3.タッサ領都
「このご時世、こんなに少人数でここまで旅をするなんて大変だったでしょ~? 今日はゆっくりお休みくださいね~」
「あ、はい。ありがとうございます」
「いいえ~、どういたしまして~」
ほのほのと花が飛んでいそうな柔らかくのんびりした口調の優しい声で話しかける彼女は、このタッサ領の伯爵夫人、つまりロイドのお母さんのテリーゼ様だ。ふわふわとした緩い曲線を描く茶髪の長い髪を揺らして、夫人自らが私達を部屋に案内してくれている。王都から出て既に二か月近く。ここから更に北上して、険しい山脈に囲まれるツィギー岩地に向かう予定だ。
けれど、その道中にある貴族の家にはこうして休憩場として邸に泊めてもらう手はずになっている。旅のメンバーであるロイド先輩の所と、その次に向かうニオン峡谷の途中にあるマリーの家を含めていくつかの家にお世話になる予定だ。もちろん、その人達は全員宰相閣下や王子の信頼のおける人達の家で、それ以外の貴族の人達には近くを通ることも秘匿されている。
というのも、私達が向かう先が基本的に国家機密とされているのも関係しているからだ。
「皆さん強く逞しい方々なのは承知ですけど~、それでもきっと旅の疲れが溜まっていると思うので~、数日はきちんと休養を取ってくださいね~」
「はい、ありがとうございます。今のところは三日ほどお世話になる予定です」
「それだけで大丈夫ですの~? もっとゆっくりしてくださってもよろしいのに~」
「今は大変な時期なので、過度な歓待は必要ありませんよ、タッサ夫人。こうして安全で居心地のいい寝床を提供してもらえるだけで十分です」
貴族の代表としてセイリム様が笑って言えば、夫人は目を細めて柔らかくお礼を言ってきた。今はどこもかしこも食料に余裕がない。貴族という立場である以上、重要な人を迎えたら歓迎しなければならない。だけど、私達は豪華な食事や社交をするためにここにいるわけじゃない。そんなことされても平民の私やテオには息苦しいし、皆も心苦しい思いをするばかりだ。特にここはロイド先輩の領。ここで歓迎を受けるということは、ロイド先輩の領の人達が苦しい思いをするかもしれないということだ。そんなことは誰も望みはしない。
「では、旅に必要な物資は明日にでも教えてくださいね~。なるべく希望通りに用意できるよう尽力しますわ~」
「ありがとうございます、助かります」
「あと、ロイドは後で顔を見せなさいな~。久しぶりですもの~」
夫人の言葉にロイド先輩も無言で頷いた。家に帰ってきてもロイド先輩はやっぱり相変わらずの無口だった。
ロイド先輩の邸に着いたのは昼過ぎ。それから好意に甘えて一度入浴をし、旅の汚れを落としてから少し休んだ後に夕食へと呼ばれた。豪勢な食事は遠慮したけど、それでもここは貴族の家。抑え気味にしても平民とは比べ物にならないくらい品目の多い食事が並んでいた。ふわふわのパンやあっさりと飲みやすいスープ、新鮮なサラダやじっくりと火を通したお肉などなど。本当にこんなものを頂いていいのかと恐縮してしまうくらいだ。だけど、私もテオも思わず目を輝かせて見てしまった。
「どうぞ、遠慮せずに召し上がってくださいな~。食べきれなくてもご不快じゃないのでしたら使用人の方で食べていただく予定ですわ~」
飾らない言葉に驚いて顔を上げる。高貴な方が食べる料理を使用人や平民に分け与える行為はあまりしない。したとしてもよっぽどの理由がないとしないし、ましてや食べ残し等を人に与えるなんて品がない行為はしない。今、食事事情が深刻だからこその行為だとしても、それを客人に知られるような真似なんて以ての外だろう。やるならひっそりと、気付かれないようにするはずだ。それほど、その行為は貴族としてはしたない、下品な行為だと認識している。
「やっぱり嫌でしょうか~?」
困ったように眉を下げる夫人に、私は慌てて首を振った。
「いいえ。残り物で申し訳ないと思いますが……」
「あら、むしろただ捨てるだけよりはいいと思いますの~。それに、基本的に食べてくれるのは料理人の方よ~。自分が作った物に絶対の自信があるからこそ~、残り物でも快く食べてくれるから助かってますのよ~」
ニコニコと優しい笑みで話してくれる夫人にホッとして、私は促されるまま椅子に座った。
美味しい料理に舌鼓を打ちながらおっとり夫人との会話を楽しむ。学校ではどうだったか。何が得意で何が苦手か。旅をしていて困ったことはないか。私達が気負わないように何でもない会話を投げかけてくれる夫人はとても癒し系な気がする。それにしても……。
「今は大変な時期だけど~、ここは麦の他にも工芸品も有名なのよ~。また落ち着いたら是非遊びに来てほしいわ~」
「ロイドちゃんは迷惑かけてないかしら~? 身内贔屓かもしれないけどとってもいい子なのよ~。是非仲良くしてね~」
「最近流行っていたパン、聖女様が広めてくださっていたの~? クルミが入ったパンは私とっても気に入ってるのよ~。具が入ってるとパンだけでお腹いっぱいになってとってもお得よね~」
夫人めっちゃ喋る。
てか、伯爵一言も喋んない!
しかも、お得とかなんか貴族らしくないこともいっぱい言ってて変な感じ。でも、嫌味じゃない。おっとりほんわかしてて、つい気が抜けちゃう。
ロイド先輩って結構無口タイプだなって思ってたけど、父親似なんだな。それでも、伯爵より全然喋るけど。
「聖女さま~、明日はよければ私とお茶しませんか~?」
「ふぁ! ええ、是非! あの、夫人、よければ私のことはティーナとお呼びください」
「あらあら~いいのですか~? でしたら、私のことも是非テリーゼとお呼びくださいな~」
お蔭でなんか時間の流れがゆっくりに思えて仕方ない。
「今日はお茶に呼ばれてくれてありとうね~」
約束通りその翌日。指定されていた中庭のガゼボに通されて、私はほんわかほわわんな夫人と対面していた。通されて驚いたのは、何とこの場に呼ばれたのは私だけだったこと。つまりこの場には私と夫人二人きりだ。
「寂しいお庭でしょ~。いつもならまだ色とりどりのお花で心を和ませてくれるのだけど~」
憂いを帯びた瞳で庭を見渡す夫人に、私も静かに周囲を見回す。まだ時期は夏前。本来ならまだまだ元気に季節に沿った花が咲き誇る見事な庭園なんだろう。だけど、この場に広がっているのは花弁が散って、茎や葉すらも萎びた光景だった。
「ここはまだ花だけだからいいのよ~。でも、こうして育たなくなるのはどの植物も変わりないと思うと胸が痛むわ~」
頬に手を添えてそっと溜め息をつく夫人に私も静かに頷いた。どこでも同じだ。花も木も畑も何もかも、植物はどんどん枯れていく。それは、太陽を失ったからだけではないのだろう。
ここに来る前に立ち寄った麦畑の村で思ったことだけど、魔王が復活したことで世界全域におそらく瘴気が広がっている。それはきっと、空気中に毒が蔓延していることと同意だと考えられる。息をするように毒を摂取している植物達は、太陽の光という濾過装置を失い、どんどん衰退しているように思う。結果、枯れゆくその光景を眺めることしかできないのだ。
「テリーゼ様、明日もしお時間がありましたら、この周辺をご案内いただけませんか?」
私の突然の申し出に夫人は不思議そうに首を傾げる。意味を掴み損ねていることに気付きつつも、敢えてそれには答えず更に怪我人の元への案内の要求も追加した。そこまで言えば私のやりたいことを理解したようで、彼女は驚いたように目を丸くする。
個人としては喜びたいけれど、伯爵夫人としては受け入れていいのか、悩む素振りを見せる彼女に私は意識して微笑みかけた。
「これは〝個人的〟なお礼です。私は聖女として旅をし、聖女だからこそこうして素敵な邸に招待を受けている状態です。テリーゼ様にとってこれは王命で、貴族としての義務だとしても、テリーゼ様の穏やかな会話やこの邸で受けた細やかなおもてなしは私個人の心にとても響きました。だから、個人的に出来得る限りのお返しをさせてもらえたらと思うんです」
ちょっと強引なのは理解しているけど、少しでも夫人の気持ちが楽になるように言葉を尽くす。
私がここにいるのはそもそも聖女としての役割を果たすため。そして、それを支持するのがこの国の貴族としての義務だ。だけど、何処であっても瘴気の影響を受けていて、苦しい状態なのは変わらない。そんな中で王族と同じように優先しなければならない存在が訪れれば、当然負担は増える。負担を強いている以上、労働という形でお返しがしたい。お世話になったのは聖女である私なのだから、それぐらいの贔屓は許されるはずだ。
「……ティーナ様、タッサ伯爵領を代表してお礼申し上げます。よろしくお願いします」
すっと背筋を伸ばして、のんびりとした口調を直した夫人はまっすぐに私を見つめて頭を下げた。その姿に人の上に立つ威厳というものを感じる。
ゆっくりと頭を戻した夫人は、空気を変えるようにパンと手を打ち鳴らして柔らかく笑んで、またのんびりとした口調で話を振った。
「さて~、じゃあ残った時間はお喋りを楽しみましょう~。ティーナちゃんは~、好きな男性はいる~?」
その内容は何故かコイバナだった……。
男友達の母親に振られるコイバナって、ちょっとどうなんだろう……?
「テリーゼ様こんにちは!」
「テリーゼ様! この前は騎士を派遣してくださりありがとうございます!」
「テリーゼ様、やはり日に日に畑が……!」
伯爵邸から暫く馬車を走らせ、その後は徒歩で先に進む。顔を見た瞬間、領民達が絶え間なく挨拶や会話を求めるその姿に一緒についてきたセイリム様やテオも私と同じように唖然としていた。ちなみにロイド先輩とマリーは邸にお留守番だ。
途切れることなく領民から声をかけられる夫人の大人気ぶりにはただただ驚くしかない。
「ごめんなさいね~、いつもこの辺りは私が回っているので~、皆気軽に声をかけてくださるのよ~」
「夫人が領内の視察に?」
のほほんとした口調で謝ってくれる夫人に、セイリム様が問う。その間にも目があった人達は頭を下げて挨拶をしてくれている。
「ええ~。私が担当している地区もあります~。もちろん、あの人も一人で回ることもあります~。でも、ほら……あの人は人と会話するのに結局 私 が必要ですから~」
……何だろう。気のせいかもしれないけど、今ルビで〝通訳〟って文字が見えた気がする。
「ティーナさん、どこまで行きますか?」
「あ、そうですね。今回は畑が目的なので、なるべく広い畑地区の真ん中に行けたら……」
「それなら~、もう少し先に行ったところですね~」
夫人の言葉に頷いて、更に奥へと進めば視界一面が畑になった場所に出た。根菜はもちろんのこと、とうもろこしやトマト、キュウリといった背の高い畑もズラリと並んでいる。整然ではあるけれど、圧巻とも言えるその光景に一瞬目が奪われた。だけど、すぐに気を持ち直して向かう場所を考えた。
「セイリム様とテリーゼ様はこの場にいてください。テオは私と一緒に空にいい?」
テオの手を引きながらそう口にすれば、三人共頷いてくれる。一緒に中心地まで歩くのもいいけど、全体にどれほどまでが畑なのか、把握できないうちに畑を踏み荒らすような真似はしたくなかった。それなら空を飛んでしまえばよく見えるし、中心地にも直接足をつけられる。
飛行魔法さまさまだ。
テオに抱えられながら空を飛ぶ。最近はずっと旅スタイルだからこうして魔法で、しかもテオに抱えられながらの飛行は久しぶりに思えた。この町に来る前に見渡すかぎり麦畑を見回すために空を飛んでいたけど、あの時は魔物を逃がさないことに必死で、こうして落ち着いて見るのとは違っていた。あの時の麦畑には負けるけれど、落ち着いた状態で領内を見回せるのはいい気分だった。
「空飛んだままやるのか?」
「ううん。多分風魔法が邪魔になっちゃうから下りるよ」
今日は祈るだけじゃなくて歌に浄化の力を乗せる方法を取るつもりだ。その方が遠くまで力を広げられることがわかっているからだ。
飛行魔法を使った状態で歌っても、体の周囲に集まる風が音を遮断してしまう可能性がある。更に浄化の力を使っている間は私自身は他の魔法が使えない。つまり、浄化の力を風魔法でもっと広げるっていう裏技も使えないってことだ。
となれば、もうできることはなるべく遮蔽物がない場所で思い切り歌って浄化を届けるしかない。
周囲に畑しか見えないほどの中心部に足をつける。私の邪魔にならないように少し離れようとしたテオの手を掴んで止めれば、不思議そうに首を傾げられる。
「このままここにいて」
「? まあ、別にいいけど」
意味は理解してないのにあっさりと頷いてそのまま頷いてくれる。その絶対的信頼と無意識の甘やかしに胸がくすぐられて、頬が緩みそうになった。
(意図しなくてもこうして力をくれるんだもんなぁ、テオは)
感じる熱に、響く鼓動に、痺れる思考に、私はゆっくりと目を閉じた。溢れる想いを糧にして、神話を語るように聖歌を歌い、浄化の力を解き放った。
少し長めの聖歌を歌い終わると、魔力の半分程が失われていた。人より多い魔力を有しているはずの私は、今までこれほどの魔力を消費したことはない。慣れない消失感に拭えない疲労を覚えて、深く息をついた。でも、その分浄化の力は行き渡ったはずだ。町全体とは言えないかもしれないけど、この周辺の畑は確実に浄化を終えているだろう。太陽の光はないままだけど、瘴気が消えればそれなりの成果は得られるはずだ。
とにかく今は夫人とセイリム様のところに戻ろう。そう思ってテオの方に視線を向ければ、何故かテオは固まって動かない。
「テオ?」
呼びかけても微動だにしない。何かあるのだろうかとテオの視線の先を追いかけてもそこには瑞々しい葉をしたとうもろこしの畑しかなかった。何もおかしいところはないはずだ。
「……? テオ?」
再度呼びかけても返事はなかった。仕方なくもう一度視線の先を見る。
「あれ、そういえば……さっきよりなんか視界が悪い」
というか、瑞々しい? あ!
「畑が見るからに元気になってる! じゃあ、浄化は成功だね!」
「まあ、そう、だな……この前の麦畑でも思ったけど、すげーな。浄化してる時の畑の様子って、見てて面白いんだなー。また今度見せてくれ」
「次の自然相手の浄化は多分聖地だと思うよ?」
いくら食糧問題のためとはいえ、畑を見かける度にやってたら旅が終わんないでしょ。まあ、それでもここまで来たら一個目の聖地もあと少しでたどり着くかな?
「とりあえず戻ろっか」
「おう」
行きと同じように魔法で空を飛んで二人の元に戻る。するとそこには領民がこれでもかってくらい集まって唖然とした様子で畑を見ていた。
「聖女様だ!」
「聖女様!」
「ああ、聖女様のお蔭で畑が!」
「ありがとうございます!」
うわー、大感激している人達の熱気がすごい。まあ、でも、感謝されるのは嫌じゃない。誰もが不安になっている中で少しでも希望を見出せるのは悪いことじゃないだろう。喜んでくれている姿に私は苦笑しつつもそこに降り立った。その瞬間、ドッと押し寄せる領民にテリーゼ様達と一緒に対応する。泣いて喜ぶ人や興奮して顔を真っ赤にする人。そして前の村同様崇め始める人と様々だ。
「何だ何だこの騒ぎは!」
そんな中、遅れてやってきて状況が読めない領民が来たのか、声を上げる人がいた。気のせいかな、どっかで聞き覚えのある声な気がする。
「お、何だ嬢ちゃんじゃんか!」
人を掻き分けて顔を出したのは赤が混じった焦茶色の髪と茶色の瞳をし、この世界ではあまり見ない褐色肌をした渋いおじさんだ。馴れ馴れしい言葉遣いに領民の人は怪訝そうにその人を見ていたけど、私は懐かしい人物にパッと顔を明るくした。
「ガーシュおじさん! 久しぶり! 何、もしかしてここに丁度立ち寄ってたの?」
「おう、久しぶりだな! まさか王都じゃない場所で会うなんてな。ここは品物も多くていつもの巡回ルートに入ってんだよ」
快活に笑うその姿に何だかホッとする。魔王が復活してから怒涛の日々を過ごしていたから、昔と変わらないものが少しでもあると安心した。私と仲がいいということに気付いた領民達も、怪訝そうな顔を解いて安堵していた。きっとこの街を救った聖女が機嫌を損ねてしまうのが怖かったんだろう。
尊い存在というのは畏怖の感情を向ける相手でもある。尊敬する分、その人から自分達という括りがどのように見られるのか不安になるものだ。だからこそ遠巻きにされて距離ができる。仕方ないことだ。
「お、何だココ! すげー畑元気じゃんか!」
「何だ、誰かと思ったらガーシュじゃんか。商売の途中か?」
「おい、ボウズ、俺は何処にいても商売してんだよ。まるで王都には帰省のためにいるような発言すんじゃねー」
「え、あんた自宅王都じゃねーのかよ?」
そういえばガーシュおじさんの実家が何処なのか私も知らないや。褐色肌が種族的な違いなら、もっと辺境の土地なのかもしれないな。田舎だからこそ、商売とか旅人になって世界を巡るのを夢見る人ってそれなりにいるらしいし。
なんて、他愛無い会話を広げながら私達はそのまま邸の方へと歩き出す。テリーゼさんが私達の様子からガーシュおじさんまで邸に誘ったので、ちゃっかり言葉に甘えているのは流石というか、図々しいというか。だけど、素直なそういう性格が憎めないんだよね、この人。
たまに会う親戚のおじさんみたいなノリで、なんかほっこりするし。
そうして邸に戻ってきた私を出迎えたのは疲れた顔のマリーだった。
「ティーナちゃあああん!」
「ぐっ!」
勢いよく飛びつかれて一瞬息が止まる。衝撃が、すごい。
「もうもうもう! 伯爵様とロイド先輩と一緒の空間なんて荷が重すぎるよ! 一人は無口で一人は無口どころか声すら聞かない! 私、もうどうしていいか! 何でお留守番組になったの!?」
そういえば、テリーゼ様がなるべく領民に威圧感を与えたくないと言ったから二つに分けたんだ。で、ロイド先輩は既に顔バレしてるから必然的に留守番にして、バディのマリーも一緒にと思ってそうしたんだっけ。
でも、やることがないならロイド先輩が伯爵様のお手伝いをするのは必然だし、空気を読むマリーならそのお手伝いをするのも自然な流れ、かあ。でも、そうだよね、無口な親子に挟まれたらいくら人の機微を読むのが得意なマリーでも気疲れするよね。
「ご、ごめんね。マリー」
「ふぇええ、ロイド先輩の思考は大分わかるようになったけど、伯爵様は難しいよぉ」
「あらあら~。ごめんなさいね~、マリーちゃん。あの人、私がいないと意思疎通難しいのよ~。でも、ロイドも多少はわかっていると思うから大丈夫かな~なんて思ってしまったわ~」
「テリーゼさまぁ!」
「でも、すごいわ~。ロイドのことをわかってくれる人はここでも少ないもの~。あの子の近くに貴女のような人がいて嬉しいわ~」
よしよしとマリーの頭を撫でる夫人にマリーも素直に甘えた。大分大変だったのか、実は人見知りするマリーが夫人には素直に心を曝け出しているように見える。夫人はおっとりしていて癒し系だからかな?
何だか微笑ましくて口元が緩んだ。同時に昨日お茶会の時に夫人が漏らした言葉を思い出す。
『実はね、あの子に春が来たようなの~。いつも近くにいてくれる気の利くとてもいい子なんだって、私達に素直に報告してくれたのよ~』
嬉しそうに、楽しそうにそう私に教えてくれた夫人は、もう相手が誰なのか見当がついているような様子だった。ちらりと夫人に視線を送れば、彼女は私としっかりと目線を合わせて優しく微笑んだ。そして空いている手で人差し指を立てて唇に当てる。
内緒よ、と。
(候補を絞るためにも昨日はまず私とお茶をしたのかな?)
そして、私にそのことを教えてくれたってことは、まあつまりはそういうことで。友人の秘密を知ってしまった居心地の悪さに少しだけ視線を外して、私はそっと溜め息をつくのだった。




