二
「はぁ」
翌日溜息が更に加速するテツが教室の端っこで肩身狭く座っていた。昨日の不良との喧嘩のせいで先生から説教を受け噂は更に拡大。とうとう真砂の番長というあだ名までつけられたと小耳に挟んだ時ははテツは爆笑してしまう。
三十過ぎたおっさんが高校の番長なんてギャグにしか聞こえない。しかし噂の力は大きく教室に入ると昨日よりも空気が悪く。隣の女の子は肩を震わし、クラスメイトの顔から笑顔は消え誰もが張り詰めている顔になっていた。
「はぁ二日目にして欝だわぁ~」
朝のホームルームも不穏な空気の中進められ、一時限目の授業が始まるまでのささいな休憩時間でさえも苦痛になる。
「どらぁあああああ!! てめぇかぁ」
いきなり教室の扉は開けられ腰パンで左右に頭を振りながら歩いてくる少年……昨日と同じ類の不良がテツの目の前でガムを噛みながら見下ろしてくる。
「最悪だ」
そう呟いてしまう。思ったより遥かに真砂高校は不良が多いらしく、どう見ても昨日の仕返し。これで噂ではなく確実に番長ルートが確定したのかと天井を仰ぎ大きく溜息を吐く。しかし不良少年は喧嘩を売るわけでもなく叫びだした。
「姉御!! こいつですぜ!!」
その女が登場すると時代は変わった。スカートの丈は足首まであり、黒く長い美しい黒髪を汚すようなマスクで口を隠し鋭く光る目で睨みつけ、片手に持った木刀を肩に乗せ現れたのは……まさに昭和のレデュース。昭和からタイムスリップしてきたような女ヤンキーがテツの前に立つ。
「昨日は子分を可愛がってくれたね。あたいは紅孔雀、真砂の番を張っててね黙って見過ごすわけにはいかないんだよ」
テツの思考が焦りから止まってしまう。体を凍りついたのように動かず目の前の女ヤンキーだけでも強烈なのに名乗った名前は紅孔雀――…それは爆発するような感情だった。どんなお笑い芸人よりも面白く時代とのギャップという調味料も重なりテツは本能に従う。
「エフ、エフ……フフ。フフ、フフ、アハハハハハハハ!! おい聞いたかよ皆ぁ~ここここの女こんな格好でべべべべ紅孔雀だってよぉおおお~ブハハハハハ!! ひぃいいいいいい」
椅子から転げ落ちて床を転がり力の限り笑ってしまう。笑うと腹筋が痛むが止まってはくれない。テツは笑いのツボを押され悶絶しまくり笑い続けていた。
「あたいを馬鹿にしてるのかい!! いい度胸だ顔貸しな!!」
「ウィイイイイイ!! 今時あたいってねぇだろぉおおお!! ウヒィイイイイ腹いてぇ!!」
「こいつ!! お前らこの馬鹿を引っ張ってきな」
結局笑いすぎてまともに動けないテツを不良達が抱え連れてこられたのは体育館裏。煙草の吸殻があり不良の溜り場に連れてこられたテツはようやく笑いの地獄から解放されつつあった。
「なぁ紅孔雀……ププ。いや失敬、聞きたいんだがお前なんでそんな事してんだ?」
「うるさい!! お前みたいな奴が一番頭にくるんだよ」
紅孔雀の第一印象は反抗期をこじらせ社会的に反抗したい若者。男だったらわかるが女である事が悪く、酷い結果を招いたのであろうと想像出来てしまう。
「なぁ紅孔雀。お前友達いないだろ? 同世代の女子なら間違いなく近寄らないだろうな。近寄ってくるのは不良ぶった男……どうせお前の体目当てだろうな」
セーラー服の上からでもわかるほどに紅孔雀のスタイルはよく胸は大きく腰は引き締まっていた。男なら誰しもが振り向いてしまう体だが、その他で台無しにしている。
「ここまであたいをこけにしたのはお前が初めてだよおっさん。覚悟しな」
「おいまさか喧嘩しようってんじゃねぇよな!! 勘弁してくれよ」
「うるさい!! お前ら手を出すんじゃないよ!!」
無駄に男らしく子分に命令すると木刀を構え大きく息を吸う。体の真ん中を割るように真っ直ぐ構えジリジリと間合を詰めてくる。テツはさすがに女相手はなぁと思っていたが一撃目でその考えが変わってしまう。
上段から振り下ろされた木刀の一撃を寸前の所で避けるが、その綺麗で力強い一太刀でテツの顔色が変わる。まともに食らっていたら頭が割れてもおかしくない。木刀という特性を理解しその能力を存分に引き出す技量が紅朱雀にあった。
「こんなおっさん相手に勝っても自慢にもならないぞ。冷静になれ」
「うるさいって言ってるんだ!! てめぇの脳天かち割ってやる!!」
冷静さを失ってる割には腕がいいと厄介な相手でテツが足を使い距離をとる。リーチでは当然負けているが体育館裏が思ったより広く距離を離しながら戦える。実はある理由でテツは喧嘩が得意だ。喧嘩慣れしているわけではないが、ある男のせいで並大抵の奴には負ける気がしない。
「姉御やっちまえ!!」
子分の声援を受け紅孔雀は一気に飛び込んでくる。構えは先ほどと同じく上段からの振り下ろし、手ではリーチで負けてしまうとテツは足を伸ばす。紅孔雀の膝に踵を押し付けると激痛でバランスを崩しその瞬間にテツの拳は入り込んでいく。
「痛ッ!!」
紅孔雀が痛みを感じた頃には体が地面に向かい吸い込まれるように倒れれいる最中……そこから見えたのはテツの拳が下から這い上がってくる光景。まるでスローモーションを見ているように遅く感じ防御のために片手を上げたが間に合わない。
防御するよりも速くテツの拳は紅孔雀の顎先を撫でるように掠らせ意識を奪う。糸の切れた人形のように地面に沈むと子分達が一斉に群がり心配の声を上げていく。
「驚いたな。最近の女子高生はこんな物騒なのかよ。おらお前らどけ」
意識を失っている紅孔雀を抱きかかえテツは保険室に向かう。一応は専門の先生に見てもらわないと後味が悪く保険室の扉を開けると無人。
「はぁ~……授業さぼって女番長と喧嘩かぁ~」
ベッドに寝かせると窓を開け溜息をつく。これで完全に薔薇色の学園生活は終わった。寝息を立てる紅孔雀に気付きマスクのせいで苦しそうと外してみると。
「……」
惚れた――スタイルもいいが顔も妖艶で美しくテツは惚れた。基本的に可愛い女性や綺麗な女性が現れるとテツは惚れる。しかし惚れるばかりで勇気がなく行動に出れない悲しいおっさん……一瞬高ぶった鼓動を沈め窓際に座り青空を眺めて言う。
「綺麗だな。可愛いな。紅孔雀お前最高だ」




