二
「すまなかった!!」
生徒指導室から解放された矢先に紅孔雀に現れ突然頭を下げられテツは驚く。生徒の通りが多い廊下で頭を下げられ回りから好奇心と不穏な視線を突きつけられテツは紅孔雀の手を引く。これ以上人目につきたくなく溜り場の体育館裏まで走りぬき息をつく。
「なんだよ突然!! お前番長だろうが!! また噂流れたらどーすんだよ」
足首まであるスカートと背中まで伸びた黒髪を揺らしながら紅孔雀は少し話しづらそうに伝えてきた。
「この前は親父達がお前に酷い事したと聞いたから……とにかくすまなかった!!」
「あ~あれね。うん、酷い目になった。お前の親父さん本当に怖かったわ」
溜息を漏らしながら日影のアスファルトに胡坐をかき紅孔雀が座り口を開く。
「さすがに引いたよな。暴力団の娘なんて知れば皆離れていくよな、今じゃ悪に憧れてるよーな男ばかりしか寄り付かない様さ」
「うん、さすがに引いたわ。じゃあな」
テツも暴力団の娘なんて奴に関りたくない。関っていい事なんて何一つないと言い切れる。紅孔雀を置いて立ち去ろうと背中を向けて数歩歩き関係を断ち切ろうとするが。
「……グス」
鼻をすする音が歩を止めてしまう。振り返ってみれば肩を揺らしながら頭を落とす背中が見え良心が痛んでしまう。しかしここで手を差し伸べてしまえば暴力団との関係を作り、援助してくれてる橘鉄郎にも迷惑がかかり立場が危うくなってしまう。
「ふぅ~俺も三十三だ。子供みたいな感情に流されるな~よしよし」
可哀想とは思うが奇跡的な幸運で掴んだチャンスを一時の感情で捨てるわけにはいかないとテツは心を鬼ではなく無感情にして体育館裏を去った。
「はぁ」
午後の授業を受けながら後味の悪さを引きずり窓の外を見上げる。
「別に付き合いが長いわけでもねぇし、むしろ喧嘩ふっかけてきた奴で暴力団の娘だぁ~ふざけるんじゃねぇよ~」
自分に言い聞かせ納得させようとするがどこか気持ち悪い。これぐらいの感情制御できなくてはこれからやっていけない。無事卒業するまでは平穏にと考え心を落ち着かせ授業を受け放課後に誰より先に教室を出る。
「ささっと帰って寝て忘れよ」
文房具店つくしの前を通り長い坂道を登ってる途中に広場がある。通称挑戦広場。砂地と雑草しか生えていない、蟻地獄がよくいると昔からの馴染みの広場でテツの足が止まってしまう。
「おいおい紅孔雀じゃねぇか」
百八十を越える男と対峙していた紅孔雀の顔は大きく腫れ上がりマスクには血までついている。周辺にはいつも体育館裏で紅孔雀を慕っていた不良達がうめき声を上げて倒れていた。
相手は他校の生徒だと制服を見てわかる。五人の集団で紅孔雀を取り囲み大男が殴りかかっていく。一応はタイマンに見えるが邪魔するように周りから蹴りと入れられ上手く動けてない。
「どーした女番長!!」
大男の動きを見てテツはすぐボクシングの動きだとわかる。それも部活レベルではない、あきらかにジム通いの動きで紅孔雀の顔を殴り続けていく。
「……まぁそーなるわな。いくら木刀が上手くたっていつかはあーなるもんだ」
遠間から眺めていると紅孔雀は好き勝手殴られ蹴られても何度も立ち上がり向かっていくが無駄。大男の技術の前では無力……いくら喧嘩に自信があってもプロの技術が混ざると世界が変わってしまう。大男はおそらく毎日ジムに通っているのだろう、動きにキレがある。
「さ、帰るか。俺には関係ない」
背中を受け自宅に向かい歩き出そうとするが足が前に出ない。
「おいおい俺の下半身ちゃんよどーしたよ」
ここで紅孔雀を助けてしまえば暴力団との関わりが出来てしまう。一般の思考を持っていれば絶対にしない事……人は自分を守るために人を平然と見捨てるんだ。テツはいつも見捨てられてきた、信じた人に裏切られた経験は今でも忘れない。
「――…ここで出て行くのは馬鹿野郎だ。もっと先を見ろ俺!! ここで正義のヒーロしても何にもなんねぇぞ、なんにも」
大人になれと自分に言い聞かす。もう子供ではないんだ、ここで見捨てても誰も責めない。そう頭の中で繰り返しながらようやく一歩を踏み出す。
「はぁ」
本当に自分は馬鹿だと思う。何を考えてるんだやめろ、やめてくれ。心で叫びながらテツが踏み出した先は反対方向で紅孔雀への道のりだった。
「うぉおおらぁああああ!! 俺が真砂の裏番長だぁああああああ!!」
誰も責めないけど、テツ自身が責めてしまう。




