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幕間4.騎士としての問い

※ジルシエーラ王太子殿下視点

 僕達の周りは敵国の騎士で囲まれて、目の前には大きな崖となった川があり、そしてその向こう側には敵国の国王に捕らわれたリリーがいる。その状況を、理解するのを脳が拒否するようにクラクラした。だけど、現実逃避をしたところでリリーは助からない。


「一体何よ、あれ! 首輪?」


「おそらく魔道具だろう。いくら温厚なリリア嬢だからって何の反抗もしないのも気になる。捕縛だけじゃなく、もしかしたら魔力封じの類かもしれない」


「可能性はあるな、こうして向こうの国王自らこんな場所に赴いているんだ。貴重な魔道具くらい使ってくるだろう」


 焦りながらも今の状況を冷静に分析する仲間達が、とても頼もしく感じた。今、僕が焦っていても何の好転もしない。警戒していたはずなのにたった一瞬で最悪な事態に陥っているのだから、冷静に状況を打破する方法を考えないといけない。周囲の騎士はそれほど脅威に感じない。ここにいるメンバーは少人数とはいえ魔法も高レベルに扱える先鋭ばかりだ。それに、浄化をしたにも関わらず戻ってこない僕達を心配して、アルバート達がきっとここに向かってくるはず。そうなれば、人数としても、戦力としても逆転できるはず。

 ただ、問題なのが、リリーが今人質状態にいることだけだ。せめて、それだけでもどうにかしておかないといけない。


「はは、にしても呆気ねーな。こんなにも簡単に聖女が手に入るなんて。所詮はただの女だな。魔法さえ封じれば非力でつまらねー存在ってことか。向こうもきっと上手くやってんだろ」


「……向こう?」


「まさか、このオレ様がこの女一人で満足すると思ってんのか? 向こうの聖女もちゃーんとオレ様の手に渡るように仕掛けてるんだよ、楽しみだなあー」


 ねっとりとした、不快な声に眉を寄せる。テオ達の方も今、ちょうど二か所目の聖地へと辿り着くタイミングだったはずだ。ということは、その聖地の場所を、向こうは把握しているのだろうか。それとも、ただの揺さぶりか。どっちにしても、遠く離れた場所にいる彼等を僕達が案じても仕方ない。真実がどちらかなんて考えても無駄だ。そう自分に言い聞かせて思考を切り変える。


(落ち着け。リリーは確かに人質だ。だけど、同時に聖女。向こうが無理に聖女を奪う理由はよくわからないけど、世界がこんな危機な状態で、この世界を救える唯一の存在を害することはしないはず)


 聖女がいなければ、世界が終わる。そうなれば、あいつの国だって困るんだから。つまりは、強行突破するという案は、悪くない気がする。


「三人で、ここにいる騎士の排除を任せられるか?」


「飛行魔法で向こうに行くつもりですか?」


「ああ。この中で唯一飛べるのは僕だけだ。それに、向こう側は油断しているのかあの男しかいない。それなら、僕だけでも十分だ」


「そうね、異論はないわ。こっちのことは任せなさい」


「終わったらそっちに合流する方法も考えてどうにか合流します!」


 ルドルフは無言だけれど、力強く頷いて背中を押してくれた。それに励まされ、体に力がみなぎる。僕は後のことを考えなくていい。ただ、彼女を護ることを考えればいい。そう思うと、自然と焦燥感も薄れていく。目の前にいるリリーを足蹴にする男を睨みつけて、剣を構えた。


「おーおー、睨みだけは一人前だなぁ? はは、けど、そんな場所で睨んでたってオレ様には何ともないけ――っぅえ?」


 油断しきっている台詞を全て聞く必要もなく、体に風を纏わせて一気に川を超える。テオ程飛行魔法に長けていないが、それでも常人よりも風魔法は高い適性を持っている。一定のスピードで長時間飛行するのと違って、瞬発的に速度を上げて飛ぶくらいなら容易いことだ。できることならこの一撃で相手を討ち取って、リリーを取り戻したい。そう意気込んでいたのに。

 イシトエ国王の背後から何かが飛び出してきて、僕と同じように飛んで来た。咄嗟に構えた剣に、同じく剣が合わさり、甲高い音が辺りに響き渡る。丁度川のど真ん中で、互いに宙に浮いた状態で押し合う形になり、堪らず目を見開いた。

 真っ黒な鎧を全身にまとう騎士だった。顔も兜をかぶっていて確認ができない。けれど、押されるその力はとても強く、徐々に押し負けていくのを感じた。

 そう、川の上で、飛行したままの押し合いに僕が負けているのだ。


(いくらテオよりは劣ると言っても、魔力量や操作力は決して負けていないはずなのに――!)


 堪らず剣を弾けば、お互い数歩離れたその位置で止まる。相手は何も言わない。まるで人形のように微動だにせずその場に佇み、僕と相対していた。その様子にうすら寒いものを感じた。得体の知れない恐怖を覚えて唾を飲み込む。


「は、はは! 驚かせやがって。こっちが何の策もなくここにいると思ってたのか? 愚か者め! そもそもお前達はオレ様の罠にかかったことを忘れるなよ!」


 鎧の騎士の後ろで喚く声が聞こえる。騎士のせいでその姿は見えない。リリーの姿も見えないけれど、悲鳴も何もないからきっとあれ以上の乱暴は今のところされていないはずだ。この騎士をやり過ごしてリリーのところに駆けつけたいが、それをしたら最後、おそらく僕は殺される。

 殺気はない。凄みもない。けれど、言葉にできない異様な威圧だけを感じる相手は、只者じゃないことだけはわかる。


「おい! 何をしてる! やれ!」


 イシトエ国王が叫べば鎧の騎士は音もなく動く。一瞬で目の前に迫ってきた相手に息をつく暇もなく反射で剣を振る。攻撃を弾いても次がすぐさま振られ、完全に相手のペースに呑まれていた。僕より大きな体をしているのに、それを感じさせない程の速さとしなやかさに対応が追い付かない。このまま長期戦になれば間違いなく僕が負ける。


(だけど、この剣筋に既視感を覚える)


 なんてことを考えている場合じゃない。力も技量も負けている相手に勝つ方法は何かないのか! 剣だけじゃない、魔法だって……。




『大技は一発かましてーんだよな』




 頭に、親友の声が過ぎった。剣でも魔法でも負けているなら、隙を作るしかない。正直、飛行しながらの剣戟も苦手な上に、飛行魔法を使用したまま他の魔法を使うのもまだまだ心許ない。けれど、形振り構っていられない。

 力負けするのは理解していても、敢えて相手の攻撃を剣で受け止め、力勝負を仕掛ける。ギリギリと鋼が合わさる耳障りな音が鼓膜を刺激した。踏ん張りすぎて口から情けなくも声が漏れているのに、相手からは何も聞こえない。それが悔しい、という気持ちが湧く以上に更に恐怖を煽った。


(この男は、何かおかしい)


 見たこともないほどの剣速。技量。魔法操作。どれも洗礼されていて、対応が追い付かないくらいの完成度だ。けれど、同時にあまりにも隙が無さ過ぎる。見た目も、動きも。相手の動きを見て、次の攻撃をしかけるなんて駆け引きが元よりない気がしてならない。


 まるで、感情がないような……。


 それならば、今からすることもあまり意味はないかもしれない。けれど、少しでも隙を作るには、ただ受けているだけでは駄目だ。だから、常識外れ(テオドール)の技を借りる。


(確か、ティーナはこの技にあまり意味はないと言っていたな)


 盛り上がるテオに気まずそうな顔をしながら、こっそりと僕に漏らしていた。テオ自身に述べて気持ちを下げる気には流石になれなかったようだ。その何とも微妙な気遣いがおかしくて思わず笑ってしまった覚えがある。

 けれど、使い道はちゃんとあった。


 剣を合わせながらも互いに顔を近付ける。それでも鎧の中の顔は見えない。けれど、微かに相手の目だけは見えて、睨みつけるように見やる。その瞳は、まるで海のように深い青色をしていた。その目にも、また既視感を覚える。どこかで見た気がする。そう思えてならない。そう思考を巡らせようとしたとき、相手が更に力を込めてきた。そのタイミングで、一気に自分の剣身に炎を纏わせた。強く、強く、自分の剣すらも溶かす勢いで遠慮なく。

 流石に想定していなかったのだろう。一瞬、相手が怯んだ。その隙を見逃すはずもなく、剣に炎を纏わせたそのままで、横に振るう。けれど、また一瞬で後ろに大きく回避され、最初の状態へと戻った。


「くそっ!」


 せっかく落ち着いていた心が、また焦燥感に駆られていく。僕しか彼女を救えないのに。救うことができないなんて。


「ははは! 無様だな! あのゼオンと血が繋がっているとはいえ、所詮はただの甥か。あいつが変な意地を張らずに、自分の子供を作り、きちんと教育していればこんな結果にはならなかったかもしれねーのにな!」


 不愉快な言葉と笑い声に視線だけを向けた。位置が変わったことで二人の姿が見える。イシトエ国王は卑下た笑みを浮かべて、まるで見せつけるようにリリーの首に繋がる鎖を乱暴に引いた。うつ伏せで背中を足蹴にされているリリーは、首輪のせいで喉が締まって、苦悶の表情を浮かべている。カッと頭が熱くなり、顔に力が入る。グツグツと腹の奥が煮えるように不快感が溜まる。


「やめろ!」


「はぁ? やめろだって? おい、成人もしてねー鼻垂れたガキが、オレ様に命令してんじゃねーよ! どうしてやめる必要がある? この女は聖女だ。そして、今この時をもってオレの手に堕ちた。つまり、オレ様の所有物だ。なら、オレ様がどういう扱いしたところでお前に指図される覚えはねーな?」


 明らかに利の通らない言葉を当然の如く吐く相手が、一国の王だなんて思いたくなかった。彼は確か三十ほどの年齢だった気がする。妙に伯父上を意識しているが、伯父上が即位していた時は彼はまだ赤子だったはずだ。


(だけど、そんなこと、今はどうでもいい)


 そもそも我が国とイシトエ国との関係はいつまでも険悪なままだ。その先入観もきっとあるのだろう。最初からわかっていたことだ。ここで何かがあるとしたら、それは聖女と魔王の問題ではなく、くだらない国同士の確執によるものだろうって……!


「リリー!」


 苦しそうに顔を歪める彼女に声をかける。今すぐ駆け寄りたいのに、目の前にいる鎧の騎士の圧力がそうさせてはくれない。婚約者なのに、彼女が苦しんでいる時に傍にいられない。その事実に、不甲斐なさに、歯噛みする。


「お願い、国を……護ってください! 逃げて!」


 苦しみに顔を歪めながら、悲しそうに瞳を揺らしながら、それでも彼女が口にしたのは僕達を気遣った言葉で。自分を犠牲にいて、国を取るその姿はまさに王太子妃として相応しい。だけど、それを、僕が言わせてしまったことに胸が鋭く痛む。呼吸までも忘れてしまい、ただ茫然と彼女を見つめた。

 その隙を、敵は見逃さなかった。気付けば鎧の騎士が目の前に迫り、左腕に一撃を食らっていた。


「ぐぁっ!」


 堪らず崖淵まで下がり、腕を押さえる。一歩間違えれば太い血管を傷つけていただろう。それほど派手な出血に、リリーの顔が青くなる。


「早く、逃げて……!」


「はは、健気じゃねーか。よかったな? 今なら尻尾巻いて逃げても許してやるよ。たとえかかってきても、この女は渡さねーけどな」


「――っ、くそ!」


 目の前の騎士を突破する力がない。彼女を助け出す方法がない。ここで無茶をして、全員が無事な保証がない。

 そんなこと、改めて考えなくてもわかっていた。それでも、諦めたくなくて考える。だけど、ここでの最悪な事態は、聖女(リリー)王太子()も喪うことだろう。そうならないために、そうさせない覚悟を見せるために、わざわざ立太子をしてから旅をしたのだ。だから、喪う未来を選んではいけない。

 だけど、選ばないということは、彼女を見捨てるということだ。


(わかってる、王太子として、最適解は見捨てることなんだろう)


 だって、今回は聖女が二人いるのだから。聖女という身分がなければ、リリーは僕の婚約者にすらなれなかった。それなら、彼女に固執する理由は王太子として存在しない。わかっているけど、認めたくなかった。その葛藤に突撃することも、撤退することもできない。




「あんたが行かないのならあたしが行くわ」




 意味もなく眼下に流れる川を見つめていた僕に、毅然とした声が届いた。反射で振り返れば当然のように崖の淵に立っていたのはエルダだ。彼女は森の木々の葉のように深い緑の瞳をまっすぐに僕に向けていた。


「エルダ……」


「あんたが行かないのなら、今のリリーに必要なのは今のあんたじゃないってこと。それなら、まだあたしの方が相応しいわ。そこを代わりなさい」


「何を」


「あたしはあたしの主にリリーを護れと言われたわ。だから、護らなきゃならない。さっきまではそれを最優先するべきなのはあんただからと思ってその役目を譲ったに過ぎない。でも、リリーの言葉だけでその意思が揺らぐようなら、あたしにその役を返しなさいって言ってんのよ」


 言外に弱虫と言われている気がしてグッと息が詰まる。そんな言葉、今まで言われたことがない。けれど、彼女を護る護らない。そんな単純な話じゃないこれは。彼女を取るか、国を取るか。その二つを天秤にかけられているようなものだ。そんな重大なこと、即決できなくて当たり前じゃないか。言い訳じみた言葉が浮かぶものの、それをエルダに投げる勇気はなかった。情けない自分に、弱虫だと言われても仕方ない気がした。


()は……王太子だ。だからこそ、リリーの言葉を無下に扱うわけにはいかない」


「……そうね、今の(・・)あんたは王太子(・・・)としてそう言うわね」


 妙に含みがある言い方な気がして苛立ちが募る。そもそも、役目を代わるなんて言うが、エルダはどうやって向こう側に行くつもりなのか。僕以上にできることがないくせに、どこからその自信が来るのか。

 あの鎧の騎士に、エルダが敵うはずがない。それなのに無策に突っ込んで殺されれば護るも何もない。そうなってしまっては、騎士としてなんて格好よく言ったところで、生温く、軽い言葉にしかならない。

 渦巻く不満の気持ちにハッとする。


(まるで否定する材料が欲しいみたいに。それに、エルダの力まで否定して……なんて、なんて傲慢で愚かなんだ、僕は)


 これは醜い感情だ。まっすぐで、負けるとわかっていても立ち向かえる彼女を羨んだ妬みの声だ。僕だって何も考えずに純粋にリリーを助けに行きたいと、子供のような我がままな気持ち。それを素直に出せない立場に、自分が王太子という事実に、初めてというほど煩わしさと恨めしさを覚える。


「ねえ、あんたは何者?」


「……は?」


「ここにいるべきなのは、何のジルシエーラなのかって聞いてるのよ」


 問い返されても何を聞かれているのかいまいち理解できない。答えられずにいる僕に痺れを切らしたようにエルダは小さく息をつく。


「ここにいるあたしは辺境伯の娘じゃないわ」


「……」


「ティーナという主に聖女であるリリーの守護を託された騎士エルダよ。あんたは? 今のあんたは王太子であるジルシエーラであるべきなの?」


 衝撃で思考が真っ白になった。まるで雷でも打たれたかのような感覚だった。確かに、僕は王太子になった。それは国にけじめをつけるためだ。旅の間は王族としての責務から外れる代わりに、生きてこの国に戻ったその後は、王太子として――次期国王としてその後国にこの身を捧げるという、誓いのつもりだった。


 それならば、今は?


 エルダに問われているのに、脳裏に浮かぶのは親友の顔だ。僕と同じ、聖女を守護するための役を担う男の顔。

 テオなら、何て言うだろうか。


(きっと、躊躇いもなく答えるはずだ)


()は……勇者だ。リリーを最優先に護るための存在だ」


 そうだ、ここにいるべきなのは国を優先すべき王太子じゃない。リリーを何としてでも生かすべく動く、勇者であるべきだ。それなのに、自分の心を消して、リリーを見捨てようとした。勇者失格と言われても否定できない。

 だけど、今は後悔より何より歓喜で胸が震える。思ったことを口にしていい。望んだことをしていいのだと、認められたような気がした。自分の身を護るなんて考えなくていいのだと、自分の最愛を、護っていいのだと。そのために、勝てない相手にも勝つべきなのだと力がみなぎってくる。状況は全く好転していないのに、妙な自信が湧いてきた。そんな僕に、エルダは溜め息をついて背中を向ける。黙ってその場を離れて依然として敵国の騎士と闘っていた二人と合流するのを見て、おそらくまた僕に役割を譲ってくれたのだと理解した。

 勇者はその名前で誤解されがちだが、聖女のように世界の平和を願って力を振るって与えられた称号じゃない。聖女を一番に護る騎士としての栄誉として与えられたのが勇者という称号だ。そのことを、僕は忘れていた。

 もう忘れない。もう迷いはしない。勇者ならば、今この場で一番に考えるべきは、彼女のことだけだ。たとえ勝ち目がなくとも、僕は目の前の鎧の騎士を討ち倒してリリーを救ってみせる。




 聖女を失うのなら、勇者だって存在する意味なんてないのだから。



 

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