8.継ぎ接ぎ
気付けば二回もお休みしてました!すみません!
これもギリギリ入稿したので、おそらく後から誤字修正等します!
大精霊という大きな存在と、テオの魔力の圧がせめぎ合う。一触即発。まさにそんな空気だ。
『面白い――この我にそんな大口叩くなぞ、よほどの自信家かただの馬鹿か。まあ、どちらにしても、剣を向けたからには覚悟はできておろうな?』
色味も相まって冷たい瞳を細めて睨みつけるその姿は、息も苦しくなるくらい鋭く、重い。誰もが息をする音さえ立てられない緊迫感を味わうなか、テオだけは平然とした顔で相手を睨みつける。
「喧嘩を売ってるんだ。攻撃されませんなんてバカなことは言わねーよ」
全ては覚悟の上。そう正直に言ったテオを、地の大精霊は楽しそうに口を緩ませるが、向ける視線は鋭いまま。
『よかろう。その蛮勇、受けてたとう!』
そう言って彼女が腕を振り上げたその瞬間、先程と同じように石の礫が舞い上がる。彼女は地の大精霊。岩や土を自由にできる。特にここは彼女の城。完全に地の利は相手にある。大精霊相手に魔法対決なんてシャレにならない。いくらテオが魔力強めでも、大精霊と比べたら月とスッポン!
「テオ、待っ――!」
「行くぞ!」
私の言葉なんて聞きもしない。普段の聞き分けのいいテオは何処に行ったのか。飛んでくる礫に向かって、彼はご丁寧に向かって走っていく。元より早かった攻撃が、更にスピード上がる方法を使うなんて、なんて馬鹿な!
「どりゃああ!」
魔法を使えば、もしかしたら風で防げるかもしれないそれを、テオは剣でぶっ叩く。魔力がこもった礫に、ただの物理攻撃が効くのか。土魔法で攻撃をあまりしたことがない私にはわからないけど、彼女の顔が驚きに染まっているところを見ると、普通ではないのだろう。
鋼の線を描きながらテオは突き進む。その剣の速さは、私にも追いきれない。毎日、何年もテオの剣を見ていた私にも、見切れない。
圧倒的相手に対して、同じく圧倒的速さと正確さで攻撃を防ぐ彼が、まるで別人に見えた。テオの強さに、私は状況を忘れて見惚れた。
『こやつめ!』
礫は終わりが見えない。それどころか地面が隆起し始め、整ったはずの聖地がまた騒然となる。土の大精霊……いや、本人は地の大精霊って言ったけど、私達的なことを言えば土の大精霊だ。彼女がその気になれば、地面をそのまま動かして私達を串刺しにすることもできるだろう。それをしないのはまだ彼女としても慈悲を持っているのだろう。
だけど、こうなってしまっては、テオが勝てる要素はない。
「そんな脅し効くかあああ!」
『舐めるなよ小僧! 矮小な人間の存在で、我に敵うと思うたか!』
テオの余計な一言に、激高した彼女は、更に数を増やし、鋭さを増した礫をテオに繰り出した。剣では追いつけない数に、流石のテオも風を周囲に竜巻のように起こして、それを弾く。けれど、全てを防ぐことは叶わず、肩や腕、足に切り傷を付けた。
「ぐっ」
『ふん、ほとんどを防ぐとは。人間の割に強いではないか』
「うっせーな! 当たり前だ、これくらいできなかったらオレはティナと一緒にいる資格すらねーよ! 彼女は、オレが護るべき相手だ。傷つけるなら、オレが許さねー!」
胸を刺すような言葉に、胸が熱くなる。どんな時でも、どんな相手でも、テオは私を護ってくれる。聖女にとって、勇者は何よりもかけがえのない存在。
きっと、それは、聖女の力の源が関係しているんだろう。だから、伝説では勇者を決めるのは聖女自身だった。聖女が願い、勇者も思う。その関係があるからこそ、聖女の力がより強く、より輝く。
ああ、本当に……。
(――愛しい)
まっすぐで、正直で、強くて、優しい。そんなだから、ずっとずっと傍にいたくなる。他人を、自分を信じられない私が、初めて何の警戒も打算もなく一緒にいられた存在。テオは、テオだけはいつまでも、私の特別だ。
『小僧、吠えるではないか! 大精霊を甘く見たこと、後悔させてくれる!』
良くも悪くもノリのいい大精霊は、また無数の礫を作り出し、テオに向けて投げ付けた。テオすらも対処できない数の攻撃。また受けるつもりで剣を構えるテオに、思考が真っ白になった。
戦闘に於いて、私は優等生のつもりだった。相手の思考、動き、味方の狙いや小回り。それらを考えて動いて、邪魔にならないように、むしろ援護できるように、常に冷静に立ち回れているつもりだった。そのために、自分が足手まといにならないようにと避けることは人一倍上手になって、時間を稼いで、慌てる時間も減らしてきた。だけど、今この瞬間だけは、そういう思考が全て飛んでいた。そう気付いた時には、テオの前に飛び出して、自分の体で彼女の攻撃を受けていた。
「ティナ!」
肩に走る激痛に堪らず顔が歪む。こんな攻撃、何か所も切り傷を受けているテオと比べれば、大したことない。そう思いたいけど、痛いものは痛い。平然とした顔なんてできなくて、冷や汗を流しながら彼女を見据えた。
「理性ある大精霊なら、もう引いてください。代わりに、私達は何もいりません。元より、ここを浄化することは使命でした。貴女の言葉を必要とはしてません」
『貴様……!』
「テオを、これ以上傷つけることは、私が許しません!」
反射的に浄化の力が出た。それを抑えるようなことはしない。この力は、テオの怪我も癒してくれるから。
大精霊に対して敬意は必要かもしれない。だけど、臆しては駄目。恐れても駄目。大切なものを護るために、私は聖女になったのだから。
『――ッ! これ、は』
「話は以上です。私達はもうここを離れます」
強くそう言って皆に視線を向ければ、戸惑いながらも頷いてくれた。反対はいないらしい。まあ、こんな気まずい場所、いつまでもいたくないだろう。
振り返ってテオを見れば、彼も不満ながらも頷いてくれる。これ以上揉めてもこっちが怪我するだけだってわかってくれたんだろう。
相手が反応しない内にさっさと退散しよう。そう思って踵を返した。地面を動かしていたから周囲の景色はまたすごいことになってたけど、道だけはちゃんと残ってた。それだけが救いかもしれない。
『……待て』
静かな声が私達を止める。その声は、穏やかで、どこにも剣呑さは感じられなかった。だから素直に振り返った。私を見る目はまだ歪だけど、未だ戸惑っているようだけど、でも彼女はようやく理性を取り戻した顔をしていた。
『すまぬ、どうか少し、時間をくれないか?』
躊躇うように、少し弱い声で問いかけてきた彼女に、警戒をしつつも全員顔を見合わせて考える。最終的に私に視線を向けられて、判断は私に委ねられた。実際、私以外には友好的な態度だったのだから、仕方ないことだろう。
「わかりました。では、代わりにお答えいただけますか? 何故、私は貴女様に嫌悪されたのでしょうか?」
聖地は他にも回る。その時、他の大精霊も同じような反応になる可能性があるなら、理由を聞いておきたかった。わかれば、聖地を浄化したらすぐに引き返したりと対策が取れるのだから。
『もちろん、こちらが礼を失したのだ。説明させてくれ。ただ、すまないが、お前を直視しながら会話をするのは難しいかもしれない。不快かもしれんが、我慢してくれると助かる』
「理由がわかればそれにも理解ができるかもしれませんので、今は気にしません。話しやすいようにしてください」
『助かる』
どうしても私の存在を受け入れがたいようで、彼女は私の言葉にホッとした様子で、僅かに視線を逸らした。その様子にテオは不満そうにしていたけど、私の顔を見ることで言葉が浮かばなくなる方が困るのでここは我慢してもらう。
『精霊は自然を司る存在。大精霊は自我を持つが、他の精霊は基本的に感情も思考も存在していない。ただ、自分が生まれた場所の自然を導く動きをする存在だ。我等大精霊に自我が存在するのは、ただ流れるまま存在する精霊が偏らぬように促す仕事があるためだ。その副産物として感情や理性というものがある』
精霊は自然に活力を与えるのが主な仕事。自我の持たない精霊は、自分が生まれたその場所で、本能としてその仕事をこなしているに過ぎない。だから、たまに精霊が多すぎたり、少なすぎたりして不具合が起きることがある。そういう事態を管理するために大精霊が存在する。
その例としては台風や冠水や地震など。ああいったものは精霊のバランスが崩れることで発生する、らしい。
『故に、精霊は自然のサイクルで生まれたものを好む。逆に自然では生まれ得ないものを忌避する傾向にある、らしい』
「らしい?」
『実際、そのような存在はほとんど見たことがないのだ。だから、今日まで知り得なかったというのが正解だろう。だが、知ってしまったのだ。どういう理由でそうなったかは我にもわからん。わからんからこそ、我はお主が気持ち悪いのだ』
あまりにもはっきりした口調に苦笑を浮かべるしかない。つまり、私は大精霊から見れば、どうやって生まれ、育ってきたのか全くわからないほど異質な存在ということだろうか。どういう意味で異質なのか、未だによくわからないけど。
「簡単でいいんですけど、私はどのように見えてるんですか?」
ちょっとした興味本位で問いかける。すると、彼女は気まずそうに……いや、嫌そうに顔を歪めて私を見つめてきた。そんなにちゃんと説明してくれなくていいんだけど……私見てて大丈夫なのか。
『お主は、外側はまるで作り物のように無機質に思える。魔力は混ざり合うこともなく、それぞれの属性が主張し合い、魂は、その体という器に収まり切っていない。上手い言葉が見つからぬが、そうだな……継ぎ接ぎに近いかもしれぬ。何一つとして一個人で括れるものがない。何故、それで生きているのか我には理解できない』
…………。
つまり、人形の中にごちゃまぜの魔力と大きさの合わない魂が入り込んで聖女と名乗っているようなものかな?
「え、何それ気持ち悪っ!」
『そうじゃろう?』
「大精霊様にはそれが視覚で確認できる、ということですよね?」
『そうなるな。本来、人とあまり関わり合いのない立場故、外と中で釣り合いの取れぬ人間なんぞ、ほとんど会ったことがない。更に言えば、瘴気に侵され続け、衰弱していたところに一気に浄化された今、病み上がりのような状態だ。理性が普段よりも鈍っておってな。結果、本能で感じ取った嫌悪感をそのままそなたにぶつけてしまったのだ。言い訳だとは思うが、済まなかったと思っている』
大精霊の見え方がどんなものなのか、未だによくわかりはしないけど、私が人には見えない他人の魔力の動きがわかるのと同じように、人には感じないもの、見えないものが一目で理解できるということなのだろう。結果、異物が少しでもあれば、それが違和感に繋がり、あまりにも食い違いが激しいものはあり得ない存在、自然では生まれないものとして認識してしまい、嫌悪に繋がる……みたいな流れだろうか。
それなら、まあ、仕方ないよね。なんて、単純に言える状況ではないけど。こっちは怪我も負ったわけだし。だけど、相手は大精霊で、圧倒的な力の持ち主だ。むしろこれくらいの怪我で済んだだけマシな方なんだろう。
だから結局、今回については仕方ないで場を治める以外他にない。こうして理由も話してくれた上に、謝ってもくれた。元より私達は大精霊がここにいることを知っていたわけじゃないし、助けたのも結果論に近い。事故のようなもので片付けて、次に生かすことを考えるべきだ。
『それに……』
大精霊様は少し戸惑いながらも私の目をしっかりと見つめた。初めてきちんと目が合った気がする。未だに表情は固いけれど、僅かに嫌悪の色は残ってはいるけど、私のことを見ようと努力していることがわかった。
『たとえ、お主がどんな存在であろうとも、あれはまさしく女神の力。とすれば、お主が女神の愛し子であることは確かなのだろう。どんな事情があろうとも、あのような態度をすべきではなかった』
「……いえ、もういいんです。そうやって謝ってくださいましたから。理由も知れたので、十分です」
『しかし、我の気が済まぬ。そうだ、これを持っていくがよい』
彼女は右手の平を上に向けて差し出すと、その上に淡い光を宿した宝石のような石を取り出した。琥珀色に煌めくそれはとても綺麗だ。魔力がまるで炎のように内で揺らめいていて、神秘的な光景を作り出していた。
「これは?」
『我は基本この地から動けぬ。特に今は世界中に瘴気が充満している故、大精霊と言えども容易に外に出るわけにはいかぬ。しかし、これを使えば、一度のみではあるが、その場に我の分身を送り、そなた達の助けになることができよう。これを……そうだな、そこの男に渡しておこう』
彼女は視線をロイド先輩に送る。ここで自分が指定されるとは思っていなかったのだろう。珍しく慌てて周囲を確認するように見回していたロイド先輩に、問答無用で石を手渡した。
『よいか? 助けが欲しい時はこの石に地属性……いや、そなた達の言葉で言うならば土属性だな。その魔力をこの石に込めるのだ。さすれば、その魔力の軌跡を追って、我の分身が駆け付けようぞ』
「……わかり、ました」
『それと、そこの男。そなたの大切な愛し子を傷つけようとして悪かったな。傷は痛まぬか?』
大事に石を握り締めたロイド先輩からあっさり視線を外して、今度はテオへと向き直る。気遣う様子に調子が狂うのだろうか、テオは居心地が悪そうに眉を寄せた。
「ティナが治してくれたからもう痛くねーよ。オレは、まだちょっと納得してねーけど、でも、ティナが気にしねーなら、オレも気にしねー」
『そうか。お主も心が広いな』
「そんなことねーよ! 誠意を見せてる相手にうだうだ文句言うような肝っ玉小せー男じゃねーだけだって!」
『ははは!』
え、すごい、なんか普通に雑談してる。
大精霊相手にまるで近所のおじさんと会話するようなノリなのはどうかと思うけど、テオはそういう態度でも憎めないからなー。そのコミュ力ちょっと見習いたい。
『先程の剣技、見事だった。そして、勇者としての資質も十分備わっている。そなた達の行く末は、きっと明るいだろう』
(……資質?)
彼女の言葉に引っかかるものを感じたけど、どう問いかければいいのかよくわからず、口を挟むのはやめる。そろそろお別れかと佇まいを正せば、彼女は柔らかく微笑んだ。相変わらず視線はズレているけれど……。
『次は何処に向かう予定だ?』
彼女の問いかけに、今までずっと見守っていてくれたセイリム様が一歩前に出て答える。
「次は最北部にあるニオン峡谷に向かう予定です」
『そうか……〝風〟がいる地だな。我と同じような状況ならば、今日と同じような騒動が起きると考えた方がいい。特に〝風〟は五人の大精霊の中で一番自由で一番我が強い。おそらくそなた達の言葉を聞く耳を持たぬだろう』
「ご忠告、ありがとうございます。道中で対策を練りたいと思います」
静かに頭を下げた彼に、大精霊様も頷いて微笑んだ。
『餞別だ。我の力が届く範囲で送っていこう』
見送りをしてくれるらしい。けれど、力が届く範囲ってどういうことなのか。首を傾げていれば、彼女は右手を腰の高さまで上げて、手を広げた。同時に、小さく地面が動いてギョッとする。
「え、え、何? 地面が動いてる!」
「オレ達も動いてる!」
『案ずるな。転倒はさせぬ。不安定なようなら座っておればよい』
では、達者でな! そう凛々しい声が響いた直後、私達の足下が動いた。その動きはまるで前世の歩く歩道のようだ。スピードは段違いだけど!
地面がどんどん動き、あっという間に聖地を抜けた。
「はやいはやいはやい! 怖いよティーナちゃーん!」
「……座った方がいい」
「体が硬直しているようですよ。ロイドさんが促してあげてください」
「すげー! 飛行魔法よりスピード出てる!」
「というか、障害物を器用に避けていくのもすごい」
飛行魔法よりスピードが出てるのに、飛行魔法より障害物の存在が邪魔をしてくる。結果、迫って来るいろいろな物に毎回ヒヤッとして、心臓が持ちそうにない。
土魔法でもこうして移動することができる。これにはかなり期待が持てるけれど、これを使うにはかなりの慣れと度胸が必要だなと、私は流れる景色の速さに目を回しながら思った。
それから一時間ほど、彼女の魔法が解けなかった。その間、ずっと心が落ち着かない状態だった私達は、精神的に疲労困憊に陥り、その日はもうそれ以上進むことなく野宿することにした。――ちなみに、聖地の外に置いておいた馬車は気付けば一緒に移動されていた。
けれど、一時間恐怖と闘っていた成果はとても大きかった。予定では三日はかけるだろう距離を、たった一時間で進んでしまったのだから。




