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18.王都へ

※後半少しだけテオドール視点


前回入りきらなかった分を書き込んだ形になったので、この話は若干短めです。

 閣下からの緊急帰還命令を受けて、私達は互いに顔を見合わせる。事態は深刻。それはわかるけれど、こんな辺境の地から王都へと急いで戻ったとして、意味があるのか。


「緊急なのはわかりますが、もう少し詳しく教えて頂けますか?」


『数時間ほど前、王都周辺の瘴気濃度が唐突に濃くなった。そして、その瘴気から次々と魔物が生まれてきている。暫くは目的なく存在しているだけだったようだが、ついには王都に向かって進行を始めた。今はできる限り急いで王都の結界魔道具を起動させるため動いている最中だ』


「……偶然とは思えませんね」


「でも、故意に魔物を作り出すなんてこと、人にできるんですか?」


 確かに、セイリム様の言うように今回私達が狙われたことと、王都の魔物問題は繋げた方が自然だ。あまりにもタイミングが合い過ぎる。でも、マリーが疑問に思うように人が魔物を生みだし、尚且つそれをコントロールすることは可能なのかはわからない。


「あくまで仮説ですが、あの国はこちらより魔法師は少ないですが、その代わりに魔道具師が多い国です。だからこそ、貴重なはずの魔法封じの魔道具をムク族に貸し出していました。そして、この前ティーナさんが作ってくれた疑似太陽の魔道具の構造を聞いた時に思ったんですが、あの構造を利用すれば、魔道具に瘴気そのものを溜め込むことも可能ではないか、と」


「……瘴気は魔力を帯びているから、ですか?」


「そうです。私としては、溜め込むというより、あの魔道具のように魔力を使うことで瘴気そのものを聖女様の力を使わずに、浄化ではなく……循環させることで濃度を薄くできないかと考えていたわけですが……。けれど、別の発想をすれば、瘴気を溜め込み、利用することも可能と考えてもおかしくありません」


「瘴気さえ濃くできれば、魔物は勝手に生まれる」


「それに、魔物は基本的に人を狙う性質があるよな」


 それは、元々悪意ある感情を元にして生まれているからだろうな。何かを妬み、恨み、憎み……そういう負の感情の集まりみたいなものが瘴気で、それを源にして生まれたのが魔物だ。妬みも恨みも憎みも基本的に対象になるのは人だ。だから、瘴気を元にして生まれた魔物は、その悪意を向ける対象を求める性質がある。森奥にいる時は周囲に人がいなければ動きも鈍いけど、人の存在が近くにあれば彼等は本能(悪意)のままに攻撃してくる。

 その性質を考えれば、人の近くに瘴気を発生させて、魔物を生めば、後は勝手に人に向かっていくはず。

 つまり、セイリム様が考えるように、魔物さえ生む方法が出来上がっているなら、人が故意に魔物をけしかけることも可能と言える。


『……どうやら、そちらも何かがあったようだな。だが、原因を考えるのは後だ。間に合う間に合わないは別にして、すぐにこちらに向かってもらいたい』


「わかりました。では、こちらの問題も持ち帰ります。ちなみに、王太子殿下は?」


『そちらとは連絡がついていない』


 やっぱり。てことは、十中八九王子達は隣国とやり合っているに違いない。この騒動も、そしてここの問題も。チラリとムク族の人達を見れば、気まずそうに視線を逸らしている人達ばかりだった。急がなければならないから、彼等の答えが出るまで待っている時間は無くなった。


「嬢ちゃん、ここはオレに任せてもらえるか?」


「わかった。こっちが落ち着いたら連絡したいけど……どうすればいい?」


「通信魔道具を持ってる。これを持って行ってくれ」


 貴重な魔道具を簡単に懐から出して渡してくる彼に、流石だなと思いつつ苦笑する。隠れ蓑として旅商人をしているんだろうけど、何だかんだ彼の性に合っているんだろうな。


「……ところで、ちょっと気になったんだが」


「ん?」


 ガーシュおじさんは私とテオを交互に見ながら顔を引きつらせる。何か気になることでもあるのかな?


「お前ら、いつまで抱き合ってんだ?」


 …………そういえば、ずっと同じ体勢だったっけ。何気なくテオを見上げてみるけど、テオは平然とした顔で首を傾げる。


「できる限り」


「……ああ、そう」


 しれっと答えながらも抱き締める力を強めるテオに、ガーシュおじさんは疲れたようにそう呟いた。すごい呆れた顔で、だけどすごい生温かい目をして。これ、もしかしてバカップルを見てる顔じゃないかなって思ったけど、聞くのはやめておいた。




『なあ、急いでるんだよな?』


 ようやく話の区切りがついたとわかったのか、今まで黙っていた風の大精霊が問いかけてくる。それにセイリム様が丁寧に肯定をすれば、彼は得意気に胸を張った。


『それならオレさまが送っていってやる! そうしたら今日中に王都に着くだろ!』


「本当ですか!?」


「ちょ、ちょーっと待ってください! 今日中って、それ、あの、私達の身の安全は保障されてるんですか!?」


『オレを何だと思ってるんだ。風を司る風の大精霊様だぞ! 人が飛行魔法を使えるのにオレが使えないと思っているのかよ! 人が使う魔法より早くて安全ですげーに決まってるだろ!』


 ムンとまたしても胸を張るけれど、その台詞と仕種が子供っぽくて何も安心できない。だけど、地の大精霊様の時と同じように送ってもらえるなら、自分達で帰るより早く着くのは間違いない。しかも、今回は風で、空を飛んでいける。風圧気圧気温から身を護ってもらい、かつ飛ばしてくれるならそれこそ一日もあれば帰れる可能性もある。

 それに、この正直者な大精霊が自分から送ってくれると言ってくれているんだから、きっと善意なのだろう。断る理由はない。


「本当にいいんですか? 甘えて」


『……まあ、いくら気持ち悪いからって助けてもらったのに一方的に攻撃したのは悪かったし、詫び代わりだと思って甘えておけよ。あと、これ。聖女ならオレ達大精霊は協力しなきゃならないから、渡しておく』


 そう言って放り投げてきたのは薄緑色の魔石だ。地の大精霊の時と同じ。魔力が内側で炎のように揺らめいて輝いている綺麗な石だった。


『もうもらってるなら知ってるかもだけど、風属性の強いヤツが使えよ。まあ、この中で言うならそのムカつく男だけど』


「はあ? その言葉、そっくりそのままお前に返してやるよ!」


『なんだと! お前、大精霊様に向かって無礼だぞ!』


「うっせ! 敬われるようなことしてから言いやがれ!」


『だ、だから今してるだろうが! 言っとくがな! 大精霊は常に精霊を循環してるんだ! お前達が魔法を使えるのも、オレ達がいるからなんだからな!』


 流れるように口喧嘩をし始める二人だけど、同レベルのやり取りに気が合っているように思える。喧嘩というよりじゃれ合いに近いのかもしれないと思いつつ、どうにか宥めて会話を打ち切る。


「じゃあ、お願いしてもいいですか? 向こうは本当に余裕がない様子でしたし。セイリム様達もいいですね?」


「ええ。是非お願いします。それでも間に合うかわかりませんが」


「……魔物が人を狙う性質があったとしても、魔王が命令した時のような速度が出ているかはわからない」


「そうだね。どっちにしても、私達の中で一番迅速な方法で向かえるんだから、これ以上の方法はないはず! 行こう、ティーナちゃん!」


 覚悟を決めたマリーと同じように頷くロイド先輩。セイリム様も頷いて一か所に固まる。そうして、風の大精霊を改めて見上げた。


「では、お願いできますか? 安全かつ迅速に」


『よぉし! 任せろ! 全力でぶっ飛ばしてやるからな!』


 風の大精霊の全力で、しかもぶっ飛ばし。すんごい不安しかない。

 念のため、自分自身でも風で防御でもしとくべきか悩む。だけど、そんな暇を与えずに、私達の体は既に宙に浮き始めていた。


「あ、ガーシュおじさん! 私達の馬車もお願いしていい?!」


「おー! 任せとけ。何処に置いてあるかも把握はしてる」


「おねがいねええええぇぇぇぇぇぇ――」


 会話していても関係なし。強制終了するがごとく私は皆と一緒に彼方へと飛ばされたのだった。






 どのくらい飛ばされたのか。意外にも本当に安心安全で、そして早い。周りの景色が一瞬で通り過ぎていくから何も見えないレベルだ。近くの景色を追おうとすると目が疲れるので、なるべく動きが鈍い遠い景色を見るように心がける。


「本当に、一日で王都に着けそう」


「本当だな。ちょっと疑って悪かった気がする。いや、でも、あの態度だから当然の報いだよな?」


(一応、大精霊って丁寧に扱うべき存在なはずなんだけど……まあ、いいか)


「ん? あれ、何だ? 塔か?」


「塔……?」


 同じように遠くを見ていたテオの言葉に視線を向ければ、確かに白い塔のようなものが森から頭を出していた。周囲に人里なんてない、辺鄙な場所だ。まるで人の目から隠れるようにひっそりと建てられたそれに、既視感を覚える。


「かなりの辺境だよね?」


「ええ、あそこはおそらく今は王領となっているはずです。以前はバルロッサ辺境伯が所有していた地です。確か、三十年前には返上されているはず」


「じゃあ、そのバルロッサ辺境伯って人が建てたのかな?」


「……さあ、私もそこまでは」


「……なんか、似てるな。ロティ子爵領にあった、あの遺跡と」



――どくん



 心臓が大きく鳴った。何かがわかったわけでも、納得したわけでも、気付いたわけでもない。だけど、確かにその瞬間、気付きたくない事実に触れた気がした。

 既視感。確かに、ロイド先輩が言ったように似ている。

 人目から隠すようにひっそりと建てられた謎の建造物。

 実際、似ているというのはそれくらいなのに、関係していないとは言い切れない存在感を覚える。

 気になる。だけど、怖い。知りたい、のに知りたくない。相反する気持ちが渦巻いて、気持ち悪くなる。慌てて視線を逸らして、爆発しそうな心臓を落ち着けようと深呼吸を繰り返した。


「ティナ? どうした?」


 私の様子に気付いたのか、テオが心配そうに顔を覗き込む。それに、僅かにホッとして、堪らず抱き着いた。


「ごめん、しばらく……」


「しばらくなんて言ってないで、ずっと引っ付いててもいいぜ」


「……ふふ、うん、そうだね」


 冗談かと思いきや、おそらく本気で言っている様子に、少しだけ気が楽になった。テオの香りが、熱が、鼓動が、私を落ち着かせてくれる。

 動悸は治まったけど、それでも嫌な気分は抜けきれない。あの塔が、何をする場所なのかわからない。相変わらず以前の私の記憶はないままで、何もわかってもいないのに。

 それなのに、直感が私に告げる。


(あの塔は、記憶を失う前の私に関係している気がする)


 そして、あの塔とロティ子爵領にあったあの遺跡も、何らかの関係があるように思う。あの遺跡が、どういう理由で建てられたものか、それすらもわからないのに。

 記憶は戻らないけど、失ってしまったなかに、真実を知っているからこその直感なのか。


 人とは違う生命体である私の体。

 私が私として目覚めた以前の記憶が未だに戻らない。

 死ぬ間際になって垣間見た、記憶を失う前の私と家族との会話。

 結びつきが見つけられない謎だらけのそれらを、一本に繋ぐのがきっとあの塔だ。知りたかったはず。でも、知るのは怖い。知ったら、もう、私は私でいられなくなるようで、怖い。以前の曖昧な恐怖とは全く違う。あそこで得られる事実は、確実に私の存在を揺るがす何かだと本能が訴えていた。


「ティナ」


 気付けば、体が震えていたようで、テオが宥めようと強く抱き寄せる。少し痛いくらいの抱擁に、テオの気遣いを感じる。


「大丈夫、大丈夫だ。オレが傍にいる」


 ずっと、一緒にいるから。

 優しくて、頼もしい言葉にフッと体の力が抜ける。僅かに滲んでしまった涙は、どうにか零れることはなかった。

 まだ、恐怖はあるけど。まだ、不安はあるけど。それでも、テオが傍にいてくれるなら……私はまだ頑張れる。

 甘えるようにテオの胸に擦り寄って、そっと瞼を落とす。考えてみれば聖地を浄化してすぐに奇襲を受けて、死にそうになってとなかなかに忙しない一日だった。だから、疲労がかなり溜まっていたようで、気付けば私はそのまま気を失うように眠っていた。






◇ … ◆ … ◇






 すうすうと小さな寝息が聞こえてホッと胸を撫で下ろす。僅かに滲んでいた涙をそっと指で拭ってやる。

 風の大精霊による飛行はただ飛ぶだけならこちらに何も負担がなく安全なものだ。目的地に着くまで気張る必要はない。有り得ないほど早く飛んでいるけど、それでも一時間や二時間で王都に着くほどでもない。暫く眠っていても問題はないはずだ。

 振り返ってみれば今日はいろいろあった。そう思うとドッとオレも疲れを感じたけど、今はティナの温もりを感じている方がいいと意識を保つ。

 余裕がなかったとはいえ、あんな状況でティナに告白するつもりはなかった。だけど、ティナは受け入れてくれた。保留にしていた関係を、先に進めてくれた。だから、こうして今オレの胸に、恋人になったティナがいる。

 だけど、こいつの不安はまだ残ったままなんだろう。まだ、オレに言えない何かがある。その何かのせいで、ずっとオレとの関係を進められなかった。それを解消する前にオレと恋人になったから、そのことで更に不安になっているのかもしれない。

 申し訳ないなと思う。だけど、それ以上にやっぱりティナをこうして遠慮なく抱き締められるのが嬉しい。


「ごめんな、ティナ」


 オレのせいで、ティナの覚悟が決まるまで待てなかった。だけど、その代わりに、オレは全力でティナを護るから。いつか、ティナが抱える不安も、オレが吹き飛ばせるように頑張るから。

 だから、少しは安心してほしい。その思いを込めて、密かにティナの瞼に唇を寄せる。


 少しでも、ティナがいい夢を見られますようにと、願いを込めて。



 

Q:どのくらい抱き合っていたのか?

A:二話と半分くらいそのままでした。


次回から幕間:リリア&ジルシエーラ視点へと移ります。

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