5.きっと、たぶん
「あ、あの、本当にここに私が乗るんですか?」
昨日の勢いは嘘のように、戸惑いと躊躇いでいっぱいの表情でシェリーさんはそれを凝視していた。
「ええ。だって、地道に旅なんてしたら早くても半月はかかるよ?」
「そ、そうなんですが……」
「付き合うって決めたけど、オレ達も旅の目的があるからさ。悪いけど、覚悟決めてくれ」
唖然とするシェリーさんに私とテオが二人で追い打ちをかける。気持ちはわからなくもないけど、あまり時間がないので早く覚悟を決めてほしい。
彼女の視線の先には何の変哲もない木の椅子が置かれている。彼女はここに座ってもらう。固い木の椅子が嫌だと駄々をこねているわけじゃない。ただここに座って終わるだけならこんなにも躊躇しないだろう。しかし、もちろんそれだけじゃない。その椅子をテオが背負って、その状態で飛行魔法を使うことが彼女を躊躇わせている理由である。
魔法も使えない人が、こんな椅子に座った状態で空を飛ぶなんて、前世の絶叫マシーンよりも怖い体験に違いない。でも、そうしないと往復一か月以上かかるから腹を括ってほしい。
「まさかケインさんがいる町が、山の向こうにある町だなんてねー」
「直線距離は短いんですけどね。山越えなんて……迂回路を使う以外基本的にありませんからね」
「……空を飛べば、片道数時間になるなら考えるまでもない」
というわけ。飛行魔法を使えるのは私とテオだけ。戦力的に少し不安な面もあるけど、最短距離を最速で向かう約束をして、この案が適用された。
「う、うう。わ、わかりました……!」
涙目になりつつも覚悟を決めたシェリーさんは、ようやく椅子に座った。それに括りつけられている縄を腕に通してテオは背負う。その状態で今度はマリー達が布状の太めの紐を使ってテオとシェリーさんを縛り付けた。
「あ、あの、重くないですか?」
「大丈夫大丈夫。こんくらい平気」
「す、すみません」
縮こまるように肩を丸めたシェリーさんはか細い声で謝る。人に背負ってもらうってちょっと遠慮するよね。特に知り合ったばかりの男性って居た堪れない。
「じゃ、行こっか! 三人はお留守番よろしくね!」
「はい。向こうに着いたら一度連絡をください」
何かあった時のために城から支給された通信魔道具をそれぞれ持っているので、手紙を送るのは簡単だ。ちなみに、個人的に持っている通信魔道具はテオにもお願いして実は別の人に渡してある。
了承の意味を込めて頷き、私とテオは同時に風魔法で空を飛んだ。
「ひ、ひぁあああああぁぁぁぁ――――」
シェリーさんのか細い悲鳴が町全体に響き渡ったようだった。
空を飛んで一時間と少し。ようやく山の頂上にたどり着く。あまりにもシェリーさんが怖がるからスピードを緩やかにしている関係でいつもより時間がかかる。
「ふぁあ、本当、すごいですね、魔法って」
流石にこれだけ長時間飛んでいれば浮遊感に慣れてきたらしく、シェリーさんも会話する余裕ができてきた。真下を見る余裕はないけど、通り過ぎる山の景色は見れる。それが眼下に広がっていることを不思議そうにしていた。
「風魔法が使えても、飛行できるとは限らないんだよ」
「え! そうなんですか? あ、魔力の大きさにも寄るんでしたっけ?」
「それもあるんだけど、この魔法はとにかく集中力と魔法操作の技術力みたいなものが必要なの。だから、力だけあってもできない人が多いんだよね」
「……ちなみに、その技術力がないと、どうなるんですか?」
技術力がないと? ないと普通に飛ぶこともできないけど、中途半端に空が飛べたらどうなるかな? 空には浮かべるんだから、出来てないのは体を覆っている圧力調節用の風ってことだよね?
「多分、凍ったり破裂したりするかな?」
「「え!?」」
圧力がかからなくなることで膨張するし、気温調節ができないことで体温も下がる。となれば、そのあたりがありそうかなーって何気なく口にすれば、途端一気に顔を青くする二人。折角、慣れ始めたシェリーさんがまたガクブルと震え始める。
「だだだだいじょうぶですよね? わたし、ここで放り出されたりしませんよね?!」
「ここで放り出したらそもそもその前に落下して普通に死ぬんじゃない?」
「そうでした!」
「いや、落とさねーから! こっちは何年この魔法使ってると思ってんだよ! 今更、そんな、危険があるって知って、怖気つかねーし!!」
「テオ、ちょっと声が震えてない?」
「ふ、震えてねーよ!」
まあ、そんな危険が孕んでるなんて、テオも想像してなかったよね。科学とかそういう概念が薄いこの世界にちゃんとした危険性を説ける人はほとんどいない。あるとしたら体験談になってしまうし、それはそれで怖いな。
気を取り直して飛行に集中すれば、やっぱりちょっと怖かったのか、さっきよりもスピードが上がっていた。でも、それを指摘するのは可哀想なので、気付かれないように苦笑するに止めておいた。
そうして半日程度飛行してようやくたどりついた町は、同じ岩の町なのに雰囲気はかなり違った。向こうの町は想像以上に色合い豊かな町並みだったけど、こっちは最初に想像した通り灰色の岩を使って作られた町並みだった。パッと見だと砦のように思えるほどだ。誰がどの建物に住んでいるのか、特徴がなくて迷いそうだ。
山一つ挟んだだけでこれほど変わるものなのだと感心する。おそらく山のこちら側とあちら側で切り崩している岩の色が元々変わっているのだろう。そう考えると、岩の色や特徴で石材の産地がわかるからいいのかもしれない。
「こっちもでかい建物多いなー」
「石材だから、建てるなら大きく頑丈に、それでいて数を少なめが効率的なのかもね」
「確かに。木材と比べると頑丈だし、壊れなそうだしな。それならちまちま作るより大きいのを作って住んだ方が経済的、なのか?」
守衛に見つかると驚かれるので、少し離れたところに降り立った私達は、ゆっくりと歩いて近づいていく。遠くからでも大きくて目立ったその町並みは、近づくと少し異様な空気を発していることに気付いた。
違和感レベルの話だったけど、町に入る瞬間にはその空気は顕著に表れてた。
「なんか、人気がない?」
「というか、守衛が目立つな」
「……いえ、守衛さんしかいないんじゃないですか?」
シェリーさんの言う通りだ。活気がありそうなのに目につくのは鎧を着こんだ守衛ばかり。今のご時世おかしくないけど、でもそれにしても町の人が全くいないのはおかしい。不思議に思っていれば、門に立っていた守衛の人が気まずそうに教えてくれた。
「君達は軽装なのによく無事だったな。この辺りは妙に魔物が多いんだ。そんなに頻繁に出てくるわけじゃないが、出たら一気に数を揃えて襲ってきたりもして危険なんだ。少し前に旅人らが護衛と固まってこちらに向かっていた集団も襲われてね。この町についてほとんどの人が今治療院にいるんだよ。それもあって、町の人はそっちに集中しているし、なかなか人も来ないから外を歩き回る人もめっきり減ってしまったんだ」
魔物が増えてどの村、どの町でも治療院や病院――ちなみにどっちも違いはないのだけど、運営している人によって呼び方が変わっているだけ――はほぼほぼ満床状態だ。だけど、宿一つまるまる明け渡さないといけないほどというのはかなり多い方だろう。
「そんな危機的状況なのか……。騎士団は派遣されてないのか?」
「随分前に要請はしてるんだけどな。土地的に派遣が遅れてるようだ。まあ、魔物の影響なんてどこにもある。人が足りないのは仕方ないんだろう。ここは領都から来るにも不便な場所だし」
仕方ない。そう理解しつつも不安に襲われているそんな顔をした守衛の表情に、私達は何も言えない。誰も余裕がないのだ。それでもどうにか救いが欲しいと思うのは仕方ないだろう。むしろ、小さい村だから申請しても仕方ないと最初から割り切っていたあの農村は珍しいタイプだ。ダメでも上に期待するものだ。
「あの、旅人等がよく利用する宿はどこでしょうか?」
「宿か。今は結構満員近いから空いてるかわからんが。この町には大きくて綺麗な宿が三つほどある。そのうちの一つは今使えないから残りは二つなんだが……」
「使えない? どうしてだ?」
説明の途中だけど浮かんだ疑問にテオが言葉を挟めば、守衛の人は僅かに顔を歪めた。
「本来ならそこも宿として使ってるんだけどな。さっき言っただろ? 前に魔物に襲われたヤツがいるって。思った以上に被害が多くてな。治療院のベッドが足りなくて、一つの宿を代わりに使ってる状態なんだ」
一応その宿も含めて場所を教えてもらい、私達は一つひとつ訪ねて、ケインという名の旅商人がいないのか確認することにした。一つ、二つと宿を訪ねたけれど、その名前の人はいない。
「どこ、どこにいるの、ケイン」
どんどん焦り始めたシェリーさんが先に歩くのを見つめつつ、私は小さく溜め息をつく。
「なあ、ティナ。お前はどう思ってんの? 今回のこと」
「何が?」
「あのケインって人が、何を思ってあんな手紙を送ったかってことだよ」
ここで予想を語ったところで何にもならない。もうケインさんがいるはずの町についているし、あとはいそうな場所をしらみ潰しに探すしかないのだから。
ここで見つからないなら、手紙に書いていることがほとんど嘘だということになるし、いたとしても普通の宿として利用しているところは見終わってしまった。となれば、もしこの町に本当にいるとしたら、考えられることは……。
「いい人のところに転がり込んでる」
「え……!」
「っていうのが、手紙から考えられそうなことだけど」
でも……。
「もし、シェリーさんの言う通りケインさんって人が誠実で、一途で、ずっとシェリーさんを思っていたような人なら……」
それなら、きっと彼の本心は彼女自身に〝嫌われる〟ことなんじゃないだろうか。
どうしてなんて、そういうのは抜きにして。私はそう思った。
「ケインさんっていう方は、この宿にはいませんね」
「そう……ですか」
三件目の宿も結局いなかった。そうなると何処を探せばいいのかわからなくなる。シェリーさんは明らかに気落ちして肩を落としていた。
「あの、この宿にいる人ってだいたいどれくらい前の人が多いんですか?」
どんな結果になっても会って確かめたい。その思いで気張っていたのに、肝心のケインさんに会えなくて茫然としてしまっているシェリーさんに代わり、私は宿の人に問いかける。治療院が満員だから代わりにベッドを明け渡しているのなら、いつからとかどれくらい前からを聞けばケインさんのことも何かわかるかもしれない。
「そうですね、ひと月ほど前くらいの方がほとんどです。こちらは、一応軽傷者ばかり集めてますし。怪我が治ったら違う宿に移ってもらってますから。そうしないと、こちらもすぐにいっぱいになってしまうので……」
「それって、守衛さんが言っていた、旅商人の人達ってことですか?」
「ああ! いえ、そちらはもう少し前に魔物に襲われた人達ですね。その人達は運が悪く、重傷者患者の人がほとんどなんです。ですから、軽傷の数名はこの宿にいましたが、今はもう傷も塞がって別の宿に移っています。それよりも重傷者の人が多く、未だに治療院にいる状態なはずです」
そうだ。守衛さんから話を聞いていたはずだ。
旅人らが護衛と固まってこちらに向かっていた集団、と。
どうしてその時、ケインさんとは関係のない人達だって思ったんだろう。宿三つともいないなら、治療院にいる可能性だってあるはずだ。私と同じことを思ったのか、シェリーさんを見れば顔を真っ青にしてた。まさか、そんなとか細い声で繰り返していて、とても正気に思えない。だけど、宿の確認を終えたのなら、もう残すはそこしかない。
「治療院の場所、教えてもらえますか?」
私達が訳ありなのだろうと気付いてくれたのか、話を聞いてくれていた宿の人は隠すこともないのですぐに治療院の場所を教えてくれた。走るようにしてその場にたどり着いた私達は、宿同様、受付の人にケインさんがいないか尋ねる。
「ケイン様、ですね。……はい、いらっしゃいます」
病院の人は、少し躊躇うように視線を彷徨わせたものの、すぐに頷いて肯定してくれた。つまり、そういうことだろう。シェリーさんはその場で崩れそうになりながらも、どうにか耐えて、病室を聞き出した。
不安と焦燥と心配できっと感情はぐちゃぐちゃなのだろう。思うように体が動かない様子のシェリーさんは、それでも引きずるようにして足を進めて、教えてもらった病室にたどり着いた。すでに満床の治療院は本来なら個室な小さなそこにも簡易ベッドを敷き詰めて三人ほど寝かせていた。プライベートなどあるはずもない。窓側に頭を向けて並べられたベッドの右端を、シェリーさんは見つめる。そこにいるのは頭と左手、そしておそらく胸から下にかけて包帯を巻きつけたくすんだ緑髪の男性がいた。おそらくと付けたのは、胸から下はシーツで隠されていて見えないからだ。けれども、その上に見える包帯で予想はつく。
「ケイン……」
そして、彼女の呟きで彼がケインさんだと証明された。その声はほとんど掠れていて声になっていないけれど、近くにいた私とテオだけはきちんと拾っていた。だけど、ケインさんは自分の呻き声で聞こえていなかったのだろう。痛みが酷いのか、脂汗をかきながら目を瞑って声を漏らしていた。一緒の部屋で寝かされている他の二人の男性も同じような状況だった。
「そんな、ケイン……嘘、嘘よ」
涙を零して彼女はゆっくりとケインさんに近づく。彼の心が自分から離れているかもという覚悟はしていても、こんな覚悟はしていなかったのだろう。私も、流石にここまでのことは想像していなかった。
もし、ケインさんが書いたあの手紙が、不本意なものであったとしても、それはきっと将来共にいることで彼女の迷惑になるからと、そういうレベルのものだろうと、軽く考えていた。
だから、そう、流石にこれは私も動揺してしまった。
(瘴気が、濃い)
魔物に襲われた人が多くいると言っていた。その言葉の通り、この町は全体的に瘴気が多い気がした。そして、この治療院は更にだ。薄く靄が見えそうなほどの瘴気に嫌な予感はしていたけど、その濃度が強い瘴気を傷に抱えている彼らは、見るからに瀕死だった。
きっと、日に日に傷が治るどころか悪化し、衰弱していっているんじゃないだろうか。
「ケイン!」
ようやく重い体を動かしてケインさんの脇にたどり着いた彼女は、泣き顔のまま声を張り上げていた。部屋に響く彼女の声に、痛みで呻いていた彼はビクリと体を震わせて、目を開けた。その視界に映るシェリーさんを見て、そして固まる。
きっと、信じられなかったのだろう。キョロキョロと視線を動かして状況を理解しようとしていた。だけど、目の前にいる彼女が消えることはない。
「しぇ、りー?」
「ケイン、ケイン! どうして、どうしてこんな状況に、なんで、あんな手紙を出して、私に、教えて……っ!」
縋るようにその場に膝をついてベッドに突っ伏した彼女は、それ以上言葉が出ないのか嗚咽を漏らすばかりだった。そうしてようやく彼女が本当にシェリーさんだと理解したケインさんはさっきよりも酷く痛む顔をして目を閉じた。
「なんで、来てしまった、んだ。あのまま、僕が、君を裏切った男だと、恨んで、関係を終わらせてくれれば」
そうしたら、君は僕を忘れて幸せな未来を掴めたかもしれないのに――。
そう、彼が言っているような気がした。
いや、きっとそう言いたいんだと思う。だって、彼はやっぱり彼女を愛しているように見える。自分を思ってここまで来た彼女を嫌がるようでも、煙たがるようにも見えない。ただ戸惑い、苦しみ、だけど彼女がここまで自分を思ってくれていることにどこか喜んでいるようにも見えた。
シェリーさんの町の人が、両親が、彼のことを信頼したのも頷ける。だって、こんなにもお互いに思い合っているのが、見てわかるから。
きっと、あの町の人達は、詳細がわからずともケインさんがシェリーさんを思ってあんな手紙を送った意味を少なからず察していたんだろう。最初はシェリーさんと同じように信じられずシェリーさんと同じ意見を述べていたのに、徐々に意見を変えたのはそのせいだ。
「バカか! 来るに決まってんだろ!」
いろんな感情で言葉が出せないシェリーさんの代わりなのか、ケインさんの言葉を強い口調で否定したのは、何故かテオだった。
身内でもない、会ったばかりの彼女のために、珍しくテオが怒りを露わにしていた。
ケインさんは驚いて視線だけテオに向けるけど、私達が誰かを考えるのは今のところ保留にしたようだ。話のできないシェリーさんの代わりに、テオと話を続ける。
「何故? 別の女性に、現を抜かす、馬鹿な男だよ、僕は」
「手紙だけで考えるならな」
「少し会ってないだけで、そんなことを言う、相手になら、十分だろ」
「手紙だけで判断するならな」
「……会えない時に、そんな手紙を送ってくる時点で、十分な判断材料だろ」
「じゃあ、お前は彼女にそうされたらそう思うのかよ」
容赦ない切り返しにケインさんは黙った。僅かに唇を嚙んでいるところを見れば、ケインさんもまた、同じ立場になればシェリーさんと同じことをしただろう。
きっと彼はわかってる。だけど、それでも来てほしくなかったんだ。その気持ちが、私は少し理解できてしまう。
「……それでも、シェリーに、こんな姿を見て心を痛めてほしくなかったんだ」
彼は、きっと長くない。このまま瘴気に侵された傷を持っていれば、痛みに苛まれ、眠れず、食欲も起きず、いつしか衰弱死するだろう。きっと、彼はそれがわかっていた。
でも、それをシェリーさんに伝えたら?
きっと、彼女は悲しむだろう。やるせない気持ちをどこにもぶつけることもできず、悲しんで悲しんで、立ち直れなくなるかもしれない。この二人は深い、深いところで思い合っているからこそ、彼にはそれがわかったし、だからこそ、本当のことを言えなかった。
それなら、自分を恨んで忘れてくれた方がいい。彼女が、悲しみに暮れるよりも、自分を恨んで、怒ってくれた方が、きっと早く立ち直れる。そう思ったんだろう。
だから、あんな手紙を送った。無事だった右手で、思ってもいないことを文字にして、危険手当で高くなった手紙をわざわざ何度も送って。
「バカだろ! 彼女を思うなら偽るな! 優しい嘘でも、自分を欺こうとした事実は、相手を思えば思うこそ傷つける行為だってなんでわかんねーんだよ! それに、これから先、あんたのついた嘘が最後まで気づかれずに済むって保証あんのかよ! あんたを恨んで生きてきた彼女が、その事実を知ったらどう思うか、考えたことあんのか!」
テオの声が病室に響く。同時に、私に、ケインさんに、そしてきっとシェリーさんの心に響いた。
そう、そうだ。愛している相手に嘘をつかれた。それが自分を思う嘘であればこそ、知った時のショックは強い。裏切られていたら、それは確かに苦しいだろう。でも、自分を思ってつかれた嘘は、事実が重いものほど、鋭利な刃物になる。
信じていた人が、本当は裏切っていなかった。
裏切るどころか、自分を最後まで愛していた。
それを、自分は、疑って、恨んで、見捨ててしまった。
事実を知った時、残るのはそんな残酷な結果のみ。
「好きなら偽るな!」
テオの言葉が私の心を揺るがす。
「彼女を愛してるなら、尚のこと正直に生きろ!」
テオの思いが私に訴えてくる。
「どうして来たって? そんなの決まってんだろ! あんたが彼女を思うように、彼女だってあんたを思ってんだ。その愛に応えるのは、嘘や誤魔化しじゃない。結婚するって決めた相手なんだ。命尽きるまで、お互いの人生を受け入れて支え合うのが筋ってもんだろ! あんたは! あのまま彼女と会えなくて満足なのか? もう好きだって言えなくてよかったのか? 幸せなら、自分を恨んでくれていいなんて嘘つくなよ! 好きなら自分にも正直に生きろ! 彼女を、自分を、ちゃんと受け止めろよ!」
じわり、じわりと胸の奥から湧き出るこの感情に、私は浅く呼吸を繰り返す。無性に泣きたくなった。それが、テオの気持ちなんだと、嫌でもわかったから。
はっきりとはわからない。だけど、この叫びたくなるような思いは、苦しくなるような思いは、テオに――触れたくなるような思いは、きっと……。
きっと、たぶん、愛なんだろう。




