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幕間2.聖地トリア湖

※リリア視点

 聖地という言葉を聞いたのは、今回が初めてでした。けれど、トリア湖という名前はこの国の人間ならば聞いたことがあるはずです。それほど有名な場所ではあります。だけど、自然というものは壮大で、そして人の力ではどうにもならないほど脅威にもなり得るもの。聖地と呼ばれる場所はどこも有名ではありますが、その分人の足では訪れるのが困難な場所ばかりです。

 たとえば、今ティーナさん達が向かっていると思われるツィギー岩地。あの場所は周囲が岩山の山脈で囲まれており、ツィギー岩地はその名の通り、大きな岩がごろごろと転がっているような場所と聞いています。岩でできたその場所は人が通るには適さず、死角も多いことから野生動物や魔物が潜んでいても気付きにくい。そんな危険な場所でもあります。

 そして、私達が今、目の前にしているトリア湖もまた違った危険がはらんでいる場所です。湖とと呼ばれる場所ですが、同時にここは世界一壮大な滝がある場所でもあります。崖に囲まれ、四方から滝で水が落ち、その水が溜まる場所――それがここトリア湖。つまり、周囲は全て滝のせいで、湖に降りることはほぼ不可能と言っていいです。しかも、その湖は町一つ入るほどの大きさなのです。


「圧巻だな……こんな場所が本当に存在していたんだな」


「すごいわね。ヴィエジ大森林は規模がでかいだけで他の場所と比べて危険と思うことなんてほとんどなかったけど、ここが難関っていうのは一目でわかるわね」


「僕達にとって庭のようなヴィエジ大森林だけど、あそこも本来は人が入り込むような場所じゃないんだぞ。木々があまりにも集まり、日の光がほとんど入らないから魔物の温床にもなっているんだから。僕達が普段から入るのは、その魔物退治の為なんだからな」


「そんなのわかってるわよ。でも、子供の頃から足を運んでいたのよ? あたし達にとって庭みたいなものでしょ?」


 何だかすごい内容で言い争っていますが、今はそれどころじゃないと思います。見渡す限り水のこの大きな湖を、私はこれから浄化しなければなりません。それだけでも気が遠くなるのですが、何よりも、この湖一帯がまるで霧に包まれているかのように黒い靄が充満しています。これは、おそらく全て瘴気なのでしょう。ここを、本当に私が浄化できるのでしょうか。


「リリー、大丈夫か?」


 私が怖気づいているのに気づいてくださったジルシエーラ様が、心配そうに顔を覗いてきました。おそらく、この靄は私にしか見えていないのでしょう。瘴気は、上位の神官様か聖女にしか見えないものなのだと、以前セイリム様からお聞きしました。私がこの瘴気を見えるようになったのは、それこそ聖女の力が覚醒してからです。それ以前にこんな靄のようなものは見えていなかったので、神聖な力が強い人特有の視界なのだと思います。

 だから、私がどうしてこんな怖がっているのか、おそらくジルシエーラ様は理解していないのでしょう。それでも、こうして心配してくれることに嬉しく思います。


「だ、大丈夫です。とにかく、浄化してみます!」


「この湖は大きい。ぐるりと周辺を回ったとしても中央付近まで浄化の力は届かないんじゃないか?」


 冷静に湖を見ていたルドルフさんの言葉に私も頷きます。周囲を回るのだってかなり時間をかけるはずです。それは効率が悪い気がしますし、時間をかければ瘴気がまた集まってきそうな気もします。


「それなら、僕が抱えよう」


「…………え!?」


「空を飛んで、浄化しながら湖を進んだ方が早いだろう? 歩いて一周するだけでも一日かかるかもしれない」


 それは、その通りです。ですが、つまり、それって、体が、密着するわけで……。考えただけで顔が熱くなってしまいます。私の反応にジルシエーラ様も意識してしまったのか、僅かに頬を染めて視線をそらしました。


「あまり、そういう反応をされると、僕も躊躇ってしまうんだが……」


「す、すみません! だけど、その、私には、難易度が!」


「あの二人のように自然となんて、僕だって無理だ。だけど、飛行魔法ができるのはこのメンバーでは僕だけだし、他にできる人がいても、相手が異性ならどちらにしても譲る気はない。悪いが、割り切ってくれ」


 割り切る、なんて。まるで私が望んでいないような物言いに少しだけ悲しくなります。だけど、いつまでも迷っている態度をしている私が、それに文句を言えることじゃありません。これは、私の態度が悪いのです。だから、どうにか恥ずかしい気持ちを押し込めて、気持ちを切り変えます。

 私が今ここにいるのは、この聖地を浄化するためです。聖女として、世界の平和のために。ティーナさんだってあっちで頑張っているんです。私も頑張らないといけません。


「いえ、私の方からお願いします。ここなら、空を飛んでいても魔物はほとんど来ないと思いますし」


「ああ、よろしく頼む」


「でも、その前にこの周辺だけでも浄化しないとですね!」


 湖の上に魔物はいなくても、ここは聖地の周辺。こんな濃度の高い瘴気があるんですから、魔物が湧いてきてもおかしくありません。ここにたどり着くまでにだって有り得ないほどの魔物が襲ってきましたし。

 だから、私がいない間、少しでもやって来る魔物が減るように皆さんのために浄化をしなければ。そう思って一度浄化の力を展開しました。すると、今まで感じていた圧迫感のようなものがスッと無くなり、息がしやすくなりました。体が重いとは思っていましたが、もしかしてこれも瘴気のせいだったのでしょうか?


『――――けて』


「……え?」


「どうした? リリー」


「い、いえ」


 何か、聞こえた気がしたのですが、気のせいでしょうか?

 気になりますが、今は浄化するのが優先です。頭を振って切り変えて、ジルシエーラ様に向き直ります。


「お、お願い、します」


「ああ、任された」


 フッと柔らかく笑ったその顔を直視できません。やっぱり恥ずかしくて視線を思わず逸らしてしまいました。


「しっかりやんなさいよ!」


「お気をつけて、殿下」


「こっちは気にしなくても騎士三人だ。自分のことに集中しろよ」


 残る皆さんがそれぞれ励ましの言葉をくれます。それに勇気づけられて二人で頷きました。そして、ジルシエーラ様に抱かれて、空を飛びます。


「う、わあ……!」


「怖くないか?」


 正直、空を飛ぶなんてことほとんど経験がないので、怖くないなんて言えません。だけど、恐怖を感じる前に、ジルシエーラ様に触れられる場所が熱くて、恥ずかしくて、それどころじゃないというのが現状です。ダメです、集中しないといけません!

 ドキドキする胸をどうにか落ち着けて、聖女の力を出すために集中します。そんな私に気付いたのか、励ますようにジルシエーラ様は抱き締める力を強めました。嬉しいのですが、更に集中できません! 


(ひぇええ)


 情けない声をどうにか心の内に留めて、なるべく考えないようにするのですが、どうにもできませんでした。これじゃあ浄化できません。そう思って焦りそうになったその時、意識していないのに勝手に体から力が溢れ出ました。白みを帯びた紫の光が体を包むように漏れ出して、カッと周囲を照らします。


『――ぃ、助けて!』


「え!」


 光が当たった瞬間、一気に瘴気が消え去っていくのと同時に、眼下に広がる湖がざわざわと音を立てて波を起こします。まるで意思があるように、苦しむように。


『つらいの、助けて、はやく』


 か細い声で訴えて来るのは、一体誰なのでしょうか。わからないですが、きっとこの瘴気に蝕まれている誰かなのでしょう。それなら、早く解放してあげないといけません。そう強く思えば、更に力が強まって、どんどん浄化する範囲が広がっていきます。ジルシエーラ様はそのペースを確認しながら飛行速度を上げてくださいました。もっと早く、もっと強く。苦しんでいる人を助けてあげたい。その一心で湖の上を巡れば、あの息苦しい靄はすぐに消え去りました。キラキラと小さな光が飛んでいるように水面が輝き、波はすっかり治まっていました。


「すごい勢いで浄化したが、体は大丈夫か?」


「え、あ、そうです、ね。いつもなら辛いはずなんですけど、今日はそうでもないみたいです」


 聞かれるまで気付かなかったです。町並みに広い場所を一気に浄化したら、下手をしたら魔力が枯渇しているところです。だけど、今回は妙に強い力が意識せずに出せたお蔭なのか、思ったよりも魔力は消費していません。それでも、もう少し広かったら危なかったかもしれませんが……。


「それならよかった。皆のところに戻ろうか?」


「はい!」


 ぐるりと一周するように飛行していたので少し飛んだ場所に皆さんがいました。エルダさんとルドルフさんが剣を出しているので、魔物がやってきてしまったようですが、浄化したお蔭かその痕跡はありません。それに、疲れた様子もないので、危険ではなかったように思えます。ホッとして合流すれば、突然湖の表面がまた波立ちました。


「また!? 一体何だって言うのよ!」


 湖の中央から波紋が広がり、波立つその様子は異様としか言えません。ですが、湖の周囲は滝があり、私達は滝上から湖を覗いている状態です。いくら波が起きてもここまで被害が出ることはありません。ですが、身構えてしまうのは仕方ないことでしょう。


『礼を言います、女神の愛し子よ』


 涼やかな、優しい声が響きました。波紋が起きていた中央の水が盛り上がり、水の動きが止まった瞬間、そこから一人の女性が現れました。頭の上は白く、毛先にいくほど濃い青になる長髪は緩く波打ち、青と緑の中間のような瞳の色をした彼女は、息を呑むような美しさでした。にこりと笑うその表情すら神秘的で、一目で理解してしまいます。彼女は人ではありません。神にも似た存在なのだと。

 誰よりも早く我に返ったのはジルシエーラ様でした。彼は姿勢を正し、最上位の礼を取りました。


「私の名はジルシエーラ・シェル・グロワッサム。この国の王太子です。我々はここ聖地を浄化するために訪れました。しかし、貴女様の存在は私達王家も把握しておりません。どうか、貴女様のことをお教えいただけませんか?」


『ふふ、そんなに畏まらなくていいわ。私は水の大精霊。自然を司る精霊を束ねる存在です。この地は私の城。聖地と呼ばれる場所は、全て大精霊の城なのです』


 まるで鈴が鳴るような綺麗な声に聞き入ってしまいます。うっとりと見惚れていれば、会話の意味も理解しないまま立ち尽くしてしまいそうになりました。けれども、どうにか意識を切り変えて意味を咀嚼します。

 大精霊という存在は知りませんが、精霊ならわかります。ですが、本当に精霊がいるだなんて、驚きました。姿形が見えない存在は、憧れはしますが受け入れるのは難しいものです。

 そもそも、魔法を使う際に存在が確認できない精霊に魔力と引き替えに頼んでいる、なんてこと、私でも作り話の類だと思ってしまっていました。けれど、こうして大精霊という存在がいて、それを確認した人が今までにいるのなら、あの話は本当のことだったのかもしれません。


『この聖地は大精霊がいるために、他の地と比べて魔力が多く存在します。よって、魔王は復活する度にこの聖地を瘴気で満たすのです。そうすることで、世界全体は弱体化し、魔王にとって居心地のいい世界へと変わるからです』


「なるほど、だから魔王の力を少しでも削ぐために、魔王に向かう前に聖地の浄化を義務付けられているのですね?」


『そうでしょう。最初の女神の愛し子が導き出したその方法が一番効率的であり、そして未来に於いて瘴気の影響が少ない方法だったのでしょう。私達大精霊にとっても、瘴気に侵されている間はとても苦しく、厳しい状態です。浄化するのに時間が経てば経つほど、力も削がれてしまうのです』


 水の大精霊様は優しく微笑みながら私の方へと視線を向けました。湖の真ん中に佇む彼女は、静かに近付いて私達の前までやってきました。


『女神の愛し子。貴女の力はとても優しく、心地よかったです。私を瘴気から解放してくれて、ありがとう』


「い、いえ! 助けになれたのならよかったです! それに、お礼には及びません! ここを浄化するのが私……聖女の役目ですから!」


 さっき、浄化している最中に聞こえた声は、きっと水の大精霊様の声だったのでしょう。瘴気に苛まれて、苦しんでいた声。よかった、私は助けることができたのですね。

 目を細めて微笑んだ水の大精霊様は私の言葉に静かに首を振りました。


『いいえ。是非、お礼を受け取ってください。これは、きっと魔王を浄化する貴女の役に立つはずですから』


 そう言って手を差し出した彼女は、一つの宝石をそこに出現させました。煌めくような青い魔力がこもった宝石でした。まるで水面のようにキラキラと揺らめいて反射しています。宝石というより魔石なのだと思いますが、込められた魔力があまりにも神秘的で、目が離せません。


『これは私の力が込められた石です。一度しか使えませんので、気を付けてくださいね。私の力が借りたいときは、この石に水属性の魔力を込めてください。そうしたら、その魔力の軌跡をたどって、私の分身が貴女を助けるでしょう』


「そのような貴重な物を! ありがとうございます!」


『先に助けられたのは私ですから、次は私が助ける番なだけです。今は貴女に預けましょう。ですが、この石に込める魔力はそれなりに多く必要になります。できれば、魔力を込めるのは女神の愛し子以外の方がしてくださいね』


 大精霊様のお力を借りるなんて、そんな状況になるのはおそらく魔王と対峙する時でしょう。となれば、私やティーナさんはきっと浄化でいっぱいっぱいになるはず。だから、大精霊様は他の方に使うように言ってくださっているのでしょう。

 その言葉を素直に聞いて、私は頷きました。


「ありがとうございます、水の大精霊様」


「ありがとうございます!」


 ジルシエーラ様の言葉に私も同じく大精霊様に言葉を返します。同時に、エルダさん達もその場で頭を下げました。さすがにルドルフさんもこの場では合わせて頭を下げています。その姿に彼女は嬉しそうに微笑んで頷いた。


『女神の愛し子とそれを守護する騎士よ。まだ貴方達は成長途中。これからその力はもっと伸びるでしょう。どうか、お互いのことをきちんと見て、感じて、気持ちを深めてください』


「え、あ、はい」


「は、い」


 わかるようでわからない言葉に、私とジルシエーラ様は顔を見合わせました。まだこの力が伸びるから頑張れと言われているのはわかりますが、気持ちを深めるというのは何でしょうか。それに、私のことならまだしも、守護する騎士とはきっとジルシエーラ様のこと。つまり、勇者のことを示しているはず。その力とは、一体なんのことでしょうか。

 困惑している私達に気付いているはずなのに、大精霊様は何も言いません。きっと、これは答え聞いてはいけないことなのでしょう。だから、私達はどうにか言葉を飲み込んで、ただ頷くに留めました。


『次は何処に行く予定なのですか?』


「次はヴィエジ大森林に行く予定です」


『では、〝木〟のところですね。彼は穏やかではありますが、穏やか過ぎて少しじれったくなるかもしれません。あまりにも話が進まないようでしたら、さっさと話を切り上げてくれていいですからね』


 にこりと笑う彼女は、とても綺麗で素敵だけれど、言っていることは何だか厳しめでした。そもそも、私達に大精霊様のお言葉を切るなんてこと、できるのでしょうか。

 わかりませんが、ヴィエジ大森林は大精霊様にお会いする前に、気を付けなければいけないことがあります。


 あそこは、冷戦している隣国にも、聖地が広がっているのですから。


「大丈夫だ」


 私の不安を感じてしまったのか、ジルシエーラ様が小声で囁きました。向けられた真剣な瞳に、胸が高鳴ります。


「何があっても君は僕が護る」


 こんなこと、王子様である彼に言わせて本当にいいのでしょうか。護られるべきは本当は彼のはずなのに。私は聖女ではあるけど、ただの平民で、本来なら婚約者になれるはずもない存在。それなのに、身分なんて気にせずに、彼はまっすぐに私を見てくれます。それが嬉しくて、胸が熱くなりました。勝手に聖女の力が発動してしまいそうになるのを、どうにか堪えて、私は微笑みました。


「はい! 頼りにしています!」


 大丈夫。ジルシエーラ様が隣にいてくれるなら、きっと私は頑張れます。



 

このお話で、一度区切りがいいので更新を止めさせていただきます。

次はできれば年内には更新再開できればなと思うので、頑張ってストックを溜めたいと思います。

それまでお待ちいただければ幸いです!

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