一
幼稚園に通ってた時代に洋子とテツは出会う。お互い気があったのか毎日一緒に帰り休日には家族同士の付き合いで遊ぶ事もあった。そんな日々で洋子にテツは言われる。
「お嫁さんになってあげる」
テツは幼き頃の記憶だが鮮明に覚えている。なぜなら人生で最初で最後の告白を受けたからだ、テツはもちろん笑顔で頷いたが小学生に上がる時に洋子は両親の都合で引越しそれ以来今に至るまで接点はなかったが二人は出会う。
「久し振り!! テンション上がるわぁてっちゃん!!」
面影を少し残し成長した洋子は成熟した女性の色気を出し笑顔を出す。テツも絵に描いたようなベタな展開だが幼き頃に結婚を約束した洋子に出会い心が躍りだす。茶髪のセミロングでスーツ姿の洋子を観察し興奮していると一つ気になる物が見えてしまう。
「あの~洋子ちゃん……それって」
「あぁこれ」
手を上げると人差し指に光る指輪。頭の中ではこれから再会した幼馴染とのラブストーリーでいっぱいだったテツは現実を知る。もう三十三の女性だ、婚期を逃してるはずがない。理解はしているがどこか悔しい気持ちで胸が張り裂けそうになっていると洋子から意外な言葉が出る。
「これ前旦那のなのよ。あいつは駄目だったわぁ~顔がよかったけど金がないなんて論外だわ」
「え、洋子ちゃん」
「結婚したら借金がありましたって言われたのよ!! 信じられる!! たく男は金だってのに~あ~やだやだ」
生徒指導室は他の生徒教師が入らず二人っきりで洋子は机に肘をつき溜息を吐きながら前の旦那の愚痴を散々吐いていく。テツは開いた口が塞がらない。外見も申し分ない美人な幼馴染が男は金だの外見だのと言いながら煙草に火をつけていく。
「んで、てっちゃんなんで喧嘩したの? 子供の頃は可愛い奥手な子だったのにねぇ」
「三十年ぶりに再会した幼馴染がウルトラビッチになってた……しかも三回も離婚とか……へへ」
「ちょっと今なんて言った!!」
眉間を指で抑え溜息を漏らし首を振ると洋子が椅子を転げさせ勢いよく立ち上がる。
「ひまわり組で洋子ちゃん好きな男なんてクラスの半分もいたのに、神様なんでだよ~なんでこんなビッチになったんだよぉ」
「あのね!! 人間変わるのよ!! てっちゃんだって綺麗な水飲んだまま大人になったわけじゃないでしょ!!」
「舐めるなビッチが!! 俺は心も体も綺麗なままだ!! わかるか!! 童貞だ、お前のような男を食い物にしてきたビッチとは違うんだよ」
先ほどまで炎のように怒り狂った洋子の目が哀れみに変わっていく。口を抑え肩まで震わす。
「お前は今この歳で童貞だから可哀想と思ってるんだろ? だがなビッチ、貴様の歳で離婚も三回も繰り返してる方が酷いんだぞ? わかるかぁ~」
嫌味ったらしく指を指しながら喋ると洋子は叩き落とし椅子を戻し座る。煙草の煙を肺に入れ一服するとテツと同じく溜息を漏らす。
「だいたいなんで高校通ってるのよ。てっちゃん私と同い年でしょ? 先生の間でも話題になってるのよ」
「フフ詳しい事情は省くが俺はなんと橘コーポレーションの総帥の隠し子で、その権力で高校に通っているんだ!!」
「……悲しいわね。三十年以上童貞を貫いて現実から思考を抜け出す魔法を手に入れたのね」
テツには洋子の哀れみの視線はまったく痛くもない。心地がよいくらいだ、洋子が妄言と思っている事は全て事実で精神的に上に立っているからだ。何を言われようとニヤニヤしているテツの態度に真実味を感じたのか洋子は真剣な顔で聞いてくる。
「え、マジで? 嘘でしょてっちゃん」
「嘘と思うならそう思えばいい。お前の中ではそーなんだろう」
「あのさ、てっちゃんて今彼女とかいる?」
その言葉を聞いた瞬間に椅子から転げ落ちてテツは笑う。
「ギャハハハハ!! さすがビッチだな!! 俺から金の匂いを感じ取りもう次のターゲットを決めるなんざ凄い。いやここまでアバズレだと清清しいな」
「うっさいわね糞童貞!! 仮に金持ちの息子だとしてもあんたには魅力なんざ感じないわよ」
「いやお前に魅力感じられても迷惑だし、近づかないでくれます。牝臭いんで」
我慢の限界を超えた洋子は三十年ぶりにあったテツにグーパンチを放ったが避けられてしまう。女のパンチなど当たるわけないだろと言わんばかりにカウンターの突きを鼻先寸前で止めて見せた。
「これでお互いはっきりしたな洋子ちゃん。まぁ無駄に争う必要ないし、互いに干渉は避けようぜ」
「はぁ~最近本当に最低だわ。私もそーしたいけど……あんたのクラスの担任なのよね」
「え」
二人は無駄に運命の赤い糸で繋がりつつあった。




