二
テツは別に不良というわけではなかった。ただ普通に勉強せず、必然で落ちこぼれ、ボクサーの世界は厳しく才能がなかっただけ。ただ偶然不良に絡まれただけで真砂地下闘技場の事を知ってしまう。
絡んできた不良は弱くはなかったがテツは腐っても元プロボクサー。いくら喧嘩慣れしてなくとも素人の拳は当たらない。初めて喧嘩をし初めて勝利した時の優越感は中毒性がありテツを調子に乗らせてしまった。
「ここか!! 喧嘩して金貰えるって場所は!!」
初めて闘技場に出たのが二十七歳と闘技場の中でも年上だった。真砂のアウトローを気取り不良を何人も倒していく姿は話題になっていく。不良といっても子供、体が出来上がっていない。それに比べボクシングの技術と出来上がったテツはまず負けなかった……喧嘩無双と出会うまでは。
「おいおいマジかよ」
チャンピオンが四十を越えてる男と聞いていたが目の前に現れるまで信じられなかった。上半身裸で現れ闘技場は大歓声に包まれていく。上半身は歳を感じさせないほどに鍛えられてあり、首と腕が異常に太い。
そして背丈は大きく外見だけで強いと判断するとテツの額に汗が浮かび上がる。不良の吹き溜まりにいるレベルではない。金網の中で猛獣と相対してる気分になるがテツは一つの願望が湧き上がる。
「勝ちたい」
生きてきて何一つ成し得なかった。振り返ってみれば自分の手で勝ち取った物などあったか……いい歳したおっさんの情けない夢かもしれないが勝ってチャンピオンの称号が欲しい。そんな願望がテツの拳に宿り左を刺していく。
「シッ!!」
綺麗に顔面に刺さり観客が喜ぶが拳を叩き込んだテツの顔が曇る。手ごたえがない、まるで巨大な岩を殴ったように殴った方の拳が悲鳴を上げていく。
「ガハハハハ軽いなぁ~お前さんの攻撃は」
鼻血を出しながら近づいてくる喧嘩無双にテツ距離をとる。絶対に近づいてはならないと本能が呼びかけ足を使い左を次々に放り込むが何度殴っても勝てる気がしない。
「ここには時間制限も審判もないんだ。逃げてちゃ勝てないぜ」
息を乱しリズムが少しづつ狂っていく。攻撃は全てテツだが威圧感が狂わしていく。猛獣を前にした小鹿のように震え上がってしまう。
「ふぅ~チャンピオン。俺は勝ちたいんだ、悪いが譲れない」
「いいねぇ~お前さんみたいな気概がある奴はいいね。最近の餓鬼は口ばっかでなぁ」
大きく深呼吸しテツは勝負に出る。筋肉の鎧で守られている体への攻撃した瞬間に返しの一撃で終わるだろう。ならば顔、しかし喧嘩無双もそれはわかっているだろう。先手は必ず取れるが倒せるほどの威力は今のテツにない。
「おっしゃ!!」
当たれば脳を揺らす事が出来る顎先。そこに最速の拳を通す、空中に浮かぶ針の穴に糸を通すような芸当だが今は賭けるしかない。
「こいや!!」
喧嘩無双が両手を広げパフォーマンスで歓声が上がるとテツが飛び出す。足の指から力を体に伝え最後は拳……自分の中では最速で最短の距離を拳を走らせたが拳の骨が悲鳴を上げていく。
「いい加減お前のパンチは見慣れたぜ」
顎先に叩き込むはずの拳は喧嘩無双の額に激突し砕かれてしまった。指が逆方向に曲がる手を見て背中の流れる汗が冷たくなっていくと腹に衝撃が走る。ボウリングの玉でもぶつけられたかと思うほどの衝撃はテツの息を止める。
「グッ――がぁあああああ!!」
踏ん張り倒れはしなかったがテツの顔が跳ね上がる。膝の力が抜けていくが倒れはしないと手をつき視界を上げた瞬間に喧嘩無双の前蹴りで体ごと金網まで飛ばされ空手の連携を味わう。
「負けねぇぞ……負けねぇんだ」
それはくだらない意地で安いプライドだった。何も残せなかった情けないテツの最後に与えてもらったチャンス。こんな吹き溜まりでもテツが現れれば観客が盛り上がり勝てば握手を求めてくる奴もいた。
自分の居場所なんてもうどこにもないのはわかっていたが闘技場が心地よかった。せめてここなら存在価値が――…そんな思いが拳を上げさせ前で踏み出すが再び体が飛ぶ。
「まだやるか!! ガハハハいい根性だ!!」
目の下が腫れ上がりガードに使った腕が内出血を起こしても残った片腕でテツは戦ったが結末は悲惨だった。テツの闘争本能に体がついていけなくなった体が倒れ無残に金網の中で蟻の様に這いつくばって意識を失う。
テツは最後と思っていた居場所も失う――
それから半年後にはテツと喧嘩無双の試合は名物となっていた。何度倒されても何度でも挑む不屈の精神は今度こそと希望を観客に与えた。
テツは挑み続けた。交通誘導をしながら戦い続けた。ただ勝ちたい、もう報酬もいらない。観客からの歓声も人気からも興味が失せ最強とまで言われる喧嘩無双に勝ちたい。
「またてめぇか!! もうお前ぐらいしか挑んでくる奴いねぇかガハハハ」
「今日こそぶっ倒してやるぞ!!」
真砂という小さな町の地下で今日も二人は拳を混じり合わせていく。




