今、俺に抱えられる様な形でディノに騎乗している。流石に不敬過ぎるんじゃないかと内心、冷や汗をかいていたのだが、観衆や兵士達の『皇女陛下が嬉しそうでなによりです』といった反応を見て、気にしないことにした。
リリィはミラージュフォックスと呼ばれる希少種族なのだそうで、短時間であれば専用の魔道具を使って、他人に変化することが出来るらしい。その際に性格は、変化した対象のものに限りなく近くなり『演技していない演技』が可能になるのだとか。
今回はその能力を使って、黒騎士という存在がどのような人物なのかを見定める為に、議事堂周辺の人々全員を巻き込んで一芝居打ったのだそうだ。あの騒ぎの後、ディノに乗りこんだリリィがおずおずと『怒ったかの?』と聞いてきたのだが、全く気にしていない旨を伝えると、感謝するぞ、と呟いた後に可愛らしい鼻歌を歌い始めた。現実世界では、一生独り身だろうなぁ、とか考えていたけど、子供ってのは良いものだな。かわいい。
件のお芝居に関して言えば、悪印象は抱いていないし、むしろ好ましくさえ思っていた。変化の術は、もっと意地の悪い使い方をしようと思えば、それが出来る能力だ。にも関わらず、リリィは俺がどのような人物なのかを探る、という程度の目的にあえてそれを使用し、種明かしすらしてくれた。これは、俺が余計な疑念を抱かないように、という配慮からの行動だと思う。その配慮を軽率だ、などとと笑う事は、俺には出来なかった。
今だって、こうして俺と一緒に行進してくれている。それは女皇陛下御自らが『黒騎士は信頼できるぞ』と喧伝してくれているのと同義だと思う。更に、あえてそれを言葉にして、貸しにしようともしない。…自然と、心が暖かくなるのを感じた。
まぁ、リリィがここまでハイテンションなところを見ると、龍に乗るのが夢だった、というのも理由としては大きいのかもな、とか思ったりはするのだが。片手でリリィをしっかり支えつつ、もう片方の腕では、観衆に手を振りながら、そんなことを考えるのだった。
「改めて歓迎するぞ、黒騎士よ。お主の活躍により、我が国は甚大なる物的・人的被害を被らずに済んだ。そなたの活躍は、このガルフレイクの歴史に、絢爛たる賛美と共に刻まれるであろう」
「はい、女皇陛下から直々に、そのようなお言葉を頂けたこと…光栄の至りに存じます」
皇宮に到着した俺は、リリィに手を引かれるようなかたちで、皇宮の奥にある謁見の間までやって来ていた。皇宮は、豪華というよりは落ち着いた趣のある洋館だった。想像していたよりも、こじんまりとしているように思ったが、実際に生活する事を考えれば、これくらいの広さの方が良いのかもしれない。
ちなみにディノは、さすがに謁見の間には入れなかったので、庭園内を散歩してもらっている。暗黒大陸では見たことがない種類の木々や花々が気に入ったらしく、鼻をすんすん鳴らしながら、上機嫌な様子で散歩に旅立っていった。
ここまで俺を先導してくれた聖月騎士団は、剣を顔の前に掲げて、謁見の間の両脇に控えている。そして、リリィの横には、立派な髭を蓄えたウサギ耳の老人が佇んでいた。彼がリリィの摂政であるムーア・ドライセルなのだそうだ。優しげな面持ちをした人で、好々爺然とした賢者、という印象を持った。
「出来ることなら、恩賞やこれからの生活についても、ここで取り決め、確約してやりたく思うのだが、妾は政治とは隔絶された身。申し訳ないが、そうしたものは後日、宰相であるヴィルヘルムと交渉してもらいたく思うのじゃ」
「はい、御身の立場は理解しているつもりです。そも、私としては金銭的な恩賞の類は必要としておりません。私が願う事は、ただ一つ。当たり前に生きていても良い、という皆様のお許しのみですので」
この発言に、リリィは驚いたような表情を浮かべた。横に控えていたムーアが、何がしかをリリィに伝える。その伝えられた言葉を聞いて得心がいったようで、リリィは静かに、しかし悲しそうな色を瞳にたたえて、こちらをみつめてきた。…今までの歓迎振りから勘違いしそうになってしまうが、基本的に俺はどの国にも属していない存在だ。ちょっとした拍子に、排斥の対象になりかねない。
「そうか…お主、ままならぬ身の上なのじゃな。妾にしてやれることは限られるが、困った時は、必ず妾に相談するのだぞ。その…話を聞いてやることくらいは、出来るからの」
それは、皇女という立場を考えれば、最大限の言葉なのだと思う。玉座から少し身を乗り出す様に、こちらを覗き込んでくるリリィ。レオナとシロディールも、そして聖月騎士団の人々も、姿勢こそ動かさないものの、気遣わしげな視線をこちらに向けてくれている。
ありがたいことだ。この世界において、異物でしかない自分を心配してくれる人がこんなにもたくさんいる。瞳が潤むのを感じながら、でも気恥ずかしくて、それが頬を伝わないように瞬きをする。
「…重ねて、ありがとうございます。皆様のご厚意に、心から感謝しています」
なんとか、それだけの言葉を紡いで、リリィをみつめ返した。リリィはその視線にうむうむ、と頷いた後はにかむような笑顔を浮かべた。おひさまに咲く花があるのなら、きっとこの笑顔のような、可愛い花だと思う。
「うむ、良い顔じゃ。妾はお主のことが本当に気に入ったぞ。…そうじゃ黒騎士よ。いつまでも名前が黒騎士、ではなんとも締まらぬと思うのじゃが…。どうじゃ、なにか仮の名前で構わぬから、名を名乗らぬか?それくらいであれば、妾の力でもなんとか出来るぞ」
「そうですね…では、黒の騎士、をもじってこれからはクロノ、と名乗りたいと思います」
「クロノ、か。クロノ…うむうむ、良い名じゃ。これからよろしくの、クロノよ」
名前に関しては、他に適当なものが思いつかなかったし、今回の行進や会見で、緊張から取り乱したりしなかったのは、クリスのペンダントのお蔭だ。…それに、俺がこの名前を名乗ることにした、と聞いた時のクリスの顔を見てみたいな、とも思ったのだ。多分、呆れられてしまうだろうが。
「よし、それでは会見はこれくらいにしておくかの。クロノよ、船旅とここまでの行進で疲れたじゃろう。迎賓館の準備が整っておる故、そちらでゆるりと休むが良い。レオナ団長、案内してやってくれ」
はっ、とキビキビとした動作でレオナはその言葉に答え、俺の横まで歩いてきた。その頬は隠しようがないほど緩んでいるし、瞳も心なしか潤んでいるように見えた。…レオナの手を取って、走り回りたくなる気持ちを、どうにか抑え込んだ。胸が、頬が暖かくなるのを感じて、つい視線を窓の外に向けてしまう。
「それでは迎賓館にご案内いたします。…クロノ殿」
とても感慨深げに、俺の名前を呼ぶレオナ。名前を名乗った、ということがとても象徴的な事の様に感じられる。俺は、今この瞬間に、この世界に根付くことを選択したのかも知れない。もし仮に、元の世界に戻る方法が見つかったとしても、俺は最早戻ろうとは欠片も思わないだろう。レオナに先導されながら、俺はこの世界で生きて行く覚悟を決めた。
ついに主人公が名前を大々的に名乗りました。これからは表記を黒騎士、からクロノ、に変えていきたいと思います。
執筆する為に、読み直さないといけない話が増えてきましたので、執筆時間が飛躍的に増加しています。次回からは、週1くらいを目指しながらの投稿になると思います。
【アトリビュート】
持物、とも。西洋絵画や彫刻において『○○を持っていたら聖人○○である』といったように、判断の材料にするために描かれたり、取り付けられる持ち物のこと。
【ムーア・ドライセル】
前帝王。白髪で赤い瞳。67歳。好々爺然とした見た目その通りの人物であり、柔らかな口調と、確かな見識から『家』の子女に有職故実を教える教師を務めている。リリィを実の孫の様に可愛がっており、影に日向に、彼女を支えている。髭と耳の手入れには2時間かけていたりする。




