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14.ムク族の襲来

※最初のみティーナ視点、その後テオドール視点

 ぐらぐらと視界が揺れる。

 体に力が入らず、息苦しさを感じる。

 何が起きたのか、考えたいのに思考が機能しない。それどころか、徐々に体のあらゆる機能が麻痺していくのがわかった。

 音が消え、温度も感じず、視界が暗闇に支配されていく。最後に残った意識も、抵抗する間もなく深く沈み込んだ。






◇ … ◆ … ◇






「何だ!」


「何、魔力が抜けて?」


「! 気を付けてください、これは、魔法封じです!」


『ちっ、こんな時に邪魔が入りやがった!』


 巻き起こしていた風が、ナイフの影響で霧散したのか、それとも気が削げたのか、大精霊は空高く飛んで距離を取った。ナイフの内側に残されたオレ達は、魔力を封じられたようで、誰もが魔法を使えなくなった。

 何が起きているのか、誰も理解できない。そもそもここは聖地。しかも、瘴気の影響でいつも以上に荒れていた場所だ。オレ達ですら、ティナの魔道具を使わないと入り込めない場所だ。こんなところに、一体誰が何のためにいるのか。


(誰であったって、歓迎されてはないな)


 この魔法封じが大精霊の力を削ぐことを目的としているならまだしも、きっとそれはない。確かに、魔道具が囲む範囲は大精霊の力の影響を受けてないように思うけど、大精霊自身には影響はないようだし、あいつが空に逃げても追撃はない。ということは、明らかにこれはオレ達を狙った行為だ。


「ティーナさん! どうしましたか!?」


「! ティナがどうした!?」


「わかりません、突然倒れて……!」


 いつも以上に余裕がないセイリム様の声に振り返れば、意識がないティナがぐったりと横たわっていた。魔法封じのせいでセイリム様の治療魔法も使えない。それに、さっきまでは起き上がろうとしていたのをオレは知っている。ということは、大精霊に受けたダメージは既に回復していたはずだ。となれば、倒れたのは別の理由。

 一番考えられるのはこの魔法封じの影響だ。だけど、オレ達は魔法が使えない以外何の影響もない。どうしてティナだけが? そう思いながらもティナのところに駆け寄った。


「ティナ! ティナ!」


 名前を何度も呼ぶのにピクリとも動かない。顔は真っ白で、まるで人形のようだ。手を握ればゾッとするように冷たかった。


「とりあえずこの魔法封じからティーナちゃんを出そうよ! このままだと私達も身動きできない!」


「……そうだな、ティーナは浄化作業を終えたばかりで魔力消費による消耗が激しかった。その関係もあってこの魔法封じが体に悪影響を与えた可能性も、ある」


「そうですね。この手の魔道具は規制が厳しく、副作用等も未だ詳細が明らかになっていません。人によって魔法を封じる以外の影響があってもおかしくないでしょう。すぐに運びましょう。それに、私は魔法が使えなければここでは役立たずなので、正直落ち着きません」


 一番の年長であり、権力を持っているはずのセイリム様のきっぱりとした言葉に、一瞬誰もが微妙な表情を浮かべた。正直なのはいいことだと思うけど、それをこの状態で言うのはどうかと思うぜ。

 全員の意見が一致して、オレはティナを抱きかかえる。大精霊はオレ達を止めるつもりはないようで、空に浮いたまま静観していた。邪魔されても困るから、それはいいんだけど、まるっきり我関せずを貫くのもそれはそれでなんかイラッとする。

 とにかく今はティナだ。すぐに魔道具の外側へと出ようと駆け出す。だけど、そもそもこの魔道具を使ったヤツがどこかにいるわけで、使った以上、オレ達を見逃してくれるはずもない。


「待てよ、そこから出んじゃねー!」


 案の定、聞いたこともない声がその場に響いた。そして、どこから現れたのか、十数人の男達が魔道具の周囲を囲うように立っていた。気配もなく、突然降ってわいてきたかのような登場の仕方に、思わず足を止める。

 鮮やかな赤の見慣れない服をまとう男達は、全員褐色肌で、黒や茶の暗めの髪をしていた。明らかにオレ達とは出身地が違う人種だ。もしかして、隣国のヤツ等か?


「その衣装に、その肌……もしや、ムク族の人達では?」


 驚いたようにセイリム様が言うけど、相手は何も返さない。獣のような鋭い闘争心をただただオレ達に向けるだけだ。ムク族ってのがどんなヤツ等なのか、あまり勉強ができないオレは知らない。多分ティナなら知ってるんだろうな。


「頭ぁ、思った以上に上等だぜ! こいつぁ、あの国に渡さなくても普通に売った方がいいんじゃねーの?」


「ばーか。前金もらっておきながらそんなことしてみろ。相手は手段を選ばなくて有名なヤツだぞ。手に入れておきながら他に売ったと知られた途端、呪いでもかけられて終わりだろうよ!」


 意気揚々と叫んだ男に対して、服と同じ柄の布を頭に巻いた男は苦々し気に怒鳴り返した。頭と呼ばれていたのだから、この集団のリーダーはあいつなんだろう。褐色肌に砂色の瞳、そして赤茶の短髪をした男だった。三十代半ばくらいの男は、ガタイのいい体を見せつけるように着崩していて、その無駄のない筋肉を露出させていた。怠そうに姿勢を崩しているのに、その佇まいには隙がない。ただ者じゃないことは確かで、警戒心が一気に高まるのを感じる。

 ティナをそっと後ろに下ろして、オレは視線を男から外さずに小声で呟く。


「マリエッタ、ティナを頼む」


「テオ先輩?」


「向こうは相当強い。人を抱えながら闘える相手じゃねぇ」


 ティナのことは心配だけど、オレが抱えた状態で闘った方がティナが危ない。それに、今の会話からして、相手は目的があって襲ってきてるはずだ。しかも、その目的は不特定多数とかじゃなく、決まった相手。となれば、この中で一番狙われている可能性が高いのはティナだ。そんなの、みすみす放っておけるはずがない。


「ロイドはマリエッタと一緒にここで護ってくれ」


「……わかった。無理はするなよ?」


「それは……約束できねーかもな」


 聖女一行が求める戦力は、本来対人ではなく、対魔物だ。だから、普段山に出入りしているオレやティナがいる時点で、このメンバーは基本的に魔物に対する戦力は十分とみなされている。その他の補助要員として、ロイドやマリエッタ、そしてセイリム様がいると思っていいはずだ。

 ジルの方は魔物に対する主要戦力はデートリアの双子だ。国境がある広大な森を有するデートリアは、対人に対してはもちろん、魔物に対しても対応力は高い。しかも、あの二人は双子でバディ。これ以上の戦力はないだろう。


 だから、魔物に対してはある程度の数でも対応できる自信はある。だけど、対人……しかも、長年経験を積んでいるような戦闘人に対して、オレが勝てる自信は持てない。確かにオレは、子供の頃から特訓積んできたけど、今でも父さんやばあちゃんに勝てるかと聞かれたら頷けないんだから。


「なんだぁ? 悪いがテメーみたいな雑魚に用はねーんだ」


「そっちに無くとも、こっちにはある。というか、オメー等が引かねーなら、こっちだって引くわけにもいかねーんだ」


 そもそも手を出しておきながら目標以外はすっこんでろなんて、そんな都合いいこと、受け入れるわけねーだろ。関わりたくねーからか、風の大精霊は高みの見物してる上に、今は風が止んでいる。それなら、思い切り戦闘に集中できる。向こうはこの魔法封じ(なか)でも気にしてる様子はねーってことは、魔法を使わないタイプなんだろう。そして、オレ達は魔法ありきの戦闘しかできないと思い込んでいるはず。そういう先入観があるなら、こっちだってやりようはあるはずだ。


(いや、ごちゃごちゃ考えるのは性に合わなねぇな)


 魔法があってもなくても、そもそもオレは負けるわけにはいかねーんだ。

 剣を抜いて相手に切っ先を突きつける。格下に見てるんだからもちろんお前だけで相手してくれるんだろうなという挑発もある。流石に、全員をオレ一人で相手にするなんて、無茶が過ぎる。

 とはいえ、そんな正道な闘いに乗るかも微妙だけど。


「ハッ、大した自信じゃねーかボウズ。いいぜ、その挑発乗ってやるよ」


「頭!」


「うるせー! そもそも、この方法はオレ等の本意じゃねー。向こうの一方的な指示だ。それを込みで報酬もらってるから仕方なくやったけど、指示のないことにこっちがわざわざ向こうの意図を汲んで従う理由はねーんだ。オレはオレのしたいようにやる。お前等にだって文句は言わせねー!」


 そう怒鳴って頭と呼ばれた男はこぶし大程の妙な刃物を腰から取り出した。ナイフや短剣とは違う。平たいのではなく、棘のようなそれは柄の先が細い鎖が結ばれている。見慣れない武器に思わず眉を寄せるが、オレは静かに剣を下ろしてきちんと構え直した。


「いいぜ、覚悟はできてるみてーじゃねーか。その生意気な顔、潰してやるよ」


「やれるもんならやってみろ!」


 様子見なんてしている場合じゃない。オレはただこいつとやり合って勝てばいいわけじゃない。なるべく早く拘束して、ティナを助けるのが本題だ。だから、最低限の警戒を残しつつ、先に仕掛ける。

 秒もかけずに間合いを詰め、まずは一振り。


 ガギァン!


 金属が重なり合う耳障りな音がその場に響いた。相手の武器についている鎖がオレの攻撃を防ぐ。だけど、そのまま金属を削るようにして流して、耳を塞ぎたくなるような音を奏でる。それが不快だったのか、それともうざったかったのか、相手は力強く鎖を押し上げ、オレの剣を後ろに弾いた。あまりの力に腕が持っていかれる。体さえも引っ張られそうになったので、そのまま後ろに回転し、後ろを向き、そして流れるように相手に向き直った。


「なっ!」


 この動きは想定していなかったようで、一瞬男は驚きに目を開ける。けれど、オレの予想以上の軽やかさで後ろに下がり、二発目の剣撃を避けた。そして、その足が地につく前に、オレ目掛けて何かが飛んできた。反射で、ソレを弾いた。けれど、オレの動きを読んでいたのか、男は驚くこともなくソレを手元で振り回す。ブンブンブンと音を立てるそれは、相手の武器である棘のような刃物だ。鎖を持ち、刃物を重りとして放ったんだろう。返しまできっかり造られている刃が、もし体に突き刺さったら最後、肉に食い込んだまま抜けず鎖を引かれてオレごと振り回されたに違いない。そんなの、想像しただけでもゾッとする。


「いいな、お前。思ったよりにつえーじゃねーか」


「当たり前だ!」


 強く言い返したけど、冗談じゃねー。こいつの手元、全く見えなかった。何か飛んで来たと思ったから反射で弾き返しただけ。飛ばす動作を見逃したことに焦る。

 ただ者じゃねーとは思ったけど、相当ヤベーヤツだ。長引けば長引くほどオレが不利になる可能性が高い。

 一気に叩かなければ負ける。だけど、無策で叩いてもきっと負ける。一分にも満たないやり取りでそこまで考えたオレは、久しぶりに冷や汗をかいた。

 ただの勝負なら、心躍る展開だ。だけど、今はそうじゃない。負ければ、オレはともかく、ティナの命が危ないのは確実だ。冗談じゃない。


「今度はこっちから行かせてもらおうか」


 ニヤリと口の片側を吊り上げるような皮肉な笑みを浮かべた男は、次の瞬間には動いていた。予備動作なく脇へと移動し、気付けば肘を打ち込まれた。どうにか自分の腕で防いだけれど、痺れるほどの衝撃を受ける。下がって体勢を整えようにも顔を上げる前にまた間合いを詰められ今度は膝が撃ち込まれる。受けて止めて避けて、避けて受け止めて……息つく暇ないほどの打ち込みに呼吸が浅くなる。剣を振り込む隙すらない。棘のような武器を使ってはいるけど、本来は肉弾戦が得意なのかもしれない。それほど軽やかで、力強い打ち込みだ。


「そらそら、脇が甘いぜ!」


「ぐっ!」


 顔に打ち込まれた拳を受け止めたその瞬間、モロに脇に膝が入った。一瞬呼吸ができないほどの痛みに呻いて、どうにか後ろへと下がって間合いを取る。咳込みながらも視線は外さない。相手を見失ったら最後だ。


「やっぱりまだまだガキだな。だが、それでもその生意気な目だけは外さねーのは、大したもんだ! いいぜ、興が乗ってきた! もう少し遊んでやるよ!」


「こっちは遊んでる場合じゃねーんだよ!!」


 怒りで痛みを忘れて今度はこっちから仕掛ける。剣を打ち合い、拳を打ち込み、足を引っ掻けようとして躱されて、間合いを取って、また踏み込んだ。どれも互いに決定打を入れられない攻防が続く。だけど、確実に疲労しているのはオレの方だった。最初の読み通り、長引かせればこっちが負けるしかない。だけど、相手が強すぎて、短期決戦すらも難しい。何より、相手が思ったよりオレに油断していないことが誤算だった。


 だけど、誤算だったのは向こうも同じようだ。肉弾戦による攻撃は度々入れられているオレだけど、あの独特な武器による攻撃は、未だにまともに受けてはいない。放つ瞬間を見極められていないのに、全て反応して弾くオレに、とうとう相手は訝し気に顔を歪めた。


「お前、妙にこの手の武器に慣れているな? 他の攻撃については反応できてないのに、変なガキだ」


「その手の武器は、使っているヤツがいるからな」


 武器の形はそっくりとは言わないけど、武器を重しにして振り回す戦法は、身近にも一人使ってるヤツがいる。だから、どんな風な攻撃をして、どのような動きをする武器なのか、オレは予測できる。だからこそ、対処できる。

 まさか、同じような武器を使ってるヤツがいるとは思ってなかったから驚きだけど。


「へえ? そいつはもしかしてオレ等と同じ人種じゃねーだろうな?」


「そんなわけねーだろ!」


 そもそも、その戦法を使ってるのは、そこで倒れてるティナなんだからな。いざという時の対人用の戦法として編み出したらしいけど、今まで日の目は見ていない。だから、ティナがそういう武器を使っているのことを知るのは、おそらく今のところオレだけだ。

 それなのに、何を気にしているのか怪訝な顔で見つめてくる男にオレも眉を寄せる。

 そもそもこいつは、何でそんなことを聞いてきた?


(同族に、裏切者がいるのか?)


 余計な思考が入りそうになって頭を軽く振る。そんなこと、オレにはどうでもいい。気を取り直して剣を構え直したその時だった。


「テオ先輩! ティーナちゃんが、息してない!」


「……っ! な!」


 そんなバカな。何で、魔法封じを受けただけで呼吸が止まるのか。理解できなくて、したくなくて、オレは動揺する。

 何で、こんなことになった?

 何で、ティナは瀕死になってる?


 オレが、モタモタしてたからだ。


 情けなくて、悔しくて、許せなくて、唇を噛んだ。口に広がる鉄臭い味に、痛みに、だけど気が晴れるはずもなくて、オレは邪魔をする目の前の敵を睨みつけた。


「息してないって? あれはただ魔力の放出を制限するだけの魔道具のはずだぜ? 嘘ならもっとマシな嘘つけよな」


 嘲るようなその表情は、コイツが本当にそんな事態になるはずがないと思っているからだろう。つまり、この状況は相手にとっても予想外なこと。

 だけど、だから? それでもコイツ等があんなものを使うからティナが今死にそうになってる。コイツ等が邪魔をするからティナを救えずにいる。


 コイツ等が邪魔だ。


 ティナを助けるには、コイツ等を排除するしかない。


 そう思った瞬間、何かが体の奥底から込み上げる感覚がした。ドロドロとした、熱が、腹の奥底から湧き出るような、そんな感覚。熱だと思っているのに、熱くはない。体内に異物が埋め込まれたような、はっきり認識できるのに、不快感はない。

 それは、オレだ。オレ自身の力。ティナを護るため(・・・・・・・・)の、力だ。

 そう確信した瞬間、それは体の外へと放出された。魔法とは違う、だけど確かに魔力を感じるそれは、周囲を黒く染め上げながら、広がっていく。

 どんな効果があるのか。どれほどの威力があるのか。そんなの一切考えず、ただただ広がって敵を倒せと命じる。イメージなんて何もしていない。けれど、その力は確かにオレの意思通りに周囲へと広がっていった。

 魔法封じが施された、この特殊な空間を。魔力を感じる未知なる力が、だ。


 けれど、オレは疑問に思わない。そんなことを考えている場合じゃないし、今の状況を覆せるなら、力の正体なんてどうでもいいことだ。

 もっと、もっと、もっと! ティナを助けるために、強く命令すれば、ソレは更に速度を上げて周囲に広がっていった。




 オレの意識が保っていたのは、そこまでだった。



 

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