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幕間7.何のために、誰のために

※リリア視点

 あの魔物襲撃事件があって、テオドール先輩と宰相閣下とのやりとりがあって、それから改めて勇者や同行者に関する会議を開いてと、この短期間の間にたくさんのことがありました。もちろん、その間私たちは学校に行ってません。私たち以前に他の生徒さんもなるべく外出を控えた軽い謹慎のような扱いを受けているらしいです。というのも、聖女や勇者について決まりはしたけれど、それはまだ公にされていないことが理由らしいです。魔法学校の方々は私やティーナさんが聖女であることを既に知っています。となれば、勇者の見当もついている可能性が高いです。その状態で皆さんと顔を合わせれば、きっと騒ぎになってしまうだろうという国の配慮でした。

 だから、私やテオドール先輩、そしてティーナさんも一時的に寮ではなく、自宅で生活をしています。私はもちろん、教会にいます。ティーナさんの自宅は王都ではないので、テオドール先輩の家にお邪魔しているようです。……他の人もたまに口に出していますが、どうして親公認のような扱いなのにあれで恋人同士ではないんでしょうか? とても気になりますが、どうしてか聞いてはいけない気もして未だによくわかってません。それに、今は私も他人ごとではない状況に陥ってしまったので、自分のことでいっぱいいっぱいですし。


「リリーおねえちゃーん!」


 教会の清掃をしていれば、後ろから聞き慣れた声が聞こえました。この教会の子供の中で一番甘えん坊で、一番寂しがり屋さんのネリーです。ふわふわとした薄いオレンジの髪を揺らしてニコリと笑って抱き着いてきます。まだたったの七歳の彼女は、私によく懐いてくれています。ここにいるときはほとんどベッタリくっ付いて来て、とても可愛い子なのです。


「ねえ、今日は王子さまくる?」


「へ? あ、いや、今日は、こここ、来ないと思いますよ?」


 聞かれた言葉に声が裏返ってしまいます。実は会議を終えてからのこの数日、ほとんど連日といっていいほどジルシエーラ様がこの教会に足を運んできてくださるのです。お忍びとしてなのに、ほとんど顔も隠さず、むしろ堂々と。そのために最近は参拝者の方が増えているようで、神父様は嬉しそうではあります。それに、毎回持ってきてくださるお土産もここでは食べられないようなお菓子ばかりで、子供たちがとても喜んでいるのです。だから、とても嬉しいのですが、私は未だに彼の顔をまともに見れない日が続いています。


「えー! 王子さまとまたあそびたかったのに!」


「ネリー、彼はとても忙しいのですよ。むしろ、こうして何日も来てくださっているのも申し訳ないくらいです。我がままなことを言ってはいけません」


「むぅ、はーい。でも、そんなにいそがしいのに来てくれるなんて、リリーおねーちゃんはあいされてるんだね」


「あ、あい!? そそそそそんなこと、ありません!」


「あはは、お顔まっかっかー!」


「も、もう、ネリー!」


 まさか本当の妹のように慕ってくれているネリーにこんな風に揶揄われるなんて……! 違うと否定してしまいましたが、そんな風にジルシエーラ様のお心を決めつけてはいけない気もして、言葉を続けることができません。それに、必死に否定している方が、肯定しているようにも思えてどうにもならなくなります。困っていれば、教会の扉が開きました。参拝者の方かと思って振り返れば、そこにいたのは今日会う予定だったティーナさんでした。


「ちょっと早く着いちゃったんだけど、取り込み中?」


「ティーナさん! いえ、大丈夫です!」


「本当に? リリーなんか顔真っ赤だけど」


 今ではすっかり元の姿――眩い白銀の髪をポニーテールにして薄い水色のワンピースを着たティーナさんが首を傾げます。慌てて大丈夫だと言えば、未だに気にしているものの、何も言わずに頷いてくれました。


「きょ、今日はテオドール先輩は一緒じゃないんですね?」


「教会だから来てくれた方が子供達の相手してくれていいんだけどね。いたずら小僧は何処にでもいるし。でも、今日はテオも城の騎士相手に訓練するらしいから、別行動」


「ふふ、そうですね。この教会の子供たちも元気いっぱいなので、来てくれたら嬉しかったんですけど……」


「ああ、でも、夕飯前には来ると思うよ。その時はここで一緒に夕飯食べようと思ってこれ、差し入れに持ってきたの」


 そう言って抱えている大きな袋を両手で開いて中を見せてくれます。そこにはお芋や葉物といったお野菜がいっぱい詰まっていて、驚きて目を丸くしました。こんなにたくさんの、しかも今は晴天のない日が続いていて、徐々に収穫も落ちているというのに。ティーナさんもテオドール先輩も平民です。それなのに、こんな気遣いをしてもらって、嬉しくて胸が熱くなりました。


「ありがとうございます、皆が喜びます」


「後でご飯一緒に作ろっか」


「はい!」


「ネリーも、ネリーもおてつだいする!」


 お芋が大好きなネリーは袋の中を見つめたまま飛び跳ねて主張します。そんな彼女をティーナさんは目を細めて見つめて、じゃあお願いしようかなと優しい声で応えてくれました。人見知りが入っているネリーが、まだ紹介もしていない人に懐くなんて初めて見ました。改めてご挨拶を促せば今度はきちんとティーナさんの顔を見ながら名前を述べています。その姿に偉いねと言葉を返してティーナさんも自分の名前をネリーに教えていました。


「あ、そうそう。ジルシエーラ様も夕飯一緒にしたいらしいから、差し入れにお肉要求しておいたよ。豪華な夕飯になりそうだね」


「はひ!?」


 すっかり油断したタイミングでまさかの爆弾発言をされて、いろんな意味で緊張がぶり返した私は、また顔を熱くしました。そんな私をティーナさんはネリーと一緒に笑って見つめるのです。意地悪を子供に教えないでほしいと言いたくなりました。




 ティーナさんがここに来た理由は、私と一緒に聖女の力を特訓するためです。既に王城や大聖堂で何度か試した後で、わざわざ場所を変える必要はないように思えますが、一応理由はあります。


「でも、いいんでしょうか、教会を選んで。私情が入っている気がしてなりません」


 私としては、この場所で練習できるなら一番心が落ち着けるし、浄化の力を発動するための〝慈愛の心〟を引き出しやすくなるのは確かなので、願ってもないことです。だけど、理由を考えるととても自分勝手な場所決めに思えてなりません。聖女となった以上、そんな気持ちでいていいのでしょうか。ついそんなことを考えてしまいます。


「いいんじゃない? というより、大聖堂や教会で練習するメリットと、自分達の縁ある場所がちょうど重なったんだから、引け目を感じる必要はないと思うよ」


「ですけど……」


「それに、この教会と南区にある教会は確かに回る予定だけど、それだけじゃないんだから気にしない。練習している場所に直接強い効力があるとも限らないんだし」


 練習と言っても、私達が浄化の力を使えるのは確かです。大聖堂や王城で練習した際も力を引き出せる確率はまだ高いわけではありませんが、きちんと発動していました。だから、練習をするだけでも、おそらくその一帯を瘴気から護る効力があると考えています。

 ならば、一か所で練習をするのではなく、場所を変えて浄化の力を使うことで、王都全体に浄化の力を少しでも残せないか、という考えで場所を移動することになりました。本来は、力を使った瞬間しか効力はないのはわかっているのですが、研究が進んでいない浄化の力の詳細な能力、硬貨範囲など、誰にも把握していないのも確かです。僅かな可能性にかけて、城や大聖堂だけでなく、王都全体を浄化の力で満たせないかと考えて、王都にある教会からいくつか選び、密かに聖女の力を引き出す訓練場として利用することになったのです。


「私達が旅に出た後にも効果があれば儲けもの。そんな考えで場所を変えているだけだし、教会を選んでいるのは聖女の私達が絡んでいる以上、一番協力体制が組みやすいからってのもあるだけだし。それに、私やリリーが関係している教会なら、より一層でしょ?」


「そう、ですよね」


「そうそう。むしろ、自分の関係する場所だからこそ、力は出しやすいし、周囲の要望にも応える結果になるでしょ? 気にしなくていいんだよ」


 同じ聖女という使命を得たティーナさんは全く気負った様子がありません。以前と同じ、自然体のままです。動揺も焦燥もありません。むしろ、聖女としてのお役目を少し面倒に感じているようにも思えます。そんな彼女に、実は密かに救われています。

 きっと、ティーナさんが私と同じように聖女という責任を感じていたら、私は緊張と重責で身動きが取れなかったと思います。私よりもすごい人でも、聖女という役割は荷が重いのだと、誤魔化しが効かなくなってティーナさんにも頼れない、一人で頑張らないと、と気負っていたと思います。それくらい、世界の人たちの命を背負うのは怖くて、重くて……。そもそも、聖女は一人だけ。本当だったら、私だけだったかもしれないのです。だから、ティーナさんと一緒に聖女となれた私は、きっと歴代聖女の中で一番幸せ者に違いありません。


「じゃ、練習しよっか!」


「はい!」


 浄化の力を出す特訓、と言っても見た目はとても地味です。私たち聖女のことは、まだ公にはされていません。そのため、あの事件の時のように聖歌による浄化の力はこんな誰がいるかわからないような場所で使うわけにはいきません。それに、聖歌を歌わないと使えない力ではないはずなので、どんな時に、どんな条件で、どれだけのスピードで、どれだけの威力を、などといった検証をティーナさんと一緒に地道に繰り返していきます。

 それでも、一番力を引き出せるのはやはり聖歌を歌っている時でした。だから、最初は王城で、その次は大聖堂で、限られた人しか入れない場所を借りて練習してきました。それから、ようやく歌無しでも力を出せるコツが掴めてきたので、今日から王都内の教会を順に回りながら密かに

浄化の力を使う計画なのです。

 すぅっと息を吸います。深呼吸を繰り返して、閉じた瞼の裏で私の大切な人を思い浮かべます。ずっと傍にいて育ててくれたシスターや神父様。私を慕ってくれている子供たち。実は幼い頃に助けてくれていて、今でも私を導いてくれるティーナさん。学校でいつも気にかけてくれて、支えてくれるマリーさんやロイドさんたち。そして……。

 愛しい、大切な人たちを思い浮かべながら自分の体の中にある力を徐々に外へと流していきます。胸の奥がじんわりと熱くなる感覚は、未だに慣れません。けれど、この感覚がする時は、浄化の力が作用している証拠でもあります。魔法とは違い、力の作用する範囲や動きをイメージする必要はありません。そんなことをしてもこの力は作用しないのです。私がすることはただ一つ。自分が大切に思う人たちをただただ思い浮かべること。


「リリー、大分力を使うのが慣れてきたね。今まで一番力が強く出てる」


「本当ですか?」


「うん。いざという時に使うにはまだスピードが足りないかもだけど、この調子ならすぐに実践で使えるようになるよ。今思い浮かべたのはここの人達?」


「はい。その後にティーナさんやテオドール先輩たちのことも」


 そっか、と頬を緩めて笑うティーナさんは、ふと私をじっと見つめてきました。そうして、僅かに口端を吊り上げて、優しいというよりも悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべて私に近づいてきます。


「もしかして、最後に思い浮かべたのは、ジルシエーラ様だったりする?」


「――ッ!? ど、どどど、どうして?!」


「あ、当たった? 徐々に力が強くなっていたけど、最後はぶわっと浄化の力が解放されてたからもしかしてーって思ったの。ふふ、何だかんだ両想いみたいで安心した」


「ち、ちが! そんなんじゃ、私なんか、恐れ多いです!」


 否定したいのに、ほとんどティーナさんの言った通りなので否定しづらいです。だって、実際私は今、ジルシエーラ様の婚約者なのです。だけど、私はただの平民で、しかも孤児です。魔法学校ではバディとして組ませていただいていましたけど、そんなこともなければ話すこともなかった雲の上にいる人。それなのに、まさか私が聖女になって、それで、王子様の婚約者になるなんて、誰が想像したでしょう。嬉しい気持ちなんて覚える暇なんてありません。驚きで、混乱で、頭がいっぱいで、将来結婚する相手なのだと意識してしまうと未だに顔をまともに合わせられないのです。

 だから、こんな風に揶揄われても、どう反応していいのか未だにわからないまま……。


 顔を真っ赤にして俯いていれば、ティーナさんはそれ以上揶揄うことはなく、優しく頭を撫でてくださいました。


「そんなこと気にしない、なんて言わないよ。気にしない人の方が少ないだろうし。実際、私達はただの平民で、相手は王子……しかも立太子されたから王太子だもの。そんな人の相手になるなんて、夢見ることはあっても実際あるはずないって普通は思う。だから、リリーが未だに飲み込めない状態なのはわかってるつもり。でも、一つだけ気を付けて」


 優しい声に誘われるように私はゆっくりと顔を上げました。ティーナさんを見れば、視線は私の方ではなく、私が育てている薬草園に向いていました。


「身分の差については、ジルシエーラ様には言わない方がいい。リリーが平民だからと思うのと同じように、ジルシエーラ様も自分が王太子だからこそ、リリーに負担を与えることを気にしていると思う。身分の差はリリーが聖女になったことで縮まったけど、生まれ持った意識はなかなか変えることはできない。それは、平民なら平民で、王子なら王子で、貴族なら貴族で、それぞれ同じ。生まれ育った環境で芽生えた意識は、なかなか変えるのは難しい。だからこそ、それぞれがそれぞれの身分で苦しんだり悩んだりしている。誰だって考えていることは一緒なのよ。でも、ジルシエーラ様はそれを踏まえた上で、自分の相手はリリーがいいと思った。だから、婚約者に願ったんだと思うの」


「ティーナさん……」


「その思いをどう受け止めるのか、リリーは悩んでいい。だけど、身分を理由に否定はしちゃ駄目。それは結果、ジルシエーラ様自身を否定することに繋がると思うから」


 聖女でも私はただの平民で、だから王子様には釣り合わない。照れと驚きと混乱の中でグルグル巡っていた考えの中に、確かに混ざっていたその考えに、私はハッとします。そんなこと、思いやりに溢れたジルシエーラ様なら誰よりもわかっているはずです。それなのに、婚約者にと乞われた私が改めて突きつけてしまえば、きっと彼は傷ついてしまうのでしょう。


 ジルシエーラ様は真摯に私へ思いを伝えてくださいました。それならば、私も真摯にその思いを受け止めて、身分なんかじゃない……私の純粋な思いを彼にお伝えして向き合うべきなのです。


「わかりました、身分のことは言い訳にしません!」


 いつだって私が見えていないことを教えてくれるティーナさんには頭が下がる思いです。治療魔法の師を願った身ではありますが、それ以上のことをいつも教えてくださいます。そして、私のことを思っていつも道を示してくれる。


 だから、いつかティーナさん自身が困ったときは、今度は私が助けたい。そのために、今は自分ができることを一つひとつこなして、少しでもできることを増やしたい。その第一歩として、聖女としての自分の力を今はできる限り伸ばしていこうと気合いを入れました。


 意欲にあふれる私でしたが、〝誰のため〟に頑張るのか、その部分が私とティーナさんとですり替わっていることに気付くことはありませんでした。ただ一つ言えるのは、私に恋愛はまだちょっと早いということだけだと思います。



 

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