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序章



世界から光奪われし時 魔王現る

草木は枯れ 空気は淀み

病に侵され 世界は混沌と化す


太陽という希望の光は失われた

絶望へと落とされた人々の前に聖女現る

淀み 穢れた世界を浄化し 人々を癒し

自らを希望の光とし立ち上がる


勇者と共に世界を巡り

魔王が穢した聖地を浄化した

ついに聖女は魔王の前に辿り着く

瘴気侵されし魔王に その身に宿りし光を放つ


そうして世界に光が満たされた




「これが、初代聖女様の伝説として一番広く語られている伝説です」


「へえ、確かに何となく聞き覚えがある気がするな」


 王都から旅立った私、テオ、マリー、ロイド先輩、そしてセイリム様は、見た目は荷馬車のような……けれども一般的な荷馬車よりかなり頑丈に造られたそれに乗って、のんびりと北上していた。ただの移動なら風魔法で飛んだ方が早いし楽じゃん、なんて思ったけどそういうわけでもない。

 あまりにも長距離移動になれば移動だけで魔力はスッカラカンな上、一日二日で終わる旅じゃない。荷物もあるし、何より飛行魔法が使えるのは私とテオだけだ。旅をするには飛行魔法はあまりにも向かなかった。ということで、やはり旅に馬車は必須だった。

 それに、この荷馬車型にしたことで、テント代わりにもできる。お蔭で持ち運ぶテントが一つだけになって荷物が大分減った。


 馬を扱ったことがあるというロイド先輩に御者をお任せして、私達はのんびり中でセイリム様から今の話を聞いていた。


「テオ先輩、それ子供でも知ってる内容だよ?」


 関心しているテオにマリーが引き気味に答えれば、セイリム様も呆れた様子で頷いた。


「そうですね。しかも、テオドール君はティーナさんと教会に通っていましたよね?」


 言外にこのくらいの知識に触れる機会は多かっただろうと苦言をもらっているテオは、流石に居た堪れないのか視線が泳いだ。ちなみに、魔法学校に入ってからも一度は触れる一般常識でもあるので、私はフォローしてやんない。


「いやー、オレ、ほとんど子供達と外で剣教えてたから。あはは」


 私達が教会に行っている時は、私は女の子達と中で料理したり、絵本読んだり、セイリム様からお話を聞いたりすることが中心だったが、テオはほとんど男の子達と外で木剣を振り回していた。だから、セイリム様と面識はあるけれど、ほとんど会話がしたこともなかった。この旅で一緒になるからと顔を合わせた時もテオは珍しく表情が硬かったからそれなりに緊張していたんだろう。今もかなりぎこちない。緊張っていうか、もしかして打ち解けてないっていう方が合ってるのかも。


「でも、テオは子供の頃は聖女様のお話に沿った絵本とか好きだったよね? なら、それくらいのこと知っててもおかしくないのに。気になったりしなかったの?」


「あーまあ、小さい頃はな。でも、ティナと会ってからは勇者とか聖女っていう形式にこだわらなくなってたから……。伝説を調べたところでどうにもならないだろうしなーって思ってたし」


 そういえば、血縁関係についてもどうでもいいで済ませるタイプだっけ。聖女がどう決まって、どんな動きをしたのか……なんてそういう細かいこと気にするような性格してないよね。でも、私に会ったことでってどういう意味なんだろう? 内心で首を傾げる。


「まあ、それはいいとしてさ、それが今から行くところと何の関係があるんだよ? ただ聖女が現れて魔王倒したっていうだけの話だろ?」


 そもそも事の発端はテオがこれから向かう場所の詳細をセイリム様に尋ねたことだ。実は、聖女が向かうべき場所は王家の方で既に把握しているよう。つまり、魔王の所在も理解しているのだ。それならば、その場所にリリーと共に聖女二人で向かい浄化すればいい話なのだが、どうしてか二手に分かれて旅をすることになった。何処に向かっているのか。そこに行って何をするのか。実際ちゃんとした説明を私達は受けていない。けれども、王族を含め、セイリム様も当然の流れとばかりに旅の手配をしていたので、おそらくこの旅は魔王討伐に必須なのだろう。王子を信頼している私達はそう理解して、忙しい彼等に今まで質問をしてこなかった。

 そして、旅立った今、ようやく時間を共有できるということで聞けなかったことを聞いている最中だった。


「今から向かうところは、先程話した伝説の中にある〝魔王が穢した聖地〟なのです」


「それって、瘴気が充満したところっていう意味じゃなかったんですか?」


「そういう解釈で合っています。だけど、瘴気は何処にでもあります。魔王が復活したことで、活発化してしまいましたからね。そう考えてしまうと世界中旅して浄化しないといけません。ここで注目すべきは〝聖地〟という言葉ですね」


 そういえば、聖地なんていう言葉今まで聞いたことがないな。前世的感覚で言えばパワースポットとか聖堂がある場所、神が人だった時に過ごしていた場所、とかそういうイメージだけど、この世界ではどういう認識なんだろうか。


「それってどこなんだよ? てか、どうして聖地って呼ばれてんだ?」


「私達もどうしてその場所が聖地と呼ばれているのか、その理由はわかっていません。ですが、そこが世界の核と呼ばれるほど、重要な場所であることだけはわかっています。だからこそ、そこの瘴気を浄化することが重要なのです」


 世界の核……つまりパワースポットみたいなものかな?


「核はこの国を中心に五か所に存在しています」


「五か所?」


「ええ。私達は王都から北東にある岩山密集地になっているツィギー岩地と最北部にあるニオン峡谷に向かいます。殿下達は南西にある滝に囲まれたトリア湖、そして南東に広がるヴィエジ大森林に向かいます。それぞれ回り終わった後は一度落ち合って最後の聖地へと向かう予定です」


 どこも険しい大自然が広がる場所として有名で、人が立ち入るような場所じゃない。それに、その聖地を浄化すればいいと言うけど、浄化すべき範囲が明確じゃないのも問題だ。セイリム様が何も言わないということは、知らないということ。セイリム様がってことは、きっと王子も把握できていない。浄化の明確な範囲はおろか、聖地がどういう場所なのかもきっと。わかっているのは、今説明してもらった通り、世界の核と呼ばれている聖地の瘴気を浄化しないと、魔王の浄化への道のりは開かれない、ということだろう。だから、刻一刻を争うこんな時にでも、聖地への浄化を何よりも優先しているのだから。全てが手探り状態なのは変わらないだろう。


(私達の前に五代も聖女がいたのにこの情報伝達の甘さ……。方法がなかったなら仕方ないけど、聖女関連は敢えてのことが多いから疑っちゃうんだよね)


「待って! 殿下達が向かうのがヴィエジ大森林って、それってデートリア領の?」


「ええ、そうです。デートリア辺境伯のお二人の領地に広がる大森林です。そして、それは、半分は隣国の領地にあります」


 だからこそ、そちらは殿下達に向かってもらうのです、とセイリム様は言葉を付け足した。


 エルダには殿下の護衛として地位が高い二人についてほしいと説明したけど、向かう先がデートリア領なのも関係してたのか。

 聖地がデートリア領にあって、しかもそれが隣国にも広がる大森林で、確実殿下が必要な案件なら、私が何を言ってもエルダはあっち行きじゃん。え、その時私の代わりに誰か説明してくれてもよくない? どうして私だけに説得丸投げしてたの?


「隣国とは今は冷戦で、緊迫した状態が続いてますからね。そんな時に聖女が確実来るとわかっているなら確実何か仕掛けて来るでしょう」


「仕掛けるって……え、聖女をどうにかするってことかよ? そんなことして何の得があるんだ? それにさ、聖女って王族と同じくらいの地位があるんじゃないっけ?」


「テオ先輩、それこの国だけだよ。王族とかならまだしも、貴族だからって同盟国でもない、むしろ敵国が地位を尊重してくれると思う? 聖女という明確な存在意義があるけど、だからこそ平民の聖女を手にできたらその分隣国は単純に力を得ることになるんだよ」


「でも、今はそんな時じゃないだろ?」


 確かに、今は魔王が復活して、誰が見ても世界の危機だ。瘴気は蔓延し、太陽は隠れ、作物は萎び、魔物は増える。これが長期に渡れば人は滅びの一途を辿るほどのピンチに違いない。

 だけど、だからこそチャンスにもなり得る。特にこの国を敵対視している国は。


「テオ、歴代聖女様が何処の生まれか知ってる?」


「どこって、えーっとこの国じゃねーの?」


「そ。この国で生まれ、この国で育っている。()()ね」


 最後の言葉に力を込めて言えば、テオはようやくその異常さに気付いたようだ。僅かに眉を寄せて全員? と言葉を繰り返した。


「聖女が生まれるのは、魔王が現れた時だけ。魔王がいるってことは、今みたいに世界の危機に陥ってるってこと。世界っていうのは、この国じゃなく全国を含めた全体陸の危機。そして、その魔王を浄化できるのは聖女のみ。単純に言うなら、その聖女を所有している国は、この時期に至っては一番力を持つことができるの。だって、世界を救う人材を輩出する国だもの」


 聖女を見つけ、聖女が旅をし、浄化し、そして魔王を倒す。つまり、魔王討伐に向かうのはこの国の民で、そのサポートをするのもこの国の民。

 聖女を有する国としてそれは義務だ、使命だと、そう思うかもしれないけど、だけどそれを主張したとしてもこの国が魔王討伐に一番尽力した事実は消えない。同盟国はもちろん、関わりのない国であっても、魔王討伐を終えた後は必然的にこの国に頭が上がらなくなる。もちろん、それは冷戦状態の隣国だって同じことだ。


「魔王が存在する時代だけは他国は私達の国に頭が上がらなくなる。そんな状態になることを、隣国はよしとはしない。魔王討伐の功績で今後ずっと強く出られなくなるくらいなら、魔王討伐前に聖女を奪ってしまえばいい。少なくとも、それくらいのことは考えるだろうね」


 他国に聖女の地位が共有できないのなら、平民の私やリリーは力づくで奪われたら抵抗しようがない。それもあるからこそ、王子はリリーとの婚約を早めたんだろう。


「うわー、ジルのヤツ大丈夫かな」


「まあ、聖地を浄化することが魔王討伐に必須事項なら避けようがないしね。でもセイリム様、この国の人達は聖地のことも知らないのに、隣国ではその情報は流れちゃってるんですか?」


「ティーナさんは多分もう気付いていらっしゃるんでしょう? この国では特に聖女の情報が操作されていることに」


「そりゃあ、まあ……」


「それでも、聖女関係は基本この国で起こって、この国で終わります。詳細については他国にはほとんど出回ってはいないと思います。けれども、あの国は敵国です。魔王を倒し、危機が去ったことはきちんと全国に情報を流しますが、それ以外は一切連絡をすることがありません。だからこそ、隣国であり敵国であるあの国はおそらく独自の情報網を駆使して探ってきていると思うのです。聖地が何ヶ所あり、どのような方法で浄化をする、というほどの詳細じゃなくとも、隣国にも広がっているヴィエジ大森林を浄化しなければならないことくらいは把握していると思います」


 そうだ、そもそも大森林は隣国にも広がっているんだ。浄化するためとはいえ、隣国まで足を伸ばして浄化しなきゃいけないなら、緊急事態と言えど容易に不法入国はできないか。となれば、浄化をすること自体は知られてるのはおかしくない。


「魔王討伐の旅に外交問題とか、人ってめんどくせーよな」


 溜め息つきながら何か他人事のように言ってるけど、テオも人間だからね?


 ま、王子とリリーのことは心配だけど、私達も油断はできない。聖女は王族相応の地位として扱われるけど、そもそも聖女がいる時代が稀だ。その認識がきちんと根付いているかどうかなんてわからない。実際、王子に言われないとテオは知らなかったわけだし、私もきちんと勉強していないと知らなかった。となれば、平民はもちろん、貴族にだって認知は低いと考えるのが無難だろう。これから先、会う人達が最低限の常識ある人達なことを祈るしかない。


 まあ、でも……きっと私達も面倒なことに巻き込まれるんだろうなーっと、今から私は遠い目をした。



 

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