9.異世界転生ものでのお決まりだよね
お久しぶりです!
今年(23年)中にとか言いながらとっくに年明けてむしろ年度末ですね。スミマセン。
そろそろ年末年始の忙しさと私の気力体力に変な自信を持つのはやめたいです。
更新、今月から再開させていただきます、が、案の定ストックがそれほどあるわけじゃないので、とりあえず目標として今月中はきちんと連続更新できるように頑張ります!
また、キリのいいところまでは確実に進められるようにしたいです。今回はリリア側の話もちょっとゴタゴタする予定なので、そちらの更新はもしかしたら間を開けて更新するかもしれませんが、なるべく続けて更新できるように頑張ります。
「お前のような冷酷な女なんてお断りだ! 婚約を破棄させてもらう!」
「な、なんですって! 貴方、どんな権限があってそんなことを言ってるのかわかってるの!?」
あまりにもありきたりなシーンが目の前で起きて、私は驚きでポカンと口を開けてしまった。ありきたり、何ていうけど生まれてきて今まで一度も見たことはない。ありきたりと思うのは、〝異世界転生〟しての前提ありきだ。
婚約破棄! 婚約破棄って本当にあるんだ! しかもこんな人前で!
意味もなく感動してしまったけど、だけど、冷静に状況を見てみると浮ついた心は次第に冷めていく。確かに異世界転生した少女は実は乙女ゲームに転生して~とかいうくだりは、創作もののアマチュア作品やコミカライズ化した作品では私の以前の世界ではよくあるシーンではあったけど、それでも〝こんな場所〟ではなかったよなぁ。
「うわ、なんだこの人混み。さっきなんか騒いでたっぽいけど、なんかあったのか?」
テオが買ってきてくれた串焼きを受け取って一緒に頬張る。じゅわりと甘辛い味付けの肉の味が口の中いっぱいに広がって美味しい。久しぶりに人様が作った食事を口にした感動が殊更に体に沁みる。
「うーんとね、なんと婚約破棄騒動が目の前で起きたの」
「コンヤクハキ? こんな場所でそんな大層な身分の人がいたのか? 領都ですらねーじゃんここ」
ここは私達の旅の途中で立ち寄った田舎村。太陽が隠れて既に四か月以上経っているけれど、元々自然豊かな土地柄に恵まれて、この辺はまだ著しく暮らしは落ちてはいない。規模は小さいながらも夏の収穫祭として伝統ある祭りを開催できるくらいの賑やかさを見せている。たまたま立ち寄ったタイミングで開かれるというその祭りに、私達も未来の希望を願って参加させてもらっているのだ。
祭りをしていると言っても、小さな村の、しかも辺境にある田舎の祭りだ。狩人や畑を持ついくつかの家が屋台を出し、村全体で飲んで歌って騒ぐだけの小さなものだ。一晩羽目を外して英気を養ったら、いつもの日常に戻るだけ。そう思っていた矢先に、先程の騒ぎがあった。
こんな、偉い人なんてほとんどいなそうな、長閑すぎる村中で。
テオがそんな風に聞くのも仕方ないことだろう。
「なあ、おっちゃん、あそこで騒いでるのは誰なんだよ?」
テオが串焼きを購入した筋肉質の店主に気軽に話しかける。飲食店で培ったコミュ力のお蔭か、こういう時さらっと聞けるテオはなかなかにすごい。
「ああ、あれはこの村の村長の息子さんと隣の村の村長の娘さんだなあ」
「へえ、一応村の中ではそれなりの身分ってことか。じゃあ、婚約ってのも村同士の何かがあんの?」
「オレもそんな詳しくねーけど、一応隣の村とは位置的に協力体制を立てているっていう間柄なんだ。だから、そういう繋がりの強化じゃねーかな?」
確かに、田舎はそういう繋がりを大切にする。もちろん、中央でも大事だけど、辺境になればなるほど重要度は増してくる。だって、孤立してしまえばすぐに滅んでしまうのだから。協力体制は大切だ。商品のやり取りはもちろん、賊や魔物に襲われた際に救援に来てくれるかどうか、情報を流してくれるかどうか、そういった事情で仲良くやっていこうという話になる。だけど、村長の子供同士だからって婚約するっていうのは珍しい気がするけどな。
「お前は立場を利用して未だに裕福な暮らしをしているそうだな! 今後のことを思えば節制をしなければならない時に、村長の子だからと!」
「そ、それは!」
「それどころか、いつ魔物が出るかわからない山や森に無理に人を送っているんだろう!? なんと非道な」
村の中心にある小さな広場での出来事だから少し離れていても声がよく通る。婚約破棄だけど、理由は不貞ではないらしい。ある意味誠実な理由だけど、実際男の人が言っていることは事実なのだろうか。その辺は今日来たばかりの私達にはわからないことだ。
でも、悔しそうな顔をしながらも、否定の言葉を口にしないところからすると、少なからず当たっていると見るべきかな。
「君には見損なったよ!」
「そ、それが事実として、どうしてこんな場で屈辱を受けないといけないの!」
まあ、確かに。いくら事実でも、他の人を巻き込んだ騒動を起こす理由はないだろうに。しかも、わざわざ未来を願った祭りの最中に。
「……オレが婚約を破棄したい理由は他にもある。実は、今日、オレは運命の人と出会ったんだ」
前言撤回。やっぱり不誠実だった。
おっかしいな、やっぱりよくあるパターンなのか。これはどっちが悪いのか。どっちが有責になるんだ? いや、この場合、男の方が悪いのでは? 難しい問題になってきたぞ。
「う、運命って、この村の人のことを言っているの?」
「いいや、旅の者だ!」
おや、更に雲行きが怪しくなってきたな。
「その者はオランゲのように瑞々しい髪をし、メローナのように綺麗な瞳をしていた。体は小柄で愛らしく、まるでチュリーのようだった」
「すげー、全部果物でたとえてやがる」
「人は知っているものでしか喩えられないから、仕方ないんじゃない? ここには花屋なんてないし」
というか、その特徴の人、すっごい心当たりある。まさかと思いつつやっぱりとも思う。まさかこんなことに巻き込まれるなんて本人も思っていないだろう。ここで終わるだけの話ならいいんだけど。
「そんなの、ただのハッタリでは?」
「いいや、そんなことはない。何故なら、今まさにそこに存在しているからだ!」
そう言って男が見たその先にいたのは、案の定マリーがいた。顔を真っ青にしてフラつく彼女を、さり気なく後ろにいるロイド先輩が支えている。まあ、そうよね。こんなよくわからない茶番に巻き込まれるなんて思っていないからショックだよね。
「あちゃー、どうするよ、ティナ」
「どうもしないんじゃない?」
「助けねーの?」
意外という顔をするテオだけど、ここで私が出てもややこしくなるだけな気がする。それに心配もあまりしてない。だってマリーの傍にはちゃんと騎士がいるし。
「可愛らしい人、どうかオレの手を取ってくださいませんか?」
まるで演劇のように声高々に台詞を口にして、男はマリーに近づく。そしてその手を彼女に向けた。けれど、一瞬でロイド先輩に叩き落とされていた。
「いで! な、何をする!」
「……手を取ってもらえると本当に思っているのか?」
「お前に聞いてはいない! オレは彼女にだな!」
「……たとえ、手を取ったとして、お前は彼女をどうする気だ? 旅人だと知っていながら、彼女をここに引き留めるのか? どんな理由で? 何故、彼女が旅をしているのか、彼女がどんな立場なのか、全く知らぬ癖に?」
低く腹に響くような声に空気が冷える。もう汗ばむ季節だというのに、鳥肌が立つくらいの寒さだ。
「すげーロイド怒ってんじゃん」
「そりゃあ、マリーを口説かれたらそうなるでしょ」
「え、あー、そういうことか」
あれ、テオはロイド先輩の想い人知らなかったのか。私のせいで露見したのはよかったのかな? まあ、言い触らしたりする人じゃないし、きっと大丈夫なはず。ちょっと申し訳ない気持ちになりながら私達は未だに中央を眺める。そういえば、セイリム様は何処に行ってるのか。あの人肝心な時にいないんだよね、絶対これ見てるはずなのに。
「そ、それは! もちろん、彼女の身の安全と安寧を約束して、だな」
「……何故、お前と一緒にいてそれが約束できるのか。たかだか村の子供が」
「お、お前! これでもオレは村長の息子だぞ!」
「ならオレは伯爵家の息子だ」
「は……く、しゃく?」
「そして彼女は子爵家、ここの村も治めるロティ子爵家の娘だ」
まさか自分が口説いている相手が貴族だとは思っていなかったのだろう。一気に真っ青になって震えだした彼に、軽く同情した。まあ、こんな田舎村に貴族が来るとは誰も思わないのは仕方ない。
一気に騒がしくなった村人達に、私は溜め息を零す。これはもう誰かが介入しないと場は収まらないだろう。頭を痛くしていれば、ようやく待ち望んでいた人の声がした。
「はい、では貴方方の問題は私が預かりましょう。初めまして、皆様。私はセイリム・ローバート。王都務めの神官です」
パン、と両手を打ち合わせてニコニコと美女の如く綺麗な顔で笑みを浮かべた彼は、まさに聖人のように優しさ満面の笑みを浮かべている。けれど、私には太々しい顔にしか見えなかった。
「で、どうなったんだ? さっきの男は」
場を変えて村長の客間で息子である彼の話と婚約者である隣村の村長の娘の話を交互に聞いた上で仲介を買って出たセイリム様がようやく私達が借りている空き家に戻ってきたので聞いてみる。すると、彼は穏やかに微笑んだ。意地悪い顔でも呆れ顔でもないところを見ると、悪い結果にはなっていないのだろう。
「誤解が解けて婚約継続になりましたよ」
「誤解?」
「それに、お二人にも謝罪をしていました。巻き込んでしまってすまないと」
「はあ、一体何が何やら」
あの場では混乱して一言も言葉を出せないでいたマリーもすっかり落ち着いて、むしろ力が抜け過ぎた状態でソファに腰かけて首を傾げた。
「誤解ってことは、彼が言っていた裕福な暮らしと人を山や森に送っているってことが間違いだったってことですか?」
「一概には違うわけではありません。ただ、裕福な暮らしをしていたわけではありません。彼がそう思ったのは彼女が不用意に村中から食料となる麦を村長宅にかき集めた上に、更に食料となる獣を狩るためにいつもより人を出していたからです。普段でも薄暗い山や森には魔物がいて危険な場所、今は特に慎重になるべき時期です。それなのに、軽率に命令を出している。そのように思ったそうです。節制すべきこの時期に贅沢な暮らしのために、そんなことをしているのだろう……と」
なるほど、事実ではあるから彼女も言葉を詰まらせていた。だけど、誤解ということは、その行動の理由が贅沢のためではなかったってことかな。
「……彼は、少し思い込みが激しいのでは」
「そうですね。それは私からも厳重に注意をしておきました。婚約者の方を村長の娘として糾弾するのなら、ご自身の行動も村長の息子として責任を持ちなさい……と。証拠も確証もないままに事を進めてはなりません、と」
苦笑して、けれども彼を擁護するような言葉を口にするセイリム様に、思ったよりもあの二人は性根の悪い人ではないのだと理解する。それならば、何となく先は見えてきた。
「もしかしてですけど、彼女がそんな行動をしたのは、今後を見据えてですか?」
「その通りです。流石ですね」
「どういうことだ?」
「自分が贅沢をするためじゃなく、食料を集めていたってことは、これからどのくらいこの状況が続くかわからないから、まだ収穫や狩りが順調な内に食料の貯蓄を行ってるってことかもって。こういう小さな村だからこそ、村長の家が率先して行ってたんじゃないかな。その理由を知らぬまま彼がその事実だけを知ってしまって、ショックを受けて行動を起こしたって感じかな」
そもそも、なんか違和感があった。婚約破棄をしたいわりには、彼は事実以外では彼女を貶すことをしなかったし、すぐに運命の相手と言って別の……というか、マリーの方へと意識を向けていた。嫌っているのなら、破棄をしたいのなら、もっと感情的に言葉を放っていてもおかしくはない気がする。
それに、村同士結束を強めるために村長の子供同士で結婚する意味はあまりない気もするし。もし、本当にそれが理由だとしたら、もう少し村の人達も理解しているように思う。
それなら、あの二人が婚約したのも、実際はお互いに憎からず思っているからじゃないのかと思うんだよね。
「そうなんですよ。彼女はきちんと村全体に理由を述べた上に、村人達への協力を仰いだそうです。だけど、彼はその辺の情報収集を怠ったようで、先走ってしまったようですね」
「何でそんな思い込みでコンヤクハキまで話がぶっ飛んだんだよ」
「それが、初々しいというべきか、青春とも言うべきか……」
「……まさか、ちゃんと思い合ってる間柄なのか?」
ずっとしかめっ面を浮かべていたロイド先輩が、少しだけ驚いたように目を丸くして問いかける。それにセイリム様は苦笑して頷いた。
「そんなことする人じゃないとわかりながらも、こんな苦しい生活になった今、村人に危険なことを強要している光景を見てしまってショックを受けたそうです。それでも彼女のことを好いてはいたようですが、お互いに村を支える立場故に、許してはならないと思ったようで、完璧な先走り行動ですね」
「じゃあ、マリーに告白しようとしていたのは嘘だったってこと?」
「ええ。旅人ならきっとフってくれるだろうと。まさか子爵令嬢という大物だとは思っていなくて驚いたようですけど」
あー、彼女の行動に悩んでいる時に、偶然にも私達が来たことで、今このタイミングしかないって思っちゃった感じかな? こんな場所に旅人が来るなんてほとんどないだろうし、今を逃せばいつ行動できるのか、なんて思っちゃったんだろうか。だから、あんな祝いの場で婚約破棄を決行したのか。
「よく、相手は許しましたね」
「いえいえ、流石にとても怒ってましたよ」
ですよねー。勘違いで婚約破棄なんて冗談にもならないもんね。怒るくらいで結局婚約継続してもらえたんなら、男の人は心から感謝すべきだろう。
それでもこの程度の騒ぎで済んだのは、身分が田舎村の村長の子供でしかないからと、こんなことになってもお互いに思い合っている事実があるからだろう。何にせよ、先走った行いは褒められたことじゃないし、こんな目立った行動をした分、きっと今後何度もこのことでいろんな人から苦言を漏らされることだろう。なかなか居心地の悪い生活になるけど、それが彼への報いになるのだから大人しく受けてもらおう。
代わりに、巻き込まれた側である私達は、大目にみればいいだろう。
「こちらからは特に賠償はいらないと言っておきましたが、大丈夫ですか? マリエッタさん」
「え、あ! はい! 大丈夫です。びっくりはしましたが、私自身は別に何もしてませんし」
「……だが、ショックを受けたんじゃないか? 不敬罪として罰を与えることもできるぞ?」
「へ? いやいや、大丈夫です! その、ロイド先輩が、庇ってくれましたし」
ただ自分は驚いて固まっていただけだと必死にロイド先輩を説得するマリーが可哀想になって、私も一言添えて彼を諫める。何の反応も見せられないほど驚いていた彼女を相当心配していたのだろう。普段なら物わかりよくすぐに身を引く彼にしては珍しく、何度も意思を確認していた。それが、マリーのことを心配してのことだから、ロイド先輩を説得するにマリー自身苦労していた。
「ロイド、そろそろやめとけ。そういうのを強要されるのも負担になるヤツだっているんだ。特にマリエッタがそういうタイプなのは、お前の方がわかってるだろ?」
「……そうだな、すまない」
「い、いえ! 心配してくれて、ありがとうございます」
ハッとしたように身を引いて沈んだ声で謝った彼に、マリーは未だに戸惑い気味に首を振る。そういえば、マリーはロイド先輩の思考が読めなくて苦手とか言ってたことあったな。もしかして、未だにそうなのかも。でも、こんな場所で問いかけるわけにもいかないから、いつか二人きりになった時に改めて聞いてみよう。
何はともあれ、何事もなく終わってホッとする。
「一つ、気になったんですけど、どうして私だったのかな? 絶対ティーナちゃんの方が美人で目を引くのに」
「え? 誰が美人かっていうのは置いといてマリーを選んだのは単に彼にとっての好みがマリーだったからじゃないの?」
「えー! そうかな? 色味は違うけど、相手の婚約者さんの系統は、私より絶対ティーナちゃん寄りじゃない!?」
そう言われてしまうと何も言えない。マリーは小柄で可愛らしいタイプだ。そして、婚約破棄されていた彼女は、こんな村にいるように思えない、顔だちがはっきりとした、大人びたタイプだった。二人を見比べると、系統は確かに全然違う。婚約者さんのことが好きじゃないっていうなら好みがマリーだったって言えるけど、実際は両想いだったんなら、好みだったからっていうのもおかしいのはわかる。
「……でも、ほら、私と似た顔立ちなら、言い訳にするのは私じゃおかしいって彼は思ったのかも」
「あんな先走った行動する人が、そこまで考えて言うかなあ?」
「そう言われると、私も自信ないけど」
確かに、どうしてなんだろう。どうでもいいけどちょっと気になってしまう。首を傾げる私とマリーに、だけどテオが悩む素振りもなく即答した。
「そんなの、銀髪に例えられる果物が思いつかなかったからじゃねえの? オレも、ティナの髪をたとえられる食べ物は思い浮かばねーし」
…………。
その場にいる全員が妙に納得してしてしまったのは言うまでもなかった。
別に食べ物じゃなくていいんじゃないかなあ?!




