幕間8.騎士の務め
※エルダ・デートリア視点
あたしは冷戦状態になっている隣国と接しているデートリア領地を治めるデートリア辺境伯の娘として生まれた。両親も兄貴はもちろん、騎士のその家で生まれた以上、女のあたしでも、そしてもちろん男のエリクも、例外なく騎士として育てられる。皮肉と言うべきなのかはわからないけど、男であるエリクはどれだけ頑張っても剣の腕はいつまでも並で、女であるあたしはメキメキと騎士として力をつけていった。
子供の頃はとにかく何かができるようになるのが嬉しくてただがむしゃらに剣を振り回していた。一方で、エリクはずっと後ろでヘロヘロになっていた記憶がある。それを憐れむことも、貶すこともあたしはしなかった。というより、視界に入っていなかったと言うべきかもしれない。エリクは足元を見つめて、あたしは前だけを見ていた。双子なのに隣にいない。それが子供の頃のあたし達だった。
それが変わったのは十歳の誕生日。魔法適性検査をしたその瞬間からだった。
あたしには火の魔法。そしてエリクには土と水と風の三属性。貴族であっても、両親が魔法を使えても、子供にまで遺伝するとは限らない。だから、火魔法があるだけで、あたしは十分だった。だけど、エリクの三属性魔法の結果は、その感動を打ち消すには十分な衝撃だった。ただ、最初は驚きだったと思う。気にしていなかったところに伏兵が出た、みたいなそんな感じだ。
あたしの家族は面白い展開になったと傍観者を決め込み、あたしは唐突に現れたライバルに目の色を変えた。現れた、なんて言うと元々ずっと近くにいたと今のエリクには言われるだろうけど。
エリクは騎士ではなく、魔法師。あたしは騎士。だからといって対抗心が芽生えないわけじゃない。ずっと前ばかり見て気にしてこなかったとはいえ、エリクは私の双子の片割れ。生まれた時からずっと一緒にいた。一番近くにいる、一番の好敵手だった。
とまあ、いろいろ語っていたけど、相手に対する意識は変わったとしても、あたし達の関係はあまり変わらなかった。騎士と魔法師というのは気軽に対戦できるものじゃないし、特訓方法も闘い方だってまるっきり違う。それに、デートリアでは魔法師より騎士の方が主流で、エリクは自分の魔法訓練をどうするのか、自力で模索しなければならなかった。だから、少ない書物を漁って一日中部屋に閉じこもる日も少なくはなかった。
だけど、これも幸いというべきなのか、脳筋一家と陰ながら言われている我が一族の中でエリクは異質な頭脳派だった。だから、魔法師という戦闘スタイルは天職と言っても良かったんだろう。魔法が使えるようになって一年、二年と日を追うごとにエリクはその才能を開花させていった。あいつが魔法を使う度、見たこともない光景が世界を彩っていって、正直あたしは嫉妬した。綺麗で感動して、だけどそれ以上にすごくて、悔しくて、自分では見せられない世界を、あいつは作れるんだって。初めて、ズルイと思った。
だから、あたしもがむしゃらになって訓練に励んだ。元々騎士としての才能はあったから、そんなに必死にならなくても同年代には負けない実力はあったと思う。でも、きっとそれじゃあ足りない。きっとすぐにエリクに勝てなくなってしまう、そんな気がしたから。
あたしも魔法を特訓して、それ以上に剣を振って、朝から晩までずーっと。
それを見たエリクもまた静かに別の場所で魔法の特訓をしていたって誰かから聞いて、もっともっとやらないとって必死になった。
世間では、あたしとエリクの関係はギスギスして、決して交わることのないと出回っているけど、実際はそんなことない。エリクはあたしを、あたしはエリクをきちんと認めている。お互いに敵対しているのではなく、ライバルだと思っているのは確かだし、普通の人より派手な口喧嘩もするけれど、ただそれだけだ。むしろ、騎士として育ったあたし達にとってそれくらいのことはただのじゃれ合いに過ぎない。
それに、あいつが魔法師である以上、あたしとコンビを組めるのはやっぱりエリクなのは確かだ。双子だからバディとして選ばれたんだろうけど、そうじゃなくてもエリクが相手なのは納得しかなかった。
でも、そんな風に幼い頃から認めている相手がいたからこそ、あたしにはきっと当分自分で忠誠を誓いたい相手はできないだろうって思っていた。今はただただエリクに負けないようにすることで必死だったから。そんな時に魔法学校に入学して、あたし達以外にもすごいヤツがいることを知った。辺境伯領は広大だけど、世界としては狭かった。だから、いろんなところにいる魔法が使える人達が集まった学校はあたしにとって新しい世界だった。
ここには家族やエリク以外にもすごいヤツが集まっている。もしかしたら、その人達と手合わせすることで、エリクに一矢報いる攻撃方法が思いつくかもしれない。そんな思いからすごいヤツを探しながら日々を過ごしていた。
そして、あの日、あたしはようやく出会った。騎士ではないのに、エリクとも違う、あたしより強くて、だからこそ仕えたいと思う存在に。
「納得できないんだけど!」
あの魔物襲撃事件が起きてから既に半月ほどの月日が経った。その間に国は聖女や魔王についての情報を集めたり整理したり国民に発信したりと大変だったみたい。あたし達は混乱を避けるためにほぼ謹慎状態みたいなものだったから、本当に他人事だけど。
それでようやく魔王討伐メンバーが発表され、そのメンバーにあたしもエリクと共に選ばれた。それ自体は栄誉あることだし、当たり前! なんて言うほどは自惚れてはいないけど、でも選ばれたからには自分の力を最大限に生かす方法でいきたいと思うのは誰だって同じはず。
となれば、あたしは自分の主君となるティーナがいるチームにつきたいって思っていたのに、チームメンバーは既に決まっていたし、そのチームにはティーナがいないしで不満だらけ。文句の一つも言いたくなるわよ。
「エルダ、騒がしいぞ」
「うっさいわね! こっちは主従問題が関わってんのよ!」
「大体、君がティーナの下についたなんて、理解してる人がほとんどいなかったんだ。仕方ないだろう?」
「何言ってんのよ! 本人が知ってるじゃない!」
そう叫んで思わずティーナを睨みつける。未だに慣れない白銀の髪を揺らして視線をあらぬ方に向けているあたしの主は何も言わない。言わないし視線も合わないけど、つまり何? もしかしてそのことをすっかり忘れてたとかじゃないでしょうね?
「驚いた、いつの間に二人は主従になったんだ?」
王子は本当に初耳だったようで目を丸くしてあたしとティーナを交互に見た。まあ、あたしが誰かに膝をつくなんて、あたし自身思っていなかったことだから驚くのも仕方ないでしょうね。王子とは同学年だし、エリクとも気が合うようだったから入学当初から関わりは持っていて、よく知る仲だし。
それに、あたしとエリクがバディになったこともあって、王族として他の人より気にかけていたんだろうし。だから、あたしがどんな性格なのかは多分このメンバーの中でエリクの次に理解しているはず。驚くのも無理はない。知らなかったんだから、王子があたし達を王子のチームに引き入れるのも理解できる。だけど、ティーナはそうじゃないでしょ!
「魔物襲撃の時にね。そのあとゴタゴタしてて王子には報告してなかったけど……でも、別に報告義務があったわけじゃないし、仕方ないでしょ?」
「別に咎めるつもりはないが……だが、このチーム分けはティーナの意見が大分入っているが」
「何ですって!?」
信じられない気持ちでまたティーナを見やれば、彼女は更に視線を後ろ側へと向けて、視線どころか顔すら見えない。
「ちょっとティーナ! どういうことよ! もしかしてあたしの忠誠を信じられないっての!?!?」
「エルダ、少し落ち着きなよ」
「エリクは黙ってて!」
「はあ……ティーナ、お願いだからコイツにもわかるように説明してくれないか。これじゃあ帰ってからとばっちりを受ける羽目になる、僕が。それは御免だ」
言わせておけばとばかりにエリクにも睨みを利かせるけど、今更そんなことで怯むような性格じゃない。面倒臭いという感情を前面に出してあたしの視線を受け流している。
「わかった、ちゃんと説明するからまずは最後まで聞いてくれる?」
「……わかったわ。聞いてから文句を言えばいいのね」
「もうそれでいいから」
大きく溜め息をつきながら振り返ったティーナは困ったように眉を下げて笑った。その表情に嫌悪は見られないから、あたしを嫌がっているわけじゃないことはわかる。それに密かに安堵する。
ティーナを主と決めたことに後悔はない。彼女はその辺にいる人間よりよっぽど強いし、城の騎士とも対等にやり合える実力者だ。だけど、そんなこと関係なく彼女に惹かれたからこそ、あたしは膝をついて――実際はついてもいないし、忠誠の定型文すら口にしてないけど――彼女の騎士になった。でも、彼女はただの平民だ。家事も闘いも自分でする一般人で、王侯貴族の立場にはいない。そんな彼女にいきなり忠誠を誓って、戸惑われたり嫌悪されたりする可能性だってある。だから、今回のチーム分けも、もしかしたらその気持ちからなんじゃないかって疑ってしまった。
「エルダが私に忠誠を誓ってくれたことはちゃんと覚えてるよ。もちろん、チーム分けを考える時、そのことも踏まえてエルダを私の方に入れることも考えたんだけど、戦力配分と権力配分を考慮してこうなったの」
「ちょっと待って、権力配分って、むしろ王子がいる時点でこっちにあたしとエリクがいるのは権力過多じゃないの!」
ティーナとテオドールは平民で、一緒にいくメンバーだって子爵のマリーと伯爵のロイドでしょう? 高位貴族になるのはロイドだけだし、正直に言えばそういう権力を使う場面で頼る相手としては不安に思うくらい頼りないわ。
「まあ、両チームの権力配分で考えるとそうなんだけど、まずジルシエーラ様がいる時点でそっちのチームが権力過多なのは変わらないでしょ? それに、近衛騎士がいない以上、王太子傍にそれ相応の身分の人を付けないとでしょう?」
それはわかってる。魔王討伐にはどうしても時間がかかる。というのも、ただ魔王を追って魔王を倒して終わり、にならないからだ。ややこしくしているのは魔王自身なんだけど、あたし達はどうしても魔王以外のことにも優先すべきことがある。だから、聖女が二人いる今回は効率よく、時間短縮のためにチーム分けを行った。
それでも、おそらく魔王討伐までに一年近くはかかる予定で、人を動かせば動かすほど兵力は分散されるし、その分必要になる費用や食料は嵩む。そんな余裕は太陽の出ないこの時期にはない。だから、チーム内に王子がいても、騎士を付けるわけにはいかない。でも、護衛が一切いないのも困る。そこで、元々聖女候補として挙がっていたあたしやマリー、そのバディが護衛とつくことになった。
「……つまり、王子に見合う身分と実力を買われた結果ってこと?」
「そう。私がエルダを認めている証拠だと思ってくれない? 実はジルシエーラ様は一度エルダ達を私達に付けるって案を出してくれたの。でも、それを断ったのは私なの」
「……」
ティーナの考えは理解できるけど、納得はできない。あたしの実力と身分を考慮して王子側へと進言したことはわかったけど、でも……ティーナ自身があたしを求めてくれていないということでもある。確かに、ティーナは強いし、テオドールだってかなりの実力だ。認めるけど、それでもあたしが忠誠を誓った相手が、あたしを求めてくれないっていうのはかなり心に来る。押し付けたような忠誠ではあるけど、嫌がってはいなかったと思っていた。だから、ガラにもなく落ち込んだ。
「それにね、エルダの力を信じてるからこそ、リリーを護ってほしいの」
「……え?」
「私の騎士でしょ? だからこそ、リリーを護り通してくれるって信じられる。信頼してる人にじゃないと、リリーは任せられないでしょ?」
冗談でも茶化しでもない。まっすぐと透き通った薄青い瞳をあたしに向けるティーナに、グッと口元を引き締めた。彼女のこの表情を、あたしはよく知っている。焼けるように痛んだあの目を顔色一つ変えずに治したあの瞬間も、同じ顔をしていた。
ティーナのことを、あたしはさほどよく知らない。あたしにはあたしの、他人には他人の事情がある。それを人に理解を求めるのは難しいことだし、そんな時間があるなら自分の力を磨く方が楽だと思う。だから、あたしは基本、他人の事情を聞いたりなんてしない。ティーナを主と決めたのは、八割直感に寄るもの。その一つに、この目がある。
ティーナは、リリーとの子弟関係を思いの他大事にしてる。きっと彼女は自分がどう思われるかなんて気にしないタイプだ。そういうところがさっぱりしていて気に入ってるんだけど。でも、リリーに関してだけは、自分のことより優先する。あたしのあの怪我を治した時も、多分ティーナはあんな目立つ場所で治療魔法を使いたくなかったんだと思う。あの力の強さは平民が持っているのは異常なレベルだし、大した後ろ楯がない人が公開していい力じゃない。だから、きっと前もってリリーには内緒にするよう約束してたんだろう。
でも、その約束をリリーは破った。それでも、ティーナはそれを咎めることなく、弟子が師匠を頼ったから、とそんな軽い感じで引き受けて、あたしを癒した。
だから、ティーナのリリーへの思いは相当だ。彼女のその思いを、あたしはその短い時間で十分すぎるほど理解してる。
そんな彼女が大切にしているリリーを、あたしに託すという。それは、騎士として誉とも言えるんだろう。
でも、だから、不満はあるけど、本当は頷きたくないけど、今はどうにか堪える。
「……わかったわ。ティーナがそこまで言うのなら、引き受けてあげる」
「よかった……。あとついででいいんだけどリリーのあれ、もう少しマシになるようにしてあげてくれない?」
力を緩めたその笑みは本当に安堵しているようで、それはあたしがリリーの傍にいることへの安心なのか、それとも聞き分けのない子供が賢くなったことへの安堵なのか。どっちもありえそうなのがちょっとムカつくけど、ティーナのその次の言葉に視線を動かす。
王子とリリーが隣り合って座っているけど、リリーは始終顔が赤いままで決して王子の方を向こうとしない。それどころか一言も話さない。婚約者になったことは知ってるけど、何このポンコツ具合。これでどうやって魔物と闘うのよ。
「え、本気で言ってるわけ? あたしただの騎士で教育なんてできないわよ」
「これはもう教育のレベルじゃないと思う」
「あたしができることと言ったら背中を思い切り叩くくらいだけど……いいの?」
それは比喩でも何でもない。物理での叩きだけど。
「…………エリクに頼んでおいて」
「それもどうなのよ……」
まあ、あたしよりかは説明は上手いし、人の心情にも理解を示すタイプだけど。でも、まず男女の差があるだろうし、何ならエリクがリリーに教えている間に、王子が暴走しないかが心配なんだけど……。まあ、そうなったら大変なのはエリクだからいっか。
「ところで、そうなるとあんた達のチーム、結局権力配分が低くなるけど、それは問題ないわけ?」
「ああ、それに関してはこっちにセイリム様がつくから大丈夫だと思う」
「はあ? セイリムって……確か城勤めの神官じゃない?」
そりゃあ、その人公爵令息で権力はあるだろうけど、本来城から離れられない神官が、城どころか王都から離れてどうすんのよ! しかも、ついていくのは王子がいる方じゃないとか、どういうこと!?
「私もどうかと思ったんだけどねえ……セイリム様の悪い癖を抑えられなくて」
「悪い癖?」
もう卒業した先輩のことなんて知らないあたしは、ティーナの言葉に首を傾げる。だけど、彼女は疲れた顔をするばかりで説明をしてくれる気配がなかった。それを見兼ねたのか、エリクが小さく息をついて補足した。
「セイリム卿と言えば、勉学も魔法能力も文句のない実力者で、性格も温厚で神官の鑑と言われるほどの存在だが、唯一の欠点と言えば、聖女への愛が深いことと聞いているな」
「え――? 大丈夫? 出発前にあたしが始末しようか?」
そんな人、聖女の前に出しちゃヤバいんじゃないのと思って真面目に聞いたのに、その場にいる全員が首を横に振った。聖女マニアらしいけど、異常者ではないらしい。能力はあるってみんな言ってるけど、リリー相手だと対応が難しいからティーナ側に入れたんだろうなってことがあたしでもわかるから、きっと〝聖女が関わらなければ〟が前提なんだろうなと、何となく理解した。
聖女でもティーナだからその神官を制御できるって考えらしいけど、そんな人をどうして同行者に選ぶんだか……って思ったけど、公爵令息っていう肩書だけでなく、神官としてもかなりの実績のある人物だからこそ、いざという時に動ける人材なのは確からしい。ま、あたしよりも頭が回る人たちが考えたメンバーだし、これ以上あたしが言えることはないか。
「でも、いざとなったら迷わず倒しなさいよ。特にテオドール。あんた一応ティーナの勇者なんだから、任せたわよ」
「……何で魔物退治じゃなくて殺人依頼を受けてるんだ、オレ」
「当たり前でしょ。勇者は魔物退治するのが役目じゃないでしょ」
戯言を零すようなら今から決闘でも申し込んで勇者の座を奪うわよと睨みつければ、テオドールは苦い顔をして肩を竦める。ノリで言ったけどいいわね。殿下の護衛にはエリクさえいればいいわけだし、バディとしてセット扱いしなくても別に問題ないんじゃないかしら?
「何でオレは二回も勇者降ろされそうになってんだよ。受けねーよそんなの。ティーナに勇者として選ばれてんのはオレだって。わかってるよ。魔物退治をするために勇者するんじゃなくて、ティーナを護る為に勇者になるんだ。あいつの害になるなら、魔物だろうが人だろうが斬り捨てる」
これでいいんだろう、と偉そうに睨み返してきてちょっと面白くないけど、でも求めていた回答は得られたからあたしは潔く引き下がる。
元より心配はしてないしね。だって、テオドールはあたしの主が決めた勇者だ。あーあ、一緒にいられないのはつまんないけど、でも仕方ない。
主の求めた結果を最高の形で届けるのが、きっと騎士としてのあたしの務めだ。
流石にそろそろエンジンかけなきゃ!というくらい遅筆ですみません!
幕間はあと1~2話あると思います。メイリー視点を入れるか悩み中です。




